大学進学と住処
高校三年生、二学期のある日、鷹也は担任から進路指導室に呼ばれ、部屋に入った。
「お前は進学するんだろう?」
気さくに声をかけられるのはいつものことだ。鷹也も適当に頷く。
「で、どこにするつもりなんだ?」
「んー‥ここかなー。」
鷹也が指したのは、地元から少し離れた国立大学、理学部だった。
「物理か?」
鷹也が頷くと担任は軽くため息をついた。
「推薦うけときゃ良かったのに。ま、お前なら余裕か。」
「あはは。ちょくちょく学校さぼってるしな。俺よりも真面目に頑張ってる奴いるんだし、そっち優先でいいよ。」
担任はそんな様子を見て苦笑いだ。この高校も、それなりにレベルは高い。理数科に籍を置いており、成績は三年間ずっとトップを独走していた。
結果的に鷹也は第一希望一校だけの単願で受験した。合格発表当日、当人はそんなことなど忘れ、家でぼーっと過ごしていた。電話が鳴り仕方なく出る。
『おい!鷹也!お前、今日合格発表なの忘れてるだろ!?』
担任が笑いをこらえながら開口一番声をかけてくる。
「‥あ。なに?落ちてたー?」
『そんなわけないだろ。成績トップで合格だから、代表で挨拶だ。』
「うわ‥マジか。入学式出るつもりないから挨拶辞退していい?」
『ふざけるな!!ダメに決まってるだろうが!!ちゃんと原稿かけよ!?』
「俺が書いたら一行で終わるけどなー。」
『やめてくれ!!我が校の栄誉が我が校の恥になるだろうが!!』
「うーん‥先生が原稿を書いて俺が読むか、入学式ボイコットで挨拶辞退か、かな?」
『だーーーー!!どうしてお前はそういうやつなんだ!!』
「あ、ごめん。そろそろバイトだから切るねー」
担任の返答を待たずとっとと電話を切り、アルバイトに行く準備をするのだった。
大学まで通うのには無理があるため、独り暮らしを始めることになる。
「すっかり忘れてたな。土門さんとこに相談いくか~」
土門家は不動産会社を営んでいる。少し遠方にはなるが、おそらく空き家の一つくらいはあるだろう。
「こんちゃー!」
鷹也が向かうと、七海の同級生道明の父、土門孝之介が笑顔で出迎えてくれる。
「大学ここなんだけど近くに空き家ってあったりする?」
地図を広げて説明すると、孝之介は早速パソコンに向かいだした。
「うーん‥予算に上限はあるかい?」
「ない。」
余りの即答に孝之介は苦笑いだ。息子と共に投資や資産運用しているのを知っているので、念の為の確認、といったところだ。
「ちょっと曰く付きの家があってねえ‥相談を受けている家があるんだ。敷地も家も広いから、売り手もなかなかつかないらしい。」
孝之介は写真データを引っ張り出し、外観から内観までをサラッと流して見せる。
「築年数古めの日本家屋って感じだな~荒れてはいるけど、リフォーム費用負担するからやってくれたりする?土門さん所有で俺が賃貸料払ってもいいしね。」
その言葉に孝之介は目を輝かせる。
「本気かい!?‥そりゃウチは助かるが。そうだな、リフォーム費用は折半という形にして、半額分は賃料前払いという形をとるのはどうだい?」
鷹也は図面を見ながら考え、それに同意した。
「辰さんにリフォーム頼むか。あの人、こういう家大好きだろ?あと外回りってか、庭もなあ。‥ここは俺の趣味で土門さん知り合いの土木屋に頼んでくれない?最悪買い手つかなけりゃ俺が買うわ。」
「よし、了解だ。4月から住むとなると、少し日程的には厳しいな。」
「うっかり忘れてたからなあ。まあ、人住んでると工事もしにくいだろうし、その間は手軽な賃貸があるとありがたいんだけど?」
孝之介は再びパソコンに向かい、データを色々と見ている。
「曰く付き物件しかないんだが、君は問題ないよなあ?」
「んだね。」
外観で見る限り、比較的新しいアパートに見える写真を提示する。
「ここの101号室。リフォーム済みでキレイなんだけど、このアパート人が居着かないんだよ。子供の泣き声が聞こえるとか、老婆が徘徊しているとかさ。」
孝之介の言葉に鷹也は動じることなく、そのまま賃貸契約を行った。
その足で火乃宮家の分家に向かう。辰という名の宮大工は今年で71歳になる。子供の頃からよく話していたし、道場での先輩でもあったのだ。
「こんちゃ!」
庭先に辰がいるのを見かけ、鷹也は笑顔で声をかける。普段無表情な鷹也が、このように笑顔になるのは珍しいことだ。
「おー!鷹也か!元気そうだな?どうした?」
タバコの煙をくゆらせながら、辰も細い目を更に細めて笑顔になる。
「リフォームの相談があってさ!」
地図や簡易図面、家の写真を見せながら鷹也が相談すると、辰も目を輝かせた。
「俺ももう引退してるっちゃしてんだが、鷹也の頼みじゃあなあ。倅と一緒にいっちょやるか!」
二人は現地調査の日程を合わせ、孝之介とも連絡を取り合いながら打ち合わせを進めたのだった。
高校の卒業式が終わると、3月という月は駆け足で過ぎ去って行く。入学準備や引っ越しの準備に奔走しているうちにあっという間に入学式となった。
新入生代表挨拶などという面倒ごとはやらされたが、貰った原稿でさらりと終わらせた。ただ最後に「原稿ありがとうございました」と、うっかり言ってしまったことで、少々騒然とさせた。そうして大学生活が始まったのだ。
中学からバスケ部だった鷹也は、クラブ活動でバスケに入る。それ以外は適当に講義に出て、適当にサボり、適当にアルバイトをするという生活を送っていた。
週末には篁の離れに戻って、七海や流水をからかいながら新しい家のリフォームの様子を見に行っていた。辰と息子の忠と共に改築を進めてくれている。古い家の良さも残しつつ断熱性能や耐震性を向上させたりと、毎回楽しそうに工事をしているのがありがたい。
住宅設備があまりに古いこともあり、これも交換しようかと言ってくれていたのだが、風呂が二坪もあったのが鷹也にとっては嬉しい誤算だった。元々温泉かと見紛うほどの造りだ。腰までは石貼り、腰上はヒノキ貼りの贅沢な造りである。
「この石は十和田石だな。かなり手入れが行き届いているが‥さすがに古い。どうする?いっそ全部張り替えるのもいいんじゃないか?」
ヒノキの壁にもカビが付着しており、黒ずんでる。
「そうだね、せっかくだからこのままの形で張り替えかなあ。ヒノキもいいなー!窓の位置は低いけどちゃんと囲いがあって中庭になってんのな。」
鷹也は風呂が好きだった。広々とした風呂に浸かり、とめどなく流れる思考の波を眺め、ぼんやりする時間は何物にも代えがたい。
「ってかお前、大学生のくせに爺くせえなあ」
忠に笑われるが、好きなものは好きなのだから仕方がない。
「いいの。風呂だけはどれだけ金かかっていいし!それ以外は任せる!適当に住みやすければいい。」
「はっはっは!そこまで言われたら徹底的にやってやるがいいんだな?」
忠が一応といった様子で念を押すが鷹也は動じない。たかだか四年かもしれないが、気に入れば別宅として購入してもいいのだ。
そんなこんなでリフォーム工事は進み、外装と内装が終わったのは六月も中旬になる頃だった。そしてその間に土門の分家にあたる土木工事会社と打合せを進め、庭や浴室から見える中庭などにも手を付ける。
「ここさ、ちょっと掘ったら湧水出てくるんじゃね?」
鷹也が庭の一端に立っていると、土門家の職人が歩いてきた。
「ああ、そうだな。ここから湧水‥ふむ‥ここは確かに水があった方が“場”が安定する。出来れば築山も作って‥水をこう流したいところだが、そこそこかかるぞ?」
「構わないよ。湧水泉あるなら風呂の水もそこから引きたいし、小川も欲しいしね。植栽もその後の手入れまで含めて任せる。とりあえず前金で渡すから工事が終わったら精算ね。」
鷹也は無造作に布のバッグを手渡した。
「は!?‥え!?待て、これいくら入ってる!?」
「一千万。使い切ってもいいし、足りなかったら出す。よろしく。」
土門家の職人は呆気にとられた後で、弾かれたように笑い出した。
「あっはっは!ヤバい奴と聞いてはいたけどここまでだったか!‥ここは妖も土地神様もいるしな、喜んで下さる庭を造るか!!」
「‥そだね、そうしてくれる?」
その日の夜土門土木会社
「おい!みんな聞いてくれ!妖や土地神様が喜ぶような庭っつか庭園造りだ!前金も貰ってる!篁んとこの孫だそうだ!気合入れていくぞ!」
言いながら袋の中身を自社職人たちに見せつける。
「おおーー!超上客じゃねえか!ここまでされたら中途半端は出来ねえな!!」
「「「おう!!」」」
男たちの咆哮が上がり、前金をありがたく使って士気を上げたのだった。




