水澤家集結! 父と娘と
夕方になって流水と七海が相次いで帰宅する。
「おかえりーー!」
「おかえりなさぁい!!」
明るい両親の出迎えに、七海も流水も嬉しそうだ。部屋に荷物を置き、さっさと着替えてリビングに集まってくる。
「ィヤッホー!これで家族全員だなっ!!」
毎回帰省の度に蒼介が叫ぶのもいつものことだ。はしゃいでいる流水と、落ち着いているように見えて明るい表情を浮かべる七海、普段通りの鷹也、この微妙な温度差が面白いと霧江は思うのだ。
「そいえばね!開眼?したの!で、こないだ開眼の儀?ってやつやったんだ!」
流水が興奮したように報告する。
「おおー!開眼したのか!さすがだな!!」
蒼介が目を細めて嬉しそうに流水の頭を撫でる。
「みてみて!っていうか、みんなのも見たい!」
七海の心にちくりと嫌な痛みが走った。
(これまでは、閉じた眼が当たり前になっていて、気にならなかったけど。‥流水が開眼したことで、どうしても考えちゃうな‥)
「あ、父さん、ちといいか?」
鷹也がスッと立ち上がり、蒼介を促す。声をかけられて少し嬉しそうな表情を浮かべ、鷹也と共に外へと出て行った。
「え?あれ!?‥もーお父さんのも見たかったー!」
そういう流水に、雅がふと真剣な眼差しになる。
「‥蒼介さんはね、開眼しなかったの。」
流水と七海も驚いて雅を見やった。七海自身、自分の“眼”のことばかりで、父や母がどうだったのか、考えたこともなかった。
「気を遣わなくていいわ。あの人も今は素直に流水のことも七海のことも喜んでいるから。‥ああいうときに鷹ちゃんがさりげなく気を遣ってくれるしね。親子で話したいこともあるのでしょうし、今のうちに流水ちゃんの話を聞かせて?」
少し驚いた流水だったが、雅の笑顔にホッとした様子で話し始めた。
(‥お父さん、開眼出来なかったんだ‥どんなにショックだっただろう。)
七海は何とかにこやかに流水たちの話を聞いていた。しかし胸の内では父親が感じたであろう痛みが、ちくちくと刺さっていた。開眼してはいても閉じたままである自分とは全く話が違う。妖や影は見えるし話も出来る。もし父と同じ立場だったら、あんなふうに明るく振舞うことは、きっと出来ないはずだ。
考え出すと止まらず、胸の奥にズキリと痛みが走る。これまでそんな素振りを一度も見せてこなかった父だが、自分や流水の開眼のことをどのような気持ちで聞いていたのだろうか。
「ね、おねえちゃん?」
いきなり声を掛けられ、七海は驚いて飛び上がりそうになった。
「え?‥あ、ごめん!話きいてなかった!」
霧江と雅の“眼”を見せてもらったのだという。これまで七海は自分の“眼”が閉じたままということにしか気が回っておらず、他の人たちの“眼”のことなど考えたこともなかった。
「私と霧江はね、風系の家系なの。」
初めて見る母と霧江の“眼”は、どちらも虹彩が薄い緑色だ。ちょうど今の若葉のような緑色は、つい見入ってしまうほどに美しい。瞳孔は更に薄く黄緑にちかい色だった。
「なんかキレイ。‥そういえば遊馬の方がもう少し、緑が濃かったかも?」
ふと七海が思い出したように呟く。人によって眼の大きさが微妙に異なる。細い目やぱっちりした目、これは顔にある目と大差がない。ちなみに右手には右目、左手には左目というのも面白い。
「ナナちゃん?」
雅が柔らかな笑顔を向けてきて、七海はつい表情が固くなってしまう。これまで、自分の開眼については改めて説明はしてこなかった。
「開眼はしたけど、眠っているみたい。」
それだけは伝え、眼の話題を避けて来たのだ。もしかしたら両親ともに自分に気を遣ってくれていたのかもしれない。
「わたしはね、ナナちゃんの“眼”は必ず目を覚ますと思っているの。それまでどんな色かしら?って想像するのが楽しみなのよ?」
そう言って笑う雅に、七海は泣きそうになる。母も兄も自分のことをバカにしたり、蔑んだりするようなことは決してない。だから自分は落ちこぼれでもなければ、いらない子でもないのだと実感出来るのだ。
「鷹也ちゃん?俺はお前が思っているほど気にしちゃいないぞ?」
蒼介が飄々と言い、ヘラっと笑ってみせる。
「ん?俺は用があったし、妹達の前で言うことでもないし、だから呼び出しただけなんだが?」
鷹也から冷静なツッコミをくらい、蒼介はフッと真顔になる。
「ほんっと、お前のそういうとこ可愛げがないよなー!カッコいいパパの出番を返せ!」
そう言いながら近くの自販機でコーラを二本買い、一本を鷹也に投げる。
「カッコいいパパならこういうときはブラックコーヒーじゃね?」
キャップを開けながら鷹也はニヤッと笑い、蒼介もニヤッと笑い返す。
「まあ実際さ、俺がいたら流水も気を遣ってはしゃげなかったよな‥」
蒼介は少しだけ寂しそうに呟く。
「‥まあな。」
その後、蒼介は意を決したような真剣な眼差しで鷹也を見る。
「なあ、お前は、俺を“無能”だと、そう思うか‥?」
「‥は?いや?何言ってんだ?」
突然何言い出すんだ、このオヤジはといった様子に蒼介はフッと笑う。
「‥ずっと昔からな、お前に聞いてみたかったんだ。怖くて聞けなかったがな。」
蒼介が情けなさそうな顔で呟くのを鷹也は横目で見やり口を開く。
「水澤家、特に本家では開眼しなかった者などほぼいなかった、と聞いた。」
その言葉に蒼介の表情が微かに歪む。
「だとしたら、父さんこそが“特別”なんだろう?少なくとも俺はそう思ってるけど。」
続く鷹也の言葉に、蒼介は慌てて目を拭う。
「おまっ!何なの!?お前ホント人生何周目なの!?俺のカッコいいパパ像、崩壊じゃんか!」
蒼介は笑いながら言い、鷹也も微かに笑みを浮かべる。
「ってか、お前が俺に話そうとしたことってなに?」
蒼介が気を取り直して聞くと、鷹也は軽くため息をついた。
「父さんとは少しばかりケースが違う。‥七海のことは聞いているか?」
「あ~‥開眼したと聞いた後、何か塞ぎ込んでいる様子だったんだよな。ミヤちゃんから一応は聞いているけど。七海はその話題を明らかに避けていたしね。‥正直聞けてない。」
鷹也は七海が珍しい両手開眼者であること、けれど開眼したあとすぐに両目とも閉じたままになっていること、流水が今回開眼したことで相当堪えているだろうことを伝えた。
「うわ~それはそれできっついな。‥たぶんミヤちゃんが俺のことを話しただろうし。これは!?カッコいいパパお披露目チャンス到来か!?」
すぐに調子に乗ってしまう蒼介だが、鷹也はニヤッと笑って頷いた。
「‥パパ大好き!とか言われちゃうかもなぁ‥」
「うぉー!これはもう!一肌でも二肌でも脱いじゃうよ!?はーっはっはっは!」
どう見てもお調子者であるが、内心では七海に対しての心配と、どのように対応すべきか深く考えていることを鷹也は知っている。
「あ、なあ!眼が閉じているってさ、そういうこともあるのか?」
「‥いや?じっちゃんも初めてのケースだと言ってたよ。」
蒼介は少し考え込むような表情を浮かべ、鷹也を見やる。
「けど、お前、何でかはある程度分かってるんでないの?」
「さあてね。推測の域を出ないよ。けど、父さんにも七海のフォローはして欲しい。父さんにしか出来ないこともあるからね。」
ダメ押しの一言を放った後、鷹也は蒼介と別れて家へと戻った。元々鷹也は祖父篁の離れで暮らしており、大学入学後はそこも離れて独り暮らしをしているのだ。
「おとーさんおかえりー!あれ?鷹兄は!?」
玄関を開けると流水が真っ先に迎えてくれる。
「ああ、ちょっと話した後に帰ったよ。明日も朝から練習があるらしくてね。」
流水は真面目な顔をして蒼介を見つめる。
「ごめんね、お父さん。‥私、つい浮かれちゃって。でもね!お父さんはお父さんだから!だから‥」
目に涙を溜める流水を蒼介は優しく抱きしめた。
「何言ってるんだ!謝る必要なんてないんだぞ?パパはなー特別に能力を持たなかった!そう、パパにしか出来ないことがあるからな!」
そう言って笑う蒼介に、流水はずびっと鼻を啜り、ふにゃっと笑ったのだった。
その後は流水や七海の学校生活の話題で盛り上がり、霧江の作った夕食に舌鼓を打った。父が楽しそうに笑うたび、七海の心も自然に解れていく。散々笑わされ、一緒に騒いでいるうちに、気がつけば七海もすっかりつられるように笑っていた。
こうして水澤家の夜は、穏やかに更けていく。




