水澤家集結 いざ!サファリパーク!
七海と流水の部活休みが重なったその日、朝早くから四人はサファリパークへと向かった。霧江が用意してくれた弁当を持ってのお出かけである。
前日に雅と蒼介がレンタカーを借りていたため、広い車内でまずはのんびりとドライブを楽しむ。早朝に出たためか道もさほど混雑しておらず、天気にも恵まれた最高のお出かけ日和であった。
「音楽でも聞くか~?」
そんな蒼介の声に流水が突然歌い出す。最近流行りのポップスであるため、そこに七海と雅が加わって、車内は大合唱だ。
「我が家の歌姫たちの声は最高だなあ!」
蒼介もご機嫌で、音楽に合わせて鼻歌を歌っている。
「鷹兄も来られればよかったのにー!」
「ねー!」
妹たち二人は兄の不在に少々ご不満のようだ。
「鷹ちゃんも用があるんだから仕方ないじゃな~い。」
雅が笑いながら言うと、二人は渋々頷いた。ふらりと来ては二言三言言葉を交わしてサラッといなくなる兄だ。たまにはゆっくり一緒に過ごしたいとも思う。
「でもさ、何で鷹兄は私たちと一緒に住んでないの?」
流水が不思議そうに尋ねる。子供の頃から鷹也は祖父の篁の家に住んでいるのだと聞いていた。蒼介がちらりとルームミラーを見ると、七海と流水と目が合う。
「ははは‥俺が開眼してないって聞いたろ?」
その言葉を聞いて、七海と流水が途端にソワソワしだす。
「そんなに気を遣うなよ~!‥まあ、そんなわけで次期当主は鷹也になるんでなあ。父さ‥いやじいちゃんの所で色々修行してるのさ!」
これまではっきりした理由を知らされてなかったが、そういう経緯があったのか、と妹たち二人は納得したようだ。
(やっぱり‥鷹兄ってすごいんだ‥)
七海は兄を心から尊敬していたし、兄のようになりたいと常々思っていた。きっと祖父からも父からも篤く信頼されているに違いない。そう思い、七海はますます兄を目標にしようと心に決めたのだった。
実際には、鷹也が篁の家にいる理由は別にある。しかし七海も流水もそんな事情は知らない。蒼介の説明は、ただでさえ大きい二人の“鷹兄すごい”をさらに膨らませることになった。
ゴールデンウィークであるために、園内は人でごった返している。人の波をかき分けながら、サファリエリアの園内バス乗り場へと歩く。
「ライオンいるんだよね、ライオン!」
ネコ好きな流水が目をキラキラさせている。七海も高校生とはいえ、動物園に来ること自体が久々だったので普段よりはしゃいでいる。
「きゃー!見てみて!ライオン!! きゃーーーこっちむいたー!」
そして一番大きな嬌声を上げたのは、七海たちの母、雅である。車の中では比較的大人しかったが、園内バスに乗り、動物たちを眼の前にした途端にネジが飛んだ。
しかし、そんな母に触発されたように、七海と流水までもが一緒になってはしゃぎ、声を上げ、写真を取ってはニヤニヤしている。
「おおお!これぞ百獣の王!!がおー!!」
そして蒼介までもが加わった。ブレーキ役になりうる霧江はこの場にいない。とはいえ、子どもたちも多いバスの中だ。この程度の声は簡単にかき消されてしまう。
その後も草食動物エリアで餌やりをしたり、ドアップのキリンを見てきゃあきゃあ声を上げたりと、四人は心からサファリを堪能した。いや、堪能し尽くしたと言った方が正しいかもしれない。
園内の広場にシートを広げ、霧江が作ってくれた弁当に手をつける。昼になると混雑するだろうと予測し、少し早めの昼食だ。
「ああああ‥霧江ちゃんの出汁巻きたまごおおおおおお!」
感激の余りについ叫んでしまう雅と、唐揚げに感涙しそうな蒼介、それを見て大笑いする娘二人というカオスな状況となっている。
おにぎりや甘めの人参グラッセにうずらウインナー、ブロッコリーと彩りも豊かで見た目も豪華な弁当は味の方もお墨付きだ。
「こういう所で食べるお弁当、やっぱ格別だよねえ!」
「うんうん!霧江さんの作るお弁当、超絶品!」
二人もニコニコしながらお弁当にパクついている。
「そういえばさ、お母さんて料理作ったことあったっけ?」
そんな七海の言葉に、はしゃいでいた雅がピタリと静止した。ギギギ‥と音が鳴りそうな動きで、七海へと顔を向ける。
「七海ちゃん?‥いい?よーく聞いて?」
勢いに押された七海がこくこく頷くと、雅は真剣な眼差しで七海の肩をがしっと掴む。
「人にはね、向き不向きというものがあるの。‥そしてね?食材の皆様に失礼なこと、私には出来ないの。‥言いたいことは分かるかしら?」
「よーするに料理が壊滅的に出来ないので、食材無駄にしないために諦めましたってこと?」
横から流水が茶々を入れる。七海の肩を掴んだままの雅は大きくため息をついた。
「流水ちゃん?貴女はもう少しオブラートに包むということを覚えましょうね?」
七海の肩から手を話した雅は、再び卵焼きに手を伸ばす。
「おぶらーとってなに?油のなかま?」
その言葉に蒼介と雅が顔を見合わせる。
「「オブラート…知らない?」」
二人は完全にハモリ、七海を見、そして流水を見た。二人ともこくりと頷いている。
「えええ知らないの!?」
「うそ!?知らないの!?」
蒼介がそこで盛大にため息を吐き、そしてゆっくりと口を開いた。
「いいか、オブラートというのはな?非常に高価な食材だ。これに包むと、どんな失敗をした料理であっても至高の味になるという…」
「へー、粉薬とか飲むのに使うんだ?」
「なんかゼリーのお菓子にも使われてたみたいよ?」
蒼介の説明を聞き流し、スマホでポチポチ検索しながら七海と流水が話し合う。こんな時の蒼介は大概大嘘つきになることを二人は学んでいる。
「…せっかく今思い浮かんだ大作が…くそー!」
蒼介は言いながら唐揚げを口にして、あっという間に機嫌を直した。こういう単純なところがまた、憎めないところなのかもしれない。
「はぁ‥霧江みたいに上手く出来ないのよ。これでもね、努力はしたのよ?」
「いいんだよ!雅!お互い、楽しく仕事してるんだし!」
二人は何だかんだと仲がいい。雅は掃除洗濯が得意で、蒼介は料理が得意、という非常に良いバランスなのだそうだ。
「そうだったんだ?そういえば、わりと小さいころからお父さんもお母さんも仕事でいないことが多かったもんねえ」
七海が言うと流水も頷く。
「霧江さんのご飯しか記憶にないよね?」
蒼介も雅も、少し寂しそうな表情を浮かべる。
「確かにさみしい思いはさせていたわよね。」
「まあそれはそうなんだよなあ」
しかし七海も流水も朗らかに笑う。
「でもさ、霧江さんもいてくれてるし、おじいちゃんやおばあちゃんもいるし、鷹兄もいるもんね。」
「やっぱりお父さんもお母さんも、仕事が好きなの?」
流水の問いに、二人は頷いた。
「せっかくのお出かけなんだし、苦手なこととか、仕事の話はやめて楽しみましょう!」
そんな雅の言葉に三人も同意して頷く。デザートにはなんとお手製アップルパイまでもついており、全員がお祭り騒ぎだ。
「パリパリの皮にとろっとした甘いりんご!!シナモン苦手なの知ってて入ってないのがさすが霧江!分かってるわーーー!!」
「あーわたしもあの匂いきらいー!だから霧江さんのは安心して食べられるんだ!?」
流水も夢中でかぶりついてはお口の中のハーモニーを堪能している。
ちなみに七海たちの両親が仕事に打ち込んでいるのは、単に仕事が好きだからというだけではない。
当主には開眼者であることが求められる。未開眼の蒼介と、水系統ではない雅は、その立場には就けない。だからこそ二人は、いずれその役目を担う子供たちを、せめて別の形で支えようと決めたのだ。
篁は当初その申し出を退けたが、最終的には、子供たちの生活を支えるという今の形に落ち着いた。そこに霧江の事情も重なり、三人は篁の家からそう遠くない場所に家を構えたのである。いずれ雅や蒼介の仕事が落ち着けば、再び五人で住むことになるだろう。
その後、爬虫類館で悲鳴を上げる七海と流水を見ては、大笑いする蒼介と雅、触れ合い動物コーナーで誰よりもはしゃぐ雅。もふもふに触れて今にも溶けて流れていきそうな蒼介を見て、七海も流水も笑いながら楽しんだ。
「おじいちゃんのお土産‥なにがいい?」
「おじーちゃんかー‥あ、じーちゃんとおばーちゃん、おそろいのなにか!」
流水と七海がこしょこしょ話しながらお土産を選ぶ。
「ああああレッサーパンダのぬいぐるみかわいいいいいい」
雅は既にぬいぐるみを手放さない。蒼介もホワイトライオンのぬいぐるみを抱きかかえている。流水が母に聞いたところによると、霧江はうさぎ大好きらしい。可愛らしいうさぎのマグカップをチョイスする。
「鷹兄はなにかな?」
「鷹兄は…これは!?」
二人が選んだのは、可愛いネコがついたシャーペンだった。
「やば!かわいい!私も欲しいな!」 「あ、じゃあ三人でちがうネコにしよ?」
流水と七海はネコのついたシャープペンシルを手にし、きゃいきゃい話しながら会計を済ませた。
帰りの車の中で、七海と流水は肩を寄せ合ってぐっすり眠っている。
「うふふ。大人びてきたけど、やっぱりまだ子供ねえ‥」
雅がルームミラーで子どもたちの寝顔を見ながら嬉しそうに呟いた。
「もう一緒に出かけてくれなくなるかなあ‥」
寂しそうな蒼介に、雅は笑顔を向ける。
「今度蒼介さんの赴任先にみんなで遊びにいくのはどう?‥それも楽しそうだわ!」
「マジか!?女神様達降臨!?なにその神イベント!」
二人は笑顔で今後の計画を話し合う。普段一緒にいられなくても、子どもたちを蔑ろにすることはない。霧江が送り続けてくれている、大量の子供たちの写真は丁寧に整理され、フォトアルバムにしているのだ。
雅は国内にいることが多く、仕事の合間を縫っては家に立ち寄っている。また各地の一族との繋がりを深め、時に協力しながら、いずれ当主となる鷹也のために出来ることを積み重ねてきた。もちろん、今後も続けるつもりだ。
そしてこれから娘たちがどんな進路を選ぶにしても快く送り出せるように、夫婦は仕事に力を入れようと決意を改めた。
サファリでお弁当
霧江さん




