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掌の眼  作者: 瑠璃雀
楽しい夏休み!
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両親の出発

 その日の朝、蒼介と雅は身支度を整えて出発の準備をした。

「何だか寂しくなるなぁ‥」

 流水が両親の旅支度を見て、少し寂しそうに呟いた。二人とも賑やかなだけに、いなくなると途端に静かになるせいだ。

「はー‥俺も行きたくはないけど。来年の7月で任期は終わるから、もうちょっとだけ待っててな?」

 蒼介はそう言って娘たちの頭を撫でる。

「その頃、私はもう東京の高校なんですけどー。」

 七海がジト目で呟くと、蒼介は困ったように笑った。

「じゃあ来年の夏休みは、七海に帰省してもらうのと、俺らが東京旅行に行くのと、両方だな!!」

 明るく言う蒼介に、七海も流水も笑顔になった。

「え!?本当に!?」

「そりゃさ、先方にもご挨拶したいしね!みんなで一緒に東京へ行こうじゃないか。けど忘れるなよ?その前に、春休みには父さんの赴任先な?」

 蒼介が本気で考えてくれていることに七海と流水の表情がぱあっと明るくなる。

「「うん!絶対に行く!!」」

 つい先日そんな話で盛り上がったばかりだ。日程的にも何とかなりそうだ、と、5人でお喋りしながら、出発までの時間を楽しく過ごした。


「よ。」

 いつもと変わらない短い挨拶をしてやって来たのは、久々に見る兄だった。両親を送るために車で来てくれたらしい。

「鷹兄、ひさびさー!最近、全然来てくれないから寂しいんですけどー?」

 流水がそう言って兄を見やる。

「あー‥来週‥いや再来週かな?‥には落ち着くから、また来るって。」

「学校始まっちゃうのに~!」

 流水と鷹也が普通に会話をしているのを羨ましく思いながら、七海はただ兄の横顔を眺めていた。結局テニスも出来ないまま、夏休みも終わってしまう。


「荷物、これで全部か?」

 トランクに両親の荷物を全て積み込んだ鷹也が確認すると、両親は頷いた。

「私は明々後日には一度戻ってくるわ!それまで待っていてね!」

「いつでも電話してきていいんだからな!」

 流水と七海は車を見送った後も、しばらくその場に立っていた。その後姿がひどく寂しそうに見え、霧江は笑顔を浮かべて二人に声をかける。

「ね、立夏さんところのケーキ、見に行かない?」

 七海と流水は振り返り、嬉しそうに笑った。

「「行く!!」」

 茜の家の玄関側からぐるりと回った先がケーキ屋になっている。

「いらっしゃいまー‥ナナ!!流水ちゃん、霧江さんも!!」

 他にお客さんはおらず、茜が店番をしていたらしい。


「茜は店番頑張ってるんだねえ‥」

 七海が呟くと、茜はにっこり笑って頷いた。

「えへへ。本当はもっとお手伝いするつもりだったんだけど、勉強会やテニスが楽しくって。今日はどんなケーキにする?」

「私は桃のやつ!!もうこれね、美味しすぎて10個くらい食べられそうなの!!」

 七海のお気に入りは、丸ごとの桃をくりぬいた中に、スポンジとクリームが詰まったケーキだ。

「あははは!私もこれ、大好きなんだ!後はね、シャインマスカットのショートケーキも人気あるんだよー!あとはね、スイカのゼリーも最近よく売れてるかな!冷凍してシャーベットにして食べるのが美味しいんだって!」


 茜の情報に流水が「にゃー!」と頭を抱える。

「プリンアラモードがね!本当に好きなの!!けどシャインましゅきゃ‥」

 噛んでしまった流水に茜と七海が笑ってしまう。

「しゃいんましゅきゃっと、の方が言いにくいのにねえ‥。私はそれにするわ!」

 霧江が笑いながら言い、流水も一緒になって笑っている。

「やっぱりプリンアラモード‥これが美味しすぎて!!」

 茜が箱に詰めてくれ、霧江が会計をしていると、奥から立夏が顔を覗かせた。

「あらいらっしゃい!いつもありがとう!‥これ試作品なの!良かったら食べてみて!」

 そうして出してくれたのは、バスクチーズケーキのような見た目をしている。

「中にりんごとパイナップルを入れてみたの。シナモンは入っていないから安心して!」

 三人は立夏に礼を言って店を出た。


 帰宅するなりお湯を沸かしてお茶を淹れる。紅茶の豊潤な香りがダイニングに広がり、ケーキの甘い香りと混ざりあう。

「あー‥なんかしあわせだー!!」

 流水がケーキを前に、にこにこ笑っている。七海と霧江も席に着き、こうして三人で過ごしていると、いつもの日常に戻った気がした。



一方、鷹也と共に出発した両親は、車の中で楽しくお喋りしていた。

「すまなかったな。お前の家に行くの、本当は神楽祭前の方が良かったんだろうけど。」

 やはり一度帰省してしまうと、一泊二泊と家を空けるのは難しかった。そのために、帰る日程を調整することにしたのだ。

「まあ、仕方ないよ。俺も神楽祭前に練習試合がぶつかったせいで時間取れなかったし。それより、あと2泊していかなくて良かったの?」

 運転している鷹也が両親に問いかける。

「俺だってさ、お前が住んでる所見てみたいし!」

「私は何度か行ったけど、さくらちゃんともゆっくり話したいし!」

 両親は後部座席からそう返した。今回の帰省で、せっかくだから鷹也が住んでいる家に行こう!ついでに泊まろう!という話になっていたのだ。二泊三日の予定で。


「それになあ‥やっぱり、七海のことが気になるんだ。」

 神楽祭の時やその後でも思い悩む様子は多く、七海に声を掛けてきた蒼介である。

「というかさ、普段はもっと簡単に行き来しているんだろ?」

 蒼介が尋ねると、鷹也は頷いた。

「妖たちがね、じっちゃんちと俺んちを行き来したいって言い出したんだ。それで“道”を繋げてくれた。残念ながら父さんは通れない。」

「えーまじかー!俺も手のひらに目玉シール貼ってチャレンジするー!」

 駄々をこねだした蒼介に雅が笑い出した。

「もう!だからこうして鷹ちゃんが連れていってくれるんだから!」

 そう宥められて蒼介も笑い出す。


「けどさ鷹也、そういう“道”っていうのはあっちこっちにあるものなのか?どこでもドアみたいで便利じゃん?」

「妖同士ではたまに作るみたいだね。ただ、人が通れるような“道”を作ることは滅多にないらしいよ。」

 篁邸離れの小部屋と、現在鷹也が住んでいる古民家の物入れとが“道”で繋がっているのだという。夜には篁と環も鷹也の家へ来ると言っていた。

「七海と流水には教えてないんだっけか?」

「‥うん。流水はまだ通れないし、七海も分からないからな。」

 蒼介の問いに鷹也が静かに答える。

「ねえ、鷹ちゃん?ナナちゃんに近づくのは今も辛いときがあるの?」

 妹たちと一定の距離を置いていることを両親は分かっている。そもそも鷹也が篁邸の離れで暮らしていたのは、産まれたばかりの七海が泣く度に鷹也が倒れてしまったためだ。


「うーん‥かなり慣れたんだけどな。」

 ぼそりと鷹也は呟いた。

「それよりも、落ち込みにしろ、怒りにしろ、七海のあの感情の波は強すぎてね。妖や影たちが逃げ出すんだよ。一番大変な想いをしているのは、どうにもならない七海かもしれないけどな。」

 誰しも“感情”は持っている。しかし、そのエネルギー量には個人差があるようだと鷹也は言う。

「感情のエネルギー、か。アンガーマネジメントとか、今流行っているけどさ。怒りが強すぎて制御できなくなるみたいなものなのか?」

 蒼介が考え考え呟いた。


「上手く付き合えている人もいれば、瞬間的な出力が大きすぎて制御するのに苦労している人も多い、かな。エネルギー量が多ければなおさら制御するのは大変だろうしね。」

 そういった感情の大きな波を、鷹也は一方的に受信してしまう。頭の芯に刺さってくるような痛みから、悪寒や吐き気といった症状が出てしまうらしい。特に怒りや悲しみといった、負の感情が特に堪えるのだという。

「まあ、バスケの試合やってるとね、敵意が刺さってくることもあるし。観客席の熱っていうのかな、あれも大きくなるとけっこうしんどい。」

 大きな試合の後にはそのせいで疲弊してしまい、連戦ともなると寝込むこともあるようだ。



「七海がさ、珍しく俺に電話してきたんだよな、神楽選考?の後に。そのことも改めて話をしておきたくてね。それと夏休みに一緒にいた間に感じたことも。‥俺はまた海外に行ってしまうから、ミヤちゃんや鷹也と、父さん母さんも交えてさ。あ、それと鷹也!」

 蒼介がルームミラー越しに息子を見る。

「うん?」

「月影家の双子兄弟は来るんだろう?恭平くんも都合がつくなら呼ばないか?」

 父の提案に鷹也は首を傾げる。

「別にいいけど。‥なんで?」

「彼がお前と仲良くしたいと思っているからさ。それに、七海のことも気にかけてくれているからね。たぶん、お前の七海への接し方を見て、一番もどかしく思っていると思うよ。」

 蒼介の言葉に雅も「そうね」と頷いた。

「それなら道明も、かな。たぶんあいつなら“道”を通れるはずだし。道明との方が付き合いは長いから、兄貴の方だけ呼ぶのはね。」

 鷹也がそう言うと、夫婦は互いに顔を見合わせて頷いた。


「じゃあ、道明くんと恭平くんにメッセを送っておこうか。司くんは公務員試験の勉強で忙しいだろうし、遊馬くんはついうっかり七海に漏らしそうな危険がありそうだしな。」

 蒼介が短期間で本当に良く見ていることに、鷹也は驚いている様子だった。

「フフン!尊敬されるパパなんだから、この程度は当たり前だな!!」

「もう!蒼介さんたら!そういうこと言うから台無しなのよ!‥でも、あなたらしい!」

 この二人は会話をしているだけで夫婦漫才になっていく。

「というか、お前もなんか言え!」

「運転に忙しい。」


 息子が会話に参加してこないのも、表情が乏しいのも、いつものことだ。分かっていてもついつい構いたくなるのは、蒼介の性でもある。

 確かに運転には集中して欲しいので、その間に蒼介は双子と恭平、道明にそれぞれメッセージを送った。参加してもらえるかどうかは分からないが、また大人数になりそうだ。


「あれ?今気づいたんだけどさ。‥そんな大人数入れる家なの?」

「それは大丈夫よ。かなり広いお家だし、空き部屋もあったわよね?」

 もっともな蒼介の疑問に、雅が太鼓判を押す。

「それより、ネコちゃん達は元気かしら?」

「ん?うん。」

 その会話に蒼介の瞳が輝いた。

「にゃんこいるのか!!!やばい!!俺、仕事に行けなくなるかもしれない!!」

 篁邸では犬やネコを飼ったことはないらしい。禁止されていたわけではなかったが、何となく言い出すことも出来ないままだったのだそうだ。


「あれ?ネコは触っても大丈夫なのか?」

 ふと蒼介が尋ねる。

「子猫の頃にさくらが拾ってきてね。‥最初は逃げ回ってたんだけど。」

 たまたまその時の情景を見ていた雅が盛大に吹き出した。

「ふふ‥ごめんなさい‥ふふふふっ‥だって鷹ちゃんたら‥子猫に真顔で交渉してるんだもの‥」

 蒼介までが笑い出す。情景を思い浮かべたら笑うしかない。

「まあ、触ったというか近づかれて張り付かれたけど。意外と大丈夫でね。今は慣れたし、三匹が張り付いてきても平気らしい。暑いけど。」

「三匹だとーーーー!!」

 蒼介が思わず大声を上げる。

「おい!鷹也!!ペットショップに寄れ!猫用の液状おやつだ!!絶対に買う!!」

「そうね!お土産は必要だわ!!」

 両親が騒ぎ始めたため、鷹也はため息をついて「はいはい」と呟いたのだった。




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