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掌の眼  作者: 瑠璃雀
掌の眼
20/33

1-19 波の行方は 2

 七海は湧水池のほとりに力なく座り込んだ。流水が、茜が、皆が自分を心配して気遣ってくれているというのに、自分の態度は何だったのかと自己嫌悪に陥る。

「私なんか!生まれてこなければ良かった!!」

 自分より遥かに優秀な兄と、自分より器用で愛嬌のある妹。どちらにもなれない自分が、自分の不器用さが恨めしかった。

【不要な子】  

【出来損ない】  

【期待外れ】

 そんな言葉が頭の中を駆け巡る。否定したいのに出来ない。自分は-


「よ。」

 声をした方を見ると、そこには兄の鷹也が立っていた。こちらを気遣うようでも、心配しているようでもない。散歩していたらたまたま見かけた、そんな気軽さで声をかけてきたように見える。

 自分がこんなにも傷ついて辛い思いをしているのに、心がボロボロに擦り切れそうなのに、それなのに兄は慰める気すらないらしい。


(私と違って優秀だから‥私の気持ちなんて分からないんだ!!)

 悔しさに奥歯を噛みしめ、思い切り睨みつける。とにかく何かを叩きつけないと気が済まない。七海は地面の草を握りしめた。

「鷹兄は知ってたんでしょ!?」

 しかし鷹也は全く動じる様子もなく、ただ立ったまま首を傾げる。

「何を?」

「私が!私が神楽で選ばれなかったことを!知ってたんだよね!?」

 尚も詰め寄る七海に、鷹也は全く動じない。

「まあ今は知ってるよ。」

「違う!!私が神楽を舞った後!お母さんも鷹兄もいなかった!!ダメだったからでしょ!?」

 七海は感情的に怒鳴る。が、鷹也はたじろぐ様子すらなかった。それが無性に癪に障る。

「なんでそんな風に思った?」

 落ち着き払ったその言葉に、頭の芯がカッと熱くなる。


「どうしてそうやってはぐらかすの!?いつもいつも!何で私が質問してるのに答えてくれないの!?私が出来損ないのバカだから!?見下してるの!?」

 静かな空間に七海の金切り声が辺りに響き渡る。先ほどまでちらほら妖の気配があったが、今はそれすらなく異様なほどに静まりかえっていた。


「‥いや?どこからそういう発想が出たのか、それが分からないから聞いている。俺が七海を見下しているという事実はないよ。バカにしてもいないしね。」

 鷹也は平然と言い放ち、まっすぐに七海を見た。睨んでいるはずの七海の方が気圧されてしまう。それほどに静かでそして底しれぬ強さを感じた。目鼻立ちの整っている顔立ち、しかしどこか人の熱を感じさせない冷たさが、七海の熱を寄せ付けない。これほどまでに怒っているのに、兄には全く通用しないのだということが殊更に七海を苛立たせる。


「ねえ!!教えてよ!!何がダメなの!?私は完璧にやったの!!ミスだってしなかった!なのに何でダメなの!?道明だって遊馬だって、間違えてたのに!私の眼が閉じてるせいなの!?だったら最初から辞退してたよ!!」

 七海は再びヒステリックに叫ぶ。


「そいつは教えられないな。」

 飄々と答える鷹也に七海の感情が膨れ上がった。

「何でよ!?分かってるくせに!!どうしてなにも教えてくれないの!?教えてくれたら鷹兄みたいに出来るのに!!ずるいよ!!」

 しかし鷹也は軽く吐息を落とすと、目を閉じ、再び自分を見据える。元々近寄りがたいほどに鋭い目をしている兄だが、これほどまでに強い視線を受けたのは、初めてのことだった。兄がこんな冷たい目を自分に向けてくるなんて、と、七海は目を見開き、ごくりと唾を飲み込んだ。


「‥いや、無理だろ。」

 冷たく言い放たれ、七海はその場に立ち尽くした。言葉に温度があったとしたら、今の兄の言葉はマイナス何度になるのだろうか?

「どうして‥私が無能だから?‥私なんかじゃ鷹兄の真似なんて出来ないから?」

 悔しくて、情けなくて、七海は居たたまれなかった。認めてもらえるならどんな努力だってするのに。兄は、それは無理だときっぱり否定したのだ。


「誤解しているな、七海。」

 静かで穏やかであるのに、冷気すらまとっているような口調だった。七海はその場に立ち尽くし、兄から視線を外そうとしたが、それすら出来なかった。

「‥少なくとも俺は、自力で考えて答えを出しているよ。だけど七海、お前は?なぜ自分で考えて答えを出さない?なぜ俺の答えを当てにする?お前の答えはどこにある?」

 鷹也は冷たい刃のような声色で、次々に問いを投げかけてくる。七海は立ち尽くしたまま、完全に勢いを削がれ、言葉を発することすら出来なかった。熱かった頭が、身体が、急激に冷えていく。


「‥だっ‥」

 何とか言葉を紡ごうとしても、何も言えず下を向いてしまう七海に、鷹也は容赦しない。

「なぜ、神楽に選ばれなかったことを、閉じた眼のせいにする?」

 耳を塞ぎたいのにそれも出来ない。目の奥が熱くなり、声を出そうにも喉の奥がぐぐっと詰まるだけで、言葉にすらならなかった。

「なぜ無能だからとか、バカだからとか、自分の資質のせいにしようとする?」

 七海は力なくその場にへたり込んだ。これまで感情が昂っても、涙を流すことなど出来なかったのに。今は後から後から涙が流れ出して来て止まらない。


「だって…」

 ひっくひっく、としゃくりあげる七海に、それでも鷹也は言葉を控えるような真似はしない。

「七海、お前がそうやって言い訳をしているうちは、俺がお前に出来ることは何もない。」

 荒れ狂っていたはずの感情が、驚くほどに静まり返っている。兄の言葉が突き刺さって凍りつき、粉々に砕け散ったみたいだった。全身が冷え、寒さすら感じる。この涙はそうして砕け散った感情が流れ出しているのかもしれない。


(言い訳?‥違う‥そんなつもりは‥だって、私は鷹兄みたいには‥)

 そう思いながらも、七海はそれでも兄を嫌いにはなれなかった。子供の頃から、本当に困った時には絶対に助けてくれた。決して自分を傷つけないことも知っている。

(‥だけど‥言わせちゃったのは、わたし‥?)

 普段優しくて穏やかな兄をこれほどまでに厳しくさせたのは、きっと自分なのだろう。七海はただただ泣き続け、そしてようやく少し落ち着くことが出来た。



「あの‥鷹兄?‥ユキがいないの。‥眼が‥眼も揺らいで‥一瞬、消えたの。‥それって、私のせい?‥私が自分を無能って言ったり、バカだって言ったり、そうやっていじけてたから?そんなこと、あったりする?」

 七海は涙を流し、鼻をすすりながら尋ねる。少し怖かったが、顔を上げて兄を見上げた。先ほどまでとは違い、穏やかな顔で自分を見てくれた。

 目が合うと、いつもの笑みを口元に浮かべ、しゃがんで七海と視線を合わせてくれる。

(‥やっぱり‥心配、してくれてたんだ‥わたし‥酷いこと、言っちゃった‥)

 再び溢れ出した涙を拭う。心の中がじんわりと温まり、不思議と寒さまで軽減されたように思う。


「‥いじけてた、か。そうだな、もしかしたら七海が自分を否定してしまったがために、そういう現象が起きた、かもしれないな。」

 鷹也がいつもと同じ、柔らかな声色になったので七海は少しだけ安心した。今の質問は、しても良かったんだと、そう思えたからだ。

「…鷹兄にも、分からないんだ?」

「そりゃそうだろ。俺だって何でも知ってるわけじゃねえし。」

 少し砕けた口調が、いつも通りのように思えて嬉しくなる。だから再び問いかけた。


「鷹兄‥さっき妖が逃げていったの。いつも話す子なのに‥私が何かしちゃったの、かな?今もね、周りにいそうなのに、姿を現してくれない。でも、それがね、私の眼が揺らいだせいで分からないのか、それとも別の理由があるのか、分からないの。聞きたいけど逃げられちゃうし‥それにユキ、わたしもう会えないのかな?」

 泣きながら、鼻水を啜りながら辺りの様子を窺っている。鷹也も周囲の様子を窺い、そして虚空に目を向けた。


「妖はな、強い感情に弱い。‥澱に絡まれて動けなくなるのもそのせいだよ。おそらく七海が、落ち着いているときには話しにくるだろう?だから今も、ここから離れた場所に避難しているんだ。」

「‥そっか、そうだったんだ。わたし、あの子たちにも悪いことしちゃったね。‥今度あやまる。」

 七海は自分の掌を見つめる。今は揺らいでおらず、ただ眼を閉じていた。


「七海が落ち着かないと、ユキは出てこられないんだと。‥ブランがそう言ってる。」

 ブランは鷹也の式である、白銀の大鷹だ。

「…そっか。ありがと、鷹兄。」


 七海は鷹也を見やった。厳しいことは言われたが、きっとそれも自分を思ってのことだろう。そうじゃなかったら、こんな所にまで来てくれるわけがない。


 子供の頃に偶然見つけたこの湧水池。初めて来た時には帰り道が分からず、泣いていた所に兄が来てくれた場所だ。七海の秘密の場所と言ってもいい。

 散々叫び、怒鳴りつけたというのに、やはり自分を心配してくれているのだと、ただただ、それが嬉しかった。



「鷹兄!」

 七海は立ち上がり、そのまま抱きついた。不意を突かれた鷹也はそのまま硬直する。

(ぎゃああああああああ!)

 心の中で大絶叫したものの、声も上げず無表情のままだ。ここ数日、七海の感情の波に当てられ続け、消耗していたところで接触による生体エネルギーをまともに食らってしまった。さすがにこの状況で可愛い妹を躱したら、別の問題が発生しただろう。七海にガシッとホールドされてしまっている。

(あ‥これやべえ‥俺、詰んだ。)

 妹を振りほどけるわけもなく、冷や汗と悪寒が全身を駆け巡る。吐き気と頭痛も押し寄せてくるが、さすがに今はまずい、と何とか堪える。が、そう長くは持たないはずだ。


「七海ちゃん!」

 そこへ雅が走って来て、七海を鷹也から無理やり引き剥がし、抱きしめた。

「お、お母さん!?」

 七海は泣きながら母に抱きつく。服を通して伝わる温もりが、七海の心の堰を切った。大声を上げて泣き、そして思う存分抱きしめられる。



 なお、傍らにはポイっと放り捨てられた鷹也が、雅の到着に安心して気を失っていた。もちろんこの場に雅を呼び出していたのは鷹也である。おそらく状況次第で母の介入を依頼する予定だったのだろうが、念のための母の配置が、自分を救うことになるとは当人も思ってなかったに違いない。

 そして雅は、当然、鷹也の体質を分かっている。七海からは決して見えない位置に、そっと立ち位置を変え、周囲にいる妖たちに合図を送る。

 周囲からは妖たちがぴょこぴょこと姿を現し、七海に気づかれぬよう鷹也の周りに集まった。そしてハンドサインを出し合って鷹也を担ぎ、そのままぴょこぴょこと走り去って行った。




 しばらくして七海が落ち着くと、雅はハンドタオルを手渡した。

「七海ちゃん、今日はねホテルに滞在しているの。気分転換にあなたも来ない?」

 母が自分を気遣ってくれているのが分かり、七海は頷いた。

「あ!鷹兄は?」

 妖たちにより運搬完了されている鷹也は、当然ここにはいない。

「さっき静かに帰ったわ。気にしなくていいの。」

 二人は手を繋ぎ、母が呼んだタクシーに乗り込んだ。そしてそのまま繁華街の観光ホテルに到着する。

「ここには温泉もあるのよ。身体も冷えているようだし、まずは温まりましょう。」

 母娘は二人、温泉に入って温まる。ホテルの浴衣を着て部屋で髪を乾かしていると雅は紙袋をいくつも取り出した。

「その後は着替えて、お食事に行くわよ!」


 袋の中身は全て服だった。半袖のカットソーやカーディガン、スカートやパンツとびっくりするような量がある。そして靴までも。


「神楽選考、お疲れ様!」

「‥でも、あの、私!」

 雅はいたずらっぽく笑い、「しー」と七海の言葉を封じた。七海はきょとんとして母を見るが、母は笑ったままだ。

「お疲れ様だからいいのよ!今晩は、パーっと行きましょう!」

 七海は再び流れ落ちてきた涙を拭い、ようやく笑顔で頷いたのだった。



 その頃、篁の屋敷では鷹也が目を覚ましたものの、起き上がれずにいた。

『タカヤーだいじょぶー?』『タカヤおきたー!』『へいきー?』

 妖たちがわらわら集まり、一匹はぺちぺち叩いてくる。

「‥あーお前らが運んでくれたのか。ありがとなー」

 なんで運ばれたんだ?と記憶を遡り、そして再び硬直した。伝わる体温、脈拍、呼吸音、思い出した途端に全身に鳥肌が立つ。

「あ、だめだこれ‥」

 鷹也は妖たちに手を借り、何とか自分の家に帰宅した。篁の離れではなく、大学近くの家だ。ここの方が人の気配が少なく、気分的にも楽なのだ。


 部屋に戻りかけ、猛烈な吐き気に襲われてトイレに籠る。いつものことながら食事を後回しにしていたために吐くものなどない。それでも止まらないものは仕方ない。

 ふらふらになりながら顔を洗い、口をゆすいでベッドに倒れこむ。

「だー頭いてー気持ちわりー!」

 妖たちがわらわらと集まって来て、鷹也の周りに座り込んだ。

『だいじょぶー?』『ぼくらここにいるー』『タカヤあんしんしていー』

 横たわる鷹也の身体の上や、頭の上、顔の周りにまで群がって来る。しかしこの妖たちのもつエネルギー波が、何より鷹也を安定させてくれるのだ。

「‥ありがとね。」

 そう言って再び鷹也の意識は閉ざされた。




 翌朝、朝食バイキングで食事を取った後、雅は改めて七海に向き合った。

「さて、これからお義母様のところに行きましょう。」

 七海は一瞬、硬直したがそれでも黙って頷いた。そう、まだ何も解決していない。なぜ自分が選ばれなかったのか、それを知る必要があるのだ。


 二人はタクシーに乗り込み、篁の家に上がった。もちろん雅が事前に話を通している。

「いらっしゃい、さ、どうぞ」

 環がにこやかに迎えてくれ、二人は和室に通された。

「今日は、七海に何が足りなかったのか、それについて教えて頂きに参りました。」

 雅がそう言って頭を下げると、慌てて七海も頭を下げた。


「‥七海、あなたは不思議に思ったでしょうね?ミスもなく、完璧な神楽だったのに、と。」

 環がそう言って微笑むと、七海は下を向きかけて顔を上げた。

「はい。型を破った遊馬と、ミスをしていた道明が選ばれたのか、どうしても分かりません。」

 昨夜鷹也にぶつけた疑問を、言葉を変えて口にする。

「‥そう。」

 環はそう言って傍らに置いたセットでお茶を入れる。

「今は分からなくてもいいわ。でもね、七海。それはあなたに気づいて欲しいの。」

 湯呑を七海と雅に差し出しながら環は微笑んだ。

「どうして、ですか?」

 七海が思わず問い返す。

「言うのは簡単なこと。でもね、人から聞いたのと、自分で行き着くのでは、答えの深さが違うの。そしてその答えの深さこそが、後々ずっとあなたのためになる。」

 環の意図を完全には理解出来なかったが、それでも七海は頷いた。鷹也が昨夜言っていた、“俺は自力で考えて答えを出す”ということなのだろうと思ったのだ。

「ね、七海。あなたが思いついたこと、何でもいいわ。私に聞かせてちょうだい。」

 環の柔らかな言葉に、七海は「はい」と頷いた。


「雅さん、もう少し二人で話をしたいの。少し外して頂いてもいいかしら?」

 七海が問題なく受け答え出来ていることで、雅は安心して席を外した。七海は少し身体を硬くしているがそれくらいは仕方がないかもしれない。


「七海?雅さんや鷹也が選ばれていて、自分が選ばれなかったことに対して、必要以上に自分を責めてはいないかしら?」

 図星を突かれて七海は黙ってしまう。そんな七海を見て、再び環は柔らかく微笑んだ。


「‥おじいちゃん、一族の総代という立場で、その孫が出るってなったら‥その‥絶対に選ばれなければいけなかった。そう思ってました。だから、私が選ばれなくって、おじいちゃんやおばあちゃんにも恥をかかせたって。」

 環はゆっくりとお茶を飲み、笑みを湛える。

「やあねえ、そんなに堅苦しく考えるものではないわ。ただの肩書に価値なんてないの。選ばれたら嬉しい、選ばれなかったらお疲れ様。ただそれだけのことよ。」

 その軽い言葉が、七海の心をふわりと軽くさせてくれる。

「‥え?あ、あの‥でもおじいちゃんやおばあちゃんが、他の人たちに笑われちゃうとか‥」

 環はつい笑い声をあげる。

「そんな人、いたら却って信用も信頼も失うわ。そんなことは気にしなくていいのよ。」

 そして再び軽い口調で言われ、七海の表情も少しばかり明るくなった。


「家柄だとか、肩書だとか、そんなものは気にしなくっていいの。あなたはあなたよ。母と兄が選ばれてるのに自分はなんて卑屈になることもない。それにね、私も雅さんも、初めての選考では選ばれてないのよ。」

 七海は驚いて環を見つめる。当然初めての選考で選ばれたものだと考えていたのだ。

「やあねえ、三年に一度なんだから。これまで何度選考があったと思うの?」

 うふふふと環は笑った。

「そっか‥一生に一度ってわけでは‥え、あの!鷹兄はもしかして選ばれて?」

 笑っていた環がスッと真顔になる。

「鷹也のことは気にしないの。あの子はちょっと規格外というか、なんというか。いい?人のことなんていいのよ。七海は七海でいいの。」

 やはり兄は特別なのだ、と実感させられる。

「‥はい。また神楽を教えて頂けますか?」

「もちろんよ。」

 その後は、神楽のことで会話に花が咲く。参世代の人たちの神楽がすごかった、とか。あんなにレベルの高い人たちでも振り落とされるのか、とか。

 環視点からの話を聞くのもまた楽しかったのだった。



 雅は席を外している間、息子の家へと足を運んでいた。妖たちに囲まれているのはいつものことだ。そして触れたくても触れられないのも。眠っているのか気を失っているのか、定かではないが、数日後には回復するだろう。

「ありがとうね、鷹ちゃん。あなたがいてくれて、私は本当に助けられているわ。」

 ベッド脇のサイドテーブルにチョコレートを置き、雅は早々に離れた。早い回復を願うなら、その方が良いのだ。

 帰り際、玄関先で篁に会った。

「おじいちゃん、上手く出来たつもりだったけど、ダメでした。また教わりに来ます。」

 七海はそう言って頭を下げた。

「‥そうか。七海にも良いところがあり、同時に悪いところもある。けれどもそれが合わさったのが七海の個性なんだ。成長を楽しみにしているよ。」

 七海はもう一度頭を下げ、雅と共に帰路についた。祖父も恥だなんて思っていなかった、それが何より心を軽くしてくれたのだった。


 そして七海は雅と共に自宅に戻り、霧江と流水に頭を下げた。

「流水、ごめんね。せっかく作ってくれたのに、私食べずに出て行っちゃって。」

 流水はふるふると首を振り、七海に抱きついた。

「えーいいなあ!私も流水ちゃんの手作り食べたかったー!」

 霧江は冷蔵庫から紙包みを取り出し、七海に渡す。

「せっかくだし、あなたと姉さんで半分ずつ頂いたらどう?」

 七海と雅は顔を見合わせ、笑い合った。

「これ、流水と霧江さんに。」

 七海が高級チョコレートの包みを流水に手渡す。さっき雅が鷹也の元に置いてきたものと同じメーカーのものだ。

 七海と雅はお手製マフィンに感激し、霧江と流水はチョコレートで歓声をあげた。四人は久しぶりにお茶を飲みながら、賑やかな時間を過ごしたのだった。



 そして週明け、七海が家を出ると、茜がにっこりと笑って近づいて来た。

「おはよ!七海!」

 罪悪感で硬直しかけた七海の心を和らげるのには十分すぎるほど、茜の笑顔は温かかった。

「‥おはよう!茜!あの、心配かけてごめん。メッセージありがとう。」

 尚も言葉を続けようとする七海の腕を取り、茜は笑った。

「今日も快晴だね!」

 二人で空を眺めながら歩いていると、道明が、遊馬が合流する。

「よ!」 「おー!元気そうでよかった!」

 そんな声をかけられ、七海は今度こそ明るい笑顔を向けた。

「みんな、心配かけてごめん! ありがと!!」

 そのままいつものように登校し、解決しない疑問を抱えたままではあったが、いつもの日常に戻れたのだった。




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