11話 シエル、ヘルトに冷たい
放課後の図書室。
「わたくし、戦闘なんて人生でただの一度も経験がありませんのよ?」
小さめの声でコーデリアが言った。
コーデリアは4人がけのテーブルに座っていて、目の前には戦闘に関する本が積まれている。
「私だってありませんよ……」
コーデリアの対面に座っているアデリタが複雑な表情で言った。
「そうですの? 平民はいつも戦っているのかと」
「誰情報です!?」
アデリタがビックリして大きな声を出した。
その声で、他の生徒たちの視線がアデリタに突き刺さる。
「す、すみません……」とアデリタ。
「僕は一応、剣術と護身術をやっているよ」
コーデリアの左隣に座っているヘルトが言った。
「さすが王子さまですね」アデリタが言う。「私はバイトと勉強で忙しくて、身体を鍛える時間はなかったです……」
アデリタ、ヘルト、コーデリアの視線が、まだ発言していないシエルに向けられる。
シエルはアデリタの隣、ヘルトの前に座っている。
「あたしは護身術やったよ……ぐす……イリナお姉ちゃんが悪魔に見えた……」
思い出すと半泣きになるシエル。
イリナは「念のため」とか「万が一を考えて」とシエルに神殿式の護身術を叩き込んだ。
ちなみにイリナは直接戦闘に関しては全然ダメのダメダメなのだが、型だけはちゃんと覚えていたのである。
「しかもパパが……脳みそまで筋肉だから……ぐす……戦いを覚えさせられた……」
こちらも思い出したら涙で視界が滲む。
イリナは型だけだったが、アビスはかなり実戦的だった。
ケガをしてもラナァがパッと治してくれるので、割と酷い目に遭ったシエルである。
「な、泣くほど鍛えられたんですね……」
アデリタが引きつった様子で言った。
「それじゃあ、シエルに戦いを教わろうかしら」とコーデリア。
「ええ!? あたしそんなに強くないよ……」
戦闘センスは全然なかったのだ、残念ながら。
少なくとも、アビスにはそう言われた。
人間の基準でも、ちゃんと鍛えている人には遠く及ばないだろう、とシエルは思っている。
逆に言うと、何の経験もないコーデリアやアデリタになら勝てるだろうな、とシエルは思った。
「というか、止めた方がいいよ」ヘルトが言う。「所詮は付け焼き刃。逆に危ないから」
「でもそれだと」アデリタが言う。「私たちはどうすれば……」
「魔法で攻撃するんだよ」ヘルトが言う。「肉弾戦は諦めて、距離を詰められないように魔法を主体にして戦う」
「なるほど、それが無難ですわよねぇ」
コーデリアが溜息混じりに言った。
「まぁ私、それもどうやればいいのか分かりませんけど……」
アデリタがしょんぼりして言った。
「魔法攻撃を何度か試した方が良さそうですわね」コーデリアが言う。「わたくしたちSクラスが、一回戦敗退など許されませんもの」
ちなみに、Sクラス同士は一回戦では当たらない。
そのように組まれる、とローラが話していた。
「アデリタは光属性だよね?」とシエル。
コクンと頷くアデリタ。
「だったら、光の矢を空からたくさん落とすとか、光の槍を投げるとか、そういうのでいいと思うよ」
「わたくしは?」
「コーデリア様は炎属性だから、火の玉を投げるとか、炎の槍を作るとか、火柱を作るとか、やっぱり遠距離を主体にするのがいいと思う」
「僕は?」
「ヘルト様は剣晶とかいうよく分からない属性なので、なんとも……」
「水晶で剣が作れるよ」
「じゃあその剣で戦えばいいのでは?」
「シエルって僕に冷たくない?」
「き、気のせいだと思います」
シエルは慌てて笑顔を浮かべた。
「光の矢を降らせる……光の矢を降らせる……」
アデリタがブツブツと呟きながら、頭の中でその場面をイメージしていた。
「火の玉を投げる……」
コーデリアは右掌を上にして、そこに火の玉を作った。
「まぁ、正直リュート以外は戦闘なんて得意じゃないだろう」ヘルトが言う。「だからあまり気にしなくていいと思うよ」
確かに、とシエルは思った。
◇
筆記テストと基礎力テストが終わって、シエルはホッと息を吐いた。
筆記テストで分からない部分はなかったし、基礎力テストの方も問題なかった。
なので、現時点でSクラスから落ちるということはない。
「明日からいよいよ戦闘テストですわね……」
コーデリアが震える声で言った。
ここはアヴァロン魔法学園の食堂。
夕飯の時間帯なので、多くの生徒が食堂に詰めかけていた。
「あたしたちシードだけどね」とシエル。
Sクラスの生徒は全員が1回戦免除である。
学年通して首席から28位までがシードとなっていた。
「光の矢を降らせるイメトレはバッチリです」
グッと拳を握り、親指を立てるアデリタ。
僅か数日で一気に自信を付けたようだ。
「さすがは天才少女」ヘルトが小さく肩を竦めた。「シエルのせいで目立たないけど、アデリタは100年に1人の逸材だからねぇ」
「そ、そんな……」
ヘルトに褒められたアデリタは、頬を染めて視線を下に向けた。
席順はいつも通り、アデリタとシエルが隣同士で、その対面にヘルトとコーデリア。
「わたくしやヘルト殿下だって」コーデリアが言う。「例年なら首席レベルですわよ?」
「そうなのだろうけど、正直アデリタとシエルを見ていると、僕は劣等生なんじゃないかと思えるよ」
やれやれ、とヘルトが首を振った。
(ヘルト様が劣等生なら、4位以下はどうするの!?)
シエルは素直にそう思った。
コーデリアもそう思ったらしく、ムスッと頬を膨らませた。
可愛いなぁ、とシエルは思った。
「ふふっ、君たちとは決勝か準決勝でしか当たらないから、ホッとしているよ」
ちなみにヘルトと準決勝で当たるのはアデリタである。
逆側の山ではシエルとコーデリアが準決勝で当たる。
もちろん、全員が順調に勝ち進んだらの話。
◇
「今日の夕飯は!」本体ラナァがシャキーンとポーズを取る。「アーモンドな瞳の彼が教えてくれたっ! カツ丼だよぉ!」
ラナァがパンと葉っぱを打ち鳴らすと、イリナの前に大きなカツ丼が出現。
「おお、なんかええ匂いじゃな!」
パメラが言って、妖精たちもワラワラと寄ってきた。
しかし妖精たちはお花の蜜とかで生きているので、カツ丼は食べない。
「まったく聞いたことのない未知の料理ですが……」ゴクリ、とイリナが唾を飲む。「めちゃめちゃいい匂いで、こう、食欲をかき立てますね!」
「お箸っていう2本の棒で食べるんだって!」
ラナァが言うと、カツ丼の前に箸が出現。
ちゃんと箸置きに置かれている。
それを見て、イリナの表情が「???」となる。
使い方がサッパリこれっぽっちも分からなかったのだ。
「……ラナァ、できればフォークをお願いします」
「はぁい!」
ラナァはフォークを創造してイリナに手渡す。
「ありがとうございます。では、いただきます」
イリナがカツ丼を食す。
食す!
食す!
「めちゃ美味ですぅぅぅぅぅ!!」
イリナの瞳がキラキラと輝いた。
「ところでラナァ」人間形態で地面に寝転がっているアビスが言う。「シエルはどうしてる?」
「んー? 明日から戦闘テストがあるらしいよ」
「なにっ! 戦闘だと!」ガバッと起き上がるアビス。「見に行かなくてはなるまいっ!」
「いいですね」カツ丼を食べながらイリナが言う。「アヴァロンの生徒たちに見つからないように、コッソリ見てみますか」
「でも明日はシードで、シエルは戦わないよ?」とラナァ。
「明後日でも構わん!」アビスが言う。「シエルの晴れ姿を見なくては! ドラゴンの娘の強さを! 人間どもに思い知らせてやらねばなるまいっ!」
いや、シエルそんなに強くないでしょ、とイリナは思ったけど言わなかった。
盛り上がっているところに水を差したくないという気遣いと、そんなことを喋る暇があるならカツ丼を食べたいという欲求によるものである。




