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掌の眼  作者: 瑠璃雀
別章 水澤家の歩み ー鷹也はいかにして災害ネコになったのかー
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兄たちとの対決

 さくらが無事、高校の卒業式を終え春休みに入った。鷹也も春休みに入り、二人はそれぞれの実家に帰省している。ちなみに子猫たちは、さくらが実家に連れ帰っていた。

 鷹也がコンビニに行って帰ってくる途中、突然呼び止められる。

「よう、久しぶりだな。」

 黒髪に黒目の長身男が二人、こちらを見ている。

「‥誰?」

 一人は縁なし眼鏡をかけており、もう一人はかけていない。しかし、見た目はよく似ている気がする。

「おまえ‥まあそんな気はしてたが‥」

 眼鏡のほうが呆れたように呟くが鷹也は「はて?」といった様子だ。

「「さくらの兄だよ!!」」

 同時に声を上げる。一言一句、全く同じタイミングだ。鷹也は目をぱちくりさせた後、微かに首を傾げている。

「‥二人同時だとサラウンドになるんだなー」

 人の話を聞いているのかいないのか、人を食ったような態度に眼鏡のほうがつい叫ぶ。

「覚えてないとは言わせないからな!!」

「いや覚えてない。」

 きっぱりはっきり言い切られ、眼鏡をかけてない方が笑い出した。

「あははは!そうだった、人の名前と顔を覚えないことで有名だったな!」

 そしてやっぱり全く覚えていなさそうな鷹也に、眼鏡の方が少しばかりピキピキしているようだ。


「中バス、俺が6番。こっち8番」

 鷹也はしばらく宙を見つめ、何かを思い出すような雰囲気だ。

「‥6番、スリーP成功率28%。シューティングガードのくせに、無駄にフィジカル高かった。8番、ジャンプシュート成功率29%、レイアップ成功率62%、リバウンドはよく競り負けてたな。うーん‥その程度しか覚えてねえや。」

 その言葉に双子は呆れてため息をついた。ポイントガードの鷹也は、名前を覚えられないため背番号で指示出しをしていたのだ。ちなみに現在大学バスケでも同様である。

「‥データなんて覚えちゃいないが、そういうのは正確なのが嫌なんだよなあ‥」

 眼鏡の兄がそう言ってため息をつく。

「‥それでその6番と8番が何か用?」

「おい!!俺が智樹ともきで、こっちが弟の智琉さとるだ!」

 眼鏡の方が兄らしい。

「…なるほど。」

 全く覚える気のなさそうな鷹也に、双子は脱力した様子だ。確かに凄まじい記憶力を誇る鷹也だが、実際に顔と名前に関しては絶望的に覚えられなかったのだ。

「‥それじゃ。」

 そのままスルーして歩き去ろうとする鷹也を、兄の智樹が呼び止める。

「ちょーっと待った!!おい鷹也!!」

「‥ん?」

 何か用?とばかりに振り向かれ、弟の智琉がつい笑い出してしまう。

「お前!さくらの許嫁ってのは本当か!?」

「…みたいだね。」

 智樹と鷹也の気温差がとんでもない。かたや灼熱、かたや氷結、そんな様子に智琉の笑いが止まらない。


 そこにさくらが小走りでやってきた。

「兄さ‥鷹也さん?ええと、あの、どうしてここに?」

「さくら!大丈夫なのか!?こんなやつが許嫁で!?」

 兄の智樹がさくらに詰め寄りかけ、少し距離を置く。自分たちや父が近づきすぎると、さくらは体調不良に陥っていた。


「‥え?あ、はい。そうみたいです。」

 お互いに他人事のようだと智樹は少し呆れる。

「さくら‥体調は大丈夫なのか?その‥」

「大丈夫だよ。」

 智琉が声をかけると、なぜか鷹也が答える。

「お前な、俺はさくらに聞いてるんだよ。」

「あ、あの兄さん!そのことでお話が。‥鷹也さん、貴方のことも話していいですか?」

「いいけど‥俺はちょい用があるからあっちの家に戻りたいんだよなぁ。ついでにこいつらも連れていくか?どうせそのうちバレるんだし。」

 鷹也が面倒くさそうに言うので兄二人は笑顔のまま凍り付いている。

「おい!さくらと結婚したら、お前は俺らの義理の弟なんだが?」

 兄の智樹がそう言って詰め寄るが、鷹也は首を傾げる。

「ストップ!とりあえず場所を変えましょう!‥鷹也さん、あちらの家でいいんですよね?」

「いいよ。」

 そこから二人は篁の屋敷に行き、篁と環に挨拶をした後、離れへと進む。


 離れの一室、物置の前でさくらは振り返った。

「兄さん、式に確認してください。“妖の道”で、こことあちらの家が繋がっているんです。」

 双子は顔を見合わせた後、それぞれ式を呼び出した。智樹の式は銀色の狼、智琉の式は黒色の狼だ。

『妖の道‥初めて見たな!通っても大丈夫』 

『珍しいなあ。通っても問題ない。』

 それぞれの式が問題ないと言うので、鷹也が先頭、その後に双子が続き、最後にさくらが続く。


「‥は?なんだよここ。」

 景色が変わり、古民家のような木造住宅の納戸らしき部屋だ。

「後ろが詰まるから進んでくれる?」

 鷹也に促され智樹は周囲を見回しながら部屋を出た。廊下を進んだ和室の奥には、手入れの行き届いた庭園といった庭があり、池まである。

「‥な、なんだここ!?」

 智琉も驚きに思わず声を上げる。先ほどの篁の屋敷の空気とは明らかに違う。ここにも妖が多くおり、土地神とも思しき気配まであった。


「兄さんたち、とりあえずこちらに座ってください。今、お茶出しますから。」

 さくらがそそくさと部屋を出て行く。

「おい鷹也、ここはいったい?」

 智樹が問いかけると、鷹也は縁側に座り込んだ。


「‥大学が離れてるからさ、ここ借りたんだ。けっこう古いから手入れもしたし、湧水も豊かでね。庭もがっつり手を入れた。土門さんとこの分家が庭の管理もしてくれてる。たぶんそのうち買い取るかな。」

 鷹也はそう言って妖たちを撫でてやる。

「‥どゆこと!?」

 話について行けない智琉が思わずツッコミを入れると、さくらが戻って来た。

「お茶入れました。お茶菓子もどうぞ。」

 双子は庭の様子を眺め、畳の上で胡坐をかく。

「私、鷹也さんと同じ大学になりました。寮はちょっと辛くて‥独り暮らしを考えていたんです。」

 さくらがそう切り出す。

「「独り暮らしなんてダメに決まってるだろ!!」」

 兄二人が同時に声を上げる。可愛い妹が遠く離れた場所で独り暮らしなど、兄として黙っているわけにはいかなかったのだ。


 そこからさくらは鷹也とは幼馴染であること、鷹也に対しては不思議と体調を崩すことがなかったことを話した。

「だからお爺様と篁さんが許嫁にしようと、幼い頃に話していたそうなんです。」

 兄二人は顔を見合わせる。

「しかし‥だからといって‥」

 智樹が腕を組み、難しい顔で鷹也を見やる。

「お前!さくら以外で女遊びしてないだろうな!?」

「‥女遊びってなに?」

 智樹に対して、鷹也が首を傾げて聞き返してくる。本当に分かっていないようなので、智琉は呆気にとられた。


「ふふ。ふふふふ!」

 さくらがこらえきれずに笑い出す。

「兄さん!‥ふふ‥鷹也さん、本当に人の名前も顔も覚えないので‥ふふ‥というか、人間か妖か神様かすら判別怪しいです‥ふふっ」

 さくらが笑いながら言い、双子は顔を見合わせ、その後鷹也を見やる。

「仕方ないだろ‥たぶん俺の記憶力、バグってんだよ‥」

 面倒くさそうに鷹也は呟いた。

「大学のテキスト、覚えたからいらないって捨てちゃう人なんですけどね‥ふふっ」

 智樹が頭を抱える。

「うわ、そういう系か‥あれ?大学って‥どこなんだ?」

「いいじゃんかよ~趣味で行ってるようなもんなんだし‥」

 智琉の問いにも鷹也は適当に流す。

「趣味って!お前な!?学費出してもらったうえに、こんな家まで親に‥」

「‥ん?自分の趣味くらい自分で出してるさ。この家もだけど。」

 こともなげに言う鷹也に再び双子は絶句した。

「ちょい外すから、あとは適当に話してて。」

 そう言って鷹也はスッと席を立ち、すたすたと歩き去った。


「‥あいつ、相当変わってると思うんだが‥大丈夫なのか?さくら。」

「それに!さくらのその体質の件、どうなんだ?」

 さくらは本人や篁、雅から聞いた話を静かに話し始めた。生き物全般が持つ「生体エネルギー」といったようなもの、人の負の感情に伴う「感情エネルギー」といったもの、そういうものを感知し続けてしまうがために、体調を崩してきたこと。

 しかしその鋭すぎる感知を利用して、さくらの「異性に対して体調を崩す原因」ともいえる「波」を拾ってくれたこと。それ以来、さりげなく距離を取ってくれるため、さくらが鷹也に対して体調を崩すことが無くなったこと。

「‥あいつが人と関わらないのは、そういう理由があったのか‥」

 智樹がしみじみ呟いた。

「そういう同士だから爺さんたちが許嫁にしたのか‥」

 智琉も少しばかり同情しているようにも見える。


「そういう訳もありますし、私もこの環境がすごく気に入っているんです。‥幸い、私の存在そのものは鷹也さんにとってノイズにはなっていないそうで。ですから、ここで同居することになりました。」

 さくらが本当に嬉しそうな表情をしているため、兄たちも穏やかに笑った。

「‥そうか。というか、あいつ、女性と付き合ったこと自体がないのか。」

 智琉が不思議そうに首を傾げる。

「ふふ‥彼はたぶん、恋愛感情という概念自体を持ってなさそうです。でもだから私も傍に居られるのかもしれませんが。マイナスの感情エネルギーに敏感すぎて、プラスの方向には疎いというか。」

 そう話すさくらは、優し気で慈しむような眼差しだ。二人の兄は、さくらが既に恋に落ちているのでは?とも思ったが、本人はそのことにすら気づいていないように見える。

(‥というか、さくらも恋愛感情には疎いようだな。)

(本当に。‥惚気だろこれ‥)

 兄たちは目配せをしながら笑い合った。



 鷹也が戻って来た後、双子は様々な質問をぶつける。

「なあ、お前のその感知ってのは、生体と負の感情、それだけなのか?」

 智樹の問いに鷹也は首を傾げる。

「最初はそれだけだと思ってたんだよなあ‥まあ実際それだけじゃない。」

 鷹也は少しばかり目を細める。

「浄化や祓いの時に発生する神力エネルギーとか、集合意識の方向エネルギー、澱の発生状況や状態変化、穢れの強さや大きさ、瘴気の影響範囲、結界の状態や範囲状況、位相の揺れや歪み‥その他にも定義できない波形が山ほどある。‥俺にも把握しきれてないよ。」

 面倒そうに言う鷹也に、智樹が腰を浮かせた。

「そんなん常時受けてるってのか!?過負荷もいいとこだろ。」


「あー‥怒鳴るなって、そういうのもノイズになるから面倒で言いたくないんだよ。」

 鷹也はやはり面倒そうだ。

「‥すまん。少し落ち着く。」

「えっと、負の感情ってのは‥怒りとか悲しみとか、憎しみもそうか。敵意なんかも分かるんだな?」

 兄が呼吸を整えている間に、智琉が静かに聞いた。

「そうだね。まあかなり慣れては来たけど、それでも体調次第で処理落ちすることはある。頭痛が酷くてさくらに自宅に帰ってもらうこともあるかな。」

 余り自分のことを話したがらない鷹也が、これほどまでに話をすることにさくらは驚いていた。

「あの‥鷹也さん?私もそこまでは聞いていなかったのですが。‥なぜ兄たちにはそこまでの話をしてくれるんです?」

 少しだけ寂しい気持ちになったさくらが問いを投げかける。

「‥そりゃねえ‥こいつらがさくらのことを心配してんのと、俺に対しての敵意が半端なかったからなー後々の面倒を無くすためだ。」

 鷹也がそう言ってさくらを見やると、さくらは微笑んだ。


「しかし‥何て面倒な奴なんだ、おまえw電波だとかマイクロ波とか拾ってねえ?」

 智樹が笑いながら言うと鷹也は慌てて首を振った。

「やめてくれる?町内で電子レンジ利用している家の情報まで拾いたくねえw」

「うわ!そいつはたまったもんじゃないな!」

 双子と鷹也は笑っている。

「いやしかしさ、全く理解が出来ないんだけど‥具体例出せる?」

 智琉が興味深げに尋ねると、鷹也は少しばかり考える。

「例えば家の妹が、迷子になって泣いてたら、ここから場所は捕捉出来るな。」

 そういえば、と智樹がスマホで位置情報を確認する。

「‥車で三時間!?それをあの“道”で行き来出来るのか。‥って、え!?ここから泣いてる妹の位置分かるって。GPSかよ!?」


 智樹の言葉に鷹也は首を傾げた。

「俺はどこに突っ込んだらいいんだ?」

「全部だよ!」

 智琉がまぜっかえす。

「まあ俺は元々じっちゃん家の離れに住んでてね。妖たちが行き来したいから勝手に“道”つくった。ああ、誰でも分かるわけじゃないからな?身内がすげー泣いてるとか、すげー怒ってたら分かる。まあさくらが迷子になって泣いてても分かるけど。」

「私は迷子にはならないと思いますが。‥でも、怖い思いをしたら鷹也さんには分かるんですね?」

 思わずさくらがツッコミを入れ、ついでに問いかける。

「それは確実に。」

 その言葉に双子は顔を見合わせて笑った。

(さくらのこと、大事には思ってるっぽいな)

(こいつなら大丈夫かな)

 身体も弱く学校も休みがちだったさくらを、二人は大切に思っていた。もちろんそれは今も変わらない。そんな最愛の妹に許嫁がいると聞いて、どんな奴なのか見極めたかった。少なくともさくらを守ろうという意志だけは間違いなさそうだ。


「俺らは医学部でさ。いずれここに戻って、叔父の病院を継ぐ予定なんだ。‥とりあえず健康診断だけは義務にしてやるからな?」

「‥うわうざ。そういうのいらないんだけどな‥」

 心の底から嫌そうな鷹也に、智琉は真面目に詰め寄る。

「さくらのためだからな?ボイコットは認めない。‥さくら、困っていることはないか?」

「あ、あります!」

 さくらの言葉に鷹也が「え?」と反応した。

「「言ってみろ!!」」

 再び双子の言葉がサラウンドになる。


「ええとですね、ついうっかり食事と睡眠と水分補給を忘れて救急搬送されるのと、ガラスに突っ込んでケガするのと、三階から転落するのと、車にはねられるのと‥」

 双子は思わず鷹也を見る。鷹也は空を見ている。

「‥いやさくら?どう考えてもそれはおかしい。‥いや、確かにガラスに突っ込んでた‥」

 智樹が呟く。

「あ!三階から落ちて大騒ぎになってたのに、普通に授業出てたな‥うん、ガラスもあった。」

 智琉も呟く。

「‥お前何でここにいるの!?ちゃんと生きてるのか!?車にはねられて何で何事もないんだよ!?」

「え?当たる場所と、当たり方と、跳び方と着地だけ気を付ければ問題ないだろ?」

 智樹のツッコミに対し、鷹也は全く動じる様子がない。喉が渇いたら水を飲む程度の軽さで答えてくる。その余りの非常識さに双子は顔を見合わせた。

「‥あのさ、ちょっと車にはねられてみてくれない?」

「兄さん!?」

 智琉の興味津々な言葉に、さくらが思わず反応してしまったのだった。



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