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掌の眼  作者: 瑠璃雀
別章 水澤家の歩み ー鷹也はいかにして災害ネコになったのかー
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妹たち

 小学校生活も休みがちながら何とか一年一年を消化していった。七海や流水とも相変わらず上手く距離をとりつつ、穏やかで優しい兄として接している。妹二人とも兄のことが大好きな様子で、鷹也が家に来るとずっと後を付け回しては一緒に遊びたがった。

 鷹也の方も妹たちを可愛がり、お絵かきをしたりボール遊びをしたりと、妹たちの我儘に嫌な顔一つせずに付き合っている。


 一度だけひやりとした事件があったのは、鷹也が3年生のときだ。篁の家から七海達の家へ行くと、雅から留守番を頼まれた。その日霧江は病院に行っており、雅が買い物に行きたくても行けなかったらしい。幼稚園の連絡ノートに明日使うものとして記載されたものが、家にはないそうなのだ。

 鷹也は雅を送り出し、七海と流水と遊んでいた。そしてそのうちに二人が「のどがかわいたー」と言い出した。冷蔵庫を確認すると、一リットルサイズの、紙パックのリンゴジュースが入っている。コップを取ろうと食器棚に手を伸ばした。

 ガッシャーン

「‥あ。」

 盛大な音と共にガラスが割れ、棚から手を引き抜こうとしたところで痛みが走る。

「‥あ。」

 既に出血はしていたが、死角になっていた部分の欠片で切ったらしい。食器棚の上に血だまりが広がっていく。

「たかにー!!」

 七海がパタパタ走って来て鷹也の足にぎゅっとしがみつく。

「あ、まって‥ガラス‥」

慌てて足元を見るが、幸い床には落ちてなさそうだ。とはいえ、既に身体は動けなくなっている。

「たかにー?」

 流水もやってきてしがみつかれ、途端に冷や汗が噴き出してきた。妹たちを押しのけることも出来ず、激しい頭痛が、吐き気が押し寄せてくる。

 食器棚に溜まった血が、とうとう床にまでぽたぽたと流れ落ち始めた。

『‥うーん‥これ俺、詰んだかもなー』

 妙に冷静になっているが、身体の方が限界に近い。倒れるわけにはいかないと、食器棚にもたれかかる。


 その少し前、篁が白銀の大鷹につつかれて悲鳴を上げていた。

『タカヤがあぶない!!きてーーー!!』

 慌てて環に伝え、タオルケットを持って蒼介の家に急いだ。そこには泣いている妹二人にしがみつかれたまま、食器棚にもたれかかってぐったりしている鷹也の姿があった。

 環は息をのみ、急いで七海と流水を引き離して別室へと連れて行き、篁は救急車を要請して状況を説明する。

 食器棚から床にまで血だまりが広がっているのを見て、全身から血の気が引いた。寝かせた方が良いかとも思ったが、どうやら食器棚の枠にくっついたままのガラスが食い込んでいるらしい。下手に動かせないと考え、肘の上あたりを捻じったタオルで思い切り締め上げた。


 その後、鷹也は無事搬送され、七海と流水は特にトラウマになることもなく、蒼介の家の食器棚は透明ガラスが使われていないものへと買い替えられた。ちなみに鷹也は妹たちに貼り付かれたことが原因で、四日ほど寝込んだ。

「‥ガラスは気をつけろよ。」

「けど、気づくとそこにあるんだよなあ‥」

 篁もガラスとは相性が悪いため余り強くは言えず、鷹也もさほど反省している様子はない。環と霧江と雅がため息をついただけだ。

「父さんも鷹也も、本当に気を付けてくれよ‥」

「蒼介さん?‥あなたも自覚がないのかしら。」

 雅がため息交じりに呟くと、蒼介は「父さんや鷹也ほどじゃないし」とぶつぶつ呟いている。


 鷹也が4年生になると、七海が小学校の入学を迎える。鷹也と同学年にも一族の者はいたのだが、小学校時代にはほぼ交流はなかった。そもそも鷹也にとって、同じ教室にいるクラスメートでさえNPCのような存在であり、人の顔を覚える機能も未実装なのでは?と思えるほどに、覚えられなかった。そのせいもあってか、友達を作ろうという概念がすっぽり抜け落ちているようであった。


対して七海は近所の子ともよく遊び、よくケンカもした。近所でも「元気な子」 「気が強い子」というイメージが定着している。

たまたま1年生の担任が、以前は鷹也のことを知っていたらしい。七海が授業中に積極的に手をあげたり、テストで良い点を取ると

「やっぱり、お兄ちゃんがあれだけ賢い子だったからかしら。七海ちゃんもすごいのねえ。」

そんなふうに褒められることが多かった。優しい兄が大好きだった七海は、誇らしい気持ちになり自分もお兄ちゃんみたいに頑張ろうと、授業も真面目に聞いていた。


 授業中、ふと外を見ると兄のクラスが体育の授業をしている。つい兄の姿を探したが、どこにも見当たらず校庭の隅で座っている姿を目にした。

 その日、帰宅してそのことを母に話すと、「ちょっと身体が弱いから体育はお休みなのよ」と聞かされ、七海は驚いたのだった。

 これまでそんな素振りも見せなかったし、七海がわがままを言っても穏やかに笑っているだけだった。

「鷹兄、だいじょうぶなのかな‥?」

 心配でいてもたってもいられなくなった七海は、そのまま篁の屋敷まで走った。兄がそこに住んでいることは、母や霧江さんから聞いている。


「こんにちは!」

 母屋の玄関から声をかけると、祖母が出迎えてくれた。

「こんにちは、どうしたの?七海ちゃん?」

 優しく尋ねられ、七海はホッとしてつい家の中を覗き込む。

「鷹兄って身体がわるいの?体育お休みしてたから、おかーさんに聞いたの。それで、心配で。」

 環はにこやかに笑い、居間へと案内した。冷蔵庫からジュースとお菓子を出してくれる。

「‥そうねえ。悪いわけではないの。ただ少し人の多い所では具合が悪くなることがあってね。心配かもしれないけれど、独りになる時間がどうしても必要なの。」

 七海はジュースを飲み、お菓子をもぐもぐしている。

「え、でも独りはさみしいし!私がそばにいてあげるの!」

 そう言ってにっこり笑う七海に、環は微笑んだ。


「優しいのね、七海ちゃん。でもね、ちゃんとあなたたちに会う時間はあるでしょう?‥お願いだから休ませてあげてくれない?」

 七海は不服そうに口をとがらせる。本当はもっと一緒に遊びたいのだ。

「わたし、もっと鷹兄と一緒に遊びたいの!わたしのことが嫌いなの!?」

 つい強い口調になり、環に食い下がる。

「あなたが鷹也と遊びたいというのは分かったわ。でも鷹也にも用事もあるし、都合もあるの。好きとか嫌いという問題じゃないの。‥今日は帰りなさい。それと勝手にここに来てはだめ。霧江さんにも雅さんにも言わないで来たわね?」

 口元をきりりと引き締め、少しだけ強い視線で七海を見る。途端に七海はしゅんとなり、「ごめんなさい」と口走った。環は普段こそ優しいが、たまに少し怖い。今もはっきりとした口調で、七海を見る目も厳しいのだ。

「勝手に来ちゃってごめんなさい。ジュースとお菓子、ごちそうさまでした。」

 七海はしゅんとしたまま挨拶し、家へと帰ったのだった。



「鷹也?大丈夫?」

 七海が帰った後、環が離れに様子を見に来た。

「ん?うん。‥ここに来られるときついね。妖が逃げてったよ。」

 一時期安定していた鷹也だったが、最近また疲れを自覚することが多いようだった。式に聞いた所によると、受信感知が再び上がっているのではないかという見解である。

「七海がこっちに向かってくるのが分かったしなー」

 ぼそりと鷹也が呟いたので、どういうことかと環は問いかける。

「‥んー‥家族とか、俺とかかわりの深い人間?まあ特に七海が分かりやすいんだけど、感情が昂った状態なら、居場所が分かる感じ、かな?あーそうだな、例えば流水が迷子になって泣いてたら、たぶんどこにいるか分かる。」

 それを聞いて環は額に手を当てた。

「要するに、そういう感情の波みたいなものを、勝手に拾ってしまうというわけね?」

「‥うん。俺が疲れるの、何となく分かる?」

 だるそうに鷹也は言い、畳の上に寝転んだ。


「七海や流水たちに、あなたのことを話した方がいいのかしら。‥悩むのよ。」

 環がそう漏らすと鷹也は微かに笑った。

「‥理解なんて出来るわけないだろうしね、むしろそれで変に気を遣われるのも、遠慮されるのも面倒だし、余計な感情ノイズが増えるだけだ。だから黙っていて。」

 その言葉に環は頷き、この意志は篁や雅、蒼介と霧江にも後に共有されることになる。


「妖たちの波が、俺にとっては癒しになってる。回復の手伝いをしてもらってる感じ。で、彼らにとっても俺の波が癒しになるらしい。相利共生ってやつなのかな。」

 妖が庭からぴょこぴょこと跳ねてきて、鷹也の胸の上に乗っかった。更に数匹が現れて乗っかっていく。


「七海は感情のエネルギーそのものが高いんだよ。機嫌良い時と悪い時の差が凄いだろ?まあそういう意味ではあいつも苦労してるだろうけど。‥せっかく耐久力が上がっても、感度が上がるとまた追いつかなくなってさ。」

 目を閉じて深呼吸を繰り返すが、その額には汗が流れている。

「‥想像も出来ないわ。だから簡単に“分かる”だなんて言えないけれど、貴方がそれでもきちんと学校に行っていることは凄いと思うわ。」

 鷹也は目を閉じたまま頷き、そのまま眠ってしまった。

『本当にその質は、どこまでも貴方を苦しめるのね‥』

 環は心の中でそっと呟き、そっと部屋を後にした。せめて美味しく、身体に良いものをたくさん食べさせようと、キッチンで調理にとりかかるのだった。






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