突発!神楽大会! 前編
道明の「みんなの神楽を見てみたい」という一言がきっかけで、突然始まった神楽大会。居間から縁側が続き、縁側を降りた先には湧水池がある。湧水池の奥に築山があって、その横は少し開けた白砂利の空間になっていた。
「バーベキューをするにも丁度いい大きさかもしれんな。」
篁がその空間を見ながら楽しそうに呟いている。
「しっかし広いなこの縁側。」
恭平が思わず呟いた。奥行きは一間あるそうで、170センチの道明が寝転ぶとちょうどぴったりくらいなサイズだ。さくらが物入れから座布団を取り出してきて適当に床に置く。
縁側が神楽を見物するのには丁度いい。
「うーん、少し暗いか。ガーデンライト設置したほうが良さそうだね。」
鷹也はそう言いながら納戸からコードリールとライトを複数個持ってきた。地面に刺して利用出来るタイプの照明だ。
「雪洞とか提灯も置いとこうかな。停電になっても使えるし。あ、いや、発電機もあったほうがいいか‥?太陽光パネルでの発電か、エンジン式か。ただガソリン常備しないといけなくなるな。」
「ストーップ!お前はインフラ整備に走るな!!」
照明器具を設置しながら呟いていた鷹也に、その手伝いをしていた智樹がすかさず突っ込む。
「いやでもさくらが困ると、お前怒るよな?」
「当たり前だ。さくらを困らせたら許さないからな!?」
「停電になったら、たぶんさくらが困る。」
「うーん‥だとしたら対策はするべきか‥」
鷹也と智樹がそんな会話をしていると、さくらが呆れたように笑った。
「確かに災害対策は大切ですが、それは後にしましょうね?」
「「はい。」」
穏やかに窘められ、二人は大人しく引き下がった。それを見ていた全員が笑っている。
「ふむ、これならば足元も危なくはないな。神楽選考のときと同じ、奉納神楽第一節から第三節までだ。」
篁が砂利の中央に立ってくれたので、鷹也と智樹は照明の角度を調整した。顔に直接光が当たることはないが、周辺光量で全身が見えるような状態だ。
「皆が神楽を舞ってくれたら、ここが更に落ち着きそうだなあ。」
ある程度の力量を持つものが舞うだけで、“場”の空気が整うのだ。
『いや~それは楽しみだのう。わしもここで見物させてもらうとしよう。』
そう言って築山で寛いでいるのは、住み着いている土地神様だ。庭をあちらこちら散歩していることの多い土地神様だが、築山が大のお気に入りらしい。
気さくな神様でもあり、堅苦しいのを好まないとのことなので、挨拶も全員がそれぞれ会釈をする程度で終わらせた。もちろん中には気難しい神様もおり、きちんと挨拶をしないと怒られることもある。
『タカヤーおふね!』
『ボク、あひるにのるのー!』
妖たちも見物するつもりらしく、鷹也は風呂場に置いてある船やアヒルのおもちゃを持ってきて湧水池に浮かべてやった。きゃっきゃしながら船やアヒルに乗ってぷかぷか浮いているのは何ともシュールな光景である。
「へえ~‥あのおもちゃが乗り物になってるのか‥」
蒼介には池にただ船とアヒルがたくさん浮かんでいるだけにしか見えない。以前なら疎外感を覚えていたかもしれないが、今はむしろこれが特別なようにも思える。
(なにせこの中で俺だけが見えないんだからな!)
心の中で少しだけドヤりながら父や息子、その周りにいてくれる人たちを見やった。
「じゃ、お前から行って来い!」
恭平に背中を押された道明が、苦笑いを浮かべながら先陣を切る。縁側ではさくらがスマートフォン用の三脚を立てて撮影準備を整えた。
「鷹也。」
篁に声をかけられ、鷹也は頷いて龍笛を取り出した。この“場”を上手く調律して馴染ませろということだろう。
「奉納神楽でいいだろう。なかなかこんな機会はないからなあ。」
心なしか篁も楽しんでいるように見える。そして兄世代の面々は緊張しながらも、総代直々に見てもらう機会を逃したくないと思っているようだった。
「父さん、母さん、なんかのんびりしたかっただろうに。‥かえって悪かったな。」
鷹也が申し訳なさそうに言うのを、両親は笑って首を振った。
「あのな?まあ確かにお前との時間も大切だよ。でもな、こうして声を掛けたら来てくれる仲間は大切にしろよ。俺はそういう仲間との繋がりが嬉しいんだから。」
「そうよー!何だか嬉しくて泣けてしまうくらい嬉しいんだから。それに、私の神楽も蒼介さんに見てもらえるしね!」
両親はそんなふうに笑ってくれる。
「そっか。」
ただそれだけ呟いて、庭先に出る。神楽の撮影をするのに邪魔にならない、暗がりへと立った。
篁の掛け声から、道明の神楽が始まった。少し緊張した様子はあるが、それでも堂々とした舞いに全員が見入る。
「‥ミヤちゃん?鷹也はあそこで何をしているんだ?」
蒼介の目には何も持たないまま、横笛を吹いているような仕草をしているようにしか見えない。当然、音色も蒼介の耳に届くことはない。
「私たちは神楽を舞うときには武具を、演奏の時には楽器を、それぞれ持つの。これは“式”が変化して武具と楽器になってくれるものだから。‥だから‥」
「式が見えない俺には見えない、か。じゃあ道明くんは武具も持っているんだね。」
小声で蒼介と雅が囁き合う。
「そうか、さっき空気が変わった、気がした。それは鷹也が横笛を吹いているから、なんだな?」
「‥ええ。」
この場で、ただ一人、誰とも共有できない蒼介は目を閉じた。雅には何かを感じ取ろうとしているように見え、穏やかに微笑みながら夫の横顔を眺める。
道明の舞いは安定感があり、見ていると不思議に落ち着いてくる。空手の体捌きのような、キレのある力強い舞いであるのに、攻撃的な強さよりも守護的な強さを感じるのだ。蒼介も今は目を開けて道明の動きに見入っていた。
続いては恭平だ。式は雉で、名を「ケン」というらしい。バサリと大きく羽を打ち鳴らした後、変化した武具は三節棍だった。神楽を始めたばかりの頃は、良くスッポ抜けて飛んでいくこともあったらしい。篁が言うには、なかなかに珍しい武具だという。
「弟の道明くんは質実剛健といった舞いだが、兄の恭平くんの方は、よりしなやかさがあるな。」
「そうですわね、攻防のバランスが非常に優れているようだわ。」
篁と環は小声で言葉を交わしている。
「兄貴の神楽、久々に見たけど‥なんだろう。やっぱりなんかズンッと響いて来る感じがある。」
「それは土系譜特有だなあ。道明もそういうのあったよ?ただ、恭平の方が腹の底に響く感じがより強いかな?」
道明と智琉も小声で言葉を交わし合っていた。地の力を得て我が力とし、それをまた地に返す、そんな力の循環を感じさせる。
その後はさくらだ。智樹が撮影係を交代し、満面の笑みを浮かべている。怖い。そして智琉もなぜか縁側に正座して満面の笑みを浮かべている。怖い。さくらはそんな兄たちを見た後、器用に黒髪をまとめて止めた。
両手に扇、旋律と共にスッと舞い始める。静かで穏やかな舞いは、周囲の空気を浄化しているかのようで、蒼介が思わず深呼吸をしてしまったほどだ。
「さくらちゃんの舞いは‥やっぱり素敵ねえ。月系譜の人たちの舞いって、時の流れがゆるやかになったような、幻想的なイメージがあるわ。」
「ああ‥分かる気がする。何か俺も心が穏やかになっていくような気がしているよ。」
雅と蒼介がそんなふうに語り合う。武具が見えなくても、旋律が聞こえなくても、その作用は蒼介にも及んでいるらしい。
土地神様も、妖たちも静かに神楽を眺めながら、ゆったりと寛いでいるように見える。兄二人は完全に妹の舞いに魅了されているらしい。笑顔を貼り付けたまま微動だにしない。怖い。
戻ってきたさくらに声をかけられ、双子はようやく我に返ったらしい。
「「それじゃ次は俺ら、かな?」」
智樹が位置につこうとして、鷹也がそれを手で制した。
「うーん‥次はばっちゃんで、その後に母さん、がいいかな。その後は様子次第で、じっちゃんか双子か。」
何で?と言いかけた智琉を智樹が止め、二人は下がった。
「ここの“場”は鷹也の家だからな。あいつの感覚に任せた方がいい。」
智樹がそう言って双子の弟を宥める。先程妹に骨抜きにされていた者と、同一人物とは思えない。
「ああ‥そうか。ちょい偏りすぎるのか。」
言われた智琉も納得して頷いている。土・土・月と来ているので、水を入れたいのだろう。
そして環が位置についた。雅と蒼介が身を乗り出す。式は白鳥、名はりりぃというらしい。変化した武具は薙刀だ。特に何の合図もなく始まったが、龍笛の旋律はピタリと合っている。
「‥これは‥」
「すげえ‥」
「‥うわ。」
兄世代全員が背筋を伸ばし、それぞれが小さな声を漏らした。雅と蒼介も自然と姿勢が良くなる。なぜか姿勢を正したくなる、そんなぴりりとした空気があるのだ。
武道でも長年薙刀を続けているらしい。動きも型も洗練されており、流れるような舞いに、誰もが目を離せずに見入ってしまう。
緑の奥深い山、そこに清水をたたえる鏡面のような泉。その場にいる者全てが、全く同じイメージを思い浮かべていた。
(‥これが神楽?母さんの舞いは別格だった。俺にも分かる‥)
蒼介は自分の名にある「蒼」のイメージを確かに受け取った。山奥の深緑が、澄み切った泉の鏡面に映り込んだような、そんな大自然の色。
(深い青ではなくて蒼‥山と泉‥きっとそんな景色なんじゃないかな‥)
子供の頃に名前の由来は聞いた気もする。しかし蒼介は、「このイメージが良い!」と、自分なりの解釈を受け取って笑顔になったのだった。




