日向駆2
焼きあがった魚と炙った握り飯は絶品だった。焼き加減も絶妙で、駆は夢中になって食べる。木々が風に揺れてざわざわと鳴り、鳥の囀りがこだましている。
「‥うまい‥」
駆は食べながら、涙を流していた。何故なのかは分からない。ただただ握り飯をほおばり、イワナを齧り、それをひたすら味わう。
時折鼻水を啜りながら、涙を拭いながら、ただただ食べ続ける駆に、鷹也は何も言わない。ただ黙って食べ、吹き抜ける風を感じて目を細めるだけだ。
昼食が終わると、駆は靴と靴下を脱いで清流に足をつけ、顔を洗った。泣いている所を見られたのが少し気恥ずかしくもある。
(‥なんか、いいな。こういうところで自然を感じて‥何か生きる力をもらえる、気がする。)
そんなふうに思い、空を見上げた。木々の梢に繁る葉を額縁に、どこまでも青い空がある。空気は澄み渡り、吹き抜ける風が心地よい。
鷹也は岩の上に寝そべっていたが、とつぜんひょいっと立ち上がった。
「ここで待ってて。」
渓流の岩と岩を跳び、あっという間に姿を消す。
「は?‥え?」
呆気に取られて見送ったが、待ってろと言われたので岩の上に腰掛けた。そして目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。それだけのことで驚くほどに気持ちが落ち着くのだ。
その後、鷹也が戻って来て再び出発した。
「どこに行ってたんだい?」
駆が聞くと、鷹也は微かに笑みを浮かべる。
「神さんがいたから挨拶にね。渓流と、岩と、木の神さん。仲良いらしくて、しょっちゅうウロウロしてるんだよ。」
「そうなのか。俺も挨拶しといた方が良かったかな?」
「気まぐれな神さんだから、気にしなくていいよ。」
それなりに普段から交流があるのだろう。駆は気にせずに歩みを進めた。やはり鷹也のペースは速く、途中で休憩を取ってもらいながら必死でついてゆく。
帰宅してすぐに、駆は篁に空の所在と連絡先を聞いた。地元から離れないほうがいいだろうと、近所の分家が預かってくれていると初めて聞かされたのだ。
まずは電話をして、分家の家族に謝罪と感謝を伝える。そして空に代わってもらえるよう頼んだ。
『‥お兄、さん?だいじょうぶ?』
開口一番、空が口にしたのは自分に対しての心配だった。
「空!ごめんな?一緒に住もうって言ったのに!俺は君を‥」
『だいじょうぶだよ!ぼくはともだち、いっぱいいる!ここの人もね、みんなやさしいの!』
両親を亡くしたばかりの空が、健気に明るく話してくれる。
「‥そっか。良かった、ごめんな?なるべく早く戻るから!」
しかし、空はそれをあっさりと断った。
『だめー!お兄さんが元気になるまでは、もどったらだめー!!』
「いや、でも‥」
『だって!!おじさんも言うんだよ?すぐにもどっても、また動けなくなっちゃうかもって!だから待ってる!お兄さんが元気になってかえってくるの、ぼく、まってるから!』
空の底抜けた明るい言葉に、駆は黙ったまま涙を零した。
「わかった。‥わかったよ、空。俺も頑張って元気になるから!待っててくれよ!」
『うん!』
電話の後、湯船に浸かりながら駆は山歩きで張った足を揉む。あの景色と風と空、一緒に食べた握り飯とイワナの味は忘れられない。
そして、空からの激励が心を鼓舞してくれた。
(でも、焦ったらだめだ。空、両親がいなくなって、安心できると思った矢先に俺が‥)
逸る気持ちを抑え、駆は目を閉じてふーっと息を吐いた。
(子どもに元気づけられてるな、おれは。)
夕飯時には篁と環、鷹也と駆の4人で共に食べた。これまでは食事を共にすることはなく、後から一人で食べることが多かったのだが。
「今日、鷹也くんに山に連れて行ってもらいました。‥とても追いつけませんでしたが。」
少し照れ臭そうに話した駆に、篁は目を細めた。
「そうか。‥山は楽しかったか?」
「‥はい。」
駆はそう言って米をかっこむ。温かいご飯、温かい味噌汁、温かな副菜、これまで作ってもらっていたはずなのに、これほどまでに心に沁みるとは。再び涙が溢れてしまい、駆は泣きながら食べ続けた。環も篁も鷹也も誰も何も言わず、静かな夕食だった。
それから駆は毎日のように鷹也と山を歩き、徐々に精神も安定していった。時折、えもいわれぬ不安に陥ったり、夜中に目を覚ましてしまうこともあったが、それでも山歩きは欠かさなかった。
靴がボロボロになってしまったので、駆は鷹也と同じビーチサンダルに替えた。そして篁に教わって草鞋を作り、里山に入るときには履き替える。
さすがに同じペースで歩くのはきつかったが、それでも休憩の回数は減り、自分の水と握り飯は自分のリュックで持ち歩く。
祠を見つけて掃除をしたり、神様に会って挨拶をしたり、影や妖たちとも話をするようになった。日に日に表情も明るくなり、快活さも戻って来たように思う。その頃には鷹也も夏休みが終わり、学校へ行くようになった。
新学期が始まって少し経った頃、鷹也が全く姿を見せなくなった。体調を崩したのかとも思い、心配はしていたものの、すぐに元気になるだろうと高をくくっていた。しかし一週間を過ぎても鷹也が姿を見せないため、心配になった駆は、とうとう篁に様子を窺う。
「‥あいつはな、少々というか‥かなり面倒な質でな‥」
そして初めて鷹也の体質と、生まれてからこれまでの経緯を聞いた。
「‥そんな‥そんな過酷な状況を、あいつは‥?」
ボロボロと涙を零し、拳を握りしめる。
「まあ、“そういうものだから仕方ない”と、あいつはそう思っている。だから、気にせんでくれ。」
篁はそう言って困ったように笑う。
「‥けど!‥俺は、俺はあいつに助けられたんだ!‥だから‥」
そう言って号泣する駆の肩に、篁はそっと手を置いた。
「俺はな、いずれあいつに当主を譲る。‥ずっと先のことだろうが‥それでも、いずれあいつの助けになってやってくれんか。」
駆は涙にぬれた顔をあげ、力強く頷いた。
「もちろんです。その程度のことで良ければ、俺は全力であいつを助ける。」
二人は握手を交わす。
「‥というか、もう次期当主を決めるには早すぎやしませんかね?」
涙を拭いながら駆はそう言って笑った。
「そうだな。普通ならありえんよ。‥だが俺はあいつが5歳のときに当主にすると決めた。」
これまでにも様々なことがあったのだろう、表情から読み取り、駆は頷いた。
「あはは、俺もサポートできるくらいには、しっかりしないとな。あいつ、あの年で、あれだけしっかりしていますもんね。俺がサポートされる側になったりして。」
駆はそう言って笑い、篁も朗らかに笑った。
数日後、ようやく鷹也の姿を見られて駆は笑顔で迎えた。
「お前にプレゼントがあるんだ!」
駆はそう言って鷹也を庭に連れ出す。土間打ちしてある一角に、バスケゴールが設置されていた。
「‥なに?これ。」
少しやつれたように見えるが、それでも興味津々でゴールを見ている。
「バスケットボールのゴールだよ。これなら一人で遊べるしな!」
山走りと水泳と古武術、それ以外に鷹也が出来そうなスポーツがあれば、そう考え、自分がバスケ部だったことから迷わずバスケを選んだ。ドリブルもシュートも一人で練習出来る。人と接触しにくいのも大きい。
「俺はね、来週には地元に戻るんだ。」
駆はそう言って笑顔を向ける。
「そうか、戻れるんだ。‥良かったな。」
鷹也も微かに笑みを浮かべる。快く見送ってくれるらしいことに、駆は少しの寂しさと、“やっぱりそう言ってくれるよな”という大きな安心感に笑顔になった。
「それまでの間、今度は俺に付き合えよ。一緒にバスケやろうぜ。」
「うん。」
こうして鷹也はドリブルやシュートを教わり、駆は一緒になって楽しんだ。
それから6日後、駆は荷物をまとめて自宅へと送った。
「鷹也、色々とありがとう。今度こっちにも遊びに来いよ!」
「うん。またな!」
そのまま鷹也は学校へ行き、駆はその後姿を見送った。
「本当にお世話になりました。いつか必ずご恩返しが出来るよう、精進いたします。」
駆はそう言って旅立ったのだった。




