1-15 神楽祭選考 2
第弐世代最後の組が控えの間から出ると、茜に緊張が走る。一組が武具を使っての神楽を舞い、ニ組がその後ろの壇上で楽器を奏でる。
「イグニス…どうしよう!私もうダメかも!!」
茜がつい弱音を吐くと、イグニスはそんな茜をつついた。
『そういうこと言わない!アカネのそれ、わるいくせ!』
式に叱咤され、茜は頭をぶるんと振ってマイナス思考を振り払う。
『だいじょうぶ!先に楽器、神楽はそのあと!舞台に立って慣れる!』
そう言うと、イグニスはふわりと光り、茜の手の中で笙へと姿を変えた。式が変化する楽器は、演奏者のイメージを汲み取り、それを音色として響かせる。それ故に、楽器演奏の技術を問われることはない。
「ウサ吉!」
遊馬が声をかけると、金色に輝くウサギが顕現した。
「ぴるるっ!!」
「ちょっ!なんで今日は金色なわけ!?‥え?せっかくの晴れ舞台だから?いやでもそのままの姿ではお前出ないじゃん?」
「ぴる!?」
ウサ吉はガーンという擬態語をそのまま表現したように、その場に固まる。周囲からくすくすと笑い声が上がり、場の空気が少し緩んだ。
「サンキュー!ウサ吉、なんか緊張が抜けた。‥頼む!」
「ぴる!」
ウサ吉が金色の姿そのままに弓に変化する。
「いいね、なんかアガるわ!」
金色の弓が遊馬の手の中で微かに震えた。頑張れよなのか、ドヤなのかは分からないが、おそらく両方だろうな、と遊馬は笑う。
太鼓の音が鳴り、まずは神楽組六人がぞろぞろと神楽殿へと入り、楽器組がその後へと続く。先頭は遊馬で、茜は最後から二番目だ。
太鼓の合図で楽器組が音色を奏で始めると、神楽組が一斉に動き出した。やはり皆、相当緊張しているように見え、表情も動きも硬い。音色もこれまでと比べると上ずったり、震えたりと安定しない。そんな中、遊馬だけは微かに口角を上げ、しなやかな動きで型をなぞっている。
と、火系の一人が足をもつれさせそのまま遊馬へ突っ込みかけた。遊馬はすいっと躱しながら、倒れないように支えてやる。
持ちこたえたかと思ったその時、もう一人が崩れた。それも何とか支えた後、遊馬はバランスを崩して倒れかける。
しかし弓を持ち換え、右腕一本で側転を決め、体勢を整えた後に弓に何か囁いた。直後、天に向かって弓を引き、そして放つ。黄金の光が空に打ちあがり、観客席からどよめきが上がる。遊馬は共に神楽を舞う一人ひとりに視線を送って、ニヤッと笑いかけた。
そこから空気が一変し、神楽組も楽器組も緊張感がほぐれて伸びやかな音色と動きへと変化した。
神楽が終わった後、遊馬たちは一礼して控えの間に戻って行ったのだった。
茜はまだ今起きたことが理解出来ていなかったが、お陰で痛いほど張り詰めていた緊張が緩んだ。太鼓の音で前方へ移動し、楽器組が入って来る。ここには道明がおり、自分の位置に来ると神楽太鼓を静かに床に設置する。
「イグニス、いこう!」
その言葉にイグニスがふわりと光り、今度は刀へと姿を変える。剣道部である茜は、刀を手にしたことで少し落ち着きを取り戻した。
(ミチくん、いつもよりペースが早い?)
緊張のためなのか、道明の太鼓が普段より僅かにペースが早い。いや、他の楽器が早いせいで引っ張られているのかもしれない。
茜は慣れた摺り足で、巧みに緩急をつけているが、やはりタイミングが合わせにくい。それはどうやらこの組全員が感じているようで、妙にちぐはぐな動きになってしまう。
本来なら武具同士が軽く触れ合い、スッと離れていく場面で、届かずに更に離れてしまうという悪循環だ。
(どうしよう、どうしたら?‥)
迷い続け、何とか手を打ちたいのにどうにも出来ないことがもどかしい。焦れば焦るほど、このすれ違いは大きくなってしまう。
ドーン
道明が太鼓を大きく打ち鳴らし、その後ふちを小さく打ち鳴らして拍子を取る。これにより楽器の速度が緩やかになり、神楽組の様相が落ち着いた。
(あ!)
普段と同じ速度になったことで安心した茜は、型を一つ間違えてしまう。大きく動揺し、そこから神楽の動きが途端に崩れていく。
(ダメダメダメ!立て直さないと!!)
自分のせいで周囲に迷惑をかけてしまう。その一心で必死に神楽を舞い続けるが、どうにも立て直せそうになかった。
(こういうときあっくんが羨ましいよ‥)
あの遊馬の奔放さが自分にも欲しいと思う。何とか総崩れになる一歩手前で踏みとどまり、茜の神楽は終了したのだった。
(もう少し早くペースを落とせれば‥)
道明は後悔していたが、こればかりは仕方ない。自分が出来る限りのことはしたと考えを切り替える。「ロード、頼む」
相棒は太鼓から姿を変え、道明の両腕にふわりと巻き付くように一瞬光った。空手有段者の道明の武具は自らの拳である。
拳と、前腕までを覆うように薄い光の膜が張り付いている。攻撃と防御を兼ね備えた、道明独自の武具である。
「ユキ、よろしく!」
七海の楽器は神楽鈴である。白銀の柄に白銀の鈴が連なった、美しい鈴だ。道明の後ろ姿を見ていると、気持ちが少し落ち着いてくる。
(まったく‥遊馬があんな派手に訳の分からないことやるし、茜ちゃんは立て直せなかった。‥というか道明が太鼓を大きく叩き過ぎた後に、茜ちゃん失敗していた感じ‥道明も緊張しているのかな。)
神楽が始まると、七海は姿勢を正し、音色を聞きながら鈴を鳴らす。前では道明が大きな動きで型をなぞっている。あの安定感は見てて安心するほどだ。
(うーん‥何か違和感だな、なんだこれ?)
道明は自分のペースが掴めないまま、周囲とうまく連携が取れないままに動いていた。確かに音色も拙ければ、周りの動きもぎこちない。初めて共に神楽を舞う相手だ、息合いが出来ないのも当たり前の話なのだが‥
音色を聞き周囲を見た後、道明はわざと間違え、ドンと床を鳴らした。一拍止まった直後、道明は自分のペースで神楽を舞う。ゆったりと、しかし鋭く、大きく。それが功を奏したのだろうか、音色と自分の動きが合ってきた。隣で舞っていた風系統であろう女性が自分を見て、微かに頷いてくれる。どうやら彼女も自分のペースを思い出したらしい。
(道明が間違えるなんて。それに体勢崩したの?あんなに大きな音を立てるなんて。)
道明の狙いが理解出来ず、七海は困惑していた。しかし、とにかく今は自分がすべきことを全うすることが必要だと自分に言い聞かせ、そのまま鈴を打ち鳴らす。
その後は違和感なく、拙いながらも何とか自分のペースを守ることが出来た。周囲との連携もそこまで悪くはなかったのではないかと思う。
(道明まで間違えたのは誤算だったなあ‥)
七海は少し気落ちしたが、それでも気を取り直した。自分のすべきことはやったのだし、あとは神楽で有終の美を飾るだけのことだ。
(みんながダメだったぶん、私がしっかりやりきらないと!)
改めて気合を入れ直し、ユキと意思疎通を図る。神楽鈴が淡く輝いた後、七海の両手には双剣が握られていた。
新雪のような真っ白な柄に、銀色の刃が眩く光る。茜の刀もそうだが、これは穢れや影を散らすことは出来ても人を傷つけることはない。
太鼓が鳴り、遊馬達が演奏を行う。ちなみに遊馬の楽器は土笛だ。この柔らかく、深い音色が遊馬は大好きなのだ。
そして先程の神楽でも大いに注目を浴びていた遊馬に、視線が集中している。土笛というのがまた珍しい楽器だからだろう。雅楽でも神楽でも、まず採用されない楽器だ。それが金色に光り輝いているのだから否が応でも注目されてしまう。
演奏が始まると、七海はフッと息を吐いて、スッと足を踏み出した。自分のリズムで、周囲に引っ張られることなく型をなぞる。隣は風系のようだが、どうにもズレてしまうらしい。
(隣は関係ない。私はきちんと最後まで、完璧にこなす。)
雑さや拙さを指摘するのは間違いだと考え、七海は一つ一つの所作を丁寧に、緩急もしっかりと付けながら神楽を舞い続けた。
(うーん‥何か七海が浮いてるんだよなー‥)
背後で見ている遊馬は、全体の流れを見てそう感じた。確かに神楽そのものは、非常に立ち振舞もきれいで所作も申し分ない。
(弓のときと一緒だなあ‥一人だけ突っ走ってる感じ?)
何とか出来ればと思うが、周囲が何とかそれに着いていこうと努力している。それを崩してしまったら、取り返しがつかなくなりそうだった。
(これは迂闊に手出し出来ないなあ。けど、七海も選ばれたいよなあ‥これどうしよう。)
思い切りの良い遊馬でさえ、どうしたら良いのか分からずにいた。そして何も打つ手が無く、神楽は終了した。
七海は庭に向かって一礼し、その後、選考委員たちにも一礼した後、神楽殿を退出した。ミスもなく、完璧に舞えたことで、心は高揚している。満足げに微笑んだまま、控室に戻るのだった。
「君、すごかったね!」
男が一人、笑顔で言いながらこちらに向かってくる。七海はふっと頬を緩め、言葉を返そうとした。しかし男は七海を素通りし、遊馬に向かっていた。
「え?お、俺?」
遊馬は驚いて一瞬後退りしたが、男は構わず近寄っていく。
「あんな所で転倒なんて、そんな無様を晒さずに済んだよ!本当に助かった。」
「あ、俺も俺も!いやあ緊張で身体がこわばってさ、完全にバランスを崩した。ありがとう!」
遊馬と共に神楽を舞い、体勢を崩して遊馬に救われた二人だったらしい。
「あーいや‥ええっと、俺も勝手に身体が動いただけで、型とかガン無視だったし‥」
照れくさそうに言う遊馬の表情が、七海の気分を逆撫でする。
「‥いえ、ありがとうございました。貴方、お名前は?」
不知火家の燐までもが遊馬の元に行き、丁寧に礼を言うのを見て、七海はくるりと踵を返した。
神楽殿から外に向かいながら、大きくため息をついた。せっかく完璧にこなせ、満足していたのを台無しにされた気分である。
(あんなはちゃめちゃを褒めるなんてどうかしてる!)
てっきり自分に向けての称賛だと思ってしまったことが気恥ずかしくもあり、あの場に居づらくなったのだ。確かに転倒しかけたのを助けたのは凄いことだと思う、が、側転やその後の弓引きは型にないものであり、そんな型破りが許されるはずもない。
(まあいいか。今回選考に通ったのは、私だけかもしれない‥)
遊馬は破天荒すぎ、道明は楽器と神楽、両方でのミス、茜は道明の太鼓に引っ張られてミスをしてしまった。
(道明がミスしなければ、茜ちゃんも残ったかもしれないのに‥)
少しばかり恨めしくも思うが、こういう場は初めてのことだ。それを責めるのは間違った行いであり、兄は絶対にそんなことはしない。
一方、控えの間では、道明も一緒に神楽を舞った者、演奏を担当したときの神楽担当から笑顔で感謝をされていた。
「いや‥ペースが早くてさ、合わないのを君が太鼓でペースを作ってくれた。あのお陰で立ち直れたよね。」
「あの機転はすごいよ。まだ十代だよね、え?中学生?すっごいなー!」
茜もにこにこしながら道明に礼を言う。
「ミチくん、ありがと。まあでもその後に私がミスっちゃって、リカバリー出来ずに終わっちゃった。」
てへっと笑う茜に、周囲の人たちが温かな笑顔を向ける。
「火乃宮家、か。‥貴女、もう少し堂々としたらいいのに。」
そう声をかけてきたのは不知火家の燐だ。
「燐さんの神楽、迫力ありました。なんか‥圧倒される感じで。」
茜がそう言うと、燐は「やめてよ!」と言って首を振る。
「今回は、五十嵐遊馬?あの子に助けられたわ。‥全く!とんでもない子が来たものね!」
燐はそう言って勝ち気な笑顔を遊馬に向けた後、控えの間を出て行った。
「ミチくん、神楽の時のミスってあれわざとだよね?」
茜がそう言って道明を見やると、その視線を受けて頷いた。
「何がズレているのか分からなかったんだよな。ただ何かがおかしかった、だからミスして床を鳴らしたんだ。」
そう呟くと、道明の隣で神楽を舞っていた風系の女性が頷いた。
「…神楽鈴。」
女性がぼそりと呟くと、道明は嘆息して目を閉じる。
「間違えてはいない、いやむしろ完璧だった。‥けどだから揺らぎすら許されない、場が出来上がった。」
月系の男がぼそりと言うと、同じく神楽組が頷いた。
「…さすがに鋭いね。何が窮屈なのか分からなかったけど、違和感がなさすぎて違和感?みたいな感じなのかな。きっちりしすぎていてどうにもやりにくい感じかなあ。」
神楽組の日系もそんなふうに話している。
「ま、何にせよ君があの“場”を整えてくれたことは確かだ。感謝するよ。」
どこに原因があったのかを何となく察した後は、それを責めることもなく、ただただ道明に対して皆が礼を言ってその場を後にする。
「ナナ、完璧だったのに…」
茜が寂しそうに呟き、そういえばと姿が見えないことに気付く。もしかしたら既に外にいるのかもしれない、と慌てて神楽殿を出て行った。
そして一人佇んでいる七海を見つけると、ホッとして声を掛ける。
「ナナ!外にいたんだね。」
明るく声をかけたが、七海は気落ちしているように見える。何事かと茜は心配になり、改めて声をかけた。
「どしたの?ナナ、何かあった?」
振り返った七海が微かに笑う。
「お母さんと、鷹兄がいるかなって思って。‥けど、どこにもいなくてさ。ミスもなく完璧に出来たよって、報告しようと思ってたのに。」
寂しそうに呟き、ため息を漏らす。
「そっか‥それはショックだねえ‥」
茜が声を落とすと、七海は慌てて手を振る。
「あ、ううん!大丈夫!きっとお母さんも鷹兄も忙しい中来てくれたんだと思うし!ミスもなく出来たから私は満足してるし。それより、茜ちゃんさ‥その‥道明の太鼓、すごく大きな音たてたじゃない?‥それで動揺しちゃったかんじ?」
茜は目をぱちくりさせたが、その後にふわりと笑った。
「違う違う!あれね、ペースが早くって。ミチくんがあれで拍子を取り直してくれたの。それで安心しちゃってさ、ミスったらもう戻れなかった感じ!」
茜は素直に言い、道明がペースを戻してくれたと、そう伝えた。しかし、七海はそうは受け取らなかった、いや受け取れなかったというべきか。
(やっぱり茜は優しいな‥人を責めることなく、自分のせいにしてる。‥茜が選考に落ちたら、私なんて声をかけたらいいんだろう。)
「ナナの神楽はやっぱりきれいだねえ‥私みたいにミスもなかったし!」
茜がそう言って笑顔を向けると、七海も照れくさそうに微笑む。
「お母さんも、鷹兄も選ばれたって聞いてるからさ。‥さすがに失敗するのが怖くって。だからなんか、すっごい夢中だったよ。‥本当は4人全員が選ばれたら良かったのにな‥」
七海のそんな言葉に、茜は何も言えなかった。おそらく七海はミスもなく完璧に舞えたことで、選ばれたと確信しているのだとそう思ったからだ。
「あは、私はミスしたあとリカバリー出来なかったし!残念だけど、今度はもっと頑張るんだ。弟もそろそろ開眼するかもしれないし。‥そうなると弟と競争か~」
何気ない茜の一言に、七海の心臓がどくん、と跳ねた。もし流水が神楽を覚えて、同じように選考会に参加したら?
「‥きっと大丈夫!その時は姉弟で選ばれればいいんだし!‥私もいつか流水と一緒に出来るかなあ。」
自身に言い聞かせるように言って、茜と七海は顔を見合わせて笑い合い、二人で互いを労った。
選考会はこうして幕を閉じ、一週間後の発表を心待ちにするのだった。
心待ちにしていた選考会結果発表当日。七海は朝からソワソワと落ち着かなかった。どのような形で連絡が来るのかも分からず、ただ漫然と時間が過ぎてゆく。
「結果って、通知なのかな?」
教室でいつもの如く弁当を広げながら七海が口を開くと、遊馬が笑い出す。
「グループメッセとかじゃね?今どき。」
さすがに書状で来ることはないだろうとも思うが、そういえば皆、一族同士でどのように連絡を取り合っているのだろうか?
「わたしたちはスマホだよねえ。けど他の人たちはどうなのかな?」
茜も不思議そうに首を傾げる。祓いや浄化を本格的に行っている人たちは、それなりに横繋がりがあるらしいと聞く。
「そういえば選考会の話も、人づてに聞いてるよな俺ら。」
家族が皆開眼者である道明も、茜も、七海も考えてみれば家族から聞かされた。
「あ、俺も親父から聞いたよ!ウチ開眼してんの俺だけらしいけど。」
開眼していない者たちも一族とは無関係ではないらしく、交流はあるのだそうだ。
「まあ今日って話だから、今日中には来るんじゃね~!」
そんな遊馬の言葉と共にチャイムが鳴った。この後は数学の授業である。4人は席に戻り、午後の授業準備をするのだった。
結局、学校にいる間には何の音沙汰もなかった。まんじりともしないまま、部屋でぼうっとしていると突然ユキが顕現する。
「あれ?…あ、ユキが結果を教えてくれるの?」
ユキはこくりと頷いた。
『ナナミ、おつかれさま。今回はえらばれなかった。』
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「今回は‥選ばれ‥なかった?‥え?やだ、嘘だよね!?」
ユキはじっと七海を見つめる。
「え、もしかして全員ダメだった!?茜も遊馬も道明も!?」
しかしユキはふるふると首を振った。
『えらばれなかったのは、ナナミとアカネ。えらばれたのは、ミチアキとアスマ。』
七海はその場で硬直し、目を見開いた。
「‥うそ‥え、やだ‥なんで…?だってわたし‥完璧で‥」
ただただ七海はその場に立ち尽くし、ユキの言葉を受け入れられずに呆然としていた。




