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掌の眼  作者: 瑠璃雀
別章 水澤家の歩み ー鷹也はいかにして災害ネコになったのかー
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まわりの大人たち

 鷹也は縁側で本を読むのが好きだった。知識を詰め込むことに精を出す。

(この掌の眼ってなんだ?触れることが出来ないのに在る。そしてこの眼がないと、妖も影も認識も出来なければ、会話をすることすら出来ない。‥どういう仕組みなんだ?)

(なんで俺は波動みたいなのを感知する?開眼したからって備わるわけじゃない。ブランは俺の額あたりにアンテナがあるって言ってた。けどこれは俺には見えない。なのにどうして感知できる?)


 物理学や数学、化学、生物、民俗学、民間伝承、ありとあらゆる書物を読み漁り、何か鍵になるものはないかと探究することに楽しさすら感じていた。


「お前は、この本の内容、全部理解しているのか?」

 篁が気になって声をかける。

「ん?全部はむり。中身を記憶してるだけ。」

「‥待て、この本の中身を全部覚えてるのか?」

 鷹也は目をぱちくりさせて篁を見やる。

「そうだけど?」

 ご飯食べる時には箸を使うよね?という、至極当然のような言い方に篁は絶句した。

「‥たとえば、この本の354ページ、3行目から5行目までを抜き出せ、といったら?」

「それ出来なかったら、覚えたことにならないよね?」

 当たり前のように言われ、篁は頭に手を当てた。

「‥どういう頭してるんだ‥」

「こういうあたま?」

 鷹也はきょとんとして自分の頭を指差す。

「ははははは!‥いやそういう意味じゃなくてな?‥ははは、そうか。好きなだけ読むといい。必要になれば、本屋でも図書館でも連れてってやるからな!」

 篁はそう言って笑顔を向けた。


「鷹ちゃん!」 

 蒼介が家にいるときには雅が家に来る。鷹也の手前で立ち止まり、持っていたバッグを抱きしめる。

「‥なに、してるの?」

「だって!ぎゅーしたいけど出来ないから!鷹ちゃんの顔見ながらバッグ抱きしめてるの!」

 雅のそんな様子に、鷹也は困ったように固まる。どうしたら良いのか分からない。

「‥‥」

「うふふ!ね、鷹ちゃん、一緒にプリン食べましょ?」

 洋菓子屋で買って来たらしい袋を掲げ、縁側に座った。


『みゃーびだ』

「み や び!」

 最初はどんな影響を受けるか分からないと不安だったが、鷹也から妖や影との関係を聞き、雅は安心して彼らとも話すようになった。

『みーやーび?』

「そうよー!いつも鷹ちゃんと一緒にいてくれてありがとう!」

 言いながら妖たちを撫でる。

『きゃっきゃっ!』 

『ボクもなでてー!』

 そんなふうに近寄って来てはなでなでを要求し、笑顔で息子とプリンを食べる。そんな時間が雅にとっては幸せな時間だった。



「鷹也!元気そうだな。」

 雅と入れ替わりで蒼介もやって来る。

「うん。‥そういえば、父さんも道場に行ってたの?」

「ああ!どうだ?少しは上達したか?」

 鷹也は笑顔で首を傾げる。

(ああ‥こんな風に笑顔になれるようになったんだな‥)

 家にいた頃は無表情で、殆ど喋らなかった。笑顔とは言っても、微かに口元を緩める程度でしかないが、それでも明らかに楽しそうだ。そんな表情を見ているだけで涙ぐんでしまう。


「よーし!手合わせだ!」

 息子に見られないよう目じりを拭い、そっと手を出す。が、スッと躱された。

「へえ!すごいじゃないか!」

 触れそうになったら止められるように、手加減はしたが鷹也は危なげなく躱す。

「道場にも行ってるけど、毎日妖たちとも一緒に遊んでるんだ。」

 足元もしっかりしており、軸のブレがない。

「へえ、すごいじゃないか!」

 そんなふうに父と子は触れない遊びを楽しんだ。蒼介の予想以上に上達しており、親バカがひょっこりと顔をのぞかせる。

(やっぱ、俺の息子は天才だな!!)

 蒼介は休みのたびにそうやって息子との時間を楽しんだのだった。



 ある日、篁が鷹也と共に散歩をしていると、ちょうど家を建てている最中だった。鷹也はその様子を食い入るように見つめ、敷地内へと入っていく。

「あ、こら。人の家に入っちゃ‥」

 篁が慌てて服を掴むと、見知った顔があった。

「おや、篁じゃねえか。…孫か?」

 火乃宮の分家当主である、大工の辰だった。篁よりも11歳年上である。

「ああ。」

 興味を持つと止まらない孫の服をしっかり掴みながら、篁は頷いた。

「家の構造、見てみたい。面白そう!」

「へえ‥面白れえガキだなあ。おまえ、名前は?」

 辰はその場にしゃがみ、鷹也と目線を合わせる。

「水澤、鷹也。あの家、おじちゃんが建てるの?」

「ああそうだ。けどなあ‥現場はあぶねえ。入っちゃダメだ。」

 その言葉にがっかりしたような表情を浮かべた鷹也に、辰は面白そうに笑った。


「もし、お前の興味が家の骨組みだっていうなら、家の模型作ってやろうか?」

 その言葉に鷹也は目を輝かせる。

「いいの!?仕口(しぐち)とか継手(つぎて)って、この家でも使ってるの?」

「わははは!マジか!お前そんな言葉、どこで覚えた!?」

 どう見ても幼児にしか見えない子どもが、知っている言葉ではない。それだけに興味が湧いて仕方なかったのだ。


「寺社仏閣について本見てたら、建築様式とかも書いてあった。家の構造とは違うんだね。」

 辰はその言葉に呆然とし、そして再び笑い出す。

「面白え!おい鷹也、すこし時間をくれたら面白い模型を作ってやる!」

「え?本当に!?」

 こんな風に喜びを表すことがないだけに、篁は驚いていた。そして知らない内に寺社仏閣だの建築様式にまで知識が及んでいることに、戦慄してしまう。

「だからな、今日は家に帰れ。ここは人の家だし、何より子どもが入っていい場所じゃない。分かるな?」

「うん、ありがとう。‥辰さん?」

 辰は笑顔で手を振り、鷹也も手を振りながら去っていく。


「‥珍しいなあ。お前があんな風に人に寄っていくなんて。」

 篁がしみじみ呟くと、鷹也は頷いた。

「辰さん?‥なんかあの人、不思議な波。‥スッとしてる‥」

 自分でもどう表現したらいいのか分からない、といった様子だ。ただとにかく辰という男が鷹也にとっては居心地の良い相手ではあるらしい。


 それからひと月ほどして、辰が両手で抱えるほどの大きな袋を持ってきた。

「よう、鷹也!待たせたな!」

 言いながら袋から大きな建物を取り出した。

「‥すごい‥」

「屋根はな、一応パカッと外せるようにしてる。だがな、ちゃんと骨組みは再現してあるぞ。これを外すと、柱や梁も外せる。梁や大引きに仕口と継手は仕込んだぞ。分解して、組立てまで出来る。」

 いとも簡単に外し簡単に組み上げていく様子を、鷹也は食い入るように眺めた。

「壊したって構わん。その時は鷹也、壊した部位を一緒に作るぞ?」

「うん!」

 その後に図面も取り出した。

「お前ならこれがあってもいいかとな、ここの記号と柱や梁の記号は同じだ。実際に家の構造材にも同じ記号が入ってる。お前さんなら、見りゃ分かるだろう。」

 鷹也は図面と建物を見比べ、黙ったまま集中し始める。


「やっぱり面白え!」

 辰は嬉しそうに言い、集中している鷹也を見て目を細める。

「辰さん、こんなすごいもんいくら払ったらいい?」

 篁もさすがに驚いて声を上げる。かなり細かく作り込まれているため、手間も材料もかなりかかっているはずだ。

「バカタレ!俺が趣味で作っただけだ!そんなもんに金なんて貰えるか!」

 辰は笑いながら言い、スッと立ち上がった。

「あ!ありがとう、辰さん。」

 鷹也がそう言うと、辰は満面の笑みを浮かべて手を振った。

「おう!せいぜい楽しく遊んでくれ!」

 そうして辰は帰宅し、鷹也は図面と模型を見比べ、ひたすら集中して見入っている。過集中とでもいうのか、微動だにしないまま数時間見続けることも多かった。

 それから慎重に柱や梁を抜き、継手部分を真剣に見てはどう接合しているのかを観察し、分解し、再び組み立てるという作業に没頭した。言うなれば複雑な立体パズルを手に入れたようなものだ。

 毎日のルーティンにパズルの分解と組立てが追加されたのである。


その後、幼稚園という話も雅や蒼介から出たが、鷹也の「読書に忙しい」という言葉と、篁の「同年代に混じるのは難しいだろう」という判断から行かないことも決まった。


「‥一時はどうなることかと思ったが。」 

「‥本当に」

 篁も環も、すくすくと育つ孫を見ては目を細めるのだった。

 



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