父と息子
午後からバスケの練習試合があると聞いていたため、蒼介も雅も観戦を希望していた。もちろんさくらも同行し、案内されるままに体育館に入る。
「見学者はあっちかな。適当に座っていいよ。俺の出番あるか知らんけど。」
鷹也はそう言って更衣室へと消え、着替えて体育館に入る。他校と思しき学生たちが、シュート練習やドリブル練習をしていた。鷹也は監督に呼ばれて何やら話した後、軽くストレッチをしている。
部員たちとも自然に言葉を交わしており、馴染んでいるように見え、蒼介も雅もホッとした様子だった。
「じゃあ練習試合始めるぞー!」
監督の声で学生達は練習を止めてコートから出る。1年生だろうか、部員が一斉にモップ掛けをしており、てきぱきと働いている。
女子マネージャーが鷹也の傍に行き、タブレットを見せながら何かと話しかけていて、鷹也もタブレットに見入っては画面をタップしている。真剣に話し合っているのでチームのことなのだろう。
話が終わると、鷹也は味方チームも敵チームも満遍なく観察しているようだ。蒼介から見ても相手チームの方が、練度が高く、翻弄されてしまっている。
「相手チームの方がまとまってる感じがするわね?鷹ちゃん側は何かバラバラというか、ぎこちないように見えるわ。」
運動が得意でない雅にも、そうと分かるほどらしい。
「そうだなあ、鷹也側のチームは控えの選手がメインなのか?相手チームは全員ではなさそうだけど、レギュラーが多いように見えるよ。」
ディフェンスも穴が多く、簡単に抜かれてしまううえ、シュートミスも目立った。
「3Pが全然入らないですね。」
「プレッシャーがすごいんだね、まともに打たせてもらってないんだ。」
二度目のスリーポイントを外したのを見てさくらが呟くと、蒼介が状況を察して答える。バスケは体育の授業程度しかやってはいないが、それでも見ていれば分かる。
10分後、第一クォーターは16-24と大差を付けられてしまい、メンバーたちは意気消沈で戻ってきた。汗を拭きつつ監督の言葉を聞き、ドリンクをガブ飲みしている。
その後、監督に話しかけられた鷹也が言葉を交わし、頷いた。
「鷹ちゃん、出るみたい。」
雅が嬉しそうに身を乗り出し、さくらはスマホを構えている。鷹也はメンバー全員に言葉を掛けた後、その場で軽くジャンプした。
試合開始直後、ジャンプボールは相手がティップしたが、即座に鷹也が奪い、味方にパスを回す。第一クォーターまではバラバラだった動きが、嘘のように連携出来ていく。
「‥え?メンバー変わったの、鷹ちゃんだけよね?」
思わず雅が呟いてしまうほど、チームとして機能し始めたのだ。
「21番、下がれ。右サイド!」
パスを受けた鷹也はドリブルで切り込もうとゴール前へと走る。難なくガードを躱し、慌てた敵がマークに着こうと動いた瞬間、ノールックでパスを回した。
3Pライン外にいたシューティングガードにダイレクトパス。21番が敵にプレッシャーをかけたために、ほぼフリーで3Pを打つことが出来、見事に決めた。
「ナイス!」
第1クォーターでは3本打っていたが、1本も決められなかったため、明らかにホッとした表情を浮かべていた。
相手ボールからのスタートだが、鷹也は即座にパスをインターセプトし、そのままフォワードへとパスを送る。移動しながらも指示を出しているようだ。
「リバン!」
味方がジャンプシュートを放った直後に声を上げ、自らは後ろに下がる。リングに当たったボールの競り合いとなり、味方が押し負けた。が、下がっていたために難なくカットインに入り、タップしたボールを味方へと送る。
「あいつ、シュートした瞬間に入らないの確信してたな~。リバウンド勝負に負けることも見越して下がってたのかよ。こわ!!」
蒼介が思わず呟いた。ゴール下に人が集まり膠着状態に陥っている。鷹也は様子を見ながら人混みを避け、外から中に入り、ボールを受けた。途端にガードが付くが、フェイントとフェイクで上手く相手を翻弄する。巧みに3Pライン際まで敵を引きつけ、3Pシュート体勢に入った。
が、敵がジャンプしたのを見計らい、股下を抜けるパスへと切り替える。
「うわ‥あいつマジでペテン師だな!」
ガードが薄くなったフォワードが難なくレイアップで得点した。
そんな調子で試合は進み、第2クォーターは28-16で終了した。相手のガードを無力化させ、味方のパスとシュート率を上げるという、完全なアシスト役である。鷹也自身は全く得点していない。
第3、第4クォーターは出ることなく、敵味方の様子をベンチから観察しただけだ。そして練習試合が終わると監督に声を掛け、とっとと引き上げて再び更衣室へ消えて行く。
「ただいま~」
さくらからスポーツドリンクとタオルを手渡され、一気飲みする。
「え?もう終わり?お前、一本も決めなかったけどいいのか?」
まだ練習試合は続きそうだったが、鷹也は全く気にしている様子はない。
「ん?まあ今日はサブメンバーに経験積ませるのがメインテーマだから。俺が決めたら意味ないだろ?第3、第4クォーターは、そこまで悪くなかったし。」
第3は20-22 第4は18-19 結果82-83で負けている。しかし明らかにチームの動きが良くなったのは見ていて分かった。自分の息子が確実にチームの司令塔として、卓越した能力を持っていることが分かり、蒼介は嬉しそうだった。
「私は鷹ちゃんのシュート見たかったのに~!」
雅だけが口を尖らせて拗ねたのだった。
夕方には篁・環・智樹・智琉・恭平・道明が集合すると聞き、鷹也達はそのまま夕食の買い物に出ることにした。
「鷹也さんが作った生姜焼き食べたいです!!」
という、さくらのリクエストにより、精肉店で大量の豚肉を購入する。その後、農産物直売所へ赴き、大量の野菜を買い込んだ。
「うーん‥キャベツの在庫、あと3個しかないからなー」
鷹也がそう呟きながらキャベツを2個ほどカゴに放り込む。
「鷹ちゃん!?3個あるのに2個買うのは多いんじゃないかしら!?」
「大丈夫~足りなくなったらまた買いにくるから~」
噛み合わない会話をしながら、蒼介とさくらは爆笑していた。他にも様々な野菜をカゴに放り込み、卵も購入する。
「生姜焼きだけでいいのか?‥父さん何かリクエストある?」
「というか、お前が料理出来ることに驚いているんだが!?」
昼に絶賛した筑前煮が実は鷹也作だと聞き、雅も蒼介も驚いたのだ。
「料理ってさ、中心温度管理と塩分濃度と浸透圧じゃね?加熱によるタンパク質変性も関わるか。」
「おいー!料理を理科の実験にするな~!?」
鷹也の言葉にすかさず蒼介がツッコミを入れる。霧江が聞いたら頭を抱えるかもしれない。蒼介も雅も七海が料理を苦手としていることは良く知っている。だから鷹也もわざわざ料理が出来ることを言っていないのだろうと正確に把握していた。
買い物を終えた後は風呂を沸かす。
「ちょっと!!何このお風呂!!すごいじゃない!!」
石とヒノキで作られた風呂に、雅も蒼介も感動している。
「もともとこの広さがあったんだよ。さすがに年季入ってたんで石もヒノキも張り替えてもらった。」
「えー俺も一緒に入るー!」
確かに浴槽も洗い場も広いため、男性二人でも十分入れるほどだ。
「えー‥」
渋る息子をなだめすかし、蒼介は嬉しそうに服を脱ぎ始める。
「あれ?体脂肪計?‥これもさくらちゃんか?まあお前、食う割には細いというか脂肪なさそうだもんなあ。俺も測れるの?」
年齢やら身長を聞かれ、息子は体脂肪計を操作してくれた。
「いや、これはさくらの兄貴のほう。前に一緒にサウナ行った後、これで計測しろと押し付けられた。」
「あははは!完全管理されてるじゃないか。俺は、と。ほう!175cm68kg体脂肪12%健康的だな!」
蒼介も40代とは思えないほどに引き締まっており、程よく筋肉もついている。
「確かにお前、何なの?アスリートなの?」
筋肉質ではあるが、全く脂肪のなさそうな息子を見ると、些か心配にもなる。
「はいはい、洗い場は一カ所しかないから先に入れよ。」
父をとっとと追い払い、仕方無く体脂肪計に乗る。これもアプリと連動していて、記録に残せるのだという。余りに体脂肪率が低いために双子たちから「食え!!」と強要されているほどだ。
「背中流してやろうか?」
「トリハダ立つからやめて?」
蒼介は笑いながら髪と身体を流して湯船に浸かる。
「なあ、この船とかアヒルのおもちゃって‥お前が遊ぶの?」
「‥あ。俺が風呂に入ってると、妖たちがやってきてさ。これに乗って遊ぶんだよ‥」
照れ臭そうに呟く息子に蒼介は笑いが止まらない。人に興味はないくせに、妖たちには妙に優しいようだ。
「なあ、これだけデカい風呂だと水道代ヤバくないか?けど、カルキ臭くないし、何か水が柔らかいな。」
「ん?うん。湧水から水引いてるからね。」
二人が並んで湯船に浸かっても、かなり余裕がある。
「‥お前はさ、困ってることってないのか?金にも困ってなさそうだし、部活で苦労してるわけでもなさそうだし、大学の勉強も困ってないだろ?」
蒼介が尋ねると、鷹也は目を閉じてため息をついた。
「まあ、一番困ってるのは七海のことかな。あとはさくら。」
予想通りのことと予想外のことに蒼介は息子を見やる。
「七海のことはまあ、そうだろうな。けど、さくらちゃんのことで何を困っているんだ?」
「まあ‥断る理由もないから、婚約ってのも受けたけど。俺なんかでいいのかねえ?もうちょいマシな奴は山ほどいると思うんだけどな。」
鷹也は少しの沈黙の後で呟くように言った。
「おまえ、はどうなんだ?」
真剣に蒼介が尋ねると、鷹也は薄く笑う。
「俺はさくらがいないと困るんだけどね。‥ただ、さくらにとってそれがいいのか‥」
「なあ鷹也?」
蒼介が被せるように問いかけて来て、鷹也は口をつぐんだ。
「俺はミヤちゃんから迫られて付き合って、結婚したんだ。‥俺は開眼出来なかった。だからな、俺も迷ったんだよ。本当に俺なんかでいいのかって。ミヤちゃんのためを考えたら、俺じゃない方がいいだろうとも思ったしね。」
いつになく真剣な眼差しの蒼介に、鷹也は黙ったままだ。
「けど俺はミヤちゃんに選んでもらったし、俺がミヤちゃんを選んだ。‥そりゃまあ、色々あったけど。でも俺はミヤちゃんと結婚して良かったと、本当にそう思ってる。」
蒼介の表情には一切の迷いもない。
「さくらちゃんとしっかり話せ。いいか?お前がどう思っていて、どうして欲しいのか、ちゃんと伝えろよ?お前はそういうの全て端折って自分を平気で切り捨てようとする。それだけは絶対にやるな。さくらちゃんのことを思うなら、な?」
蒼介はそう言って息子の肩に腕を回した。
「‥それだけは約束してくれよ。」
しばらく考えていた鷹也だったが、一度目を閉じて吐息を落とす。
「分かった。」
息子の腕にサーっと鳥肌が立ち始めたので、蒼介は回していた腕を戻した。
「へえ、かなり慣れたんじゃないのか?」
「まあねえ。ネコがいい緩衝材になったかもなあ‥」
湯船から立ち上がった蒼介がちらりと鷹也を見やり、ニヤッと笑った。
「さくらちゃんと結婚するっていうなら、慣れないとな?」
憮然として黙り込んだ息子に、蒼介はとびっきりの笑顔を向けて風呂から出て行った。父が自分の欠点を把握し、わざわざ釘を刺すために風呂に押し入ったのだろう。
「‥全く。‥でもまあ、そうか‥」
鷹也はぼそりと呟いて、頭から冷水シャワーを存分に浴びてから上がった。脱衣所にはさくらが買った洗濯機と、花粉症のさくらのために鷹也が買ったガス乾燥機がある。
「‥さくらいないと、俺が困るよな、やっぱ。」
呟きながら手早く服を着て脱衣所を出て行った。




