13話 シエル、吐く
今日は2試合あったが、どちらもシエルは簡単に勝ってしまった。
魔法を使わず、サッと近寄ってバッと投げた。
みんな受け身を取れないので、投げるだけで終わってしまうのだ。
ちなみにSクラストップ5は全員が勝利を収めた。
「憂鬱ですわ……」
コーデリアが首を振りながら言った。
ここはアヴァロン魔法学園の食堂、夕食時。
いつもの6人用の席に、トップ4が集っていた。
「コーデリア様、明日は一発目からリュートが相手ですからね……」
アデリタは同情するような声音で言った。
「僕なんて準決勝でアデリタと当たる」とヘルトが肩を竦めた。
明日は試合を3回行うのだが、2回目が準決勝なのだ。
「いえいえ、次の準々決勝で私が勝てばの話ですよ?」
「勝つでしょ!」
シエルは勢いよく言った。
正直、アデリタの強さは他の生徒たちと一線を画している。
今日の2試合を見て、シエルはそう確信した。
「わたくしなんて、運よくリュートに勝てても、次はシエルですのよ?」
グスン、と半泣きで言うコーデリア。
実際に戦闘を行ったり見たりして、コーデリアは「首席は無理だ」と思い始めていた。
「あたしだって次も勝てるかは分からないよ?」
「それはそうなんだよね」ヘルトが言う。「次のシエルの相手、序列88位とは思えないほどの強さだから」
「ですよね」アデリタが頷く。「88位の彼は入学後に人が変わったようだ、と話している子たちがいました」
「わたくしも聞きましたわ」コーデリアが言う。「まるで人生2回目みたいなことを言ったりするのだとか」
(ええ!? まるでイリナお姉ちゃんじゃん!)
「……彼の前世が魔王だったらどうしよう……」とシエル。
「いや、シエル、真に受けてどうする……」ヘルトが苦笑い。「そんなわけないだろう? いわゆるあれだろう? 思春期に他人とは違う価値観、特に非現実的な設定に憧れる心理で、以前と違う発言をしているだけだよ」
「でも入学時88位の彼が」アデリタが言う。「今ではSクラス確実と言われています。前世で優秀な魔法使いだったのを思い出したとか、そういう理由があった方が納得できます」
「いやいや」ヘルトが笑う。「努力したんだろう、きっと」
「努力ならわたくしたちだって、していますわ」
「それはそうだけどね」ヘルトが肩を竦める。「才能が開花しただけ、じゃないかな。前世なんて有り得ないよ」
(有り得るんだなぁぁぁこれが!)シエルは心の中で叫ぶ。(なんせイリナお姉ちゃんが前世魔王でラナァの生みの親なんだよね!)
(シエルの前世はカエルだよ)とラナァ。
(えええええ!? あたしカエルなの!? それは知りたくなかった! そういや雨が好きかも!)
(カエル大明神みたいな、なんかすごいカエルだよ)
(名前からしてすごそう!)
(詳しく知りたい!?)
(んーん! 知りたくないっ! だから世界図書館に調べに行かないで!)
(はぁい!)
衝撃の事実に、シエルは激しく動揺してしまった。
その動揺に気付いた3人が、口々にシエルに声を掛ける。
「本当に心配しなくていいよ」ヘルトが言う。「前世なんて有り得ないし、あっても前世の能力が今世でも残ってるわけじゃないだろう?」
「シエル、大丈夫ですよ」アデリタが言う。「普通にシエルの方が強いと思います」
「そうですわ」コーデリアが言う。「確かに彼は強いですけれど、わたくしの目にはシエルの方が上に見えますわ」
「あ、ありがとうみんな……」
(嬉しいけどあたしが動揺してるのって、前世がカエルだったからなんだよぉぉぉぉ!)
◇
翌日の仮想世界。
雨の降る荒野だった。
凄まじい勢いで降る雨が身体に当たって普通に痛い。
(雨好きって言ったけど! 心の中で昨日そう言ったけど! これは痛いっ!)
視界も悪く、こんな日は家の中で読書をして過ごしたい。
何が悲しくて攻撃魔法みたいな雨の中で戦わなければいけないのか。
(まぁ相手も同じだけどさ)
シエルはキョロキョロと対戦相手を探す。
そう、転生疑惑のある序列88位の彼だ。
彼の名前はアーク。
シエルの住むヴェルテール王国の小説なんかで主人公によく当てられる名前だ。
正確には、大陸全土で親しまれている名前である。
と、魔力を感じて顔を上に向けると、激しい雨が急に氷の矢となって降り注ぐ。
「ふぁぁぁぁぁ!?」
シエルはそれが攻撃魔法だとすぐに気づいた。
驚きの声を上げながらも、シエルは無駄に動かず、自分に当たる氷の矢だけを両手で払った。
「うわぁ、ビックリしたぁ」
そういえば88位のアークは氷属性だった、とシエルは思い出した。
つまりこの状況、アークにかなり有利である。
「さすが首席様ってところかな」
アークがいつの間にかシエルの前に立っていた。
黒髪で、あまり特徴のない顔立ち。
「アーク君もやるじゃん」
シエルは笑顔で言った。
初めて会話を交わす相手なので、好印象を残したいとか思ってしまったのだ。
「首席様に褒められて光栄だな」アークが大袈裟に両手を広げた。「努力が報われた瞬間って感じだ」
雨が降り続いているので、2人は大きな声で会話を交わしている。
「本当にすごいよ。Sクラス確定って聞いたよ。おめでとう」
「どうかな? 首席様を相手に勝てれば、きっとそうだろうね!」
アークが右手を動かすと、再び雨が氷の矢となって降り注ぐ。
「【黒の盾】!」
シエルが左手を上に上げると、シエルの頭の上に漆黒の盾が出現。
その盾が氷の矢を全て防いだ。
「ああ、首席様は闇属性だったっけ」アークが言う。「見た目可愛いのに、属性はなんか暗いね。実は性格が悪いとか?」
「か、可愛い!?」
シエルは顔を真っ赤にして反応した。
性格に関しては聞き流した。
「そう思うけど?」
アークは右手に氷の剣を創造して、それを両手で構えた。
「アーク君は剣術が得意なんだっけ?」
「正しくは剣道って言うけど、まぁ知らないか」
アークの表情が真剣なものに変わる。
雨の中、2人はジッと見詰め合った。
「俺は本気の一撃で君を倒す。君も本気の攻撃をしてくれ」
「あ、うん。分かった」
それからも2人は見詰め合う。
あんまり男子と見詰め合った経験がないので、シエルは少し頬を染めた。
(きゃ、恋が生まれちゃうかも!?)
頭ピンクのシエルだった。
(生まれるとどうなるの!?)とラナァ。
(え? ど、どうなるんだろう?)
恋をした経験がないので、シエルもハッキリと分からなかった。
そんなシエルの動揺を隙と見たのか、アークが凄まじい速度で踏み込んだ。
そして真上から一閃。
まるで雷のような速度。
だけど、シエルは普通に躱した。
アークが目を見開く。
確かにアークの剣撃は速かった。
速かったのだけど、シエルはアビスと稽古をしていたのだ。
アビスは手加減していたが、それでもアークよりもっとずっと速い。
「ドラゴンブレス!」
シエルは口から黒い炎を吐いた。
アークは避けられず、炎に包まれてそのまま消し炭と化した。
「おおおおおおっと!」ローラの声が響く。「これは凄まじい攻撃魔法! わざわざ口から吐く意味が分からないですが!」
だってドラゴンブレスだし、口から吐く以外にどうすれば? とシエルは思った。
◇
「フハハハハ! 見たか! ワシが教えたんだぞ! ワシが教えたドラゴンブレスだ! フハハハハ!! 人間どもめ! ドラゴンの娘の恐ろしさが分かったか!?」
アビスはものすごく気持ち良くなっていた。
前回と同じく、イリナたちはグラウンドの片隅でシエルの戦闘を見学していた。
「うぅ、シエル……」イリナが泣き真似をしながら言う。「どんどん人間離れしていきますね……お姉ちゃんは寂しいです……。まさかブレスを吐くなんて……」
吐けることは知っていたけれど、使うとは思わなかったイリナである。
ちなみにシエルがこの台詞を聞いていたら「イリナお姉ちゃんにだけは人間離れしてるとか言われたくない」と反論しただろう。




