引っ越しと七海の親友
鷹也が中1の頃、七海が小学校3年生、流水が小学校1年生になっていた。鷹也は相変わらず篁邸離れに住んでいたが、蒼介と雅、霧江、七海、流水の5人で暮らすには家が手狭になっており、家を新築しようという話が持ち上がった。
前々からそんな話は出ていたが、たまたま立地条件の良い所に売地が出たことが決め手となった。
「小学校は変わらないけど、今の家からは離れちゃうから、通学班は変わっちゃうわね。」
雅はそう娘たちに説明する。
「そっかー。でも小学校は変わらないんだ?」
「おともだちの家、遠くなっちゃうんだー。」
何となく嬉しそうな七海と、少し寂しそうな流水を抱きしめながら、雅は笑顔を浮かべる。
「あ!今度は鷹兄も一緒?」
七海がさっそく問いかけたが、これには蒼介が答えた。
「鷹也はお祖父ちゃんの家のままだな。でもな、七海と流水の部屋はそれぞれ一部屋ずつ出来るぞ!」
自分の部屋が出来ることに、娘二人は途端に笑顔になった。
土門家は土地や建築の相談に強く、蒼介たちは以前から頼りにしていた。土地の購入は息子の孝之介に、設計はその父の岳之に相談することになった。
幾度となく図面の手直しをし、予算の修正もかけながら何とか話がまとまり、建築が始まったのは、七海が4年生、流水が2年生になったばかりの頃だ。雪が多い土地でもあるために、春から建築を始め、夏休みに引っ越しをしようという計画だ。
近所には七海の同級生がいて、ケーキ屋を営んでいるという。
「わー!ケーキ屋さんがご近所なんだ!やったーー!!」
七海も流水も嬉しそうだ。更にその同級生には弟と妹もいて、流水とも年が近い。流水の誕生日にその店でケーキを買ってみると、家族全員がそのケーキにハマった。
「クリームが美味しい!!」
「スポンジふわふわーーー!!」
七海と流水も大はしゃぎで、甘さ控えめのケーキは霧江や雅、蒼介までもが虜になったほどだ。しかし、店主の女性も、その子供たちもどこか暗い雰囲気があった。
「親父に聞いたんだけど、そこのケーキ屋さんも一族の人なんだよね。火乃宮さんだから、筆頭三家だろ?」
「あ、そうね。でも当主は北のほうにお住まいで、パン屋さんじゃなかったかしら?」
「今は美智さんが当主でしたよね。火乃宮は女性当主が多かった気がします。」
蒼介と雅、霧江は、七海達が眠った後で話をしていた。
「ケーキ屋のご主人が火乃宮家の息子さんでね、ほら、昨年に葬儀があったろう?」
葬儀は火乃宮家当主宅で行われたため、息子夫妻が住んでいる場所を初めて知ったのだ。
「え!?あ、あの時の!?」
「‥そうだったのね。」
雅と霧江は静かに言い、二人は顔を見合わせた。当主夫妻とは交流があったが、息子夫妻がこちらに移り住んで来たのが最近ということもあり、殆ど交流がなかった。
「お子さん3人を抱えて、奥さん‥立夏さん、独りでケーキ屋さんをやっているのね・・私も何かお手伝い出来たらいいんだけど。」
霧江がぽつりと呟く。
家が完成し、夏休み中に七海たちは新居へ引っ越した。ここから篁邸までは徒歩15分ほど、学校までも徒歩15分ほどだ。
七海たちは近所の家を回り、引っ越しの挨拶をする。蒼介と雅、霧江、七海、流水、全員揃って挨拶をし、ゴミ置き場や町内会のことも聞きながら笑顔で対応する。
火乃宮家を回ったのは、夕方、お客さんがいないときを見計らって伺った。
「いらっしゃいませ!‥あ、今日、お引越しでしたっけ?」
立夏が笑顔で挨拶してくれ、雅と蒼介、霧江が頭を下げる。
「はい、今日引っ越して来ました。宜しくお願いします。」
奥から髪をポニーテールにした女の子が顔を覗かせる。
「茜、お向かいのお家、今日お引越しですって。」
茜はにこっと微笑み、お辞儀をした後にもう一度奥へと引き込み、今度は弟と妹を連れて戻ってきた。
「ええと、こっちが弟の融で1年生、こっちが妹の灯幼稚園年長、私は茜で4年生です。‥七海ちゃん、同じクラスだもんね?」
「うん、よろしくね?茜ちゃん!」
「流水です。私は2年生!」
子供たちはお互いに興味津々といった様子だ。何より立夏が、年の近い子がいることを喜んでいるように見えた。
「いやあ、ここのケーキが美味くて。今日は引っ越し祝いでケーキを買おうと決めていたんですよ。」
蒼介が爽やかに言い、ホールケーキを一つ購入した。
「ありがとうございます。ささやかですが、これ、七海ちゃんと流水ちゃんに。」
可愛らしい袋に詰められたクッキーが入った袋を渡してくれた。
「わー!ありがとうございます!」
「クッキーだ!ありがとうございますー!」
七海と流水が嬉しそうにお礼を言うのを、大人たちは和やかに見ていた。
それから火乃宮家との交流が盛んになった。何より立夏と雅、霧江の気が合ったのは大きい。霧江が昼食を作って持って行き、昼食の間は霧江が店番をすることも増えた。
「ありがとう、霧ちゃん、ミヤちゃん。」
料理で戦力にならない雅は、毎朝自分の家の前と、ケーキ屋の店の前を掃き掃除し、こまめに草むしりもしていたのだ。夏休みということもあり、子どもたちが家にいる間は立夏も大変だったらしい。
七海と茜もすぐに仲良くなり、流水と融、灯も交えて毎日のように一緒に遊んだ。七海と茜は同じクラスではあったが、互いに仲の良い友達が別だったため、一緒に遊ぶ機会も少なかったのだ。
二学期に入ると、七海と流水、茜と融は同じ班で通学することになった。近所にも数名同級生はいるが、通学班はまた別だ。
学校では相変わらず、元々仲の良かった友達と過ごすことも多い。それでも茜とも話す機会は増えていた。
その後の運動会では、店を閉められないと落ち込んでいた立夏に代わって霧江が店番をし、雅や蒼介と共に娘や息子の運動会を見ては感極まって泣き出してしまうこともあった。
茜や融も母が見に来てくれたことで、普段以上に張り切っており、一生懸命に動く姿が印象的だった。
運動会の振替休日明け、学校で事件は起きた。
「お前ん家、とーちゃん来ないんだなー!あ、いないんだっけ!?」
けらけら笑いながらからかって来た男子に、茜は涙を浮かべて俯いた。その瞬間、黒い影が男子に突進し、思い切り突き飛ばした。
「ふざけるなーーーー!!」
七海は怒りのままに男子をひっぱたき、蹴っ飛ばした。
「‥え?」
一瞬、呆然とした茜だったが、涙を拭って七海に抱きつくようにして止める。
「ナナ!大丈夫だから!!わたし、大丈夫だから!!」
「こいつ!!茜の気も知らないで!!茜が許しても私が許さない!!」
七海の襲撃を受けた男子も、ムキになって七海に向かって来る。教室は大騒ぎとなり、先生が止めに入ったことで何とか七海も静かになった。
翌日には親も呼ばれて話し合いをしようということになり、一旦、その場では解放される。
「ごめんナナ。私のせいで‥」
「茜のせいじゃないじゃん!!なんであんなこと言われなきゃいけないの!?」
再び激昂しそうな七海を茜は穏やかに笑いながら宥める。
「うん、私もね悔しいけど。あんな奴のために、ナナが怒られるの悲しいから。」
そんな話をしながら帰り道を歩いていると、七海が突進した男子がやってきた。その背後には6年生だろうか、身体の大きな上級生もいる。
「お前が俺の弟を突き飛ばしたのか?」
七海は唇をきゅっと噛み、茜の前に立った。
「そうだけど?そいつが最低だから!!」
再び激昂しそうになっている七海に、茜は気が気でなかった。二人がかりで今にも飛びかかって来そうな様子に、七海は拳を握りしめる。
「そこまで。それ以上近づいたら、俺が許さない。」
学ラン姿の鷹也が、そう声をかけて小学生男子二人に冷たい視線を送る。
「鷹兄!?」
茜はこの中学生が誰なのか、突然のこと過ぎてあわあわしていた。そして小学生二人も、中学生が突然現れたことと、向けられた視線の冷ややかさに固まった。
「‥何があったの?」
鷹也が双方に聞くが、どちらも黙り込んだまま俯いてしまう。茜もどう説明してよいのか分からず、困ったように口を開きかけては閉じる、といった様子だ。
「‥まあいい。とりあえず解散な。行くよ、七海。」
鷹也はそう言って七海を促すが、なかなか歩き出そうとしない。茜が七海の腕に自分の腕を絡めて引っ張ると、ようやく歩き出した。
「あっ‥あの!ナナの向かいに住んでる‥火乃宮茜です。‥えっと、ありがとう、ございました。」
「俺は鷹也。七海たちの兄だよ。俺は祖父の家に住んでいるから、始めましてだね。」
茜はどぎまぎしながらぺこりとお辞儀をし、そのまま家まで一緒に歩いた。七海は一言も喋らず、茜もどうしたらよいか分からないといった様子だ。何となく無機質な雰囲気の鷹也も会話が無いことで困った様子はない。
「あの、本当に、ありがとうございました。」
「俺は何もしてないから。七海と仲良くしてくれてありがと。」
茜はお辞儀して家に入り、大きくため息をついた。
(ナナ、私のためにあんなに怒ってくれたんだ。でもそれでナナが怒られたら‥)
今までも何度かからかわれたことはあった。けど、何も言い返せず、帰宅してから母に言うことも出来ずに溜め込み続けていた。弟や妹の前でも弱音は吐けない。だからこそ、七海が怒ってくれたのは本当に嬉しかったのだ。
その後、先生と親子で話し合いが行われた。
「弟が泣かされたから!話を聞きに行ったら!こいつの兄貴に脅された!!」
そこには相手の兄も来ていて、顔を真っ赤にして怒っている。
「違うでしょ!こいつが!!最低なこと言ったから悪いんじゃん!うちのお兄ちゃんはたまたま通っただけだもん!女子にやられてお兄ちゃんに泣きつくなんて弱虫で最っ低!!」
気の強い七海が言い返し、更にその兄が怒り出す。
「七海、そこまで。なぜ七海は怒ったんだ?」
蒼介が静かに問いかけると、七海は両目いっぱいに涙を浮かべた。
「茜に‥茜、まだお父さん亡くなって悲しいのに!!運動会でとーちゃん来ないのか?あれ?いないんだっけ?って!!さいってい!!」
わんわん泣き出してしまった七海を、雅がぎゅっと抱きしめる。
その言葉に、相手の父親の顔が微かに歪んだ。
「おい・・そんな酷いことを言ったのか?」
「い、いや‥おれはそんなつもりじゃ‥」
「言ったのか、と聞いたんだ。」
父親に詰められ、男子は俯いたままこくりと頷いた。
「‥それにお前も、弟の言うことだけ聞いて、仕返ししに行こうとしたな?」
「あ‥弟‥泣いてたし‥」
高学年であろう兄も、父に厳しい目を向けられてぼそぼそと呟く。
「今の話を聞いても、お前は弟の味方か?」
「‥‥‥」
そんなやり取りを見ていた七海は、少しだけ落ち着いた。
「さて、七海。茜ちゃんのために怒ったことは良いことだよ。でもな?だからといって、暴力はダメだ。」
「どうして?身体を傷つけても治るけど、心を傷つけられたら治らないじゃん!」
七海は真っ直ぐに蒼介を見つめる。
「‥そうだね。でも七海、お前は、カッとなって突き飛ばした、それは間違いないな?」
「‥うん。」
「暴力というのは怖くてね?感情が昂ぶっていると、そんなつもりがなくても、大怪我をさせてしまうこともあるんだ。それに暴力が原因で、心も傷つく。七海は彼を傷つけたかったのかい?」
「‥ううん。茜に謝ってほしかった。酷いこと言ったって、分かってほしかった。」
蒼介と七海の会話を、相手の男子も聞いていて、口をへの字に結んだ。
「‥この子のお父さんはね、病気になって、それでも生きようと必死だったの。抗がん剤でボロボロになっても、それでも治療は諦めなかった。最後まで元気になる努力をし続けた。‥侮辱しないで。」
立夏も目を潤ませながら呟く。
「この度はうちの子が大変申し訳ございませんでした。」
相手の男の子の両親が頭を下げた。母親の方は黙って聞いていたが、途中から泣き出してしまっていた。それでも立夏の目を見て深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。」
男の子も、そう言って頭を下げる。
「さて、七海。どうするべきだろうね?」
蒼介に言われ、七海はしばらく黙っていたが、男の子を見る。
「‥頭にきちゃって‥突き飛ばしたし、蹴っちゃったし。‥ごめんなさい。」
「弟の言うことだけ聞いて、仕返ししようとした。‥ごめん、なさい。」
今回は特に大きなケガもなかったことから、お互いに謝りあって事態は終息した。
「ナナ、ありがとう。」
「なんか‥ごめんね。茜にも迷惑かかっちゃった。」
七海はしゅんとしていたが、茜はそんな七海にぎゅっと抱きついた。
「‥わたしも、ちょっとスッとしたの。ありがとうね。」
この時から七海と茜は、これまで以上に仲良くなった。時折、兄の鷹也と話す機会もあり、少しずつ打ち解けた。
「お兄ちゃんがいるの、いいなあ。カッコいいしさ。」
茜がぽつりと呟くと、七海は嬉しそうに笑った。
「えへへへ‥」
そんな七海の照れ笑いを見て、茜は「お兄ちゃん大好きなんだなあ」と思ったのだった。




