12話 シエル、煽る(煽ってない)
「わぁ、本物みたい……」
仮想世界に降り立ったシエルは周囲を見回してそう言った。
ここは山の中に見えるが、魔法で作られた偽物の世界だ。
「あたしも本物みたい」
シエルは自分の身体をポンポンと軽く叩きながら言った。
この身体も魔法で作られた仮の身体で、本当のシエルはベッドで眠っている。
ベッドはアヴァロン魔法学園のグラウンドに並べられているが、そこに眠っているのは1年生の2人だけ。
もちろん1人はシエル。
ちなみに2年生の戦闘テストは他の日に行われ、3年生は本当の身体を使って王立闘技場で戦っている。
(ラナァいる?)
(いるよぉ!)
(仮想世界の方に?)
(ラナァは両方にいるよ)
(そっか)
シエルはホッと息を吐いた。
もちろん、テストなのでラナァの力を借りるつもりはない。
ただ、側にいてくれるだけで安心できるというだけ。
「さてそれでは、我らが首席シエルに挑むのは!」ローラの解説が世界に響く。「序列64位のグルドア君です!」
ちなみに、この戦闘は魔法で外に映し出されている。
一年生全員がグラウンドで見学しているのだ。
「この山ってどこまで続いてるのかなぁ?」
シエルはゆっくりと歩き始める。
あくまでここは仮想世界で、しかも戦うための舞台だ。
であるならば、あまり広くはないだろう、とシエルは思った。
「え? 木とか手触りも本物なんだけど」
シエルは左手で近くの木に触れて呟いた。
これが全部幻というのがいまいち納得できない。
本当は【転移】で山に飛ばされたのではないか、とさえ思える。
◇
「すごい魔法ですね」
グラウンドの端の方に座っているイリナが呟いた。
「ワシもビックリだ」
人間形態のアビスが、空中に映し出された映像を見ながら言った。
「複数の魔法を組み合わせておるのぉ」パメラが言う。「星の数で言ったら9星に値するのじゃ」
「人間って複雑なのが好きだから」
分体ラナァがイリナの頭の上で言った。
ここにいる4人(3人と1輪?)は全員が少し位相のズレた空間にいるので、アヴァロン関係者は誰もその存在に気づけない。
もちろん4人の位相をずらしたのはラナァの魔法である。
「あ、戦闘が始まりそうですよ」とイリナ。
映像の中で、対戦相手のグルドアがシエルを発見した。
シエルは木を触っていてまだ気づいていない。
グルドアは接近戦を選択したのか、シエルに向かって駆け出す。
「魔法使わんのじゃな」とパメラ。
「首席相手に魔法対決は分が悪いと判断したのでしょうね」
「はっはっは! しかし我が娘は接近戦もそれなりだぞ!」
「シュッシュッシュッ!」
ラナァがイリナの頭から飛び降りて、丸めた葉っぱでワンツーパンチを連続で繰り出す。
可愛いですぅ、とイリナは思った。
◇
グルドアの接近に気付いたシエルは目を丸くした。
なんというか、奇襲にしてはお粗末だし、グルドアが何をしたいのかシエルにはよく分からなかった。
もっとソッと近寄るとか、遠くから魔法を放つとか色々と選択肢はあったはずなのに。
グルドアは「うおおおお!」と叫びながら右手を伸ばす。
(その右手は? あと雄叫びも何のため?)
素人の考えることはサッパリ分からない、と思った。
そしてその一瞬後に、そういえばあたしも最初は掛け声とか出してたかも? と思い直した。
グルドアは右手を伸ばしてシエルの肩の辺りを掴もうとした。
あるいは押そうとしたのか。
目的のよく分からない行動だった。
少なくとも、シエルにはそう見えた。
シエルはほとんど無意識にその手を躱し、同時にグルドアの手首と制服を掴んで投げ飛ばした。
9割以上グルドアの勢いを利用したもので、シエルはあまり力を入れていない。
感覚的には、『何もしてないのにグルドア君が飛んで行きました』という感じ。
「ぐぎゃぁ!」
受け身も取らずに地面に叩きつけられたグルドアが汚い悲鳴を上げた。
本当の素人は受け身すら取れないのだ、とシエルは思い出した。
「あ、ごめん、つい……」
シエルは複雑な表情で謝った。
それからグルドアを助け起こしてあげようと近寄る。
「待て! 降参する! 降参するからもう止めて!」
グルドアが身体を丸めてビクビクと怯えながら言った。
「あ、え? あたしはただ……」
「近寄らないで! 俺の負けだから! 先生! 早く戻して!」
グルドアが叫び、その身体が光の粒子となって消える。
「ええっと……」
シエルは何がなんだかよく分からず首を傾げた。
「さすがは首席! 戦闘もお手の物! しかも倒れたグルドアにトドメを刺そうとする冷酷さ!」ローラの解説が響く。「これで、シエルには接近戦も通用しないと分かりましたね! 次の対戦者がどう戦うのか楽しみですねぇ!」
「ふぁ!?」
助けようと近寄ったはずなのに、なぜかトドメを刺そうとした冷酷女扱いされている。
「てゆーか、あたしは別に何もしてないのに……」
「おおっと! ここでシエル、何もしていない発言!」ローラが面白そうに言う。「煽りに煽りますねぇ! 先生好きですよ、こういう自信満々の煽り!」
(別に煽ってねぇぇぇぇ!)
シエルは心の中でそう叫んだ。
本当にシエルの感覚では何もしていないに等しいのだ。
あの程度の投げは呼吸と変わらない。
アビスにはそう仕込まれた。
「噂では、養父と義姉に護身術を教わったとか。やはりまったく経験のない生徒とは一線を画していますねぇ」
「そっか……あたし自分が強いとは思わないけど、素人でもないんだよね」
それでも、ここまで差があることに少し驚いた。
でもよく考えると、戦闘を習う前のシエルもグルドアと変わらなかった気がする。
(まぁ勝ったからいいか……)
シエルは深く考えるのを止めた。
同時に、シエルの身体が光の粒子になってパッと消える。
その時に視界が暗転し、目を開けると元の世界だった。
シエルがベッドから起き上がると、コーデリアたちが寄ってきた。
「やりますわね。まさかここまで強いなんて……」
「僕も驚いたよ」とヘルト。
「すごいですよシエル! 男の子を魔法も使わずに投げ飛ばすなんて!」
アデリタが瞳をキラキラさせて言った。
「おうおう、これは俺もウカウカしてられねぇなぁ」
なぜかリュートも輪の中に入っていた。
「あ、えっと、みんなありがと?」
シエルは苦笑いしながら言った。
それからも試合は順調に進んだ。
ヘルト、アデリタ、コーデリア、リュートは全員が余裕で勝利を収めた。
(リュートには負けるかな)シエルは思う。(アデリタも思った以上に強いや)
アデリタは接近戦ができないので、大規模な魔法攻撃で相手を抹殺した。
そう、ぶっ殺したのだ。
仮想の身体だから本当には死んでいないけれど。
今日の試合が全部終わった時に「アデリタさんが満点です」とローラが言った。
そうなのだ、先生たちはアデリタぐらい思いっ切り戦えるように仮想世界を作ったのだ。
(うーん、あたしもあのぐらい思い切って攻撃できたらなぁ……)
はぁ、とシエルは溜息を吐くのだった。
◇
シエルが試合に勝ったすぐ後。
「フハハハハ! 見たか! これがドラゴンの娘の強さだ! フハハハハ!」
アビスがとっても気持ち良さそうに高笑い。
「確かに完璧な投げでしたね」
うんうんと頷くイリナ。
「びよーん」
根っこで自分を掴んで投げるラナァ。
ラナァはクルクルと空中で舞いながら再び自分を掴み、イリナの方へと自分を投げる。
そしてイリナがラナァを受け止める。
「ラナァの投げも完璧です!」
イリナがデレデレと言った。
「さぁて、今日のシエルの出番は終わりであろう?」パメラが言う。「聖域に戻るのじゃ」
「はぁい!」
ラナァがパチンと葉っぱを鳴らすと、一瞬にして景色が入れ替わる。
もちろん聖域である。
ついでに、位相のズレていない通常の空間に戻っているので、妖精たちが「おかえりー」と大合唱。
「フハハハハ! 明日も楽しみだ! シエルが最強だ! 人類最強だ! フハハハハ!」
それは言い過ぎですね、とイリナは思ったけど言わなかった。




