8話 シエル、寝間着で遊ぶ
深夜。
シエル、アデリタ、コーデリアの3人は女子寮の前のベンチに座っていた。
「星が綺麗ですわねぇ」
コーデリアが空を見ながら言った。
シエル的には『聖域の星空の方が綺麗』だと思ったけど言わなかった。
「……ところで」コーデリアが複雑な表情で言う。「シエルはどうして寝間着で来ましたの?」
アデリタとコーデリアは普通にアヴァロンの制服を着用している。
「……寝てたから……」
えへへ、とシエルが苦笑い。
ラナァを目覚まし代わりにしてさっき起きたばかりなのだ。
「……髪だけはちゃんと結んできたんですね」とアデリタ。
「まぁ、うん……」
万が一のため、ラナァだけは連れて行きたかったのだ。
「わたくしも寝ていましたけれど、一時間前には起きて支度を整えましたのよ?」コーデリアが言う。「これはもしかしたら貴族だけなのかもしれませんが、他者と寝間着で会ったりしないものですわ」
「いえコーデリア様」アデリタが言う。「平民も普通は寝間着で外に出ませんよ」
「そ、そうなんだ……」とシエル。
そのあたり、聖域は緩かった。
というか、聖域では誰も服装なんか気にしていない。
一日中、寝間着で過ごしてそのまま夜にまた寝る、なんてことも頻繁にあった。
そもそもイリナが【クリーン】を使って綺麗にしてくれるので、着替える必要があまりなかった。
孤児時代はそもそも寝間着がなかった。
「養父は教えてくれませんでしたの?」
「……パパはあんまりその……人間の生活に疎いというか……」
「義理のお姉さんは?」とアデリタ。
「……お姉ちゃんも実はちょっと変わった人だったみたい……」
「ま、若くして5星になるような人ですものね」
コーデリアが溜息交じりに言った。
「あ、ヘルト様」
アデリタが少し離れた場所を見ながら言った。
釣られてシエルとコーデリアもそっちに視線を向ける。
あまり音を立てずに歩いているヘルトが、シエルたちの視線に気付いて右手を上げた。
シエルたちも揃って右手を上げ、次に揃ってベンチから立ち上がる。
動きが揃いすぎていて、3人はクスッと笑った。
「こんばんはレディたち」
当たり前だが、ヘルトはちゃんと制服を着用していた。
「こ、こんばんは」
アデリタが頬を染めて言った。
「って、シエルはそれ寝間着?」とヘルト。
「あはは……そうです……」
シエルは少しだけ恥ずかしく思ったけど、笑ってごまかした。
「そう。まぁいいけど」ヘルトが肩を竦める。「早速、調査を始めようか」
シエルたちが待ち合わせ場所を女子寮の前にしたのには理由がある。
例の触手の目撃情報に、女子寮前が含まれていたのだ。
「こっちですわ」
コーデリアが目撃情報のあった場所へと案内し、みんなが続く。
ちなみに、さっきのベンチから数メートルしか離れていない。
「今は何もいませんね」アデリタがキョロキョロと言う。「特に触手みたいなモノもありません」
「そうだねー」
シエルもキョロキョロして、それからふと上を見る。
そうすると、自分の部屋があった。
「どうかしましたの?」
「あ、えっと、あたしの部屋が真上だなぁって思って……思いまして」
「無理に丁寧に喋らなくていいですわ。わたくし、それほど器量が狭いわけではありませんの」コーデリアが言う。「まぁ、学園の外では立場上、丁寧に話して貰えると助かりますけれど」
「あ、はい……じゃなくて、うん分かった」
「よろしいですわ」
ニッコリと頷くコーデリア。
「話を触手に戻そう」ヘルトが言う。「シエルは夜中に物音を聞いたことは?」
「ない。あたし寝てるし」
「では次のポイントに行きましょう」とアデリタ。
そしてコーデリアが先頭を歩き始め、みんなが続く。
立場的にはヘルトの方が上で、成績はシエルがトップなのだが、このグループの主導権はコーデリアが握っていた。
4人は校舎の方へと向かって歩く。
「夜の散歩はドキドキするね……」とシエル。
「恐いって意味?」とヘルト。
「え? 恐くはないよ?」
ラナァいるし、とシエルは思った。
(いるよー、超いるよー)とラナァ。
「私もドキドキです。冒険してるみたいで楽しいです」
「わたくしもですわ。実家では絶対にできないことですもの」
「それは僕もそうだね」
なんだかんだ、4人はこの調査を楽しんでいた。
「あ、この辺でも目撃証言があったよ」
シエルが言うと、みんなが立ち止まってキョロキョロ。
しかしそれらしい何かは見つからない。
(ラナァは触手の正体、何だと思う?)
(分かんなーい♪)
(だよね)
(調べてこようか?)
(ダメダメ! それだとあたしたちの楽しみがなくなっちゃう)
ラナァは世界図書館に行けるので、触手の正体なんて秒で分かってしまう。
(楽しみがなくなるっていうのはラナァよく分からないけど!)
(その辺りは人間とお花の感覚の違いだよ)
シエルは心の中で微笑む。
「移動しようか」とヘルト。
女子3人が頷いて、またコーデリアが先頭で歩き始める。
(あたしたちコーデリア様の付き人みたい)
(付き人知ってるぅ! フレーチェだ!)
(誰!?)
(イリナのお世話係だった子。お金が大好きなんだよ)
ラナァが言って、シエルは納得した。
イリナは聖女なので、付き人の1人ぐらいは当然いたはずだ。
さて、4人はアヴァロン魔法学園校舎の中庭へと足を踏み入れた。
夜中の中庭は昼間とはまた趣が違うな、とシエルは思った。
中庭には色とりどりの花が咲いていて、夜風に乗って甘い香りが漂う。
木々の葉っぱがサラサラと音を立てて揺れる。
人工的に作られた池には、月と星が映っていた。
「美しいですわね」
コーデリアがウットリした様子で言った。
「そうですね!」
アデリタが嬉しそうに頷いた。
「夜でも美しい中庭、というのがコンセプトじゃ」
ベンチに座っていた老人が言った。
みんな老人の存在に気付いていなかったので、酷く驚いた。
シエルは「ひぇっ」と小さな悲鳴をあげてしまう。
「ががががが、学園長!?」
コーデリアが震える声で言った。
なんだ学園長か、とシエルはホッとした。
それから学園長をよく見ると、普通に寝間着姿だった。
「こんな時間に外出とは」ホッホッホ、と学園長が笑う。「規則違反じゃのぉ」
「あ、いえ、えっと、これはその……」
コーデリアが慌てて取り繕うが、上手く言葉が出てこない。
「ワシ以外に見つからんようにの」学園長が言う。「1年のトップ4諸君」
「わぁ……私たちが誰かバレてるんですね」とアデリタ。
「というか」ヘルトが言う。「見逃してくれるって意味でしょ、今の」
学園長は微笑みながら頷いた。
コーデリアがホッと大きく安堵の息を吐いた。
「諸君は中庭を見に来たのかね?」
「あ、いえ、わたくしたちはその……噂を調査していまして」
「ほう」学園長が言う。「確か、『夜中に蠢く可愛い触手』じゃったかの?」
「だいたいそんな感じですわ……」
「学園長は正体を知ってそうな感じがしますね」とヘルト。
「うむ。知っておるぞ」
あっさりと肯定されたので、女子3人が驚く。
「というかお主、ヘルトだったか?」
「はい。ヘルト・ホーイフェルトです」
「お主、女子3人に囲まれてええのぉ。爆発しろ」
「「!?」」
学園長の言葉に、今度は全員が驚いて目を剥いた。
「学園長は確か未婚ですわ」
コーデリアがヒソヒソと言った。
「でも私たち、別にヘルト様とそういう関係じゃないですよね?」
アデリタもヒソヒソと言った。
「聞こえておるぞ」と学園長。
コーデリアとアデリタがビクッとなった。
「ワシは魔導を追求するために独り身でおるだけじゃよ」学園長が笑う。「それはそうと、触手について少しだけ教えてやろうかのぉ」
「是非!」とコーデリア。




