新居での生活
6月に鷹也は引っ越ししており、庭の様子を毎日観察していた。そもそも荷物はパソコンと書籍が数冊程度しかないため、タクシーで済む程度の荷物しかなかった。
妖たちと影、土地神も縁側に座り、作業の様子を眺めている。
『みんながんばれー』
『たのしみねータカヤー』
『みな一所懸命だのう‥』
そんな声を聞きながら職人たちもにこやかに仕事をしている。鷹也は毎日でかいクーラーボックスに飲み物を山ほど置いておくので、職人たちからも感謝された。
(感謝してんのは俺のほうなのにね。)
鷹也も社会勉強として工事作業員のアルバイトもしていたが、体力的には厳しい仕事でもある。腰や背中に持病を抱えている者が多いとも聞いていた。だからこそ作業する職人たちへの感謝と敬意は持つべきだとも思っているのだ。
7月には庭の工事も完了し、湧水泉から流れ出した小川も安定した。
「ありがとうございました」
鷹也はそう言って職人一人ひとりに挨拶をした。
「やっと落ち着いたなあ‥」
出入りする職人がいなくなったことで、敷地内に人の気配はない。元来『生き物』が持つ『生体エネルギー』といったものに対し過敏な鷹也は、人の気配がないことで心から落ち着けるのだ。
『タカヤー!ここ、すごくいー!』
『おちくつねー』
『しずかだなー』
生体エネルギーがほぼ無い妖や影に対しては、鷹也が消耗することはない。
「そうだね。いいな、ここ。」
縁側に寝そべり、湧水の音を聞きながら妖たちと時折言葉を交わす。こういった日常が鷹也にとって何よりも癒される時間なのだった。
「今週末はじっちゃんとこに行くか。土門さんとこと火乃宮さんとこ、礼をしないとだし‥あ、服も買わないとないな。」
そんなことを考えつつ、再び思考の沼に落ちてゆく。これまでに読んだ本、講義で聞いた内容、様々なことを思い出しながら疑問に思ったことを改めて確認し、更にその疑問を深掘りしてゆくのだ。
「あれ?‥朝?あ、講義行かないと。」
ふと思いついたことを頭の中に書き留め、それを検証していくうちに夜が明けてしまうこともしばしばだった。
「腹減った‥かな?‥ま、あとでいいか。」
ポケットに無造作に札束をねじ込み、手ぶらで大学まで走る。一限の講義にギリギリ滑り込み、適当な席に座ってテキストを思い出しながら講義を聞き、黒板に書かれた内容を記憶に焼き付ける。
「あ、そいや今日が納車か」
講義が終わった後は車屋に向かい、納品された車を受け取る。既に支払いは済んでいるため、そのまま乗って帰るのだ。
この辺りは比較的雪は少ないが、実家周辺はかなりの雪が降る。見てくれよりも機能を優先に選び、必要なオプションもしっかりつけたため、楽しみではある。そのまま実家まで帰ってもいいなと考え、店に寄って服や下着、妹たちへの手土産を買いこむとそのまま実家へと車を進めた。
「‥あれ?」
市街地を抜け、郊外に出るとなぜか車のブレーキが作動する。周囲には人もほとんどなく、障害物もないのだが走りだすと再びブレーキがかかるのだ。
「‥まさか。」
鷹也は車から降り、近くにいる妖に声をかけた。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさ、お前この車に当たったらどうなる?」
妖は少し驚いたような様子だったが、鷹也と車を交互に眺めた。
『ふつうのクルマ、べつに何ともない。けど、オマエのクルマ、当たるとキケン!』
「‥マジか。」
鷹也は大きくため息をついた。ディーラーで試乗した時には問題はなかったはずだ。
「たまに当たるとキケンな車ってあんの?」
『‥ウン。たまにな。あ!なんかオマエとおなじようなやつ!』
おそらく一族の者は同じような目にあっているのだろうと考えた。
『ブラン!』
式を呼び出し、車と一緒に移動しながら結界を張るよう伝える。
『タカムラのいえね、わかったー!』
翼を広げると三メートル近くにまでなる。とはいえこの姿が見えるのは一族の者だけだ。騒ぎになることはない。
こうしてひと悶着あったものの、無事に実家である篁の家に着いたのだった。
「じっちゃん、車の自動ブレーキに妖が反応するんだけど。」
到着早々声をかけると、篁は笑いながら頷いた。
「ああ、お前にゃ言ってなかったか。自動ブレーキ付けたらダメだぞ。」
「試乗したときには‥あ、所有者か!?」
篁が頷くと鷹也は思わずため息を漏らす。
「まあ、お前なら何とかするだろ」
軽くあしらわれ、仕方なくブランと相談して対策を練ったのだった。
その夜、離れの縁側でのんびりしていると、いつものごとく妖が集まってくる。
『くんくん‥ね、タカヤ、あっちのオウチにもボクらの仲間いるの?』
「匂いで分かるのか?うん、けっこういるよ。」
妖はかわいく首をかしげ、嬉しそうな様子を見せた。
『じゃ、タカヤ寂しくないねえ。‥でもボクもあっちにも行ってみたい!‥そだ!道つくってもいーい?』
周りの妖たちも『それはいい!』と大歓迎ムードである。
「道‥?行き来できるようになるのか?」
鷹也の問いに複数の妖たちが同意してキャッキャと声を上げている。
『できるーー!みんなよろこぶーー!つくってもいー?』
そんな言葉に押され、半信半疑のまま鷹也が同意すると、妖たちはあちらこちら走り回り、離れの使っていない小部屋へと続々と入って行く。
『‥何か歪んでる?空間を捻じ曲げてるとかじゃないのか‥』
数分もすると、新居にいたはずの妖達がわらわらとこちらへやって来た。
『タカヤー!』
『こっちもなんかいいー!』
『いききできるのうれしー!いつもタカヤといっしょー!』
妖たちは大はしゃぎであちらこちらを走り回っている。鷹也の肩の上や頭の上にのって寛ぐ者もいた。
『タカヤもあの道とおれるよ?タカムラもだけど、ボクら見えるひと、たぶんとおれる』
「え?マジか。‥一応じっちゃんに相談するか‥」
母屋から篁が来て、鷹也の部屋に通じた“道”を確認する。
「ふむ‥タツ!」
顕現したのは青みを帯びた白い龍であり、篁の式のタツであった。
「危険はないか、これ。」
『ふむ、“妖の道”特に問題はないかと思う。利用するとき、一応式に確認したほうが良いかも?』
「なるほど。鷹也、行ってみるか。」
二人が並んで入っても、空間には余裕があった。いや、“空間”と呼んでよいものかも分からない。高さも奥行きも分からず、明るくも暗くもない。しかし、数歩歩いた先には不思議な色の靄がある。そしてその靄を抜けると、二人は三畳ほどの部屋に到着した。
「ここ、あっちの家の物置だ。」
鷹也が言い、篁が珍しげに周囲を見回しながら引き戸を開ける。
「こりゃまた大層な家を手に入れたな‥」
篁は庭を見て、家の中を見て、満足げに縁側に座り込んだ。
「相変わず良い仕事をする。火乃宮と土門だな。」
「ん」
そういえば、と篁は妖に視線を移した。
「この“道”を維持するのに、何が必要だ?勝手に広がっても困るしな。」
妖はぴょんぴょん跳ねながら鷹也の肩に乗っかる。
『んとねータカヤが生きてるあいだー!いじはボクたち!タカヤにふたんかけないよー!だってボクらがタカヤのとこに行きたいからつくったし!』
それを聞いた篁が目を細め、妖を優しく撫でた。ひょんなことから実家と新居とに最短ルートが出来た。そして篁と鷹也はこの“道”をありがたく使わせてもらうことになったのだ。




