命名「ブラン」
鷹也2歳の4月、蒼介と雅と鷹也、篁と環の5人は、篁の両親の元を訪れることにした。
「雅さん、社まで来て欲しい。鷹也と一緒に。」
移動の経路について悩んでいた所に篁がやってきて、そんなふうに声をかけられた。雅は蒼介を見、鷹也を見やる。蒼介が頷くと、雅は和室で読書に集中している鷹也の方へと歩いた。
「鷹ちゃん?‥一緒に来てほしいの。いいかしら?」
「‥?‥うん。」
大人の足で徒歩20分、鷹也にとってはかなり遠いはずだ。しかし鷹也は自分で歩くと言い、ちょこちょことついて来る。
「‥いったい、なぜ社に?それに、鷹ちゃんは社に入れるのでしょうか?」
篁から話を聞いた後、何度か雅は社を訪れて神さまたちの声を聞いた。概ね、篁から聞いたことが全てであり、新たに聞く話はなかった。
「どうもな、神さまから話があるらしい。‥実は既に開眼しているのではないかと思っている。」
篁がそう言うと、雅は緊張に表情を強張らせる。
「‥やっぱり。お義父様の家にいたとき、鷹ちゃんが妖たちを目で追っていて‥。実はそれが不安で、彼らのいない場所に行きたかったんです。」
雅の言葉に篁も頷いた。
「そうか、それでか。‥確かに心配になるのは無理もない。」
小声で話しているせいか、鷹也には聞こえていないらしく、周囲を眺めながら黙って歩いていた。篁の家に到着後、雅と篁は手早く着替え、鷹也は服のまま社へと向かう。
<おお、よく来たな>
来るのを待っていたらしい神さまが三人を迎えてくれた。
<その子か>
<これはまた‥難儀なことだな‥>
ふわふわと光の玉が鷹也の回りを飛んでいる。
「‥だれ?声が聞こえるけど。」
鷹也は掴もうと手を伸ばすが、光の玉はその手をすり抜ける。
「どういうこと?存在自体はしているの?これは何?」
次々と疑問をぶつけてくる孫に、篁は苦笑いを浮かべる。
「我々が“神さま”と呼ぶ方たちだよ。我らに力を貸してくださる方々だ。」
「‥ふうん。聞きたいことは山ほどあるけど。‥今は聞かないほうがいい?」
不思議そうに光の玉を眺める鷹也に、雅が「そうね」と、頷いた。
<君は、篁の家で不思議な者たちと交流していたな?>
「うん。おれは喋れなかったけど、何となく通じた。」
<両手を開いて上を向けてごらん。>
鷹也は言われた通り、自分の両手を広げて手のひらを上に向けた。すると、ふわりと光った後に掌に眼が現れる。
左手は瑠璃色の虹彩に、中心は白銀色。右手は漆黒の虹彩に、中心は薄い金色だ。
「‥目?触れないのか、この目。ここにあるけどここにない?‥そこにいる神さまたちと同じ?」
掌の眼を触ってみたり手の甲側を見てみたり、不思議そうに眺めている。
「いや、待て!水と‥月系譜だと!?」
思わず篁が声を上げた。その声に驚いて鷹也がびくりと振り返る。
「ああ、すまん。驚かせたな。」
篁は各系譜について、鷹也に話して聞かせた。雅も時折その話に交じる。
「月と日の系譜に関してだけは、複数系統にはならない、と言われていた。」
<まあ本当に稀だが、日と月の2系統持ちが出たことはあるんだがな。なぜ月系譜が入ったのかは分からん。>
「私は風系譜です。蒼介さんは水ですし。この子は私と蒼介さんの子で間違いありません!」
雅が思わず身を乗り出した。
「雅さん、疑ってはおらんよ。眼を見れば、水澤の血を引いていると分かる。」
<気まぐれかもね~!月神さん、この子の“感知”に気づいて加護したくなったのかも。>
<‥なるほど。わずかばかりだが、発現を遅らせたのかもしれんな。>
<それでももう発現しちゃったけどね?>
そんなふうに神々が話すのを、篁と雅はただ静かに聞いていた。
<すまぬ。で、巽のところへ行くのであろう?>
ひとつの光が篁の前にすいっと飛んできた。
「そうですな。‥父も確か“感知”の発現が早すぎて苦労したようですから。話を聞いておきたい。」
篁がそう言うと、光はふわりと動いた。
<その子を移動させるのに、社の道を通ってよい。‥少し負担がかかりすぎる。>
その言葉に、雅が驚いて思わず声を上げる。
「そんな‥いいんですか!?一族の行事でもないのに。」
<よいよい。‥それよりな、その子が辛そうなときは、式に様子を聞くとよい。ヒトよりも式の方がその子の状態が分かることもある。>
「‥式に?」
篁と雅は顔を見合わせ、再び光に向かって頷いた。
<そなたは鷹也というのか?>
光がふわりと鷹也の前に移動し、そう語りかける。
「うん。」
<そなたにも式がおる。どれ‥>
光がもう一度ふわりと動くと、虚空から白銀の鷹が現れた。
(この鷹はあの時の!?)
雅は口を両手でおおい、鷹を見つめる。全身が白銀の羽毛に覆われ、尾羽や翼の先が微かに灰色を帯びている。深く青い瞳は吸い込まれそうな美しさだ。
『タカヤ!!』
「‥この声、何度か聞いた。なんかあったかくて。‥きみだったんだ?‥名前はあるの?」
『タカヤがボクに名前をつけてー!』
白銀の鷹は鷹也の肩にそっと止まる。見た目に反して爪の感触はなく、ただふわっとした温かさだけを肩に感じた。
「名前?‥そうだな‥白いし‥Blanc‥ブラン。」
『ブラン?わーい!ボクはブラン!こうして姿を現すことはね?まだ、むずかしいけど。でも、ボクはタカヤを守るの!いつもいっしょ!』
「ありがと、ブラン。」
こうして鷹也が産まれたときに顕現した白い鷹は、やはり式だったことが分かり、鷹也によって名前もついた。
『ボクはいったん消えるけど、いつもいるから!呼んでくれたら話はできるよ!』
「‥そっか、分かった。」
鷹也の返事を待って、翼をはためかせたあと、ブランは虚空に溶けるように消えた。
「‥ええと、鷹ちゃん?」
思わず雅が声をかける。
「うん?」
「ブランって‥もしかしてだけど、フランス語かしら?」
「?分かんないけど、“白い”って意味だよ?」
雅は困ったように笑った。どこで得た知識なのかは分からないが、ちゃんと意味を知った上で名付けたらしい。
「お父さんも待っているから、神さまにご挨拶して失礼しましょう?」
「‥うん。また、聞きたいことがあったら、来ても良い?」
鷹也が神さまにそう声をかけると、光の玉は一斉に揺れた。
<我らに答えられることであればな。>
鷹也はそれで満足したらしい。雅は神さまに深々とお辞儀をし、篁にも頭を下げた。
「本当にありがとうございました。また近いうちに参ります。」
「気をつけてな。雅さんも、鷹也も。」
挨拶を交わしたあと、一足先に鷹也と雅は社を後にし、篁が一人残った。
「なぜ鷹也はあんなに早く開眼を?」
篁はどうしても気になって仕方がないことを尋ねる。
<妖との相性が非常に良いからだ。‥これも巽に聞くといい。我らが話すより良いだろう。あの子が健やかに育つために、彼らの存在が必要になるだろうからな。>
「では、式をつけ開眼を早めたのは、神さまがそうされた、と?」
<‥そうだ。これまでも早くに“感知”が発現した者はいたのだ。‥だが、育たぬうちに夭折してしまう。そなたの父、巽は例外だ。>
「‥親父が例外?」
<うむ。過酷だったであろうが、あの年まで元気だからの。‥我らは生まれ持つ能力に関して、どうすることも出来ん。だからせめて手助けをしてやろうと、そう考えたのだ。>
篁は光の玉に向かって深々と頭を下げた。
<篁が総代としてしっかりやってくれているしね。‥ぎぶあんどていく、というやつかな!>
その後光の玉は消え、辺りは静寂に包まれた。篁は再び頭を下げ、社を後にしたのだった。




