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掌の眼  作者: 瑠璃雀
別章 水澤家の歩み ー鷹也はいかにして災害ネコになったのかー
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不思議な子ども

 とある夫婦がいた。夫は水澤蒼介(そうすけ)、妻は雅という。特殊な力を持つ一族であったが、雅にはその力があり、蒼介はその力が発現しないまま大人になった。三人兄妹の中で、長男である自分だけが力を発現出来なかった蒼介は、高校生から大学生の頃はかなり荒れていた。そのせいで父の篁と衝突することも多かった。

 水澤家は水の系譜の家であり、その中でも「筆頭三家」という代表格の家でもあった。蒼介はその家の長男だ。次男と長女が開眼したために、自ら壁を作って塞ぎ込むことすらあったのだ。


 しかし力を発現しなくても、蒼介が一族から咎められることも疎まれることもなかった。そこから蒼介は少しずつ持ち直し、一族の中で「持たざる者」達を明るく照らす道標的な役割を担うように変化していた。通常、長男或いは長女が未開眼者であった場合、次男や次女が次期当主になることが多い。しかし弟や妹たちは、兄に対しての遠慮からか、高校から別の地域で生活しており、そちらで着実に生活基盤を整えている。


「次期当主をどうするか‥」

 篁にとっては少々頭の痛い問題であった。次男と長女は別の地域で楽しそうに暮らしている。特に次男は、結婚を考えている水系譜の女性もおり、将来はそちらの家へ婿として入りそうであった。篁自身もまだ40代なので、或いは孫に譲ることも考えてはいる。


 そんな中、雅が臨月となり、2月の末頃に第一子の出産予定を控えていた。今年は閏年であるため閏日だけは避けようと、産院とも話をしていた。陣痛誘発剤の利用も考えたが、リスクや我が子への影響を避けるために、夫婦は自然に任せようと決断したのだった。


 そして2月29日の朝、産声と共に男児が産まれた。このとき雅は、白銀の大鷹が舞い降りて来たのを目撃している。とはいえ産院の誰もが気づいていないことから、一族にしか見ることの出来ないものだと雅は直感的に悟った。

 このことから男児は「鷹也」と命名された。母親に似た、色素の薄い肌に薄い茶色の髪と瞳の色を持つ、可愛らしい子供であった。

「どうしましょう?うるう年じゃない年のお誕生会はやっぱり3月1日かしら?」

「うーん‥悩むなー」

 生まれた直後の二人の悩みがお誕生会問題だった。


 鷹也が産まれたとき、篁と環は自宅で朝食を取っていた。そのときに一瞬、白銀の大鷹を見た。

「‥今の、見たか?」

「白銀の大鷹‥でしたね?」

 篁と環は思わず顔を見合わせた。式のようでもあるが、産まれたときに顕現するなど、これまできいたことは一度もない。

「問題ないとは思うが‥念のため、社に行って神々に聞いてみよう。」

「それがいいですわね。」

 自分たちの初孫に当たるのだ。本当なら今すぐにでも会いに行きたかったが、それは耐えた。出産後に疲れ果てているであろう、雅のためにも二人は落ち着くまで待つことにした。


 篁と環は風呂に入って身を清め、着替えて社へと向かった。

「どなたかおられるか?」

 社に着き、篁がそう声をかけるとすぐに光の玉が現れた。

<‥篁か、どうした?>

 複数の光の玉が飛び回っているのに、声をかけてきたのは一人だけだ。


「今朝方、我らの孫が産まれたのだが‥白銀の大鷹が顕現した。‥どうにも式のように見えてな?」

 篁の言葉に、光の玉は一斉に動くのをやめた。

「何か、あるのでしょうか?」

 環も心配になって声をかける。


 光の玉は、なにやらひそひそと話し合いをしているように、篁には見受けられた。そして待っているうちにようやく一人が声を上げてくれる。

<それがな‥>

 普段、もう少し気軽に話をしてくる神様だ。その方がどうやら言うべきかどうか、迷っているように感じられる。

「何かあるのなら、仰って下さい。」

 環が静かに、よく通る声で一言上げた。


<‥少しばかり“感知”に長けている。‥いや長けているどころではなく、異常なほどに強い。発現するのはいつか分からぬが‥あまりに負担がかかる故、式を遣わせた。>

 特定の段階を踏み、条件を満たすとパートナーとも言える“式”を神から賜るのだと伝えられている。だからこそ産まれた時に発現するというのが、相当なイレギュラーなのだ。神の言葉に篁は絶句して立ち尽くした。

「まさか、親父と一緒‥?」


(たつみ)か。あれは“感知”が、器が育たんうちに発現してしまった。‥我らにはヒトの身体への負担が分からぬ。分からないことは、そなたの父に聞くがよいぞ。>

<我らにも発現する年齢は分からない。だから備えよ。話を聞き、育んでやれ。>


 そんな対話があり、篁と環は顔を見合わせて社を後にした。

「‥このことは、雅さんにも伝えるべきなのでしょうが‥」

 環は困ったように呟いたが、篁は軽く首を振った。

「それはそうだが、少なくとも今ではない。様子を見ながら、だな。」

 祖父となり、祖母となった二人は、心配そうに空を見上げたのだった。


 それまではコーポに住んでいた蒼介夫婦であったが、子どもの泣き声で迷惑をかけそうだと話し合いをしていた。雅の実家は遠方で、両親も兄夫婦と同居しているために、里帰りをするつもりもなかったのだ。

 父母の勧めもあって、しばらくは蒼介両親の離れを仮住まいとさせてもらうことにした。母屋とは渡り廊下で繋がっているため完全独立ではないが、トイレも風呂も付属しているため、生活空間は分断されている。

 赤子の様子が知れる、と、篁も環も若夫婦を歓迎した。時折、食事の支度は環が請け負い、蒼介が離れに食事を持っていく。


 ここには数多くの「人ならざるモノ」が存在し、共存している。あやかしと呼ばれる、妖怪のような精霊のような存在。亡くなった者たちの記憶や想いの残滓と言われている影。

 一族の者は能力が発現すると、掌に「眼」が発現する。この眼が発現することで、妖や影たちを見たり触れたり、会話が出来るようになる。

 この能力の発現は、通常第二次性徴期頃に起きることが多いとされ、それまではごく普通の子どもと何ら変わらない。しかし鷹也は確実に「人ならざる者」達を目で追っていた。

「まさかと思うが‥開眼、しているのか?」

 そもそも見えなければ、目で追うことなどないはずだ。篁と環はそう話し合った。


「かわいいなあ!!」

「かわいいわー!!」

 両親はそんな特殊さなど、気にも留めずに我が子を溺愛した。音楽を聞かせたり絵本を読み聞かせたり、毎日のように子供と接し会話をし続けた。熱を出すことも夜泣きもほぼ無く、驚くほどに静かで、手のかからない子供であった。

 料理の苦手な雅をサポートし、食事担当をしたのが夫の蒼介である。二人は両親に負担をかけまいと互いに協力しあいながら日々の生活を送っていたのだった。


 生後半年も立たずに寝返りを打ち、あっという間にハイハイを覚えた後は、雅が目を離す隙もなかった。高速ハイハイで縁側へ行き、外をじっと見つめては何か話しているようにも見えた。つかまり立ちもしていたが、移動にはこちらのほうが速いとでもいうように、ハイハイで広い篁邸を移動するのが日課となっている。

「‥速いな。」

「‥速いですね。」

 篁や環がお茶を飲んでいる先を高速ハイハイで進んでいく孫に、篁も環も笑顔で見つめていた。落ちそうになれば支えるのだが、妙に安定しているのが面白い。

 このときになってもなお、篁夫妻は神さまより聞いたことを息子夫婦には伝えられずにいた。さすがに乳幼児のうちに力が発現することはないだろうと考えたためだ。


 鷹也が一歳になる前、中古の手頃な家に三人は引っ越しをした。敷地内同居は少々肩が凝ったし、いつまでも親に甘えるわけにはいかないと考えたためだ。それと雅が懸念していたのが、「人ならざる者」と鷹也の接触である。ある程度成長してから開眼し、接触が増えるのであるが、鷹也は既にその者たちを見、交流しているのではないかと思われる節があった。


 彼らを視ることが出来ない蒼介にも相談できず、かといって祖父母に相談することも出来ずにいた雅は、悩んだ挙げ句に引っ越しを提案した。

 何より前例のないこと故に雅は悪影響を恐れ、篁の屋敷を離れてその者たちがほぼ存在しない場所で、ゆっくりと考えたかったのである。


 1歳健診でも特に異常は見られず、どうやら言葉を理解しているらしいことは分かった。運動能力や手指の発達にも問題はない。

とはいえ、言葉を発しないことと、笑わないことに対しては心配であった。




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