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掌の眼  作者: 瑠璃雀
楽しい夏休み!
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旅人たち

 自分の海外遍歴や語学学習を楽しく聞いた後、霧江は遊馬を見やった。

「で?遊馬くんは小学生のときに屋久島まで行ってるのよね?‥独りで。」

 七海と流水がぎょっとして遊馬を見やる。

「あー‥えっとね。母さんが言うにはちょっと目を離すと消える子どもだったらしくて。」

「それ、今も変わらないくない?」

 遊馬の話に、七海がすかさず突っ込む。

「え?あーそうかも?小学生になったら、フラっと出かけて泊まるとか。母ちゃんの弟とか、父ちゃんの兄がそんな人だったらしくてさ。知らないうちにGPSつけられてたんだよなー!」

「ふふっ!その提案したのは私よ?あとは遊馬くんの知らないうちに、連絡網が出来ていたしね?これは篁さんにも協力してもらったの。」

霧江の種明かしに遊馬は驚いた後に笑い出した。

「あー‥父ちゃん母ちゃんがあんまり心配してなかったのって、そのおかげかー!ありがと、霧江さん!」


「けどねえ‥さすがに屋久島は驚いたわよ?あの後かしらね、GPSつけたのは。お金は足りたの?」

「うん。お年玉と小遣い全部使い果たした!父ちゃんからカード渡されてたから、念のため持ってたし。小学生のうちにスマホ渡されたのもそのせいかなあ。」

 遊馬にとって、あの縄文杉は忘れられない思い出らしい。

「絶対また行くんだ!あのときにお世話になったおじさんがいてね、今も手紙のやり取りしてるんだよ。東京行ったらさ、あっちこっちに便が出てるだろ?高校はアルバイト禁止らしいから、小遣い溜めるだけじゃなかなか遠出は出来ないけどな~。」

 今は庭の草むしりや家の手伝いで、小銭を稼いでは貯めているのだそうだ。


「遊馬くんなら動画配信とかやりそうなのに。」

「あ、それな!一応さ、動画編集とか鷹兄にちょっと教わったの!そのうちやるかもしれないから、今はまだ素材集め中!だって俺、毎日更新とか出来る気しないもん!」

 遊馬はそう言って笑った。勢いで手をつけそうに見えて、先々のことまでも考えていそうなことに、霧江もつい笑顔になる。

「道明とかさ、うちのにーちゃんとかさ、鷹兄がさ、行動起こす前に相談しろって言ってくれるから!それに霧江さんも相談にのってくれるしね!だからちょっとだけ気をつけるんだ!」


「まあ、私も両親との折り合いが悪かったのは、しょっちゅうふらっと出てしまったせいもあるから。‥もちろんそれだけではないのだけど。‥ご家族には心配かけないようにね?」

 それまで笑っていた霧江が真剣な表情で訴えかけてきたため、遊馬も真面目な表情になった。

「うん。それは気をつける!霧江さんにも迷惑かけたら悪いしね!ありがとう!」

 風系譜同士、通じるものがあるのかもしれない。七海と流水は霧江がそんなふうに働きかけをしていることは知らずにいた。

「私もそうだし、姉さんも気にかけてるわ。姉さん、遊馬くんのお祖父様にはかなりお世話になったと言っていたしね。」

「‥そっか、だからじいちゃんが入院したときも、来てくれてたんだ。」

 普段、元気な祖父が風邪をこじらせたときのことだ。不思議に思っていたが、雅がこちらに移り住んだときに祖父母が何かと相談に乗っていたらしい。


「こういう一族の繋がり、若い頃はちょっと煩わしいと思ったこともあったのよ。でもね、それに助けられたことも多かったわ。だからほどほどに繋がっておくのが良いかも知れないわね。」

 霧江がそう言うと、三人は互いに顔を見合わせた後、霧江を見て笑顔で頷いたのだった。



 遊馬が帰ったあと、流水が霧江の傍に行って、おずおずと声をかける。

「えっと‥霧江さん、私たちが小さいときからここに‥いてくれたでしょう?なんかそれが当たり前になってたんだけど。‥その‥結婚してたっていうのも聞いて‥」

 これは聞いても良かったのかな?と迷っているようにも見え、霧江は流水に笑顔を向けた。七海も緊張した面持ちでこちらを見ている。


「‥そうね。あなた達には話したこと、なかったわね。」

 霧江は改めて紅茶を入れて静かにテーブルの上に置いた。

「結婚って‥やっぱりその‥色々あったの?」

 流水が恐る恐る口にする。どこまで聞いて良いものかと逡巡しているようにも見えた。

「あはは、やあねえ。そんなに緊張しないでちょうだい。‥私は勢いで結婚してしまったのよね。本当なら帰国して両親にも挨拶するべきだったのよ?けど『家族と結婚するんじゃない、僕は君と一緒になりたいんだ!』なんて言われてね?‥舞い上がってしまったのよねえ‥」

 霧江は懐かしそうに、しかし少し苦い顔で笑っている。


「え!?じゃあご両親にも挨拶しないまま、結婚しちゃった、の?」

 七海がつい突っ込んでしまうと、霧江は笑って頷いた。

「‥お陰で結婚した後、色々あってねえ。彼‥いえ、そのときはもう夫ね。浮気グセが酷くって!お陰で半年も持たずに別れたのよ。若いって怖いわ~!」

 霧江はそう言ってアルバムの中の写真に視線を落とした。

「‥もしかして‥今でもその人のこと、気になったりして?」

「あはは、まさか!‥私の失敗記念として取ってあるのよ。自分の戒めのためにもね!‥こんなに幸せそうに笑っていたのに。半年で嘘みたいに冷え切ったんだもの。」

 七海の心がずきりと痛む。

(本当にそれだけ、なのかな?‥もしこの彼に呼ばれたら、霧江さんは行ってしまう‥?)

 今や霧江の存在は、七海にとってももう一人の母といっていい存在だ。それは流水にとっても同様であり、だからこそ急に不安になってしまった。


「やあねえ。そんな顔しないの!あなた達は姉さんの娘だけど、私の娘でもあるのよ!?‥もし、彼が来日して『やり直そう』なんて言ってきたら!」

 霧江はそう言ってニヤッと笑い、七海と流水は息をのんだ。

「横っ面ひっぱたいて叩き出すわ!」

 楽しそうに言って笑顔を向けてくれる。

「ちょ!霧江さんつよ!!」

「えええ!?それはそれで意外なんだけど!?」

 リビングに笑い声が弾け、七海も流水も嬉しそうに霧江を見る。

「当たり前でしょう?私にとっては、あなた達のほうがよっぽど大事なんだから!」


 七海はぴく、と身体を硬直させ、困ったように身動ぎする。対して流水は、満面の笑みを浮かべて霧江の腕にしがみついた。

(‥流水ってこういうとき、本当に素直な反応するんだよね。ちょっと羨ましい‥)


「ふふ、今日の夕飯は何がいいかしらね?」

「えー?何だろう?・・あ、なんか生姜焼きが食べたいかも!」

 流水がフッと思いついたように声を上げる。これには七海も大賛成だった。買い物に行く必要もないと聞き、二人は霧江を手伝う。

「あら、七海、ありがとう。使ったボウルとか、そうして洗ってもらえると助かるわ!」

 つい先日、蒼介に教えてもらったことを実践した。調理は出来なくても手伝えること、七海は照れくさそうに笑う。

「お父さんがね、教えてくれたの。‥お母さん、料理全然ダメなの?」

「‥姉さんはねえ、不器用というか、そそっかしいというか、変なとこせっかちというか、アレンジしたがるというか‥」

 七海の質問に霧江は困ったように笑う。


「‥私もいつか料理が出来るようになって、霧江さんや流水に食べてもらいたいな‥」

 自信なさげに呟いた七海に流水が笑った。

「じゃあ私はお片付け頑張って、おねーちゃんのお部屋掃除を任されるようになるー!」

 姉妹はお互いに苦手克服のために誓いあった。


「それよりも明後日から学校ね!宿題はバッチリ?」

「「うん!!ばっちり!!」」

 七海と流水は二人でピースサインだ。さくら先生以外にも、お兄さんたちが教えてくれたこともあった。様々な面白いエピソードを話しながら生姜焼きを作り、三人で楽しく食べたのだった。



「ね、おねえちゃん。」

 夕飯を終え、霧江が仕事をすると言って自室へ戻った後、流水が口を開いた。

「うん?」

 少し寂しそうな、しかし穏やかな笑みを浮かべ、七海を見つめる。

「霧江さん、きれいな人だしさ。‥私たちのママ代わりをしてくれているけど、結婚とか、考えてないのかなあ?」

 七海も同じような疑問を持ったばかりだ。

「分かんないけど。来年にはお父さんも単身赴任、終わるじゃない?霧江さんのことだから‥もし、そういう人がいたとしても、それまではいてくれそうな気がする。」

 これまでお付き合いしている人がいるとも聞いたことはない。けれど、自分たちに愛情を注いでくれていることは、間違いない。

「‥うん。それってさ?私たちに遠慮、してるのかな?‥私はさ、霧江さんにも幸せになって欲しいって思うの。」

 流水が少し寂しげなのは、自分たちのために霧江が自らの幸せを後回しにしているのでは?という懸念であるからなのだろう。


「もし、霧江さんが幸せになろうと考えるなら、私たちは笑顔で応援しようね!」

 自分も来年にはこの家にはいなくなる。流水にとっても七海にとっても、これまでとは違う生活になるはずだ。

「‥いつでも、戻ってこられるしね‥」

 茜や道明、遊馬の顔が思い浮かぶ。それぞれの道を進んでも、来年の夏休みは一緒に過ごそうと約束をしたのだ。

「うん!!待ってる!!」

 流水が朗らかに言い、二人は笑い合った。



―第五章・完―

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