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掌の眼  作者: 瑠璃雀
別章 水澤家の歩み ー鷹也はいかにして災害ネコになったのかー
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妹・七海誕生

 鷹也は相変わらず本を読み漁り、篁の家へと行き来しながら、妖たちと遊ぶ日々を過ごしていた。鷹也が三歳、朝晩の冷え込みも厳しくなってきたある時、鷹也が不思議そうな顔をして雅に聞いてきた。

「‥母さん?‥その、母さんの中から今までとは違う波?を感じる。」

 そう言って来た息子に、雅はそう言えば、と思い当たった。篁の家に鷹也を預け、検診に行くと妊娠三か月との診断を受けた。

「蒼介さん、あのね、妊娠三か月ですって。‥予定日は7月7日くらいになりそうよ?」

 さっそく雅は電話で報告し、篁邸に戻って祖父母にも報告をした。


「鷹ちゃんには分かったのね‥?」

「うん。母さんの波とは全然ちがうから。」

 雅のお腹が大きくなっていくのと同時に、鷹也が何かと手伝ってくれることが増えた。ちょっとした物を取りに行ったり、運んだりという作業をさりげなくやってくれる。

 雅も蒼介もそんな息子の優しさに感激していたが、鷹也の方は褒められても特に嬉しそうな様子すらなく、淡々とすべきことをしているといった様子だ。

 鷹也は篁邸が気に入っているらしく、これまではちょくちょく雅と共に行っていた。篁邸と蒼介たちの家までは大人の足で徒歩20分程度だ。雅が妊娠してからはその頻度も少し減り、道場通いの帰りに少し寄るか、蒼介が休みの日に行く程度になった。雪が多い地域でもあるため尚更である。


 年が明けた二月、その年は閏年であるため、生まれたあと初めて誕生日にお祝いが出来た。4歳の誕生日は篁邸で祖父と両親に囲まれ、盛大にお祝いをしたのだ。

「なんでお祝いするの?」

 不思議そうな息子に、雅は笑顔を向ける。

「生まれてきてくれてありがとうと、一年間元気で過ごせたことのお祝いと、これからまた一年、元気でいられますようにってお願いのためよ。」

 よく分からないといった表情の息子を、雅と蒼介は暖かく見守っていた。誕生日を迎えた息子は、プレゼントにノートパソコンを貰って喜んでいる。

 幸いにも、鷹也は風邪をひくことも、乳幼児がよく罹る感染症とも無縁だ。健康診断などで病院に行くとぐったりしてしまい、その日はほぼ寝ているくらいだった。


 雅の出産が7月を迎えた頃には、鷹也はパソコンを完全に使いこなしていた。篁や環、巽と志乃にも妊娠報告はしてあったが、篁は父、巽から改めて離れの準備をしておくように言われていた。

「万一のためだ。もし赤子の鳴き声で鷹也が頭痛や吐き気を起こすなら、早々に別居にした方が良い。家での生活が、鷹也にとっては毒にしかならん。」

 篁は改めて父の話を聞き、蒼介にも伝えた。祖父から直接話を聞いていた蒼介だったが、本当にそんな必要があるのかと、「雅とも相談する」と言って静かに帰って行った。


 それから数日後、再び蒼介は父の元を訪れた。

「‥父さん、爺さんの言っていた離れの場所、俺も見ていいか?」

 何か思い詰めているようにも見え、篁は蒼介を促して母屋から庭を横断した。母屋から直接渡り廊下で繋がっている離れが三棟。それとは別に、母屋から見える築山と植栽を迂回するように歩いた先に、小さな離れが一棟。この離れの縁側からは湧水池がよく見える。

「‥こんなに離れた場所‥?こんな所に独りで?あいつ、まだ4歳なんだぞ?‥こんな‥」

 蒼介は言葉に詰まって涙を零した。


「父さんは平気なのか!?‥父さんにとってもかわいい孫なんじゃないのかよ!?‥こんな‥こんな場所で独り置いとけって!?」

 蒼介が篁を睨み、感情のままに声を上げる。

「‥俺は、親父から話を聞いているし‥実際にその苦労を多少は見ているからな‥」

 篁は静かに言い、そっと蒼介の肩を抱いた。

「‥こうして慰めることもかなわんのは‥どうにもやるせないものだな。親ならば尚更だろう‥」

 蒼介は父親の温もりをその身に感じながら慟哭する。自分が何もしてやれないというのは、相当に辛いだろう。


 しばらくして落ち着くと、蒼介はポケットから銀行の通帳とカードを取り出した。

「‥この離れを使わなくてすむならそうしたい。けど‥けど使わざるを得ないなら、せめて‥快適に過ごせるようにしてやりたいんだ。少しだけど、それでも使って欲しい。」

 そう言って差し出してきたのを、篁が押し返した。

「なんでだよ!?俺にも何かさせてくれよ!!‥たのむよ‥」

 涙声で訴えてくる蒼介の頭に、篁は、ごつんと拳を落とした。

「バカ者。まだまだこれから、金なんぞ馬鹿みたいにかかるんだぞ?そいつは取っておけ。その代わり、この離れをどう改装するのか、お前が決めろ。その金は俺が立て替える。どうしてもと言うなら、もっと稼いで余裕が出てから少しずつ返せ。‥いいな?」


 蒼介は涙を浮かべながら唇をぎゅっと噛みしめる。

「俺はお前の何だ?」

 まだ不服そうな息子に、篁が真剣な眼差しを送る。

「‥親父‥」

「お前が鷹也にそうしたいように、俺も出来ることはしてやりたい。‥分かるな?」

 蒼介は再びボロボロと涙を零しながら、深々と篁に一礼した。


 それから蒼介と篁は、離れの内部を片付けて掃除し、畳の交換や障子の張替え、トイレや風呂も新しくした。無垢材の床は、年期は入っているものの軋みもなく、飴色の光沢が出ていて裸足にも心地よい。大人が独りで暮らすにも十分すぎる広さがある。


 雅も鷹也のことに気を掛けながらも、自分の体調管理をしっかり行い、出来る範囲で家事もこなした。蒼介のサポートも徹底しており、仕事と食事作り、離れの工事など、八面六臂の活躍である。毎日が忙しく、瞬く間に時は流れていく。


 そして7月7日、予定日ぴったりに娘が誕生した。「七海」と名付けられ、数日後に母子ともに健康で無事に自宅へと帰ってきた。

「鷹ちゃん、ほら、あなたの妹よ?‥七つの海と書いて、ななみっていうの。」

雅がにこやかに話しかけるが、鷹也は無表情のままだ。

「‥七海?」

 ぼそりと呟いた言葉に、雅がにこやかに微笑んだ。

「あああああん!」

 七海が泣き出し、鷹也はその場に座り込んでしまう。

「え?‥あ!」

 雅は慌てて七海を別の部屋に連れて行った。そこで何とか七海をあやす。どうやらお腹が空いたらしいので、急いでミルクを作り持っていく。鷹也はいつの間にか消えており、おそらく二階に避難したのだろう。

「‥泣き声、苦手だったんだっけ。大丈夫かしら‥」


 鷹也は這いずるように階段を上がり、部屋にこもってドアを閉めた。

(‥妹‥?‥なに、あれ。‥気持ちわる‥)

 そのまま床の上に倒れ、気を失った。雅は七海の方につきっきりになっており、鷹也のそんな状態に気付くことは出来なかった。ある程度大きくなり、大抵のことが一人で出来る長男と、生まれて数日の長女では手のかかり度合いが違いすぎる。


 しばらくして目を覚ました鷹也は、床の上に足を投げ出して座り、壁にもたれかかって目を閉じた。

(泣いたとき、尖った波が頭に突き刺さる感じ‥あれ、変化するのかな?)

 それ以来、鷹也は妹が泣くのを警戒し、離れた場所から観察することはあっても、触れることはおろか近づくことすらしなかった。


「‥鷹ちゃん、食欲ないの?」

 そんな言葉が雅や蒼介の口から零れることが増え、七海の泣き声で鷹也が全身汗びっしょりになり、真っ青な顔をしていることも増えてきた。

「鷹也?‥具合悪いのか?」

 蒼介も心配そうに顔をのぞき込むが、鷹也は何も言わずにただ首を左右に振るだけだ。元々口数の少ない子ではあったが、全く喋らない日も増えている。手のかからなかった鷹也に比べ、七海はよく泣き、飲んだミルクを吐いてしまうことも多かった。


 自然と雅は七海につきっきりになることが多く、鷹也の方をフォローしきれない。七海が寝たのを見計らって手早く食事の準備をするのだが、再び七海が泣き出してしまうため、雅は慌てて席を立つことになってしまう。


「‥鷹ちゃん、またごはん食べてくれなかった‥」

 雅も半泣きになりながら、七海を抱いてあやす。やはり泣き声がストレスになって、食事も喉を通らなくなってしまったのだろうか?或いは寂しさからくるものなのか?

 蒼介が帰宅すると、二人はかわるがわる鷹也の元に行き、プリンやアイスなどを差し出すのだが、鷹也は黙ったまま首を左右に振るだけだ。

(放っておいて‥あの泣き声どうにかして‥あたまいたい‥気持ちわるい‥)

 しかしおそらく両親にもどうにも出来ないのだろう。それも分かってしまう。だからただ、あの泣き声がおさまるのを我慢するしかなかった。


 幸いにも大好きな牛乳だけは飲んでくれる。そして一階に降りて来ようとはしない。一時的にでもあの離れに避難してもらうべきか、二人は何度も話し合い、しかし雅がどうしても首を縦に振らなかった。

「あの子はまだ4歳なのよ?‥きっと妹につきっきりになってしまっているから、寂しいの。あんな所に連れて行ったらもっとひどくなるかもしれないでしょう?」

 涙ながらに訴えられると、蒼介も無理強いは出来なかった。とはいえ、ここ二日間、全く食事を取れなくなっているのも確かだ。答えの出ないまま、また一日が経過してしまう。


(どうしたらいいんだ?俺に何か出来ることはないのか!?)

 蒼介は2階の部屋で大人しく座っている息子に寄り添い、様子を見ることしか出来なかった。



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