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掌の眼  作者: 瑠璃雀
掌の眼
21/32

1-20 労い

 七海に抱きつかれ、機能停止に陥った鷹也が目を覚ましたのは、倒れてから2日後だった。

「はーーー…ようやくまともに動ける、かな?」

 早速風呂を沸かし、その間に顔を洗い、歯を磨く。まだ頭の芯に重さは残っているが、この程度なら問題ないはずだ。


 抱きつかれた感触を消すかのようについ念入りに身体を洗い頭も洗う。 ちなみに七海が嫌いとかではない。単純に触れられた事実そのものが、どうにも耐え難いために念入りに洗ってしまうだけだ。


「あ゛ーーーーー!」

 浴槽に身を沈めると余りの心地よさについ声を上げる。

『あーー!』 『わーー!』 『あー!』

 そして妖たちも鷹也に倣って浴槽に浸かっては声を上げている。

「あはは!お前ら、ありがとな。‥ずっと付き添ってくれてたのか。」

『タカヤよわってたー』 『いつもボクらいやされてるー』 『おあいこー!』

 きゃっきゃとはしゃぎながら泳いだり、鷹也の肩や頭に乗っかったり、好き放題だ。


『タカヤー!タカムラが元気になったら、家に来いってさ!』

 ブランも顕現してそう声をかけてきた。

「めんどいな‥仕方ない、分かった。ブランも風呂はいるか?」

『うんー!』

 鷹のくせに白鳥のように水面にぽっかり浮く姿がシュールである。たまに翼をバタつかせては、お湯を撒き散らすのもいつものことだ。妖たちもブランによじのぼったり、お湯を掛け合ったりと一緒になって遊んでいる。

 つい長風呂になってしまったが、お陰で気だるさや頭痛、鳥肌も完全に収まったようだ。


 着替えようと部屋にもどり、ふとサイドテーブルにある紙包みが目に止まった。

「鷹ちゃん、おつかれさま!あいしてる♡ みやび」

 つい笑ってしまい、そのまま念のため冷蔵庫に突っ込んで、着替えを済ませた。



 篁の家に着くと、早速祖母の環が声を掛けてくる。

「どうせ何も食べていないのでしょう?来なさい。」

 和室の居間に通されると、食事が山のように置かれていた。そして篁がニヤニヤしながら座ってこちらを見ている。

「‥何笑ってんだよ!」

 鷹也が言うと、篁がブフーっと吹き出した。環も隣で肩を震わせている。

「ああもう!何だよ!?」

「‥ぶはは、だって、おまえ、感動の母娘抱き合い泣きシーンの横で!妖たちに運ばれて行ったって!?いくらなんでもシュールすぎんか?」

 とうとう環までもが吹き出す始末だ。

「うっせーな!仕方ねーだろーが!ってか、それが言いたくて呼び出しやがったな!?」

「当たり前だろ!!まあとりあえず食え!もう大丈夫なんだろう?」 

 篁が笑いながらも、少しだけ気遣うように尋ねる。


「‥まあねえ。いただきまーす。」

 早速料理に手を付ける鷹也に、篁も環も目を細める。

「俺の親父も苦労してたようだからなあ‥。」

「やっぱばーちゃんの飯、うまいな。まー仕方なくねえ?そういうもんなんだろ?」

 鷹也は自分のことに対し、どこか他人事だ。特に思い悩むこともなく、「そういうもん」と完全に切り分けているようだ。


「ってかさ、あれから七海は?少しは落ち着いたか?」

 鷹也がそう尋ねると環が微笑んだ。

「貴方が上手いこと、あの子を誘導してくれたんですもの。ふふっ‥雅さんが『鷹ちゃんこわい』って涙目だったわ。」

 環が言うと、篁も笑った。

「しかしよくあの場に雅さんを呼んだな?‥なぜだ?」

 鷹也は料理を取り分けてはひたすら食べている。


「んー‥ちょいと今回はきっちり問い詰めたくてね。分水嶺は弁えてるつもりだったけど、七海の見極めに関しちゃ母さんのが上だからさ。‥ま、やりすぎなくて良かったのと、母さんいなかったら俺がヤバかったね。」

 鷹也が笑いながら言うと、篁が「そうか」と頷いた。

「まあ何にせよ、お前は最善を尽くしてくれた。雅さんと環の所に来てな、雅さんには途中退席してもらい、七海と環の二人で話も出来た。これから神楽の再修行だが、どうだ?環」

 篁から話を振られ、鷹也のおかわりをよそった後で口を開く。


「そうね、これまでは型にとらわれすぎていたけれど、変化の兆しはあるわ。まだまだ時間はかかるでしょうけど、ゆっくりと歩んでいけばいいと思っているわ。」

 鷹也もそれを聞いて安心したのか、しばらく黙って食事に専念した。


 食事後、離れでボーっとしながら妖たちと戯れていると、遊馬が現れた。

「よ!きちゃった!」

「おう。」

 そんなやりとりをした後、遊馬は目を輝かせてバッグからカラーボールをいくつも取り出す。

「鷹兄!あそぼーぜ!!」

 言いながら庭の塀に目をつける。

「俺があの塀に向かってボール投げるからな!塀に当たったら俺の勝ち!!鷹兄はキャッチしたら俺に投げ返す!制限時間は10分だ!いくぜ!!」

 篁から遊馬の家はすぐだ。どうやら帰宅してすぐ、着替えてきたらしい。

「へ?‥あれ?遊馬?部活は?」

「今日は鷹兄と遊ぶからサボリー!!」

 唐突にやって来て唐突に行動を開始する。鷹也はビーチサンダルを引っ掛け、ボールが塀に当たる直前にキャッチした。


「マジかー間に合うとかやっぱ変態!!」

 言いながら次々にボールを投げてくる。左右に振られながらも何とかセーブし、ボールを投げ返す。もちろん遊馬が動き回るようにボールを投げる方向は散らす。

「あ、くっそ!」

 ボールを取り損ねて転がったのを側転で掴み、その勢いのままに投げる、投げる。鷹也の方も遊馬の動きを見ながら正確にボールをセーブし続けた。


「ハァハァ‥くそー!‥ハァハァ‥一度も当たらないとか‥何なの!?」

 息を切らして笑いながら遊馬は言う。

「あれ?もうおしまいか?」

 鷹也もニヤッと笑って煽る。

「交代!次は俺がセーブするからな!」

 ムキになった遊馬が「ヘイヘイ!」と声を上げ、「塀だけにか?」と鷹也が混ぜっ返す。「うわ、うざ!」と遊馬が笑うと鷹也も笑った。


そして鷹也の動きを予測して遊馬が走り出した瞬間、鷹也は逆方向へとボールを投げた。

「うわっうざー!なにそれ!?」

「ぼくバスケ部。フェイントとフェイクは得意なんだよなあw」

「うわうざ!ってか何!?両手で投げるとか反則じゃね!?」

 そんな軽口を叩きながらも遊馬は素早く方向転換し、キャッチは出来ないまでも塀には当たらせない。

「反則か?ま、いいじゃんw」

「ちょw何その変態!」

言いながら、取ったボールをあちらこちらに散らすが、そもそも身長が違いすぎる。取っては投げ返され、弾いても即座にキャッチして投げ返す。

「あーーー!」

 とうとう塀に当てられ、遊馬が叫ぶ。しかしそれでも次のボールをセーブし、鷹也が取りにくそうな位置を狙って投げ返す。


 10分後-

「ハァハァ‥くっそう!ハァハァあの一個がーーー!」

 遊馬は悔しがり、再戦に挑む。鷹也も一緒になって笑い、走り回る。結局暗くなるまでの二時間、ほぼぶっ通しで遊び続けた遊馬は、縁側でダウンした。


「ってか‥なんで‥そんな‥涼しい‥顔‥」

 走りっぱなしの遊馬は完全に息が上がり、肩で息をしている。

「あはは。ってか、年が違うのにお前が涼しい顔してたら俺がビビるわ。」

 方や中三、方や大学二年である。

「あーーでも悔しーー!次は絶対負けねえからな!!」

「返り討ちにしてやるよw」

 鷹也は冷蔵庫からポカリを取り出し、遊馬に渡す。


「まあ遊馬が突然来るのはいつものことだけど、何かあったん?」

 鷹也がポカリを口にすると、遊馬は朗らかに笑う。

「えーだってさ!七海の件で悪の総裁だったろ!?」

「ブフォ‥ゴホッゴホッ‥ちょ!なんだその悪の総裁って!?」

 むせて吹いたポカリを拭いながら鷹也が笑う。

「えーと、えーと、…あ!黒幕だ!!ま、似たようなもんじゃん!でさ、そういうのって頭疲れそうだから、一緒に遊んでやろうと思ったんだ!」

 遊馬はそう言ってニコニコ笑う。

「ああ、そっか、確かに身体動かすとスッキリするしな!」

 遊馬なりの労いだったと知り、鷹也も自然に笑顔になる。


「でもね、思ってた以上に鷹兄変態でびっくりした!」

「遊馬も、思ってた以上にすばしっこくてびっくりした!」

 二人はそう言い合い、「あはは!」と笑ったのだった。



 遊馬が帰宅した後、携帯にメッセージ着信のランプが灯った。

【鷹兄、今から行っていい?】

 遊馬と違って律儀に確認してくるのは道明である。

【いいよ】

 一言だけ返信した後、タオルで汗を拭う。2日間寝込んでいたのが嘘のように身体が軽いのは、全身運動で汗を流したからなのかもしれない。



「やっほー!」

 道明が大事そうに袋を抱えて持ってきた。

「これさ!最近できたドーナツ屋なんだ!あとね、コールドブリュー!」

 ガサガサと音を立てながら大量のドーナツを袋から取り出す。それとプラスチックカップになみなみと入ったアイスコーヒーを手渡された。

「サンキュー!しかし、どうしたんだ?これ」

 鷹也が尋ねると、道明は少し照れくさそうにヘヘッと笑った。

「七海がさ、いつも通りに戻ってて。鷹兄が頑張ったんだろうなーって。だからお疲れ様!」

 道明のそんな様子に思わず笑ってしまう。


「違うよ、七海と母さんと、じいちゃんと、ばあちゃん、それに霧江さんと流水、茜ちゃんや遊馬、ミチ、全員だよ。」

 鷹也が穏やかに言って笑うと、道明は口を尖らせる。

「俺、何もしてねーし!」

「遊馬を止めてくれたろ?」

 二人はニヤッと笑い合い、コーヒーカップをぶつけ合って乾杯した。二人は次々にドーナツに手をつけ、笑い合いながら談笑する。

 遊馬といた時は室内に避難していた妖たちが、今は二人の周りでキャッキャとはしゃいでいる。

「‥ここ、いいね。何か落ち着く。」

 道明が傍らの妖を撫でながら穏やかに笑う。夜の帳が下りて、夜空には煌々と月が輝いていた。

「うん。」


「遊馬を引きずっていったとき、お祝いしてくれたじゃん?‥すげー嬉しかった。やっぱさ、七海のことを考えたら手放しで喜べなかったし。」

 しみじみと道明は言った。

「‥そっか。なら良かったよ。」

 鷹也もそう言ってアイスコーヒーに口をつける。


「正直、七海にどう声をかけたもんかとけっこう悩んだんだよ。‥鷹兄はさ、どんな魔法を使って七海を立ち直らせたん?」

 その言葉に鷹也は笑い出した。

「魔法なんてねえって。俺はただ、七海の逃げ道を全て塞いで、問い詰め続けただけだ。」

 道明がぶるりと身を震わせる。

「こわ!‥俺にも妹いるけど‥そんなこと出来ねー!鬼畜か!」

「かもな!」

 二人は再び声を上げて笑う。


『こんな妹思いの兄貴がついてるとか!兄弟ガチャ最強だろ七海!』

 自分の兄と同じくらいに鷹也のことを慕っている道明は、少し悔しげにコーヒーを煽った。


「遅くにごめん、邪魔しちゃって!」

 道明が立ち上がると、鷹也は穏やかに笑った。

「ミチ、ありがとな。」

 そんな風に言われ、道明もはにかみ笑いを返す。

「またね!」

「またな!」


「鷹也?あら道明くん、帰ったのね?」

 環がひょっこりと顔を出す。

「‥ん?うん。」

 これ、流水と茜ちゃんが鷹兄にって。なんでも二人の合作だそうよ。環に渡された箱を空けると、大きなネコの形をしたケーキが入っていた。

『ありがとー!』 

 ホワイトチョコの板にチョコペンでそう書かれていた。

「‥どいつもこいつも、全く!」

 そんなことを言いながらも、鷹也は嬉しそうに笑った。

「せっかくだし、三人で食おうよ。」


 その後、篁と環、鷹也の三人でネコ型のチョコレートケーキに舌鼓を打った。もちろん篁にはからかわれ、環も楽しそうに笑っている。そうやって消耗した上にポイっと放り出された兄は、皆から温かな労いを受けたのだった。




第一章・完

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