事情の裏側
「まさか妖怪の王が、自らの卑猥な欲望を満たす為に人間を連れ去っていたとは…。呆れてものも言えません。緊張して損しました」
「そーだそーだ!もっと王らしい威厳はないのか!」
「威厳だとぉ?ガハハ、語るに及ばず!俺様の天をも貫くこの身体こそが、妖怪の王たる証よ!!」
耳を塞ぎたくなるほどの大声で笑うダイダラボッチに、あたしは二度目の刃を突き刺す。
「うりゃー」
「うごおおおぉぉぉっ!?」
「話にならーん!!いいからとっとと連れて来た人達を解放しろーい!!」
「いだだ…。連れて来た人達を解放しろだと?随分と勝手な要求をしてくれるものだ。それならば、俺様からも言わせてもらいたいが」
さっきまでとはまるで違う冷酷な瞳を持って、ダイダラボッチはあたし達を睨めつける。自らの領域を侵されたことに対する怒りだろうか。素人でも分かるぐらいの敵意を剥き出しにしていた。
「お前達の目的は何だ?」」
「人間の解放と魔障雨の祈祷中止の2点です。尤も…後者は憶測の域でしかありませんが」
「ほう…。ガハハ、中々鋭いな。俺様がこの者達を使って雨を発生させているのは確かだ。この妖怪の国に伝わる、雨を呼ぶ魔法の祈りを利用してな」
「魔法の祈り?クーちゃん知ってる?」
「魔法にも複数種類があるのは知ってるけど、雨を呼ぶことが出来る魔法なんて初めて聞いたよ」
「人為的に天候を操作するともなれば、それだけの人間が必要なのだ。…魔法の素質を秘めた、若くて美しい容姿の女性がな」
「後半部分あんたの趣味入ってるでしょ、それ」
「否定はせん!」
それがどうしたと言わんばかりにふんぞり返るダイダラボッチに、エルは完全に愛想を尽かしたのか、付近の小岩にもたれかかって読書を始めてしまった。多分話は聞いているであろうと信じて、あえてツッコミはしない。
「で、そんなことをする理由は?」
「決まっているだろう。雨を降らせ、大地に恵みを与えているのだ。それ以上も以下もない」
「毒の雨を降らせることが恵みだって言うの?」
「何か勘違いをしているな。逆だ。ここへ来る人間は、こぞって魔障雨と呼び恐れているが、あの雨は毒を浄化する作用のある雨なのだ」
「えぇ!?そんな嘘を…!」
「事実だ。思い込みとは恐ろしいものよな。知らず知らずの内に、それが真実であると錯覚してしまう。噂と言う名の伝染病に乗せられてな」
嘘も貫き通せば真実になりうる。ダイダラボッチの話が本当であるなら、全然話が違ってくることになる。
「古来よりシャンタは、雨の降らぬ土地でな。作物は碌に育たず大地は荒れ果て、それこそネパルマ国の砂漠と変わりない荒野だったのだ。それ故に、餓死する人間も多くてな。…実に見るに堪えない光景だった」
ダイダラボッチは神妙な面持ちで、当時の様子を振り返っていた。遠く離れていて確認しずらかったけれど、その瞳に偽りはなかった。
「そんな餓えに苦しむ人間達を見るに見かねて、俺様達妖怪が動いた。それが———」
「雨を呼ぶ魔法…と言う訳ですか」
あたしが言おうとしたことを先に口に出したエルは、本をパタリと閉じてポーチにしまい、あたし達の所に戻って来た。ちゃんと話を聞いていたようで安心した。
「そうだ。しかし先程も口にしたが、実行するには魔力の才を秘めた人間の力が必要不可欠。故に俺様は悩んだ」
「普通に協力してくれと言えば良かったんじゃないの?」
「人間には人間のルールがあるように、妖怪にも妖怪のルールがある。俺様達妖怪は、世に生きる他の生き物達とは関わってはならない掟が存在するのだ」
「面倒なしきたりがあるんですね…」
クーのがっかりする様に、あたしも便乗してうんうんと頷き相槌を打つ。
「がしかし、先代様のお叱りを覚悟で俺様はこれを破り、人間達の元へ人間と同程度の大きさの妖怪を数名派遣した」
結果は聞くまでもなかった。魔獣とは違う、妖怪独特の容姿も相まって、人間達には受け入れられなかったんだろう。現在の時間軸で、それは容易に推測出来た。
「…それ以上は語るまでもないだろう。俺様達は化け物と蔑まれて、惨めにも追い返された」
「だから強行手段に出たと?」
「…俺様達妖怪にも心はある。人間が死にゆく姿を見ていられなかった」
人の為に行動を起こしたはずが、その人間に感謝されるばかりか拒絶されてしまうとは、夢にも思わなかっただろう。何だか思わず妖怪王に同情さえ覚えてしまう。
「貴方がた妖怪の出現時期に加え、突然の失踪、雨の発生…。これらの要素が重なり合ってしまったが為に、人間は雨の事を『妖怪が生み出している毒』…すなわち、魔障雨と呼ぶようになったと」
解答を求めるかのように、エルは帽子の鍔を持って上を見上げる。大方エルの考えは当たっているだろう。ダイダラボッチ自らが話していたけれど、噂とは恐ろしいものだ。一種の都市伝説のように、ありもしない話が様々な所からやって来てはくっつき混じり合い、やがて1つの大きな『嘘』になる。
一度発生した誤解が中々解けないのと同じで、複雑に絡み合った糸を解くのは至難の業。対立の門で出会った門番の話を思い出す度に、その根の深さを痛感した。
「正解だ、帽子の美少女よ。しかし、もうこれで良い。無理矢理連れて来た者達には申し訳ないと思っているが、皆一定以上の理解を示してくれている。だからこそ—————」
「ふっざけんな王様ァーーー!!!」
あたしの大喝に、何事かと周りが凍りつく。けれど、そんなことはどうでもいい。事情を知ったあたし達に出来ることはただ1つ。人間と妖怪との仲介役になることだ。エルとクーも、あたしの考えを悟った上で賛同してくれるのか、口元を綻ばせてあたしの言葉の続きを待っていた。
「何がこれで良いだ!途中で投げて逃げんなよ!!あんたがそこで逃げたから、今こんなに深い溝が出来てるんだろーが!!」
「何ぃ…!?貴様、言わせておけば!俺様の気持ちも知らん人間に何が分かる!?」
「分かるかバーカ!!被害者面する暇があるなら、その時間を少しでも人間との交友関係を深める為に使えってんだ!!人さらいとか嫌なことは全部手下にやらせて、自分は1人お家で慰めてもらってんの!?妖怪の王はとんだ腑抜けだね!!」
案外煽りに弱かった。ダイダラボッチは大地を揺らすほどの衝撃をもって力強く立ち上がり、妖怪の国全体に響き渡る咆哮で、あたしの挑発に応えた。
「おやぁ、やる気?別に構わないけど、今のあんたには負ける気がしないね」
「俺様の小指ほどもない人間が、俺様に勝つだと…!?ガハハ、面白い冗談だ!よかろう!打ち負かせると言うのなら、試してみるがよいわ!!」
「恥かいても知らないよ!!!」
あたしは勢いよく鞘から刃を引き抜いて、青い山こと妖怪の王に向かって駆けた。




