6話 ラナァ、ジジイと語る
深夜。
ここはアヴァロン魔法学園内にある学生寮、シエルに割り当てられた首席の部屋。
自宅と同じぐらいの広さに、豪華な家具の数々。
シエルは最初、壊したらどうしようとビクビクしながら部屋を使っていた。
けれど入学して10日ほど経った現在はもう普通に生活し、今はベッドで寝ていた。
ラナァはシエルの頭から離れ、今は椅子に座ってボーッとしている。
大きさも普段のラナァのサイズに戻っている。
「あ、そろそろ行こーっと」
ラナァはサッと立ち上がり、窓へと向かう。
ソッと窓を開けて、そこから飛び降りる。
シエルの部屋は3階なのだが、その程度の高さはラナァにとっては階段の段差程度。
スチャッっと地面に着地し、パッとポーズを取った。
外は月明かりと星明かりで、それなりに明るい。
まぁ、真っ暗闇でもラナァにはあまり関係ないのだが。
スタスタスタ、とラナァは根っこを器用に動かして移動する。
別に空を飛んでもいいし、【転移】してもいいのだが、ラナァは深夜の散歩を楽しんでいた。
ラナァは花壇の花に挨拶して、コロコロ鳴いている虫に挨拶して、ルンルンと踊るように進む。
目的地はアヴァロン魔法学園の中庭である。
楽しい散歩を満喫しながら中庭に到着したラナァは、いつものベンチを目指した。
「お、来たかラナァ」
そのベンチにはお爺さんが座っていた。
白いヒゲを蓄えた爺さんで、ゆったりとした寝間着を着用している。
「やっほージジイ」
ラナァが右手……のような葉っぱを上げる。
それから爺さんの隣にちょこんと座った。
この爺さんとは最初の散歩で出会ったのだ。
「うむ。前から言おうと思っておったのじゃが」爺さんが言う。「ワシは確かにジジイじゃが、そう直接的に呼ばれるのは、ちょっと嫌じゃのぉ」
「そうなの?」
ラナァが聞くと、爺さんが頷く。
「じゃあツルピカにする?」
ラナァは爺さんの頭を見ながら言った。
「もっと嫌じゃが!?」
「人間は嫌なことが多いね」とラナァ。
「ふむ。お花は嫌なことが少なくてええのぉ」と爺さん。
「少ないんじゃなくて、1つもないよ」
「……そうか。まぁそうか。お花じゃものな……」
「それでラナァはあなたをどう呼べばいいの? どう呼ばれたら嬉しいの?」
「うーむ……」爺さんが右手で自分のヒゲを撫でる。「わしの本名はガエタン・バイというのじゃが、お花のラナァはどのような愛称を付けてくれるかの?」
「ガエたん」
「まんまじゃ!」
「違うよー」ラナァがチッチッチと葉っぱを人差し指に見立てて振る。「ガエたんの『たん』の方は『ちゃん』が訛った『たん』であってガエタンの『タン』じゃないよ」
「うーん! 分かりにくいのぉ!」
「じゃあガタガタ」
「うーん! わしの身体がもうガタガタみたいで嫌じゃのぉ!」
「なんかめんどくなった」
「めんどくなっちゃった!? ラナァもっと頑張っておくれ! わしの愛称のために頑張って!」
ガエタンが必死に言って、ラナァはうーんと唸った。
「……ガッちゃんは?」
「うむ。うむうむ」ガエタンが頷く。「それじゃそれ。わしの求めていた親しみやすい愛称じゃ!」
「じゃあ今日からあなたはガッちゃんね」
「うむ。素晴らしいぞラナァ! わし超嬉しい!」
「ガッちゃんが嬉しくてラナァも嬉しい!」
ラナァが葉っぱをパチパチと叩く。
「ところでガッちゃんはいつも1人で何してるの?」ラナァが無邪気に言う。「友達いないの?」
ごふっ、とガエタンが咳き込んだ。
「ととと、友達など……わわわ、わしには不要なのじゃ……わしは魔導を追求する者……とと、友達など……別に……ラナァがいれば……」
チラチラとラナァを見るガエタン。
「魔導は魔法のオシャンティな言い方だね」
「うん? まぁ、うん、そう……かの?」
(友達の件、スルーされたんじゃが?)とガエタンが思ったことにラナァは気付いた。
「ラナァたち友達?」とラナァ。
「う、うむ……、まぁラナァがどうしてもと言うならば……」
「言わないよ?」
「………………」
沈黙。
コホン、とガエタンが咳払い。
「シエルの様子はどうじゃ?」
そして話題を変えた。
ラナァは自分がシエルに付いてきたことをすでに話している。
「んー? 気持ちよさそうに寝てたよ」
「そうではなくて、学園には慣れたかの?」
「慣れたんじゃない?」
「そうか。シエルは100年に1人の逸材。当時のワシと同等以上の存在じゃ」
「ほへー」
「めっちゃどうでも良さそうじゃのぉ!」ガエタンが言う。「わしこれでも学園長なのじゃが!? 人類最強の7星魔法使いなのじゃが!? シエルはそんなわしの学園時代と同等と言っておるのじゃが!? すごいことなのじゃが!?」
「お花にそんなこと言われても」
「そうじゃったぁぁぁあ! ラナァはお花じゃったぁぁぁぁ!」
「人間たちはすーぐ比べたがるけど、それが不幸の始まりだってあーちゃんも言ってたよ」
「確かにそうかもしれんが! ここはアヴァロン魔法学園! 魔法の実力だけが唯一の正義! 比較なしにはいられない場所なのじゃ!」
「人間って大変だね」
「まぁ、その大変さが人類を発展させたのじゃ。魔法もまたしかり」
「発展してどうしたいの?」
ラナァがキョトンと首……茎を傾げた。
「最終目標は世界の真理に到達すること」ガエタンが空を見ながら言う。「つまり、極星になって世界図書館に行くことじゃ」
「世界図書館に行きたいの?」
「うむ。ラナァはそれが何か知っておるかな?」
「うん。よく利用してる」
「利用してるの!?」
ガエタンは目玉が飛び出しそうな勢いで目を剥いた。
「って、世界図書館は普通の図書館とは違うのじゃよ」ガエタンが冷静になって言う。「まぁ、お花のラナァが図書館を使うというのも驚きじゃが」
「行く? 世界図書館」
「ほっほっほ、いけるのなら、もちろん行きたいのぉ」
「じゃあ、はい」
ラナァがパンと葉っぱを打ち鳴らすと、即座に世界が入れ替わる。
◇
「なっ……」
ガエタンが立ち上がり、周囲を見回す。
無限に広がる本棚と、そこにぎっしり詰め込まれた本。
そこが普通の世界ではないと、感覚的に理解できる。
「世界図書館だよ」とラナァ。
「ま、まさか……本当に……」
ガエタンはガタガタと震えた。
ここはガエタンが一生を捧げても辿り着けないと思っていた場所。
それでも行きたいと渇望した場所。
「ラナァ! 人間連れて来ちゃったの!?」
突如、空から天使が舞い降りる。
空と言っても、雲の代わりに本棚が無数に浮いているけれど。
この場所は床以外の全ての方向に果てがない。
「やっほーあーちゃん」
ラナァが右の葉っぱを上げると、天使あーちゃんがハイタッチ。
「やっほー! って、人間連れて来ちゃダメでしょ!?」
「ダメだったの?」
ラナァが首を傾げる。
「あーん、可愛い! 許す! てゆーか、ダメって言ってなかったかも!」
「あの、天使様」ガエタンがおっかなビックリ言う。「この場所は……」
「世界図書館よ。さっきラナァが言ったでしょ」
ツーンと冷たい声であーちゃん。
「やはり……ああ、実在したんじゃな……」
ガエタンは感極まって泣き出した。
「ちょ、なんで泣いてんのよ?」
あーちゃんが一歩後退してオロオロ。
「う、嬉しいのです天使様……。わしはここに来ることを夢にまで見ておりまして……」
「そ、そう……。まぁ、来ちゃったものは仕方ないから、特別に一冊だけ、何でも読んでいいわ」
「いいえ、いいえ天使様……わしはいつか自分の力でここに辿り着きます」ガエタンが潤んだ瞳であーちゃんを見る。「その時に読ませて頂きます。今は、ただこの場所が実在したことが嬉しくて……」
「そ、そう……。まぁ好きにしなさい」
その後、ガエタンが落ち着くまで、あーちゃんとラナァは追いかけっこをして遊んでいた。
あーちゃんが逃げて、ラナァが無数の根っこを伸ばして追いかけるという割とホラーな遊びだった。
(そういえば、最近生徒たちの間で『夜中に蠢く触手』という怪談話が……いやまさかのぉ)
そしてガエタンが落ち着いたと同時に、「じゃあ帰るね」とアッサリ元の世界に戻るラナァ。
「「ああ、もっと惜しんで!」」
あーちゃんとガエタンの言葉が重なった。




