しろい修行
本名を言う場面など、このお仕事ではないのだと思っていた。
シラクラは、仮名だけどシラシラはまぁ近い。
アオイさんとハナちゃんは、このお仕事の連中のなかでは信用できる。
額の傷は治ってきた。
腕はまだ少し痛むけれど、支障はない。
次のお仕事の予定を確認すると二日後だ。
また厄介そうで憂鬱だけど、資金のためにもあの二人のためにも、まだ頑張れるはずだ。
今日は予定がある。
だから、修行には明日行くことになるけれど、あの師匠は美人ながら難解でひどく愉快なひとらしい。
この一日を有意義にするために、この一日のためだけの訓練メニューまで送られてきた。
遠隔コーチングだという。
美人に監視されるのは悪い気分ではないけれど、なんだかこちらの性格を先読みされていて、あの師匠はどこでそんな技術を身につけたのだろうか。
友人に会いにいくことにする。
たしか四年くらいは経っている気がする。
会うことになったのはビジネスの話しというけれど、たぶんそれは前置きだろう。
近況を話したいために、呼び出したのだと思う。
駅の改札を通り過ぎるときも電車に乗っても、どちらかというと友人の顔よりあの二人のことを考えている。
同じサブリーダーとして長いアオイさんと、後輩ではあるけれど、サポーターとして優秀なハナちゃんは、もはや、いまのグループの中心にいる。
アオイさんには話していなかったけれど、いまのグループのようにまともに機能するメンバーはなかなか集まらなく、ここにくるまでにも五回はグループは解散になった。
お仕事はもらえる支払いは、それなりに高い分、女性トラブルと喧嘩が多く、なかでもグループ内での連携不足で頼まれたことが上手くいかないことが解散になる要因だろう。
以前のグループでは、依頼者の女性とグループの女性が同じ男性に言い寄られたと苦情もきた。
そのときはマッチングアプリの内容を調査する依頼だった気がする。
会う相手の素行調査でこちらの男性と女性で同じマッチングアプリに登録し、会う相手を探して、上手く会うことになった。
もちろん調査をするだけであったのに、そのメンバーの男が依頼者の女性と恋仲になってしまった。
その男は、手早くレンタルのお仕事を放せばよかった。
そんな疑似恋愛は、長く続かないはずだ。
前を思い出していたら駅に着いた。
あの二人なら、きっとあの男と会ったとしてもそれほど騒ぎにはならなかったのかもしれない。
そう思うと、まだ未熟だ。
「元気そうだな」
「それで、いい儲け話しさ」
「ただの趣味だろ」
スタバPR店に入って話した。
一時間ほど趣味の話しで、やはり儲け話しなどは、はじめの三分で終わっていた。
結婚相手を探しているとか言っていたけれど、いまの彼女と迷っているというのが本音らしい。
背中を押したほうがいいのか悩むもやめにした。
友人といっても大切な決断なら、自身でゆっくり決めてほしい。
早めに友人との近況も終わったし、依頼者の女性に会いにいくことにした。
定期的に連絡はしている。
はじめの一週間は外出もできなかったと言っていた。
そのあと仕事は復帰したみたいだけれど、元彼氏があんなにひどいやつだとは、気づかなかったというのだ。
「気分はいかがですか」
「ここ数日は、夜にも少しでかけています」
「そうですか」
「休みの日に、また来てほしいのですが、いいですか」
「平気ですよ」
次のお仕事も決まってしまった。
三日後だ。
早めに帰ろうかと出ようとすると、腕を捕まれた。
「あの……あのとき、なんで入らなかったんですか」
「あのとき?」
「ホテルの前で、わたしと入るつもりだったんでしょ」
「いえ、そんな」
「それじゃ……」
そうか、あの件だと思い出した。
レンタルの同僚のカナさんが、妙にハナちゃんのことを聞いてきた。
それで、なぜそんなに急に気にするのか、たずねていたら依頼者と仲良くなり過ぎると注意された。
「すいません。誤解されたんですね。あのときは、別の前の同僚をみかけたんです。それだけです」
「でも、元カレが言ってました。男がホテルの道歩くのは、もうこの女は抱けるかって確かめるためだって。それでそういう感じを出さないと、気分悪いしって」
「そんなことを……ね。だいぶ勘違いです。すいません。離してください」
玄関を出て駅に向かうも、やはり迂闊ではあった。
あのホテルで別の案件をみかけた。
会ったことのある男で、同僚だ。
以前の同僚だった。
それでうっかり立ち止まってホテルを見ていた。
たぶんホテルでの密会の仕事なのだろう。
こちらのレンタルとは、だいぶ違うやりかたの事務所だと聞いた。
おそらくだけど、異性でそういう仲をつくりそれで情報を売り買いするのだろう。
直接はなにも関係ないけれど、アオイさんやハナちゃんにそういう仕事は、させたくない。
そのときのことをちゃんと説明すれば、よかった。
けれど、あの女性はそこまで軽い女性じゃないはずだ。
返ってそれが、本気になっていそうでこちらとしては少し憂鬱になる。
次の準備でも、しておこうと倉庫にいくことにした。
倉庫にはハナちゃんがいた。
「シラクラです。ハナちゃんお仕事?」
「あぁシラシラか。この前アオイさんに借りた衣装キレイにして、返しにきた」
「ドレス。パーティーしてきたの?」
話し始めたのは、アオイさんの話しだ。
ドレスも着たおしゃれなパーティーだったのに、アオイさんは完全お仕事で、誘われていても断っていた。
それはたしかにちゃんとしたお仕事だけど、渡されたのは有名な社長のご子息で、付き合うなり連絡とるなりはすればいいのに、ということらしい。
「アオイさんってお金持ちに興味ないみたい」
「そんな気はする」
「好みってわかりますか?」
「なぜこっちに聞く。教えてもくれないな」
「案外シラシラとかなのかも」
あまり本気に取らないでおこう。
ある程度話してから、ハナちゃんとは分かれて、師匠の場所にいく。
こまめに連絡が来すぎだ。
「師匠今回の訓練は、なにですか」
ロッカーで着替えてからいくと、一対一だ。
ほかに生徒は、来ていない。
「えらいですね。レベル一つ上げましょうね」
ハードコースをこれ以上あげないでほしい。
「それで、師匠はお付き合いしてるかたとか、いないんですね」
「わたしに勝てると思ってるとは、なかなか自信ありますね」
言葉で揺さぶりをかけても無駄みたいだ。
とても勝てない。
「ナイフ訓練ですか」
「ニセモノですが、痛いですよ」
一時間はかけて、向かいあった相手が武器を持っている事態の訓練をした。
はっきりと言ってきつ過ぎる。
「それで同僚なんですが、隙がないし、好みもわからない。どう思いますか?」
「強くなりましょう」
「物理的過ぎます」
そうですね、と笑っている。
悪魔だ。
こちらは倒されて天井をみている。
たぶんいまの訓練で五回は刺されている。
実ナイフなら、五回死んだことになる。
「それじゃこうしませんか」
師匠からのアドバイスだ。
美人ではあるけれど、あまりにも強い。
恋愛の参考にならない気がする。
それとも、こういう強気な女性が好きだという男性を待っているのだろうか。
一生現れないくらいには最強なんだが、黙っておこう。
「ここの天井を覚えておこう」
ここのは修行だ。
けれど、いつまたあのビジネス依頼のように、相手につかみかかられたり、アオイさんやハナちゃんに男がなにか仕掛けたりする事態があるかもしれない、と用心すべきだろう。
それには、この師匠にとことん負けたという記録を覚えて置いて、それで危険を避けていかないといけない。
「少しいいですか?」
珍しく師匠が、優しく声をかけてくる。
油断してはいけないが、隣に座るのだから、もう訓練は終わったのだろう。
「なんですか」
「シラクラは本当の名前じゃないみたい。それもお仕事なんですか」
「あぁわかりますか」
「なんとなく」
野生動物かなにかだろうか。
この師匠。
「今度紹介でも」
「いいえ。それよりお聞きしたくて」
訓練の追加というのでは、なさそうだ。
「力になれることなら」
二人とお買いものにいきたいらしい。
それくらいなら協力しよう。
もしかしたら、そのうちあの二人には本名の話しもする気になるだろうか。




