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掌の眼  作者: 瑠璃雀
別章 水澤家の歩み ー鷹也はいかにして災害ネコになったのかー
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理解者 水澤巽

 篁たちが住む地域には水の社があり、ここから都心の風の社へと移動する。これは、鷹也と篁の二人だけで行くことになった。蒼介と雅、環は新幹線での移動となる。ゴールデンウィークの人混みは避けたが、それでも人は多い。

「駅の移動が減るだけでもかなり違うわね‥」

「そうだなあ。やっぱりここを鷹也が歩くのはきついだろうし。」

 雅と蒼介が話していると、環も少し疲れたように笑った。

「私も慣れていないから目が回りそうよ。」

 三人は駅から更に移動し、篁と鷹也も合流した。船での移動か飛行機での移動となる。今回は飛行機での移動だ。



「よう、よく来たな!」

 白髪の短髪、日に焼けて浅黒い肌に筋骨隆々としたがっしりした体格、それが篁の父である巽であった。挨拶を交わし、さっそく家に上がる。

「…ふむ。そいつか。」

 巽は早速鷹也を見て、手をかざした。途端に鷹也が避けようと身を引く。

「遠いところ、お疲れさま。」

 巽の妻、志乃(しの)がお茶と茶菓子を持って座卓に並べてくれる。まだ雪が残る自宅と比較すると、半そでで過ごせるほどにこちらは暖かい。


「お前、名は?俺は水澤(たつみ)、お前の曾祖父だ。」

 鋭い視線に射抜かれたが、鷹也はそれを受けて見返す。

「水澤鷹也。おれ、曾孫になるんだな?‥こっちがじっちゃんだから、じーちゃんでいい?」

 篁のことをじっちゃんと呼んでいるために、一応呼び分けのためなのだろう、巽は笑い出し、頷いた。

「ああ、かまわんよ。なあ鷹也、海に出てみないか?」

「行く。」

 即答した曾孫に笑顔を向け、巽は「少し出てくる」と言って外へと出て行った。


「鷹ちゃん、大丈夫かしら。ぐったりしてたから疲れてたり‥熱を出したりしないかしら。」

 雅は心配そうだったが、志乃が柔らかく微笑む。

「大丈夫ですよ。あの人がついてますから、何かあれば気が付きます。」

 その場に残された4人はしばらく近況を話し合いながら穏やかな時間を過ごした。


「海は初めてか?」

 手漕ぎの小さな舟に乗せられ、鷹也は興味深げに海をのぞき込む。

「うん。‥広いな。」

 巽は目を細めて小さな身体に視線を注ぐ。やはりこの子は自分と同じ体質、いやそれ以上にやっかいな体質かもしれんと心の中で呟いた。

「潜ってみるか?‥ちとまだ寒いがな。」

「え!?いいの!?」

 どうやら既に飛び込みたくてうずうずしているようにも見える。念のため舟にはバスタオルとロープ、水中眼鏡とシュノーケルも準備してあった。



 巽が船を止め、岩場に打ち込んだ杭にロープを括り付ける。

「服を脱いで念のためこいつを身体に括り付けておけ。」

 巽は念のためにと子供用のハーネスを準備していた。鷹也は頷いて服を脱ぎ、説明書に書いてある通りにハーネスを装備した。巽が身体に触れないよう確認をする。

(ふむ、説明書は図と漢字とひらがな。ちゃんと文字も読んでいたようだが‥読めるのか。)

 

 水中メガネとシュノーケルのつけ方を教えた後、ゆっくりと舟から海へと入った。

「冷てー!」

 既にテンションが上がっているらしい鷹也が、シュノーケルを咥えてさっそく潜る。水系統の系譜である水澤家の人間は総じて水泳が得意である。鷹也が半年を過ぎる頃には、蒼介がプールへ連れていっている。水を怖がることなく平気で潜っていく息子に、蒼介も思わず笑ってしまったほどだ。


 巽はハーネスにロープをつけ、潜り方を教える。見様見真似で水に潜り、巽が様子を見ながら引き上げる。大した深さではないが、それでも水の中を泳ぐ魚たちを見たり、岩場に張り付くイソギンチャクや貝を見たりする。

「はー!海っていいなー!」

 水中で仰向けになってぷかぷか浮きながら、鷹也は満足そうに声を上げた。雅や蒼介がこの表情を見たら驚くに違いない。これまで見たことのないほどに子供らしい表情だった。


 そこからしばらく潜り続け、再び浮上を繰り返した後にバスタオルで頭と身体を拭いて服を着る。

「明日も来たい!」

 鷹也がそう言って目を輝かせると巽も笑顔で頷いた。その後は舟を降りて浜辺へと歩き、そこに座って海を眺める。

「鷹也、お前は人に触られると気持ち悪くなるんだろう?」

 巽が尋ねると、鷹也は「うん」と頷いた。

「動物でもそれがあるのか?犬や猫とか?」

 続く問いには首を傾げる。

「触ったことがないから分からない。でも体温とか脈、汗、動き、全てが気持ち悪い。最近は頭痛も酷くてさ。父さんと母さんには悪いんだけど‥近づかれたくない。」


 鷹也は言った後で、「しまった」という表情を浮かべた。おそらくずっと言いたくて、しかし幼いながらも言ってはいけないと考えていたのだろうな、と巽は思った。

「あとはどういう時にどんな体調変化が起きる?」

 巽は今聞いたことには触れず、更に質問を続けると鷹也は少し考えた後に巽を見やった。

「病院でさ、子供が泣いてたりするだろ?後は店で怒ってるおっさんとか。何か当てられるっていうのか、何かフラフラしてくるっていうか。すげー疲れる。」

 巽はなるほど、と頷いた。

「‥よく話してくれたなあ。今まで誰にも言わなかったんだろう?」

 鷹也は微かに首を傾げる。


「影とか妖って言われてる奴ら?あいつらとはよく話してた。‥父さんとか母さんに近づかれたくないって言ったら、それを本人に言ってはだめだよと諭されたんだ。きっと悲しむだろうから、そっと身を引くだけにしておいたほうがいいよって。」

 巽はそれを聞いて何度も頷いた。

「そいつは辛かったな。‥俺に話してくれたのは、奴らが俺なら大丈夫だと言ったか?」

 鷹也は頷く。

「俺も昔から人に触られるのがダメだった。尤もお前よりももっと大きくなってからだったが。‥稀にいるんだ。生体エネルギーとでもいうのかね、生き物の生命力みたいなもの、触れるだけで寒気や頭痛、吐き気までもが起こる。お前の場合、それともう一つ、感情エネルギーにもその反応が出るんだな。」


 鷹也は海を眺めながら深いため息を吐いた。

「妖も同じこと言ってたな。あいつらさ、生命エネルギーなんてほぼないし、波も穏やかで安定してるんだよな。だからすげー楽。影もそうだね。」

 巽は目を細めて鷹也の話を聞いている。会話だけ聞いていたらまるで二歳児とは思えない語彙と文章構成である。


「俺ら一族はな、武術を習得するべしという習わしがあってな。‥篁の近くにも道場がある。間合いの取り方や人と接触を避ける身体操作、お前にとってはプラスになると思うが。やってみるか?」


 その言葉に鷹也は目を輝かせ「やる」と即答した。

「その体質というかな‥一種の受信レーダーみたいなものなんだが、ある程度成長すれば受信力も落ち着くし、耐性も上がることが多い。お前は余りに幼い時期に発現してしまったから、ちと大変だと思うがな。というか開眼しているんじゃないのか?」

 巽が聞くと、鷹也はニヤッと笑う。両手を広げた瞬間には何もなかったが、鷹也が何事か呟くと掌に眼が現れた。右手には黒の虹彩に中心色が薄い金、左手には青の虹彩に中心色が白銀である。


「二系統‥?しかも水と月だと!?」

「‥前例がないらしいね。だからブランに頼んで普段は見えないようにしてもらってる。‥ブラン!」

 白銀の大鷹がふわりと舞い降り、鷹也の肩に止まった。

「式!?‥まだ神楽も習っていないんだろう?」

 鷹也は頷く。本来は開眼が先であり、その後、段階を経て「式」を与えられるのだ。



「‥俺が生まれたときに顕現したらしい。名前はブラン。」

 鷹也がそう言ってひと撫ですると、ブランはすうっと消えた。

「稀に二系統持ちは生まれるが、月系統と日系統に関しては記録にない。‥篁にそれは話したのか?」

 巽が驚きながら聞くと、鷹也は頷いた。

「ここに来る前、社で神さまと話したから、今は全員知ってる。」

「そうか。ということは“感知”でどんな弊害があって、お前さんがどう辛いのかを説明せにゃならんな。‥その眼は、普段見えないようにしているのか?」

 鷹也が何かを呟くと、掌の眼はスッと消えたために巽は驚いて問いかける。

「うん、‥神さま?のところで命名したら、ブランを呼び出せるようになったんだ。それまでたまに声は聞こえてて、この眼も隠してくれてたんだって。目立っちゃう?から?」


 やはり会話をしていると違和感を覚える。小学生でもこれほど理路整然と話せるかどうか。巽は自分の父のことを思い出しながら鷹也に笑いかけた。

「‥そうだな!まあ良い機会だ。お前の体質の件と、今後の対策については今晩にでも大人同士で話すとしよう。明日はまた海に行くか!」

「うん。‥海に潜るのは好きだ。シュノーケルと水中メガネ、ありがと。俺用に準備してくれたんだろ?」

 巽は頷き、立ち上がって鷹也を促した。

「夕飯の前に先に風呂だな。‥たぶん沸いているはずだ、念のため、入ってしっかり温まれ。」

「‥うん。」

 曾祖父と曾孫は、一定の距離で砂浜を歩く。鷹也にとって楽であろう距離を、巽はごく自然に取る。その距離感が鷹也を安心させ、巽に対しての信頼が出来たのだ。


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