慌ただしい日々
昼間はまだ夏の余韻が残り、暑い日が続いている。音楽の授業では合唱コンクールの練習があり、9月終わりの修学旅行に向けて何となく浮ついた空気が漂っていた。
「ナナちゃん、ルミちゃん、お出かけするわよ!」
二学期が始まってすぐの土曜日、雅が自宅に戻って娘二人を連れ出す。
「あれ?もしかして明日、霧江さんのお誕生会?」
すぐにピンときたらしい流水が尋ねると、雅は笑いながら頷いた。
「今年は9月1日、ちょうど日曜日なのよね!本当は美味しい手料理でもてなしたいのよ?でも、私には無理だし。霧ちゃんより美味しいもの作るなんてハードル高すぎ!!」
雅がそう言って笑うと、七海も流水も笑ってしまう。父・蒼介いわく、作ってある料理をレンジで温めることまでは大丈夫らしい。
「私もまだまだ修行中なんだよねえ。本当はさ、お祖母ちゃんと二人で作りたかったんだけど、明日の午後だよね、お祖母ちゃんたち帰って来るの。」
流水が残念そうに呟いた。
「そうね。でもね?夕方、お義父様のお家に招待されているの。色々と世話をかけているし、労わせてくれって言われたのよ!立夏ちゃんもケーキをプレゼントしてくれるそうよ!」
雅がそう言って笑うと、七海と流水も笑顔になった。
「と、いうわけで!私たちはプレゼントを見に来たかったのと!ナナちゃんとルミちゃんとデートしたかったー!いえーい!」
いつもの調子の母に、七海も流水も笑いながら頷いた。ショッピングモールでウインドーショッピングをしながら、服やバッグに目を止め、3人できゃあきゃあお喋りしながらプレゼントを選んだのだった。
そして翌日、午後に篁たちが帰宅した後で、七海と雅は掃除を手伝い、流水が味噌汁を作る。お寿司を取ってくれると聞き、七海と流水も大喜びだった。
「鷹兄も一緒に戻って来たの?」
七海が尋ねると、環がふふっと笑った。
「ええ。教授から呼び出しを受けたと言って、慌てて大学へ行ったわ。2,3日は、戻れないかもって。」
七海が残念そうにため息を落とすと、雅が笑いながら慰めてくれる。
「落ち着いたら来てくれるわよ。大学生、特に理系は忙しいって聞くし。」
準備が出来た所で霧江を呼び、お誕生日のお祝いをする。雅が蒼介からのプレゼントを預かっており、雅と七海、流水の3人からプレゼントを渡した。
「いつもありがとう、霧江さん。バーベキューだ、浴衣パーティーだ、と、夏休みは様々なイベントがあったが、それもこれも霧江さんがいたから大盛況だったよ。」
篁がそう言って労い、環も静かに頷いている。
「私も心から楽しみましたし!ぜひまたこういうイベントはやりたいなと思いましたよ。」
霧江もにっこり笑って答え、お祝いと労いのこもった穏やかな時間を過ごした。
週明け、学校へ行っても何となく落ち着かない。
「何かさ、修学旅行へ行く前の、この雰囲気がドキドキするというか。」
七海がぽつりと呟くと、茜も笑った。
「うん、何か分かる!とっとと行ってしまいたい!落ち着かないよお!」
茜の言葉に七海が吹き出し、二人は声を上げて笑った。
「修学旅行から帰ってきたら中間だしね!」
クラスメートの女子がそう言ってニヤッと笑うと、二人は「はああああ」と大きなため息をついた。
「ナナも茜ちゃんも忙しいなあ~!笑ってたと思ったら急に沈み込んじゃって!」
そんなふうにからかわれ、再び笑い合う。
「ってか、ななみん、高校は東京なんだよね?」
クラスメートに聞かれ、七海はこくりと頷いた。
「うっわ!やば!マジだったんだ!!えぐ!!」
女子たちにきゃあきゃあ言われ、まんざらでもなさそうに七海は笑った。
「えー!それ言ったら茜は関西だしさー!」
「えへへへ。」
茜も少し照れ臭そうだ。
「えーでも茜っちさ、なんで関西?ってか大阪?」
一人に聞かれ、茜はこくりと頷いた。
「お父さんとお母さんがね、行っていた製菓学校が大阪なの。だからそこに行きたくてさ、せっかくだから高校からあっちで慣れようかなって思ったんだ。お父さんやお母さんの知り合いも多いみたいだし。」
茜がパティシエとして学校に行き、再び地元に戻ってケーキ屋さんを継ぐんだという話を聞き、女子たちは笑顔で応援してくれる。
「茜っちのとこのケーキ、マジ美味しいし!」
「あーわたしプリン中毒!なんであんなに美味しいの!?」
ケーキを買いに来てくれる人はわりと多い。クリスマスシーズンの予約もかなり多く、12月に入るとすぐに準備を始めていた。
「へへー!私は結婚式のときにウエディングケーキを茜っちにたのもーー!!」
「結婚、出来ればねえ‥」
「ちょ!!ひど!!」
女子二人がきゃあきゃあ言いながら、からかい合い、笑い合った。
東京タワーでの行動については、先生から許可をもらうことが出来た。七海と道明が東京タワー構内から出ないことと、集合場所を事前に決めておくこと、と念を押される。
東京タワーから芝公園、増上寺から芝丸山古墳を回ろうという話になった。
「やっぱ東京駅もダンジョンぽいしな!散策したいよな!!」
遊馬が嬉しそうに東京駅のマップを眺めている。
「‥ええとさ。これってホントに、駅?」
再び東京駅のマップを見ながら七海がぼそりと呟く。
「駅とは思えないよね。というか!大阪の梅田駅もさ、駅ダンジョンランキング入ってるんだけど!!わたし遭難しないよね!?」
学校のパソコンで検索しながら茜が心細げに呟く。
「いやでも!新宿・渋谷・東京って三つも上位に入ってるんだよ!?私も遭難するかも!!」
七海もランキングをのぞき込んで絶望的な声を上げ、道明と遊馬は大笑いした。
篁たちが戻って来て数日後、落ち着いた頃を見計らい、七海は離れで勉強をしてもいいか尋ねる。
「ああ、かまわんよ。」
快く了承してもらい、試験はまだ先だというのに道明や茜、遊馬も毎日とは言わずに来ては勉強していた。その時に恭平と智樹、智琉がやって来た。
「みんなここにいるって聞いてね。俺らも明日、東京に戻るんだ。」
大学はまだ夏休みらしいのだが、少し早めに戻って後期の準備をするんだと三人は言った。道明が修学旅行の自由行動スケジュールを渡すと、恭平はニヤッと笑った。
「この日の午後なら俺も合流出来るなー!」
道明が嬉しそうに頷き、七海や茜、遊馬も喜んだ。
「‥さすがに無理か。」
「‥そうだね。」
一方、智樹と智琉は残念そうだ。実習や講義、レポートに追われて厳しいらしい。
「正月は帰って来られる、かなあ?正月は諦めて春休みに帰省するかもしれない。」
双子はそう言って笑った。
「4年以降はたぶん、今回みたいに長期間は帰省するヒマないだろうしね。」
「だよなあ。実習、レポート、実習、レポート。‥にーちゃん、俺死んじゃうかもしれない。」
ため息まじりに智琉が呟き、智樹もはあああっとため息をついた。
「まあ、頑張れよ!俺は大学卒業したら戻って来るからな!」
恭平は嬉しそうに笑った。
「私が高校で上京したら‥その‥少しあっちに慣れたら、声かけてもいい、ですか?」
七海がおずおずと尋ねると、3人は笑顔で頷いた。
「俺らは4年の夏まではまだそこまで忙しくないよ、と言われてはいるけど。それでも実習もレポートも増えてくるから、難しいかもしれないけどね。」
智樹がそう言って少しばかり嫌そうに呟いた。
「え?大学って4年間じゃないんですか?」
茜が思わず問いかけると、双子は笑顔を浮かべる。
「俺らの在籍している医学部とか、歯学部、獣医学部、薬学部は6年制なんだよ。5年と6年はみんな死にかけるらしいから。」
七海と茜、道明と遊馬は「ひええええ!」と悲鳴を上げる。
「出来れば来年の夏も帰省したいと思ってるからさ!またみんなでここに集まろうな!」
智琉がそう宣言すると、皆笑顔で来年の夏の再会を約束し合った。明日、七海達が学校に行く間に出ると聞き、しばしの別れの挨拶を交わす。
(智樹さん、智琉さん、恭平さん、みんな色々と気遣ってくれて、優しいお兄さんたちだったな‥)
七海は出会えて仲良くなれたことに喜びと、離れ離れになる寂しさとが入れ混じった、複雑な想いを浮かべながら手を振った。




