2-3 七海の誕生日
茜の家の敷地はそれなりに広く、敷地内に自宅とケーキ屋が隣接している。茜は七海の妹、流水と一緒に七海の誕生日ケーキを合作しようと考えていた。まずはどんなケーキを作るかについて、相談しようと茜の家に流水がお邪魔している。
「お姉ちゃん、学校では大丈夫そ?」
あの神楽選考後、かなり落ち着いたように見えるものの、少し心配そうな流水である。
「考え込むことはあるけどね。でも多分大丈夫。」
明るくはっきりした茜の言葉に流水も安心したように頷き、七海の好物について話し始める。
「おねーちゃん、洋菓子も和菓子も好きなんだけど、果物大好きなんだよねえ。」
二人は七海の好きな果物をメモに書き連ねていく。
「生クリームとカスタード?チョコも捨てがたいし!タルトも見た目フルーツぎっしりでいいよね?」
流水が今すぐにでもかぶりつきたいといった表情だ。
「でもね?流水ちゃん、超、大事なことがあるの!」
茜が真剣な表情をしたため、流水も表情をきりりと引き締める。
「‥カロリーよ!」
「はっ!?‥確かに!!」
女子二人はがっちり握手を交わした。
「フルーツ入りのミルクプリンとスポンジを層にして、表面だけクリームってどう!?」
茜が絵を書きながら説明すると、流水は手を叩いた。
「それだ!!おねーちゃん、プリン大好きだし!!」
こうして二人のプロジェクトは始まった。プリンに入れる果物選びから、装飾に至るまでを綿密に打ち合わせる。やはりこういう話し合いは楽しい。二人は時間も忘れて熱中し、立夏に時間を言われて慌てて流水は帰宅したのだった。
「今日は遅かったね?どうしたの?」
夕食中に姉に話しかけられる。誕生会をすることは既に伝えているので、余計なことだけ言わないように気を付ける。
「今度のおねーちゃんのお誕生会の打合せー!楽しみにしててね!」
にこにこ笑顔の流水に言われ、七海も照れたように笑っている。霧江はそんな二人を見て、微笑まし気に笑みを浮かべている。
(子供の頃を思い出すわね。姉さんの誕生日に初めてケーキ焼いて、大失敗したっけ‥)
霧江はそんなことを考えながら、二人の姉妹を見守るのだった。
前回の流水のお誕生会は、七海が霧江や祖父母に連絡を取りながら進めた。今回は流水が茜を巻き込んで頑張ってくれているようだ。
(なんか毎回ドキドキするんだよね‥)
先日、父に国際電話をかけたときに七海は初めて開眼のことと、眼が閉じていることを話した。考えてみれば自分が開眼した後は、完全に塞ぎこんでしまっており、母の眼や霧江の眼のことすら見たことがなかったのだ。
(私があまりに気にしてたら、流水も気になって話も出来ないよね‥)
ゴールデンウィーク中、流水が「みんなの眼を見てみたい」そう言ったとき、父が兄に連れられて席を外した。その時に聞いた「父は開眼しなかった」という事実。それを聞いた流水は、その後、父の前では“眼”の話すらしていない。流水なりに気を遣ってのことだろう。
あの神楽選考のとき、流水は食事もとれなかった自分に「甘いものなら」とマフィンまで作ってくれたのだ。料理やお菓子作りが出来ない自分への当てつけでは?と一瞬でも考えた自分が恥ずかしい。
「いつもやさしいおねえちゃんへ☆」
あのメッセージカードは、カードケースに入れて大事に取ってある。流水に慕ってもらえるような姉でありつづけること、そのための戒めでもありお守りでもある。
「15歳、か。」
中学を卒業した後は、東京の高校への入学だ。一族経営の私立高校であり、よほどのことがない限り成績で落とされることはない。七海の成績であれば普通に進学することになるだろう。
神楽のことでも、まだまだ分からないことが多い。神楽を習い始めたときから、祖母には「調和が大切」だと言われてきた。型を守ること=調和とは限らない、ようだ。では「型」とは何なのか。崩してしまって良いものなら「型」など不要なのではないか。「型」と「調和」、優先順位はどちらが上なのか。
ただただ「型」をなぞるだけなら、簡単なことではあった。ペースについては一定ではない。メトロノームで一定のリズムを刻み、それに全員が合わせればいいだけではないのか?
選考後、初めてのお務めのとき、七海は全身が震えっぱなしだった。神楽を舞うという行為そのものが、恐ろしくて仕方なかったのだ。それでもきちんとお務めを果たすため、必死になって神楽を舞った。終わった瞬間に具合が悪くて倒れそうになったが、神様が目の前に現れた。
『すこしばかり力を抜け。呼吸を整え、自分と、その周りを信じよ。』
そんなことを言われた。そしてその場に茜がいてくれ、自分を心配そうに見ていてくれた。ただそれだけのことで、心が軽くなったのだ。
だからといって何も解決はしておらず、人と共に神楽を舞うのは怖かった。あの時、一緒だったのが茜だから何とかなったように思うのだ。
とりとめもなく考えていくうちに、七海はほうっとため息をついた。
(なんか一年があっという間だなあ。小学生の頃は一年が、すっごい長かったのに‥)
自分が中学一年生だったとき、三年生が本当に大人びて見えた。では、今の自分はどうなんだろう、と考えてしまう。
(はー‥やめよ!考えてると滅入って来ちゃう。)
七海は両手で頬を軽く叩き、ベッドにどさりと倒れこんだ。
「あー!宿題あったんだ!」
ベッドから跳ね起きてカバンを漁り、教科書を開く。明日の二限目が数学の授業であり、プリントを渡され明日提出することになっていたはずだ。
七海はネコがついたシャーペンを見て笑みを浮かべ、そのまま宿題に取り掛かった。
7月7日、その日は日曜日だった。七海が部活ということもあり、お誕生会の開始は夕方6時スタートにした。茜は午前中だけ部活、流水も午前中は神楽の稽古の予定が入っているため、帰宅してすぐに茜の家へと向かう。霧江がサンドイッチを持たせてくれたので、キッチンで茜と二人で食べることにした。
「あらあら。それだけじゃ足りないかしらね?よかったらどうぞ!」
茜の母、立夏が出してくれたのはボリューム満点のサラダと野菜たっぷりのスープだ。
「わー!ありがとうございます!!」
流水が満面の笑顔で礼を言うと、立夏もにこにこしながら頷く。
「ケーキ作り、頑張ってね!」
そう笑顔で声をかけ、立夏はお店へと戻って行った。
茜も流水もお菓子作りは慣れている。とはいえプロのパティシエと一緒に作っている茜の方が、手際も良いし、圧倒的に経験値は高い。
「やっぱり茜ちゃんすごいなー!私もそれぐらい出来るように頑張る!」
流水はお誕生日にもらったネコのエプロンとミトン持参だ。
「えーでも流水ちゃんもすごいよ?‥でもこんな風に一緒に作るの楽しいね!」
材料は全て茜が揃えている。やはり母の伝手を利用した方が安くて良いものが手に入るからだ。ちなみに三種のミルクベリープリンだけは前日に二人で作り、既に冷蔵庫だ。ふわふわのスポンジが焼き上がり、型から出して少し冷ます。
「何かドキドキするねえ!」
流水はそう言って冷蔵庫からプリンを取り出し、崩れないように型から外す。厚さ三センチほどの円柱状のプリンがきれいにつるりと滑る。
「きゃーーー!いけるいける!でも一番下はスポンジのほうがいいよね!?」
流水がそう声をかけると茜も笑った。
「そうだね!取り分けること考えたら下がスポンジかな!もう少し冷ましたら切って回転台に乗せよう!」
茜が回転台を取り出すと、流水は「わああ」と声を上げる。家で霧江とケーキ作りをしたことはあるが、皿の上で回しながらクリームを塗っていたのだ。
「すっごい!!プロっぽい!!」
流水は大はしゃぎだ。茜の提案で飾り付け用のベビーシュークリームとクッキーも焼き、飾り付けも二人でわいわい話し合った。
その頃、七海の誕生日に招待されている鷹也とさくらは、二人で買い物に出かけていた。
「七海ちゃんのプレゼントは決まってるんですか?」
さくらが尋ねると、鷹也は伸びをしながら答える。
「今年は全員腕時計だなー。七海もベビーG欲しがってたし。色はさくらに任せるよ。」
ちなみに流水はちゃっかり欲しいカラーまで伝えて来ていた。なので事前にネットで購入していたが、七海の分は選ぶのに困り、さくらを誘って来てもらったのである。
「‥水色と白のパステルカラーですかねえ。」
流水の誕生日プレゼントを購入するとき、七海と二人でショップを回ったため、ある程度、傾向は分かっている。さくらが店員と話をし、プレゼント用に包んでもらう。
今回は環や霧江の手を煩わせず、自分たちで準備しようというのが流水の企画だ。鷹也がオードブルを準備する手筈になっているため、さくらと食材を購入する。
「あーあとそれっぽいケース買わないとなー。手作りって七海にはバレないようにしないと・・」
鷹也が呟くと、さくらが不思議そうな表情を浮かべる。
「あいつは料理が苦手らしくてさ。俺やさくらが作ったと知ったら喜ぶより落ち込みそうなんだよ‥」
その言葉になるほど、と頷きながらつい笑ってしまう。地雷を踏まないためではあるようだが、やはり妹には甘いらしい。
二人はオードブル用の食材とサークルトレイを購入し、早々に帰宅して準備に取り掛かるのだった。
「上出来!!」
茜と流水はハイタッチを交わして笑顔になる。三種のミルクベリープリンとスポンジを重ね、周囲をクリームでデコレーションした後、チョコレートクリーム入りのベビーシュークリームと、色とりどりのフルーツを飾り付けた。クッキーは小さなカゴに取り分け、好きなように食べられるようにしたのだ。
「七海、喜んでくれたらいいなー!」と茜が言えば、「きっとおねーちゃんは喜んでくれるって!」と流水も返す。二人はそうっとケーキ箱に移し、会場へと向かうのだった。
流水と茜は篁の屋敷に到着し、まずはケーキを冷蔵庫にしまわせてもらった。
「よ。」
「こんにちは!」
既に兄の鷹也とさくらが来ていた。オードブルを持ってきてくれたようで、テーブルにはトレイが置かれていた。部屋の片隅には小型の冷蔵庫まで置いてあり、中にはジュースやお茶、冷凍庫には氷も入っている。
「んでピザの宅配も時間指定済み。あとはやることあるか?」
流水はにこにこ飛び跳ねながら礼を言い、茜を見やる。
「今回はあっくんとミチくんも呼んだの。最近のナナ、少し色々考え込んでる感じがあるし、期末テストも終わったし!賑やかにしたくって!」
茜がそう言うとさくらと鷹也は笑顔で頷いた。
「あ!今回もまた、先生してくれてありがとう!おかげさまで数学、意外と出来たんだ!」
期末試験前、ここに通い詰めていた。さくらが来てくれたり、鷹也が来る日もあったり、勉強が非常に捗ったのだ。
「‥あと頼まれてたこれな。父さんと母さんからのメッセージ動画も入れてある。」
鷹也がそう言って渡して来たのは、動画再生も可能なデジタルフォトフレームだ。高校で遠く離れてしまう七海のために流水が選んだものである。両親からのメッセージ動画の編集を兄に頼んでいたのだ。
「わー!ありがとー!!さっすが鷹兄!!」
流水がきゃいきゃい喜んでいると、茜が感心したように鷹也を見やった。
「え!?鷹兄、動画編集も出来るの!?すっごい!」
「‥まあパソコンあるしな。」
素っ気なく言うが、茜は尊敬の眼差しだ。本当に器用に何でもこなせる人だと思う。
「こんちゃー!!」
「ちーっす!」
元気いっぱいの遊馬と道明がやってきて、更に賑やかになる。二人はスナック菓子やチョコレートを持参してくれたようだ。
「遊馬が来たってことは、部活はもう終わったってことか?」
鷹也が尋ねると遊馬はピースしながら笑う。
「そそ!まあ俺は近いからな!七海はいったん家帰って着替えてくるってさ!」
遊馬はそう言って縁側に立ち、空気を目いっぱい吸い込んだ。昼間の暑さが少し和らぎ、気持ちの良い風が頬を撫でる。
「湧水池があるからか?なんか涼しく感じるよなー!」
「そうだな!俺もここ好きなんだよな!」
遊馬と道明が縁側に並び、外を眺めながら風に当たる。そこに茜と流水も加わって静かに庭を眺めた。さくらは買ってきたプラスチックコップと割り箸を机に並べながら、その様子を暖かく見守っている。そして鷹也はわらわら集まって来た妖たちと戯れ、彼らにせがまれては撫でてやっていた。
「えっと…ただいま!」
パンッ パンッ クラッカーの音が鳴り響き、七海は少し驚きながらも笑顔になる。
「「「お誕生日おめでとう!」」」
声をかけられ照れ笑いしながらペコリと頭を下げる。茜が全員にプラスチックカップを手渡し、流水が冷蔵庫からウーロン茶を取り出してついで回った。
「今日はおねーちゃんのお誕生日ってことで!鷹兄が乾杯の挨拶しまーす!」
事前打ち合わせもなく、急遽振られた鷹也だったが一歩前に出る。
「七海、おめでとう。集まってくれた仲間たちにも感謝をこめて。乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
プラスチックコップを互いに触れ合わせ、笑顔が弾ける。七海も「ありがとう」を言いながら本当に嬉しそうだった。
「はーい!ここで特製ケーキの登場でっす!茜ちゃんと私の合作!!」
流水がお盆に乗せたケーキを持って運んでくる。フルーツが飾られたケーキに七海が歓声を上げた。
「わ!!すっごい!!食べるのもったいないよー!」
せっかくなのでケーキの周りに集まり、全員で記念撮影をする。そして並べられるオードブルたち。
「え!?これすごくない!?豪華だし!私の好きなものばかり!」
オードブルトレイを見た七海が目を丸くする。欠食児童達をこれ以上待たせると暴動が起きかねないと、さくらがケーキにナイフを入れた。
「ラズベリーといちごとブルーベリー!?すっごいあっさりしてるのに、めっちゃ美味しい!」
ケーキを一口食べた七海が、感激の余りについ音量が上がってしまう。
「「大事なのは、甘さとカロリー!!」」
茜と流水が声を合わせたので笑い声が広がった。甘酸っぱさと甘さのバランスが完璧に調和している。道明や遊馬、さくらも夢中になって食べているほどだ。作った二人は顔を見合わせ、ハイタッチを交わしている。
「なにこれ!!うま!!!」
そしてオードブルを取っては口に運びながら、七海は幸せそうだ。
「え?本当に美味しい!」
「鷹兄!?これどこで買ったの!?」
「やば!!」
最初は遠慮気味だった茜や道明、遊馬も既に夢中だ。
「‥まあちょっと遠出したからね。」
鷹也がすまして言い、その後さくらを見やる。二人は微かに口元を緩め、視線を交わした。
(…?)
全員が夢中で食べている中、流水だけがその一瞬を見逃さなかった。しかし何も言わずに慌ててオードブルに手を伸ばす。
そして宅配ピザが届き、全員のテンションが一気に上がった。サイドメニューのポテトやチキンまで充実しており、幸せそうに頬張る。
鷹也とさくらは、たまにつまみながら写真撮影だ。これも流水からの提案だが、高校でそれぞれが別の場所でのスタートとなる。そのために今この瞬間を撮影し、卒業時に七海はもちろん遊馬や茜、道明にもプレゼントしたいと言い出したのだ。ちなみに試験勉強時の勉強風景も、さり気なく撮影してある。
「あ、そうそう!一応さ、プレゼント!」
遊馬と道明から大きな袋を手渡される。
「え!?あ、私に!?」
促されて開けてみると、大きな柴犬のぬいぐるみだ。ふわふわでクッションにもなりそうな大きなものである。
「…か、か、か、かわいいいいいい!!」
七海は迷わず抱きしめ、つい頬ずりしてしまう。遊馬と道明はそれを見てニヤニヤしっぱなしだ。
「はっ!?」
一瞬、理性を吹っ飛ばした七海だったが、それでも二人に「ありがとう」と声をかけた。
「これは私から。色違いのおそろいなんだよ?」
革紐のペンダントで今まさに茜が身につけているものと同じだ。きれいなガラス玉がついており、茜は赤で七海のは、鮮やかなブルーだ。
「わー!ありがと!!実はそのペンダントかわいいなって思ってた!!」
「うん!超見られてたの知ってた!!」
二人は笑い合い、腕を絡めてお揃いのペンダントをぶら下げピースをする。もちろん鷹也が写真に収めた。
「そういえばさ!道明の誕生日やってないんだよね?遊馬と茜と一緒にお誕生会やろう!?私もプレゼント選びたいし!」
道明が4月10日で新学期の慌ただしさについスルーしていた。茜と遊馬が8月に一日違いの誕生日であるため、合同でやろうと七海が提案した形だ。
「え!?マジで!?」
「わ!嬉しい!!」
「いやー気にしなくていいのに!」
三者三様のリアクションであったが嬉しそうだ。流水も一緒になってはしゃぎ、「私も!」と嬌声を上げる。そのまま鷹也とさくらも参加させられる形になった。
「あれ?さくらちゃんて‥やっぱり春だよね?」
ふと七海が気づいて声をあげた。
「え?あ、はい。4月23日です。」
「え、じゃあさくらさんも一緒にやろう!」
同じ4月生まれの道明が声を上げ、4人合同でのお誕生会をやることが決定した。
「あれ?そいうえば鷹兄いつ?」
遊馬が思い出したように聞くと、鷹也は目をぱちくりさせた。
「ん?今年はなかったよ?」
道明と遊馬、茜が不思議そうな表情を浮かべ、道明が「あ!」と声を上げた。
「まさかの2月29日!?」
「そうそう。」
珍しい誕生日に三人は大いに盛り上がる。
「聞くとそこしかない!って思うよね!」
「それ以外ありえないわ!」
「鷹兄らしい!!」
七海と流水、さくらは知っていたが改めて考え、「確かに!」と全員の意見が一致した。それから再び楽しい会話が繰り広げられ、賑やかで楽しい誕生会になったのだった。
茜と道明、遊馬が帰宅した後、流水が隣の和室に鷹也を手招きで呼び寄せる。
「鷹兄、鷹兄、ここ座ってー!」
流水は鷹也を座らせ、袋から取り出した何かを頭に、ジーンズの後ろで何かを、それぞれ取付けて満足したようだった。気になった鷹也が触ろうとしたのを「ダメ!」と制し、先に部屋を出て振り返る。
「鷹兄きて!!」
不思議そうな表情のまま、七海とさくらの前に現れた瞬間。七海は呆然とその場に立ち尽くし、さくらは持っていたスマートフォンを取り落とした。
185センチという長身の無愛想な男の頭には黒猫の耳、黒猫のしっぽがひょろりと揺れているのだ。
「かっ!かわいいいいいいいいいい!!」
七海が夢中でシャッターを切り、さくらは真っ赤になったまま呆然と黒猫を見ている。流水もけらけら笑いながら写真を収めた。
「‥どゆこと?」
困惑顔の黒ネコに、流水の腹筋が限界を迎えた。しかし静かに近寄って何事か囁く。怪訝そうな不服そうな表情を浮かべた鷹也がため息をついた後。
「…にゃー」
一言鳴いた。もちろん流水は笑いながら動画に収め、七海は真っ赤になって顔を覆う。そしてさくらはその場に崩れ落ちた。
「そいや七海、これプレゼント。」
鷹也だけが全く動じることなく、プレゼントの箱を七海に手渡した。七海は笑いすぎて涙を流しながら受け取り、相変わらずさくらは床にへたりこんだままだ。
「あっ‥ありがとっ‥うっフフッ‥あははははは!」
箱を開けてみると、今流水が腕につけているベビーGの色違いだ。
「かわいい!!水色のいいなって思ってたの!!」
そして思わず鷹也を見上げ、再び笑いの発作に苛まれる。
「‥とっていい?」
憮然としたまま呟く兄に、流水は頷く。
七海が一足先に自宅に帰り、鷹也とさくらと流水が後片付けをする。
「七海が楽しそうでよかったな?」
姉のことを流水がずっと気にかけていたことは、鷹也も勘付いていた。
「うん!!ありがと!鷹兄もさくらちゃんも!手作りオードブル、超美味しかったよ!!」
流水が輝くばかりの笑顔で言い、鷹也とさくらも笑顔で頷く。
「あーでも‥」
「お姉ちゃんには内緒!‥鷹兄やさくらちゃんまでが、料理あんなにプロ級に上手だと知ったら泣いちゃうよ!」
鷹也は困ったように頬をぽりぽりかいている。
「あ!さくらちゃんにはお礼に黒ネコさんの写真と動画送るねっ!?」
「っ!?」
さくらは困ったような嬉しそうな表情を浮かべ、それでも微かに頷いた。
そして流水が帰宅した後
「おねーちゃん!」
七海の部屋のドアをノックして部屋へと入る。七海は柴犬のぬいぐるみを抱え、スマホの写真を見ながらニヤニヤしていた。
「わ!!な、なに!?」
「これ私から!おとーさんとおかーさんからの動画つき!」
そう言ってフォトアルバムを渡した後、自分の腕時計をちらりと見せて「おそろいだね!」とばかりに笑った後、部屋を出た。
「七海、お誕生日おめでとう。あれから少しは落ちついたかい?‥何が起きたとしても、パパは七海の味方だ。離れていても君のことを忘れることはない。何かあったら電話しておいで。時間なんて気にする必要、ないんだからな。また夏休みに会おう!」
「ナナちゃん、お誕生日おめでとう!貴女は頑張りやさん!それはちゃーんと分かっているから、ちょっとは自分を可愛がってあげて?そうじゃないとママが死ぬほど甘やかしちゃうんだからねっ!また近い内に家に行くから、みんなで焼き肉行くわよ!」
両親からの言葉に七海は泣き、笑い、そしてぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
後日談
流水から送られてきた黒猫の写真と画像を見た両親たち
父 蒼介
「はっ!?前からそうじゃないかと思ってたが!やっぱりあいつはにゃんこ!!」
母 雅
「か、か、か、かわいい!これはもう待ち受け!!鷹にゃーーん!!」
さくら
「ちょっとこれは‥心臓に悪すぎます。‥パソコンにも保存しないと‥」
そして黒ネコ本人は、そんなことをすっかり忘れていたのだった。
茜&流水 ケーキ作り
七海 柴犬ぬいぐるみ
流水にいたずらされた鷹也




