あおい修行
レンタルのお仕事をこなしつつ、週に二回、三人であの師匠のお稽古に通うことになった。
三人とはいっても、ハナちゃんもシラクラも休みは合わせられないため、個別に組んでもらいつつ、もし重なったら一緒にくらいだ。
それでも、お仕事の関係者としてずっと接していたときより、なんだか少しだけお互い話しが弾むようになった。
お仕事でよくグループになる女性が声をかけてくれる。
「最近忙しいの? シラクラさんもなんだか走り回ってるし」
「訓練とコーチングです」
「コーチング? そんなのここにあったっけ」
「新しく参加してるんです。でも、けっこうハードです」
「へぇ、鍛えてしたいこととかできた?」
「少しでも、グループの役に立つならって思って」
「えらいなぁ。わたしは危ないのはあまりしたくないわ」
「まぁそうですよね」
カナカミさんは、たしかお子さまもいる人だ。
離婚してからこのお仕事をみつけて、兼業でほかのもしていると聞いた。
あまり呼ばれたくないときには、時間限定で昼間のだけしていたりするらしい。
「前から気になるんだけど、いい?」
「なんですか」
「依頼料金はまちまちでも、けっこういい値段するでしょ。だけど、登録してからも途絶えないじゃない。ほかの人とも話してて、本当はここの事務所は別の本店があって、そっちで稼いでて有名な芸能事務所とかなのかな」
「そんなことないと思いますよ」
「そうかなぁ。なんで流行ってるのかな」
「さぁわたしには……」
「そうよね」
そういえば、カナカミさんは話しだすとしばらく続く人だ。
たぶんほかにも聞きたいことはあるのだろう。
けれど、ここの倉庫にきたのも次の依頼に必要な道具だけ取りにきただけなため、早めにでたい。
「わたしちょっと」
「シラクラさんに聞いてもわからないって。でも、シラクラさん依頼人の女性と付き合っているって、すごい噂よ。週に一度は会いにいって、ホテルでもみかけたっていうの。ここのお仕事って、依頼人と付き合うときは辞めるのよね」
「それが本当かは別にしますが、基本的にシラクラさんは辞めないかとは思いますよ。依頼人のかたの個人のお話しもありますが、お仕事上だけなんじゃないですか」
「そうかな。アオイさんはそれでいいの?」
「わたしですか? なぜ」
「シラクラさんと付き合っているんでしょ。暗黙のルールでも、お仕事同僚は格好よくみえるし上手くいくといいと思っているの」
「とりあえず、ちょっと急ぎなんです。また聞かせてくださいね」
荷物だけ抱えてでることにした。
カナカミさんはまだ不満そうだったけれど、このまま話すわけにもいかない。
今回必要なのは貸し衣装と、ハナちゃんに渡すもの、それに少しアクセサリーだ。
出てから周りに人はいないとわかっても、少し離れてから脱力感がある。
「なんであんなことになってるの」
シラクラとは、前よりは仲良くはなっている気はする。
最近になって一緒に行動したのは、あの女性をハナちゃんと一緒に追いかけた日と、あとは師匠の場所だ。
ハナちゃんが話しを拡げるとは思えないし、そうなるとシラクラの男性同士の会話かもしれない。
それにあの女性の護衛をする延長の依頼のとき、いくつかシラクラと話しあった。
元彼氏が部屋に来たり待ち伏せたりするかもしれないからと、定期的に連絡や状況確認はするけれど、少なくとも一か月は女性とそれ以上親しくならないようにしようと言っていた。
男性がそんなに交互に現れたら、女性の周囲にも、悪い噂になるかもしれないからというものだ。
「シラシラ、ホテルとかいくかなぁ」
歩きつつ考えてしまう。
いくらシラクラが男だからといって、元彼氏に酷い目にあったばかりの女性をすぐにホテルに誘ったり、身体の関係になってしまうとは考えられない。
それともわたしがシラクラの男を知らないだけで、実はあいつはそういう身体の欲望に甘い人間なのだろうか。
ハナちゃんと待ち合わせの場所にきたため、スマホの打ち合わせの通りに貸し衣装を渡す。
「倉庫おつかれさまです」
「はい、お待たせ。これでサイズよかったかな」
ハナちゃんは、今日は軽めな格好だ。
この待ち合わせでは、わたしのほうが早めに着きそうだったため、倉庫にいってハナちゃんの道具も一緒に持っていくことにした。
着替える場所は、これから探して回る。
「うわぁありがとうございます! 可愛らしいの」
「たぶん洗ってある、たぶんね」
「あ、そういえば聞きましたか」
「シラクラさんが付き合ってるとかそういうの?」
「付き合ってる!? だれと? アオイさんってそうなんですか」
「あ、知らなかったか」
勢いでしゃべり過ぎたらしい。
「あの女性とですか。噂回りますよね、やっぱり……シラクラさんもミョーに優しさ発揮でみていてハラハラしっぱなし」
「ハナちゃんは気になる?」
「シラクラさんのことですか。シラクラさん頼りになるけど、どうにも女性関係は危なっかしい」
話しつつ、近くのショッピングビルに入っていく。
ここのお化粧室を借りよう。
ときどき別の場所にいくときもあるけれど、今回のはお化粧室でもなんとかなりそうな衣装だ。
ハナちゃんにも手伝ってもらおう。
着替えを手伝ってもらいつつ、ハナちゃんと交代する。
今度はハナちゃんの番だ。
ほかに人はいないため、あまり遠慮はいらなかった。
「シラシラってわたしも呼ぼうかな」
「急に?」
「急なのはアオイさんですよ。なんですか。急にシラシラって呼びはじめて。わたしシラクラさんとなにかいい感じなんじゃないかって邪推して、慌てましたよ」
「そ、そっか」
「ちゃんと護身のは習いたいけど、もしかしたら、邪魔ですか」
「そんなことないよ。ていうか、シラクラさんとはいまはなにもないし」
「このお仕事そういうのけっこう綱渡り」
「恋愛?」
「そうそう」
「かもね」
たしかにハナちゃんの言う通りだ。
女性と男性でペアで動くことも多いし、依頼人だけじゃなくて、ときどきカップルの真似をしたり、待ち合わせを二人きりで過ごすこともよくある。
「あ、ファスナー平気ですか?」
「わたしのはいいけど、ハナちゃんのはなんていうか少し露出補正いりそう」
「そうですか。これくらいなら、わたしなんとか」
「ジャケット買おう」
「そうですね」
ショッピングビルのなかなのだ。
荷物を預けて、買いものしてから動いてもよさそうだ。
まだ昼間だけど、それでもハナちゃんの衣装は思ったよりはセクシーなものだった。
サイズだけで選んでしまったかもしれない。
ビルのなかからファッションフロアにいくと、ハナちゃんのいまの服装に合いそうな上着を探す。
「ハナちゃんは普段はどういうの」
「いろいろ着ますが、可愛らしいのと格好いいのとを交互に着るとかします」
「こっちのは」
「その隣のもあり」
ハナちゃんが手に取るのは、いまのドレスっぽい服装に、やや生地薄めで袖丈が短いものだ。
「けっこう合わせるといい感じね」
鏡の前にいき、袖を触ったり回ってみる。
「ふふっアオイさんもいきましょう」
「ちょっと待って。これ経費だから」
「それじゃわたしのは経費で、アオイさんのはわたしが差し上げますね」
「そんな」
「ほらこの辺で」
離れた位置にあった淡いグレーで格好いい感じのものを持ってきて合わせる。
「ハナちゃんって、もしかして人にあげるの好き?」
「アオイさんってあげたくなる気がする。女子校でしたか? なんか女子にモテてそう」
「男子もいたけど、そんなにモテてないよ」
「その言い方はモテてるやつの要素ですね」
「言い方関係あるの?」
そう言いつつまた別のを手に持ち、試着室前の鏡で何着も合わせる。
このままいくと何時間でもハナちゃんが持ってきそうなため、一応色が好みな無難なものでこれね、と妥協することにした。
「あ、いまわたしのこと何時間でもしてそうなやつって思ってますね」
「そんなことないから」
「よし、それじゃ次の休みも合わせることにします」
「やめてほしい」
お会計に持っていき、ハナちゃんの持ってきたのは別会計にする。
お仕事のために買いものしたけれど、そういえば、女子とのフツーの買いものは久しぶりな気がした。
これフツーなのかという疑問は置いておこう。
「それで、何時でしたか」
「集まるのは夕方少し前。でも、早めに来てよかった」
「そうですよね。女子二人での買いもの久しぶり」
「そうね」
ハナちゃんも同じ気分だったらしい。
会場は、ここから少しだけ移動するけれど、着替えてこのままの格好でもよさそうだ。
軽食のある喫茶店に入ると、これからの打ち合わせをする。
ビジネス懇親会だけれど、いくつかしなきゃいけないことがある。
「まずは服装ですね」
「平気そうね」
「二人以上で参加」
「アプリの登録もできた」
「あとはなんでしたか」
依頼内容にもあった項目をたしかめる。
ビジネスサロンのようで、そこのフロアのなかで依頼人と合流する。
向こうはわたしたちの顔も知らない。
そこでいくつかを受け渡しする。
一度休憩しにいき、中身を確認する。
ハナちゃんとそれを持ってまた依頼人に会いにいく。
「中身次第ね」
「アオイさんはヤバいときは、逃げてくださいね」
「報酬が良すぎるのが怪しいけど、ほかの人に任せるよりはいいよね」
中身を受け渡して、あとはあまり話しかけずに閉店までいるらしい。
ビジネス懇親会の会場に着いた。
受付は簡素なもので、会場もそんなに広くはない。
「二名さまですね」
「アプリこれですか」
「はい。それではどうぞ」
事前に登録してあったため、最後にお会計をするだけになる。
ハナちゃんと会場のドリンクを飲んだりしていると、開始三十分でハナちゃんに声がかかった。
目印に腕に金のアクセサリーを二人でつけていた。
紙袋に入ったそれを受け取る。
さっそくハナちゃんとお手洗いがどこかたずねて、そこに持ち込む。
「これ?」
「花束ね」
メッセージカードはあるものの、袋のなかに盗聴機が仕掛けられたりカメラがあったりするわけじゃない。
ほかに花の中をたしかめても、現金があるわけでもない。
会場に持っていくと、今度は別の人に声をかける。
その人も腕にアクセサリーをつけている。
「スマホみせてください」
「いいですわよ。警備かしら?」
「いいえ。お届けものなんですが、お名前間違いないですか」
スマホのアプリに登録し表示された番号は、依頼人に言われているものと同じだ。
さきほどのハナちゃんと接触した人物とは別の人だ。
「わたくしの名前ですが、どなたからのでしょうか?」
「差出人名は、不明なんです。あなたにお渡しするように言われています」
「中身確認してもよろしくて?」
「お願いします」
やや警戒しているみたいだ。
それはそうだろう。
「お花きれい。でも、どなたかしら……」
「代金は、もう受け取り済みです。もし、気に入らないときには、そちらのメッセージカードの通りになさるのでいいと言われています」
「わかりましたわ」
もう一度ハナちゃんと受け取った三人で中身を確認してから、わたしたちは離れた。
さきほど渡された依頼人のひとりは、もういない。
「いまの人は、知らなかったみたいですね」
「あのかたに、渡すのが目的なのかも」
そのあと、しばらく会場を見渡したりドリンクを飲んで会場音楽を楽しむも接触してくる人も、なにか大きな出来事があったわけでもない。
「いきますか」
「そうね」
閉店には早いけれど、ハナちゃんに二回ほど男性が声をかけてきて、わたしは一回だけでそのあとはなにもなかったため、でることにした。
スマホをみると、師匠から連絡がきている。
会場のお化粧室にいき、そのあと出口で並ぶと、ハナちゃんがあきれている。
「あのメッセージになにがあるんですかね」
「さぁ。でも、なにかあの女性楽しそうだったわよ」
「知りあい?」
「それか、前にもあったのかも」
会場はそんなに広くなかったものの、集まっている人や感じはとても上品で、なにかヤバい取引の場所という気もしなかった。
騒ぎもなく、ただそれぞれがビジネスやいまの景気の話し、恋人探しをしている感じだ。
「少し緊張しました」
「その服装似合ってるわ」
「今度から、こういう路線もいいかも」
そこまで飾りはないけれど、ここの場所にも似合うドレスで、外ではややセクシーにみえたのも、会場のなかでもそれほどには目立つことはなかった。
「ハナちゃんは連絡きた?」
「きたきた」
外にでてから確認すると、まだ時間には間に合いそうだ。
「着替え……」
「あとで考えましょう」
遠隔コーチングのひとつで、ハナちゃんにも連絡がきていたみたいだ。
電車に乗ってから、いまの二人では稽古には派手過ぎたのかもと思うけれど、どこか開いてるビルで着替えよう。
アプリで簡単な質問に応えていく。
食事や行動パターン。
トレーニングのメニュー。
いくつかのマナー。
すぐに駅につく。
「ファッションフロアですね」
行きにいたビルとは違うけれど、簡単に食事もできそうだ。
お化粧室を借りて着替えてから、鏡をみると少しだけ残念そうだ。
「シラシラにでも、今度みせる?」
「ていうか、連絡交換しちゃった」
「ハナちゃんこそ、モテてるわ」
「でも、ああいう人たちと、気があうかなぁ」
名刺も渡されたらしいけれど、ちらちらみせてくるため、一応確認する。
どこかの社長ご子息だかよくわからない。
「破っちゃえば?」
「いいえ。持っておきます」
簡単に食べられるバーガーショップを選び荷物を足元に置く。
食べつつ師匠から次のタスクが、きている。
「これも修行ね」
ハナちゃんがくすくす笑っている。
無理もない。
食べて少ししたら、師匠の場所にいかなくてはいけない。
「師匠よほど暇なんですね」
ハナちゃんが言うのも無理ない。
それぞれ個人に向けて、一日のタスクを報せてくれる。
できているかどうかの確認は、していないみたいだけど、これだけ遠隔コーチングされれば、やる気にはなる。
「次はハナちゃんは?」
「いくかどうか」
「これからはいかないの?」
「アオイさんタフですね」
「修行って、そういうもんでしょ」
「アオイさんの項目に、修行好きって付け足しておきます」
「なんの項目があるのよ」
バーガーを食べて時間をみると、まだ終電には遠い。
これなら師匠のところにいき、ついでにどこかで一休みはできるかもしれない。
「ねぇアオイさんひとつ相談が」
「嫌な予感しかしない」
「強い女性ってモテないんですかね」
「シラシラなら、好きそうだけど?」
「なんで、そこでシラシラなんですか」
「ハナちゃんってけっこうシラシラ好きかなぁって」
「シラシラたぶん真面目過ぎるんですよ」
「続きは、師匠のところにいきながらでいい?」
「これも恋の修行ですね」
ハナちゃん、これおもしろがってないか。
もしかして、ハナちゃんはシラシラとというより、わたしの恋路を楽しそうに眺めているとかありそう。
そういえば、あの女性どこか声に特長があった。




