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掌の眼  作者: 瑠璃雀
楽しい夏休み!
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突発!神楽大会! 後編

 その後は雅がゆっくりと前に進んだ。式は狐、名を「こん」というそうだ。変化した武具は双剣。柄頭に小さな鈴のついた短剣を両手に持っている。動かす度に、涼やかな鈴の音がするのだ。

(ミヤちゃん、そそっかしいから転んでケガしたりしないかな‥?)

 蒼介がひっそりと心配をしていた。


(そう言えば七海も双剣だったな‥)

 道明は水系譜の七海と、風系譜の雅との違いが見られると、興味津々である。どちらも流れるような動きという意味では似ているようにも思う。

 雅は鷹也を見やって頷き、スッと踏み出した。舞い上がる木の葉のような、軽やかなステップとひらひらと舞うような手の動き。一旦落ち着いたこの“場”を再び撹拌し、自然な流れを作り出す。先程までの静謐さとは打って変わって、活気がみなぎってくるような不思議な浮遊感がある。


(ああ、ミヤちゃんだ‥)

 蒼介がかつて開眼出来ないことで荒れていた高校時代、雅に会って話していると、心が自然と緩んだ。荒れた心に風が吹き抜け、ふわりと気持ちが軽くなる‥そんな空気を纏っている女の子だった。母親になっても変わらない妻が嬉しくて、蒼介は目頭が熱くなり、慌ててシャツの袖で目を拭った。


(軽やかだなあ‥やっぱり遊馬と似たような雰囲気になるんだ。けどなんだろう?遊馬の雰囲気の方が荒れてる?というか、雑?雅さんのほうが落ち着いていられるというか、心地いい。)

 道明は自由で伸びやかな遊馬の舞いも好きだ。例えるなら、遊馬はつむじ風、雅さんは薫風、そんなイメージだなあと思う。

(そして同じ双剣でも、雅さんと七海では全く違うんだな。七海は硬質なイメージ、“斬る”みたいな攻撃的な感じがする。雅さんはもっと柔らかくて“ほぐす”みたいな、武具なのに武具じゃないみたいだ。)

 道明はそんな違いを感じながら、神楽に見入っていた。新緑の季節、爽やかでかぐわしい風が、緑の平原をどこまでも軽やかに吹いていく。

 そんなイメージが全員の心へと届き、全員がどこか晴れ晴れとした表情を浮かべている。



「ふむ、俺が先のほうが良さそうだな?」

 そう言って篁が一歩踏み出し、鷹也が頷いた。総代の神楽が見られる、と、兄世代達の間に緊張が走る。蒼介も父の神楽を見るのは初めてのことで、やはり緊張した面持ちをしている。

 式は白銀の龍、名をタツというらしい。武具は刀だ。篁の式を初めて目にした兄たち世代は、その荘厳さに息を飲んだ。

 舞いが始まると、ほどけていた空気がすうっと収まり、その後、大河の如くゆっくりと流れ始める。この敷地内全体を動かすような、力強く大きな流れだ。


『わー!』

『すごいのきたー!』

『タカムラだよー!すごいー!』

『なんかきもちいいーー!!』

 それまで静かだった湧水池にさざ波が立ち、浮かんでいるアヒルや船が動き出す。妖たちは大喜びではしゃぎ、声を上げている。

(父さんが舞うと‥池にまで影響が!?)

 蒼介は湧水のさざ波を見ながら苦笑いを浮かべた。もし開眼していたとしても、父にはきっと届かなったのだろう。それが原因で荒れていたかもしれない‥そう思えてならなかった。

(しかし‥なんだこの感じ。ふわりと暖かくて包み込まれるような‥心地いい。)


 兄達世代とさくら、雅までもがその場に立ち尽くしていた。篁の舞いは緩やかで、大胆で、それなのに繊細だ。まるで温泉につかっているような、温かさと心地よさについ目を細めてしまう。

 神楽が終わった後も、しばらくは誰も動けなかった。夢見心地のようなふわふわした感覚が、現実を遠ざけているようだった。

「うーん‥トモとサトは二人セットの方がいいかな‥」

 鷹也の声でようやく我に返り、二人は頷いた。

「しかし、篁さんの後に披露って‥なかなかハードル高いよな‥」

「そうだよな。技量というか、影響力が違いすぎてな。」

 智樹と智琉は言いながらも、表情を引き締めてそれぞれ位置についた。


「やっぱり双子だとセット効果?みたいのがあるのかい?」

 蒼介が気になって声を上げる。これには恭平や道明も気になったらしい。

「無論、個々での技量はあるのだがな、特に一卵性の双子だと互いに共鳴し合うことで、より影響力を高め合うのだよ。」

 篁がそう教えてくれる。祓いや浄化の力も上がるのだそうだ。

「面白いことに、双子につく式たちも双子になることが多い。‥君たちの式もそうだったな?」

「そうですね。玄!」

 智樹が呼ぶと、黒い毛色の狼が現れた。

「銀!」

 智琉が呼ぶと、黒銀の毛色をした狼が現れた。黒というよりダークグレーに近い。そして刀へと変化する。


 双子の舞いは、静かで何より所作が美しい。刀を武器として使い、斬り払うのとは違う。“刀”という“神具”を使って祓い清めをしているようであった。

(七海が憧れそうな所作だな‥)

 龍笛を奏でながら鷹也はそう思った。初めて見る双子の舞いは、完璧でありながらゆらぎがある。そのために堅苦しさがなく、静かに緩やかにほどけていく感覚だ。

「‥これは‥美しいな。」

「ええ、無駄がないのに、独特の間がありますね。」

 環と篁も二人の舞いを見て嬉しそうに褒め称えている。もし七海が所作の美しさを極めたいのなら、この双子の舞いは完成形かもしれない。

 満点の星空に浮かぶ煌々と輝く月。下弦の月と上弦の月が重なり合って満月のように見える。その場にいた全員が、そんなイメージを脳裏に浮かべていた。



「ふむ、最後はお前か。俺が旋律を担当するか?」

 篁がニヤッと笑って鷹也に声をかける。

「やめてくれる?重すぎるんだよ。‥母さん、頼んでいい?」

「えええっ!?わたし!?」

 突然振られた雅が驚きの声を上げたが、表情はめちゃくちゃ嬉しそうだ。

「うん、母さんがいい。」

 再び鷹也に言われ、雅はスキップしながら鷹也の立っていた位置へと移動した。


「ブラン。」

 鷹也の式である白銀の大鷹がふわりと羽ばたく。

「‥うーん‥何がいいかな?」

『うんとねー‥今日は双剣かなあ!ミヤビがえんそうだもんね?』

「分かった、頼む。」

 ブランが双剣へと姿を変え、鷹也の両手に収まった。通常、武具や楽器の種類は固定される。しかし、稀に複数の武具や楽器を使用する者もいるのだ。

「母さん、合図するまでちょっと待ってね。」

「分かったわ!」

 雅の楽器は篳篥だ。楽器によっては演奏前に調整や準備が必要なものもある。篳篥もそんな楽器の一つであるのだが、式が変化して形をなすためなのか、実際に“音”として聞けるのが開眼した者たちだけであるためなのか、分からないがすぐに演奏が出来るものらしい。

雅も初めてこの篳篥を手にしたときに、この楽器の存在を知り、後日、実物を実際に吹いてみたこともあった。しかし非常に難しく、演奏はとても出来なかった。

とはいえ、さくらの琴のように、習っていた楽器が式の変化する楽器と一致すれば、技量は更に上乗せされるらしい。


白銀の刀と黒銀の刀を持ち、しばらく瞑目する。皆の神楽のお陰で、ここの“場”が更に良い状態へと変わっていた。敷地内の“気”の流れを読み、どう収めるべきかを少し考える。

(じっちゃんがかなり整えてくれたしな‥)

 鷹也は雅を見やり、頷いた。


(鷹兄は双剣!?うわ、これは七海との差がめっちゃ分かるやつ!)

 道明は初めて見る鷹也の神楽に、嬉しくてつい頬が緩んでしまう。隣を見ると、兄の恭平も興味深そうに身を乗り出していた。

(うう‥ミヤちゃんの演奏聞きたかったーーー!!しかも親子共演!?くっそ羨ましい!!!)

 脳内が大騒ぎなのはもちろん蒼介だ。自分が同じ場所に立てないことが、これほど悔しいことはない。

(けど!こうして見ることが出来たんだしな!!)

 即座にポジティブに切り替えられるのは、蒼介の特技なのかもしれない。

『タカヤだーーー!』

『タカヤのかぐらー!』

『やったーーー!』

 それまで静かに観賞していた妖たちが一斉に騒ぎ出し、神楽が始まった途端に身体をゆっくりと左右に振り出した。まるで音楽を聞いているような、そんな様子だ。


(‥圧が強い‥)

 鷹也の神楽を見ての第一印象がそれだった。智樹は気圧されるような感覚に、じりっと後ずさる。どうやら同じことを感じた弟の智琉も全く同じタイミングで後ずさった。

(すげえ‥あー‥所作は七海のほうが丁寧?‥いや、たぶん、鷹兄は所作をあまり気にしてない。それなのに何か全身に響いてくる‥)

 道明も無意識に足に力が入っていた。そうじゃないと押し込まれそうな、そんなイメージがあったせいだ。


(‥これはまた。開眼してなくて良かったんじゃねえ?危なく息子にまで嫉妬してたかも!?)

 先程は入れなかったことに悔しさを覚えていた蒼介だったが、神楽を見て一転した。父とはまた違う方向で息子の舞いは圧倒的だった。

(‥夏だよな!?‥何で雪景色というか凍りついた湖なイメージなの!?‥寒いんですけど!?)

 父の神楽では温泉に入ったような温かさと緩やかさがあったのだが、息子の方は寒い。涼しいを通り越して寒い。

 凍てついた湖と雪景色、空に浮かぶ細い月。そんな映像が全員の脳裏に浮かび、そして寒そうに身を縮こまらせていた。


 神楽が終わった後には、妖たちがあちらこちらで倒れており、智樹や智琉が慌てて近づく。

「だ、大丈夫か!?」

「鷹也の神楽にやられたか!?」

『うい~~ヒック。あ~サケよりきく~~』

 気持ちよさそうにむにゃむにゃ言う妖に、双子は顔を見合わせた。酔っぱらい状態になった妖や、既に寝こけているらしい妖もいる。土地神様もどうやらおやすみのようだ。


「あー‥気にせんで良い。どうも鷹也の神楽は、この者たちに酩酊感を起こさせる、或いは睡眠誘導になってしまうようでな‥」

 篁が困ったように言って笑っている。

「そのままにしておいて良い。明日の朝には目覚めるだろうしの。」

 介抱すべきか悩んでいた双子に声をかけ、そのまま家へと上がるよう促した。

「「温かいお茶欲しいな‥」」

 さくらと環が湯を沸かして熱いお茶を入れ、全員に配って歩いた。


「夏だよな!?」

「まだ8月だよな!?」

「冬休みじゃないよな!?」

 兄たちが不思議そうに言い合いながら熱いお茶を飲むと、ようやく身体感覚が元に戻ったらしい。

「やっぱ暑いわ。」

「8月だったな!」

「夏休みだったな!」

 強いイメージが身体感覚をバグらせたのだろうと聞き、兄たちは一斉に鷹也を見やる。篁や環、雅はそれが錯覚であることを経験上知っている。蒼介も寒さは感じたが、それが一過性のものであると、気づいたらしい。完全に引っ張られたのはさくらと兄世代、道明たちだ。


 さくらの撮った動画から今の神楽のことについて、お喋りしあう。篁や環も気さくに質問に応じたことで、研修会のような勉強会のような様相になったのだった。


「あいつもなんか楽しそうだな?」

「うふふ。あの子がああして同年代の子たちと仲良く喋ってるの、嬉しいわね。」

 蒼介と雅は息子とその仲間達に温かな眼差しを向け、嬉しそうに語り合った。




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