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掌の眼  作者: 瑠璃雀
楽しい夏休み!
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七海と流水と霧江のアルバム

 七海と流水と霧江、日常に戻った3人だったが、余りにも賑やかだったせいなのか静かすぎて落ち着かなかった。

「やっぱりうちのお父さんとお母さん、うるさい、よね?」

 流水が思わずこぼす。寂しそうな表情に、霧江が微笑みかけた。

「そうねえ。いなくなると途端に静まり返るのよねえ。」

 ふふっと笑いながら霧江は言い、メッセの通知に気づき、スマートフォンを手に取った。


「‥これから賑やかになりそうよ?」

 霧江がいたずらっぽく笑い、二人にスマートフォンを向ける。

「遊馬!?来るの?」

「あっくんが!?」

 流水は茜の「あっくん」呼びがお気に召したらしい。遊馬も全く気にする様子はなく、妹のように流水を可愛がってくれるのだ。

「えー!でも、どうして?」

「ふふ、私がね?海外でバックパッカーしてた話を聞きたいんですって。」

 七海の質問に、霧江が楽しそうに答える。

「ええ!そういえば私たちも、そういう話ちゃんと聞いたことないかも!?」

「わー!聞きたい聞きたい!!」

 七海が二歳、流水が産まれた直後――その頃から霧江は共に暮らしている。それが当たり前になっていたため、なぜ一緒に暮らすようになったのか、考えてみると、その経緯も知らないままだ。


 霧江は冷蔵庫に入れてあったクッキー生地を取り出し、切ってオーブンへと並べ始めた。流水も手伝いながらお湯を沸かしてお茶の準備をする。七海はテーブルの上を片付け、食器やカップを取り出してトレイの上に並べる。

(作るの苦手でも、出来るお手伝いはあるんだもんね。)

 食べ終えた食器を下げたり、洗い物の手伝いをすることくらいしかしなかった七海だったが、父に手伝い方を教えてもらった。

(ふふ。作ってるわけじゃないのに、何か一緒に料理している気分になるかも。)


「こんちゃーー!!」

 チャイムの音と共にドアが開き、遊馬が顔を覗かせる。

「こんちゃー!」

「やっほー!」

  流水と七海が玄関先まで迎えに行く。

「「どうぞー上がって!」」

「おじゃましまーす!!」

 遊馬がにこやかに手に持っていた紙袋を渡してくれる。

「え?なあにこれ?」

 七海が受け取ると、遊馬は少し得意げにピースする。

 「へへー!うちのかーちゃん、ロシアケーキが好きでさ!よく作ってくれたんだ!今回は、俺とにーちゃんと涼の合作なんだぜ?」

 大きなクッキーの真ん中にジャムやチョコが入っている。

「あら!ありがとう遊馬くん!私もロシアケーキ好きなのよ!」

 一つ一つ丁寧に個包装までしてくれてあるのがありがたい。


「いい匂い~!あれ?もしかして俺が来たからクッキー焼いてくれた!?」

 遊馬が鼻をひくひくさせてリビングへと歩く。

「そうだよー!ありがたくいただけ~!」

「はは~!!」

 流水と遊馬の掛け合いに、霧江と七海もつい笑ってしまう。ノリが軽くて面白いのだ。

「あっくんは紅茶?コーヒー?」

「俺ねえ、クッキーにはブラックコーヒーって決めてるの!」

 炭酸飲料を好んで飲んでいた記憶が強かったために、少々意外だ。それでも嬉しそうにクッキーに手を伸ばし、笑顔で食べている。


「うーん!やっぱ焼き立てクッキー最高!霧江さんのクッキー美味い!」

 そう言われると、霧江もつい笑顔になってしまう。七海と流水はロシアケーキに手を伸ばした。少し固めのザクッとした生地に、オレンジジャムの甘酸っぱさが良く合う。

「えー!これ美味しい!前にお店で買ったのは甘すぎて。」

 流水が目を丸くして嬉しそうに言い、霧江も手を伸ばす。

「こっちのはキウイのジャムなんだね!これも美味しい!」

 七海も紅茶を飲みながら食べ続ける。

「そうなんだよな!自家製だから甘さ調整出来るじゃん?」

 遊馬が少しばかり得意げに言うのを、霧江がにこにこしながら聞いて頷いていた。


「少し待っていてね?‥せっかくだからアルバムとタブレット持ってくるわ!」

 霧江がそう言って席を立ち、リビングから出て行った。

「意外だなあ、遊馬がお菓子作りってさ。」

 自分には出来ないために、少しだけ七海の心が疼く。

「えー!メインは兄貴だもん。動画見てさ、“これ美味そうじゃね?”って盛り上がったんだよ。涼はタブレット係でさ、再生と停止と戻しの操作してもらったんだ。あと形成はみんなでやった!焦げたのもあったけど、出来がいいやつ持って来たんだぜ!」

 遊馬は楽しそうに話してくれる。そんなふうに気軽にチャレンジして、失敗も楽しんでいる様子が、七海にとっては眩しい。


「一学期にさー調理実習でパウンドケーキあっただろ?すっげー防御力高くて!」

 そう言って笑う遊馬に、流水が笑い出す。

「防御力の高いパウンドケーキ!!どゆこと!?」

「‥まずね、包丁で切ろうとしたらコンコンって音がするの。」

 真面目に解説を始めた遊馬に、質問した流水も七海も笑い出した。

「そもそも包丁で切り分けるというよりも、材木をノコギリで切ってるみたいな。」

 二人はもう息が出来ないほど笑っている。

「‥一口噛むんだけど。噛み切れないの。‥甘いレンガみたいな?」

「ちょ‥‥やめて‥‥むり‥しぬ‥‥」

「甘い‥レンガ‥‥家庭科で‥‥レンガ‥‥焼成‥」

 七海も流水も呼吸困難になりかけている。


「仕方ないから牛乳に浸して食べたんだけど。‥めっちゃ腹に溜まるの。」

 遊馬がなぜこれほどまでに笑うことなく、真面目な顔のままで話せるのかが謎だ。既に七海と流水の腹筋は相当な負荷を強いられている。

「‥あはははは‥いや‥‥も、もうだま‥」

「ちょっ‥流水‥だま‥ここで噛むとか!!」

 姉妹が呼吸困難に陥りかけていると、遊馬が面白そうに笑った。

「もうダマ~?」

 遊馬のトドメにより二人がぶふぉっと吹き出した所に、霧江が戻ってきた。



「ふふ、何だか楽しそうね!」

 霧江はそう言ってアルバムとタブレットをテーブルの上に置いた。

「写真はデータにしてしまったから、アルバムはこれだけだわ。」

 A4サイズ、厚さが2センチ程度のアルバムは2冊だけだ。

「古いデータから順にデータ化しているの。」

 タブレットで見る霧江は、今の七海と同じくらいの年齢だろうか。母と同じ、色素が薄く明るい髪の色と瞳の色は、海外でも違和感がなさそうに見える。


「ここは‥‥アメリカ?」

 遊馬の問いに霧江は頷いた。

「中学卒業してね、お年玉とお小遣いを貯めた分、全部持って行ったわ!」

「中学卒業してすぐ!?」

 七海が思わず声を上げる。

「そう。まあ、両親とは大喧嘩したし、仲も悪かったけど。渡航の手続きだけは協力してくれたの。‥‥姉さんにずいぶん助けてもらったのよ。」

 霧江は少しだけ懐かしそうに目を細める。

「今考えれば、よく通してくれたと思うわ。姉さんが間に入ってくれなかったら、たぶん無理だったでしょうね。」

 遊馬は目を輝かせていたが、霧江の笑みは苦い。


「同じことをしようとしたら、わたしは全力で止めるわよ?せめて、高校は卒業しておいたほうがいいわ!」

「‥父ちゃんも同じこと言ってた。」

 遊馬はぽつりと呟く。

「一応ね、高校は仕方ないから行こうとは思ってた。けど、やっぱり霧江さんも後悔したんだ?」

「そうね。資格を取るにも高卒条件って意外に多いのよ。そのためにわざわざ大検取ったんだから。」

 遊馬の問いに、霧江はそう言って笑った。ただただ広い農場を背景に、霧江が大勢の人に囲まれて笑っている写真がある。

「すっげー‥これ、全部畑?」

「ええ。数日間お世話になった家があってね。農場の仕事も手伝ってみたかったけど、それも出来なかった。アメリカってけっこう制度が厳しいのよ。働きながら行くのなら、行き先は考えた方がいいわ。」

 懐かしそうに写真を見て、霧江が目を細めている。


「ふふ。トラクターみたいな機械製の農機具はね、案外、日本製が多くって。何か懐かしい気持ちになったのよね。」

 確かに写っているトラクターのロゴは七海達でも知っている国内メーカーのものだった。

「あ、聞いてみたかったんだ。ずーっと英語だけの中で生活していてさ、たまに日本語が耳に入ってきたときって、すぐに分かるものなの?」

 遊馬がそう尋ねると、霧江はにっこりと笑った。

「面白いところに気付くわね、遊馬くん。私がいた所はあまりに田舎だったから、日本人なんていなかったの。だけどね、ある日テレビのニュースで日本のことをやっていて、耳に日本語が飛び込んで来た。‥不思議ね、何の違和感もなく耳に馴染んでちゃんと理解出来たわ。すごく懐かしいきもちになったわ。」

 七海と流水には想像も出来ないことだ。遊馬は目を輝かせて聞いていて、いつか自分もそうやって海外に行ってみたいらしい。


 アルバムをめくっているうちに大勢の人たちと写真を撮り、その後、帰国したらしい写真もあった。

「90日までしか滞在出来なかったから。‥一度帰国したのよ。それでその後は住み込みで働いて、一生懸命お金を貯めたわ。」

 霧江は懐かしそうに振り返る。

「住み込みで雇ってもらうのも大変でね?これも姉さんが働きかけてくれて、従兄弟に保証人になってもらったの。‥まあ若気の至りってやつかしら。」

 ふふっと霧江は笑い、温泉旅館らしい場所で働いている写真や、共に働いている人たちとの笑顔に溢れた写真を眺めている。


「海外で働くっていうのもけっこう大変?」

 遊馬の問いに霧江は頷いた。

「ちゃんと下調べしてから行けば大丈夫よ。ワーキングホリデーって制度もあるけど、18歳にならないとダメなの。手伝う代わりに泊めてもらうっていうのも報酬とみなされちゃうからね?」

 遊馬は目を丸くして話を聞き、スマホでポチポチとなにやら打っている。

「俺も何も考えずに飛び出しちゃうからな‥ちゃんとメモっとくの。霧江さん、言葉は大丈夫だったの?」

「あはは!最初はてんでダメよ!けどね、言葉が通じなくても、伝えたい気持ちが大切!一生懸命聞いてくれる人だっているから。‥とはいえ、簡単な言い回しくらいは覚えておくといいかもしれないわ。」

 二人の会話を、七海と流水も興味深く聞いていた。

(言葉が通じなくても伝えたい気持ちが大切、か。)

 七海にとっては思いもよらない感覚だった。言葉が分からなかったら勉強してから行くか、分かる人と一緒に行くという選択肢しかなかったせいだ。


「あれ?霧江さん、結婚してたの!?」

 タブレットの写真を見た流水が思わず声を上げ、その後で慌てて口をつぐむ。

「あはは!そうよー!‥半年くらいで離婚したのよ!結婚して気付くことが多すぎて!なにより手続きが面倒くさかった!あなた達も勢いで結婚しちゃだめよー?」

 霧江が明るく笑い飛ばしてくれたので、流水もホッとしたらしい。七海も初めて聞くことに驚きの連続だ。

「そうなのか~!俺はまだそういうのいいや!クラスでも付き合ってる奴とかいるけどな!」

 遊馬もあっけらかんと言い、笑っている。

(私は‥好きな人っているのかな?‥どういう人なら合うんだろう?)

 ふと思ったその時に思い浮かぶのは、やはり兄の鷹也だ。

(鷹兄みたいなタイプ?頭が良くて運動も得意で‥あれ?‥でも待って?‥私じゃ釣り合わないんじゃないの!?え!?私のスペックって、どうなのーーーーー!?)

 心のなかで嵐が吹き荒れ、収拾がつかなくなってしまう七海だった。


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