同類?
さくらが無事推薦合格を勝ち取り、鷹也の家へも頻繁に行き来するようになった。不思議と戸惑うこともなく、すんなりと溶け込めたのは互いの距離感が一致しているせいなのかもしれない。
さくらもアルバイトはしているが、在宅で出来るアルバイトであるために家を空けるのは大学に通う間だけだ。
そんなある日、さくらは道端に小汚い段ボールを見つけた。ただの段ボールであれば、素通りしたかもしれない。しかし微かに動いていたのと、何かの気配を感じたために歩み寄ったのだった。
「‥こねこ!?こんなに小さいのに‥しかも三匹も!?」
さくらは慌ててスマホを取り出し、近くの動物病院を検索する。帰り道の途中にあり、優しいおじいちゃん先生が院長を務めているという口コミを見て、段ボールを抱え上げた。
事前に電話を入れておいたため、すんなりと通してもらえる。
「これはまた、可愛い子たちだなー!捨てられてたって?‥可哀想に‥」
おじいちゃん先生はよしよし、と言いながら首筋を撫で、一匹一匹を大事そうに抱き上げた。
「そうなんです。あの、この子たち引き取りますので、診てあげて頂けませんか?」
子猫たちを見た瞬間に、さくらの心は決まっていた。万が一鷹也が反対したら、実家に連れ帰ればいい。そう判断したための即決である。
「わかりました。生後二ヶ月くらいかなあ‥ミルクからフードへの移行期くらいじゃないかと思う。健康状態を確認しようね。」
先生はにこやかに猫たちを代わる代わる抱き上げ、触診し、口の中や耳の中、目を見る。念のためと血液検査もしてくれるという。
「ええと、この子達を引き取るにも環境がまだ整っていなくてですね‥」
すると先生は優しげに笑った。
「そうしたら、3日間くらい預かろうか。その間に身体を拭いて、寄生虫の確認も出来るからね。ただ、申し訳ないんだけど、前金で支払いをお願いしたいかな。」
「もちろんです!今手持ちでお支払いして、足りない分はすぐに下ろしてきます!」
さくらは即答し、看護師さんが料金計算をしてくれる。
「ええとワクチンとか、避妊手術とか‥時期を教えて頂けるとありがたいです。」
先生はにこやかに微笑み、頷いた。
「念のためマイクロチップが入ってないかも確認しておくね。」
あのような置かれ方をしていたら、捨てられたのだろうと予想はされるが、念のため確認してもらうことにする。幸いにも手持ちで足りたため、さくらはそのまま帰宅した。
「鷹也さん!!」
普段静かなさくらが、少しばかり勢いづいているので鷹也は怪訝そうだ。
「仔猫が捨てられてたんです!」
鷹也は「お、おう」とさくらの勢いに負けたように返事をした。さくらは携帯を取り出し、今撮ってきた写真を表示して見せる。
「あの!この子たち、ここで引き取ってあげたいんです!いいですか!?」
鷹也は目をぱちくりさせ、「あ、うん」とだけ返事をした。さくらがこれほどまでにはっきりした意志を見せるのも珍しい。勢いに負けた感はあるが、鷹也は反対もしなかったのだった。
さくらはケージやら食器やら、必要になりそうなものを色々と買い揃えて帰宅する。自転車で買い物に行ったため、店の人が家まで配送してくれるサービスを利用した。
「猫ちゃんたち、可愛かった~!」
既にさくらは子猫たちにメロメロである。実家でも以前はネコを飼っていたが、老齢で亡くなってから飼ってはいない。楽しみでワクワクが止まらないといった様子である。
夕飯時、さくらが機嫌良く食事を取っていると、鷹也も笑みを浮かべた。
「ネコ、好きなのか?」
「はい!大好きです!あ、鷹也さんはネコお好きです?」
「あー‥嫌いじゃない。」
「それなら良かったです!」
少しだけ気が進まないのだが、さくらがこれほどまでに喜んでいるならいいかと鷹也は考え、気を取り直して食事に専念した。
さくらが作る食事は野菜や魚、肉もバランス良く味も良い。特に好き嫌いのない鷹也にとっては、食事に対しての不満など全く無かった。ただ一日二食は強制的に食べさせられるのが面倒なだけだ。
さくらが動物病院から仔猫たちを引き取り、早速家に上げる。念のためとマイクロチップも入れてもらったので、脱走しても大丈夫なはずだ。
自分の部屋にケージと水、食器を置く。トイレは居間の片隅と、自分の部屋、廊下にも設置してあり、キャットタワーも居間に設置してある。
まずは突然飛び出すことがないようドアを閉め切り、ケージの中に誘導し、少し慣れてから家の中を歩き回らせるつもりだ。
鷹也も何の変化もないために特に何かを言うこともなく、平和な時間を過ごしていた。
ある休日、鷹也がふらりと居間に行くと、そこには三匹の仔猫たちがとてとて歩いていた。さくらが部屋から出して探検させていたのである。
「にゃ~ん」
目が合い、仔猫のうち一匹が興味深げに歩み寄ってくる。
「ちょ、待て!‥ちょっと落ち着いて?こっちに来なくていいから。俺のことは気にしなくていい。」
真顔で仔猫に諭し、そろそろと後ろ歩きで距離を取る。
「にゃーん!」
仔猫はトットットと走り出し、鷹也の足元近くにまでやってくる。
「まって!話せば分かるから!もう少し距離置こうか!」
普段全く動じない男が、真顔で仔猫を説得し、そろりそろりと身を引いている。
「にゃ~!」
そしてもう一匹がこちらに向かってくる。
「いやいや、一人でも十分なのに!二人は無理!‥えっと‥いやいや待て!三人来るの!?」
居間に続く洋室に鷹也は下がった。もちろん後ろ向きのまま、ネコから視線を外すこと無く。その洋室には、椅子と机が置いてあるだけである。
「「「にゃーん!」」」
三匹が一斉に走り出したため、鷹也は隣の部屋に避難した。しかしドアの存在を忘れた!
「マジで、なんで追いかけてくるの?いや、俺は君たちに用はないんだけど!?」
仕方なく机の上に飛び乗る。身軽さに関しては目を見張るものがあるが、追跡者は仔猫三匹と考えると非常にシュールだ。
「にゃー」
一匹が何とか椅子によじ登った。
「ぴっ!」
驚きと衝撃でつい、変な声を上げたが本人はそれに気付く様子はない。そして残り二匹も椅子によじ登り、そして前足が机にかかる。
「いや嘘だろおい。そんなに必死になって登らなくていい。君たちの快適な寝床があるだろう!?」
再び仔猫相手に真面目に説得を試みる。しかし仔猫がそんな説得に応じるはずもなく、とうとう机の上に到達してしまう。
鷹也は机から飛び降り、再び居間へと戻った。そして洋室のドアの存在をまたもや忘れる。しかし仔猫たちは椅子と机の上で遊びだし、乗ったり下りたりといった遊びを繰り広げる。
「‥あぶなかった。」
鷹也はふーっと大きなため息をつき、何食わぬ顔で自室に戻ったのであった。
その日の夕食時
「ネコたちはさくらの部屋か?」
鷹也が周囲を確認しながら尋ねるとさくらは笑顔で頷いた。
「はい、テーブルの上とか平気で乗ってきますしね。お食事どきは私の部屋に置いてます。」
こころなしか鷹也が安心したように見える。
「あの、鷹也さん?」
不意に話しかけられて一瞬固まる。
「ん?」
「ネコちゃん、苦手だったりします?」
問いかけられ、一瞬詰まった。どう答えたものかと考える。
「いや。単純に妖以外の生き物と接触したことないから、少しだけ戸惑ってるだけ。‥そのうち慣れるだろうから気にしなくていい。」
さくらはふふっと笑った。
『鷹也さんでも戸惑うこと、あるんですね』
口には出さずに心の中で呟く。動揺だとか戸惑いといった状態を見ることがなかったため、少し新鮮な気持ちになったのだ。
鷹也にとって、人間だろうが動物だろうが昆虫だろうが、生体エネルギーを放出するものは全般的に苦手である。一族にも稀に同じような体質をもつ者はいるらしいが、鷹也のケースは相当に極端なようだ。発現年齢が低すぎたうえに、一定のレベルで落ち着くと言われている受信感度も、未だに上がり続けているように思う。高すぎる受信感度に身体耐性が追いついていない、といった状態だ。
当人は「しゃーないよねー」で済ましてしまっているのがまた、理解されない部分でもあった。
そして翌日、さくらが「実家に行く」と、留守にしたときに再び事件は起こった。
「にゃーん!」 「にゃー」 「にゃっ」
居間でぼうっと考えごとをしていた時に、ギャング共が現れた。
「‥え?」
さくらはドアを閉めていたのだが、子猫たちはどうやら突破したらしい。不意を突かれた鷹也は、寝転がっていた状態から、一瞬で跳ね起きた。さくらが見ていたら驚いて拍手したかもしれない。身体能力の無駄遣いだとも思えるが、鷹也にとってはそれどころではなかった。
「ちょっとだけ待とうか。そして落ち着こう。」
ここに誰かいれば、「落ち着くのはお前だ」とツッコミを入れるだろう。しかしネコ達にそんな言葉は通用するはずもなく‥
「にゃーー」 「にゃーん!」 「にゃー」
三匹は一目散に向かってきた。
「いやだからちょっと待てって!」
内心めちゃくちゃ動揺しているのに、声を荒げることはない。そろりそろりと、数日前と同じように洋室へと後退りする。そして今回はドアの存在を忘れなかった!
鷹也は洋室に入り、そしてドアを閉めると椅子に座り込む。鍵はないが大丈夫だろう、と考え安心したのも束の間、ドアハンドルがガチャガチャと動く。
「ひえっ!」
そしてゆっくりとドアが開き、ギャング共が勢い良く走ってくる。
「え、待って?君たちドア開けられるの?‥聞いてないよ?いやあのね、勝手に入るのはダメ。せめてノックしてオーケーするのを待とう!」
鷹也はひらりと机に飛び乗り、ネコたちから距離を取る。しかしネコたちは容赦しない。椅子を経由して机に飛び乗る。
「ダメだって!近づくときにはお伺い立ててからって!」
一匹が机の上、もう一匹が椅子の上、残りの一匹が床の上にいる。万が一飛び降りたとき、床の上のネコが動いてしまったら当たるかもしれない。
そんなことを考えていると、机の上のネコが鷹也の足にスリスリした。
「ひえっ!」
一瞬でさーっと全身に鳥肌が立つ。猫の体温を感じて、ぞわぞわっと悪寒が走った。人と手を繋ごうものなら、冷や汗が止まらなくなるところだが、今のところ鳥肌と悪寒だけに留まっている。
「‥子猫だとこの程度でおさまる‥のか?」
ジーンズと猫の体毛が緩衝材になっているのかもしれない。そんな風に考えていたが、椅子の上の一匹が机によじ登ろうとしている!
「いや、だめだ。まだ一人だから何とかなってる、たぶんきっと!君はもう少し待機!」
そんなとき、妖が鷹也の真横をてくてくと歩いた。そして椅子からまさによじ登ろうとしている子猫と目が合う。そして子猫は妖に気を取られ前足を伸ばした。
「え?きみら妖が見えるの?」
子猫が答えるはずもなく、妖と子猫の追いかけっこが始まった。
「‥君はあっちに混ざる気は‥ないのか。」
子猫は鷹也にすりすりしたあと、足の甲にでんと寝転がる。
「うひ‥」
家では一年を通して素足の鷹也である。子猫の体温が直接伝わってきて、再びぞわりと悪寒が走る。
「いやあの‥そこは俺が困るというか‥」
心拍数が跳ね上がっているのが嫌でも分かる。鷹也はそろそろと足を引き抜き、子猫を踏まないように机の上に胡坐をかいた。
逃げることも考えたが、あまりに逃げ惑っていてはいずれさくらに気づかれる。そして以前、同じ体質を持つ曾祖父の言葉も頭に残っている。
子猫は不服そうに鷹也を見やり、ジーンズ越しの足に頭をくっつけるようにして丸くなった。
「‥これは置物、これは置物、これは置物。」
机の上に胡座し、瞑目している姿はまるで修行僧である。これが子猫に耐えるための訓練なのだから、道明あたりが見たら腹を抱えて笑い転げるに違いない。
一匹は床の上で丸くなり、もう一匹は妖との追いかけっこに夢中である。
そしてこの一部始終を見ている者がいた。普段の鷹也であれば、絶対に気づいたはずだが、今は猫に全神経が傾いており、悪寒と心拍上昇へ慣れるために必死である。気づくことなど出来るはずもなかった。




