出発
午後になって智樹と智琉が帰宅すると言い、さくらも部屋から出てきてそれを見送った。
「「もう少しこっちにいるから、また来るからな!」」
相変わらず素晴らしいハモリを見せつけて、双子たちは帰宅していった。
鷹也と蒼介が居間の畳に座り、雅とさくらが縁側に座る形で、4人で過ごす。
「これくらい離れていれば大丈夫なのかい?」
蒼介が気になって尋ねると、さくらは微笑んで頷いた。
「はい。男性が多いと、辛いですが。今はお二人だけですし。‥鷹也さんは不思議と大丈夫なことも多くて。‥あ、お義父様もそうですね。」
人によって体調不良が出にくいことも多いのだそうだ。
「そうかあ。だとしたら嬉しいな!」
蒼介がそう言って笑うと、さくらも嬉しそうに笑う。
「なあ鷹也、お前は大学卒業したらどうするつもりなんだ?」
どうも企業に就職するとは思えず、蒼介は息子にそう問いかけた。
「うーん‥フリーターかなあ?」
余りに意外な言葉に、蒼介と雅は固まった。さくらだけはなぜか可笑しそうに笑っている。
「「フリーター!?」」
夫婦が完全にハモった。
「待って?鷹ちゃん!?‥ほら、生活だってあるんだし!そのフリーターでは心もとないと思うの!結婚するっていうことは、ね?さくらちゃんのことも‥いえその家も共働きだけど!」
雅は妙に慌てており、鷹也とさくらを交互に見やってはわたわたしていた。
「ああ、短期と中長期の投資で利益は出してるから。生活でさくらを困らせることはないよ。‥前に話はしていただろ?」
両親は思わずため息を落とす。
「けど、どうしてフリーターなんだ?」
「うん?社会勉強かなあ。フリーターなら色々な職種で色々な人と会うしね。‥論文読んだり、色々なことを調べたり、考えたり。そういう時間が俺は欲しいんだ。だから毎日会社で働く気はないよ。」
一応は息子なりに考えた結論なのだろう。
「しかし‥大学院とか、研究職とか、他にも進路はありそうなのにな‥」
もったいないと言いたげな蒼介に鷹也は笑った。
「そもそも俺が知りたいのは、この眼や妖、影、神さんたちのこと。一部の人間にしか見ることが出来ない時点で、再現性もないし、万人に共通することでもない。わざわざ一族のことを世間に発表する気もないしね。俺が知りたいってだけのことで、誰かに共有する気もないんだ。‥それに。」
鷹也はそう言って庭の湧水を見やる。
「研究職となると、どんどん尖っていく。そうなれば視野も狭くなるし、様々な可能性すら取りこぼすわけでさ。俺は俺の好きなように考えたいだけなんだよ。」
言いながら微かに笑みを浮かべる。
「‥教授達からはずいぶんと勧誘されているようですけどね?」
さくらがふふっと笑う。
「まあ、条件が合えば考えてもいいかなとは言ってるよ。今の時点だとフリーター。どうせ、よく分からん役職も付けられたことだし。自由に動けたほうが都合もいいだろ。」
鷹也はそう言ってネコたちを撫でている。
「そんなことより、父さんは明日にはまたドイツに戻るんだよな?」
聞かれて蒼介は頷いた。
「父さんと母さん、ゆっくり過ごせてないだろ?」
両親は思わず顔を見合わせた。確かに二人でゆっくり過ごす時間は少なかったとは思う。
「東京で今晩ぐらい、二人で過ごしたら?」
息子に言われ、夫婦は少し考えてしまう。七海や流水とも十分に話すことは出来た。そしてある意味別方向で心配をしていた息子も、どうやら兄世代達との繋がりが出来て楽しそうに過ごしている。
「‥いやでも‥」
それでも蒼介は素直に受け入れるべきか悩んでいた。これから新幹線のチケットを取って、東京でホテルを予約して‥考えるとかなり忙しくなってしまう。
「これは俺とさくらから。」
新幹線のチケットと、都内の高級ホテルの宿泊チケットを手渡された。
「ええっ!?ちょっと!?‥嘘だろ!?」
「えええええ!!ここ前に私が泊まってみたいって言ってたホテル!?」
蒼介と雅は思わず顔を見合わせる。
「いいだろ、この休みの間、ずっと慌ただしかったんだし。‥俺等のことは心配しなくていいよ。必要なら相談もするから。」
「本当に夏休みの間、お疲れ様でした。どうかご夫婦でゆっくり過ごして下さい。東京で宿泊出来れば、朝も少しのんびり出来ると思いまして。」
鷹也とさくらにそう言われ、蒼介と雅はありがたくそのチケットを受け取った。
二人とも荷造りは終わっており、ここに泊まるための手荷物を開けただけであるため、荷造りはすぐに済んでしまう。
まだ新幹線の時間には余裕があるため、車に荷物を運び込んだ後、少しのんびりとした時間を過ごすことにする。
さくらは縁側に小さな座卓を置き、蒼介と雅が畳の上に座り込んだ。
「なんか、あっという間の夏休みだったな‥」
七海も流水も、すっかり大人びて、しかし幼さもまだ残っている。そんな娘たちと共に過ごせたのは、本当に楽しかった。
鷹也が冷たい緑茶と水ようかんを出してくれる。
「うわ、この緑茶は水出しか。めちゃくちゃ美味いな!」
「湧水を湯冷まししたやつだからね。」
「鷹ちゃん、いつもあの子たちを見ていてくれてありがとう。‥困った時には遠慮なく頼ってね?」
雅は真っ直ぐに息子を見てそう言った。蒼介も一緒になって頷く。
「‥まあ、正直さ。人と関わるのは今でも苦手だけど。トモやサト、恭平までもが七海のことを心配してくれたんだよな。俺には出来ないフォローをしてくれて、それがありがたいと思った。」
鷹也はそう言って少しばかり困ったような表情になる。彼らの好意をどう受け止めたものかと、迷っているようにも見え、蒼介と雅は温かく笑った。
「話すの、苦手だけど。七海のことや流水のことは、もう少しみんなに相談してみようと思う。‥だから、よろしく?」
やはり困ったような表情を浮かべたまま、そう話す息子は、少し照れくさそうにも見える。
「もー!鷹ちゃんが困ったときにも相談しなさいよー!」
思わず雅が言うと、さくらがくすくす笑い出す。
「そうだそうだ!大体お前、困ったこととかなかなか言わないから!」
蒼介も便乗するが、鷹也は相変わらず困ったような表情のままだ。
「いや‥俺は別に困ってないし。」
両親は顔を見合わせて笑い合った。
「さくらちゃん、困ったことがあったら言ってね!たぶん、鷹ちゃんよりもさくらちゃんの方が困りそうだから!」
雅がそう言うと、さくらは嬉しそうに笑った。
「はい!そうさせて頂きます!」
蒼介と雅は笑いながら頷き、名残惜しそうにネコたちを撫でる。
その後、両親を車に乗せて駅まで送った。
「鷹也、この家にまた遊びに来たい。」
「もちろん。ここ集合で実家に車で行ってもいいしね。」
「あら、それは嬉しいわ!ここで一泊してから実家に帰るのもいいわね!私はもう少しちょくちょく来てもいい?」
「もちろんです!ぜひ遊びに来て下さい!」
蒼介と鷹也、雅とさくらがそんな会話を交わして笑い合った。
「またな。」
「いってらっしゃい。」
鷹也とさくらに見送られ、蒼介と雅は荷物を持って駅構内を移動する。
「くっそーー!早く単身赴任終わらせて戻ってくるぞーー!!」
「待って!蒼介さん、グランクラスってなに!?ちょっとこれ大丈夫!?」
広くてゆったりした座席に、アメニティやドリンク、軽食までもが充実している。夫婦は呆然としながらも、楽しそうに寛いだ。
「‥あいつ、こんなことに金使わないで、自分のことに使えばいいのに。」
「鷹ちゃんが私たちにゆったりした時間を過ごすことに、お金をかけてくれたのね。」
二人は宿泊先のホテルのチケットを見つめ、互いの手首に視線を送った。そこには今年の誕生日に息子が送ってくれたお揃いのペアウォッチが輝いている。
「あの子はもう、独りじゃないのね。」
「‥そうだね。」
蒼介と雅は、これまでのことを思い出し、改めて嬉しそうに微笑み合った。
別章・完




