青い山 ダイダラボッチ
妖怪の王ダイダラボッチの住処である羅生館に突入したあたし達は、まず最初に気配の無さを感じていた。あちこちから邪気の流れが読み取れるに、周囲に生物が存在しているような気配がほとんどない。敷地が膨大な為に、遠すぎて分からないというのもあるけれど。
それを考慮しても、仮にも王の館だというのに、門番はおろか、見張りの姿すら見えない。自分には逆らう者がいないからと高を括っているのか、はたまた別の理由なのか。エルとクーの体調を気にかけつつ、奥へ奥へと進む。と、ここであたしはある事を思い出した。
「あ、そう言えば!」
「何ですか、突然大声出して」
「傘坊君に内部構造を聞くの忘れてた!」
「口止めされてるでしょうから、聞いても無駄だと思いますが。…まさか、分からなかったんですか?」
「ぬがっ…そういやそうだったな。しゃーないか」
「連れ去られた人達が、まだ無事だといいけど…」
それから、青い山を目掛けて直進すること数10分。人間ぐらいのサイズが住まう屋敷が転々と建てられている場所に到達する。この周辺には草木も生い茂っていて、まさに人間の為に設営されたかのような区域だった。
もしかすると、連れて来られた人間は、この場所に送られているのではと睨んだあたし達は、一端ボードを止めて、生存者がいるかどうかの確認を始める。ざっと外周を見て回るも、これといって何かがある訳じゃなかった。なので次は、屋敷の中にお邪魔させてもらう。
気配の確認を入念に行ってから、入口の戸を乱暴に横に流すと、ミスティの宿と同じく、床が畳張りの綺麗な小部屋がお出迎えする。
「ミスティさんの宿屋と同じような構成の部屋ですね。…あら?」
「どったのエル?」
あたしの問いをスルーして、エルは罠も気にせず中に入る。ちゃっかり靴を脱いでいるあたりがエルらしいけど。あたしとクーもそれに続いて中に入ると、ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「リノお姉ちゃん、この匂い…」
「うん。こりゃ香水だ」
「それだけではありません。これを」
そう言って、エルがあたしとクーの前に突き出してきたものは、人間側の国で販売されている、人気のお菓子だった。
「さきの香水に加え、女性の間で人気のお菓子。妖怪には無縁の品々…これはつまり」
「連れて来られた人達は、まだ無事…?」
「それどころか、かなり贅沢な暮らしをしているようです。意図は分かりませんが、何らかの理由で生かされていると言うことになりますね」
「ふーむ、あれかな?儀式的なやつで、雨乞いならぬ魔障雨乞いをしてたりとか」
半分冗談のつもりだったけれど、エルは驚いたようにあたしを見つめていた。いい線いってたらしい。
「いい推測ですね。私も同じような事を考えていました。ここに誰もいないのは、おそらく「今」がその時間だからではないでしょうか」
「そう言われると、エルお姉ちゃんの言う通りな気がしてきたよ…。けど念の為、もう何軒かあたってみよう?」
「そーだね。そうしよっか」
クーの提案で、付近の屋敷を調べてみるも結果は変わらず。似たような跡が残されているばかりで、目新しいものがある訳ではなかった。
けれど、連れ去られた人達が全員無事かもしれない可能性が浮上し、あたし達はその件に期待を持ちつつ、再度フローボードに飛び乗って青い山を目指す。
そして、ダイダラボッチまで目前といった所で、急に気配が増した。護衛の妖怪がいたとしたらまとっているであろうモノとは明らかに違う、警戒心の薄い気配。人間の気配だ。
「エル、クーちゃん。複数の人の気配が、ダイダラボッチの周辺に集中してるみたい」
「そうですか。好都合と同時に、不都合でもありますね」
「…どう言うことなの?エルお姉ちゃん」
「連れて来られた人達を一度に助けられるチャンスでもあり、その全てを人質にされる恐れがあると言うことですよ。くれぐれも判断は慎重に」
「了解!」
あたしとクーの言葉が重なり合うと同時に、青い山の一角である、背中と思しき場所に到着した。格好良くフローボードから降りてたたみ、3人分のボードをクーのうさぎポーチにしまってから周囲の観察を行う。
すると背の山の向こう側から、複数の女性らしき声が、歌っているかのようなテンポで言葉を発しているのが聞き取れた。おそらく、魔障雨乞いの音頭か何かだろう。
「エル、この声は…」
「ええ。リノ考えている通りでしょう。だとすれば、やめさせなければいけませんね」
「でもどうやって…」
「回り込むかすればいいんだろうけど…ああ、まだるっこい!!」
わざわざ移動するのも面倒なので、山に動いてもらうことにする。鞘から刃を引き抜いて、肩甲骨の辺りを目掛けて軽く突き刺した。
「うごおおおぉぉぉ!?」
意外と効いたのか、奇妙かつ独特な奇声を発しながら、青い山ことダイダラボッチは飛び上がるように身体を起こし、肩甲骨の辺りを後ろに回した手でさする。
「ぬおおお…痛い。誰だぁ!!俺様の憩いの時間を邪魔した奴はぁ!?」
「足元ーッ!!!」
あたしは耳元をおさえながら力一杯叫ぶ。図体が大きい分、声量も人間とは比較にならない。きっとダイダラボッチの声は、妖怪の国中に聞こえてるんだろうなと思った。
「足元だ?んん…?」
ダイダラボッチは身体を屈めて食い入るように大地を眺め、やがてあたし達の姿を捉えると、ひっくり返りそうな動作を見せて大袈裟に驚いた。
「うおっ!お、お前達は!?」
「自己紹介の前にー!座ってくれないと喉が痛いんだけどー!!」
「おぉ!それは悪いことをした!!」
ガハハと豪快に笑ったダイダラボッチは、あたしの要望通り胡坐をかいてその場に座り込んだ。その際、奥に変わった衣装を身に着けている大勢の女性の姿が見えた。どうやら本当に何もされてないようで、少し安心する。
「美少女3人組よ。ようこそ俺様の所へ。付きの妖怪がいないようだが、一体どうした?」
「びっ、美少女だなんてそんな…じゃなくて!何のことか知らないけど、今すぐ向こう側から連れて来た人達を解放しろい!」
「何だと!?もしやお前達、自らここに乗り込んで来たと言うのか!?」
「そうですね。我儘の過ぎる妖怪の王を成敗しに」
「これ以上、悪いことをするのはやめて下さい!」
「何を言うか!これは決して悪いことではない!俺様は今、全種族の男達が願って止まない夢を実現しているのだぞ!?」
「何の罪もない人達を誘拐したあげく変な恰好をさせるなんて、妖怪の王として恥ずかしくないのかー!!」
「恥ずかしい、だと?笑止!可愛い女子ならば、手元に置きたいと考えるのは当然の事!ハーレムという言葉を知らんと見える!!」
「エル、ハーレム…?って何!?」
あたしの率直な質問に対し、エルはいつもより大きく肩を竦めて帽子の鍔を下げた。
「…不特定多数の女性が、1人の男性に好意を寄せている状況のことを指します。つまるところ、モテモテですね」
「そう言うことだ。ここにいる女性は全て、俺様のことを愛しているのだ。ガハハ!!」
全種族の男性が願って止まない夢とは、魔障雨じゃなくてハーレムのことだったらしい。どちらにしても最低なのは変わりないけど。
「愛してるとか嘘つくなー!誘拐デカ男なんて誰も好きになる訳ないだろー!」
「なんだなんだ、そんなにムキになって。もしや、早くハーレムの仲間入りがしたくてたまらないのか?」
「ちっがーう!!人の話聞けあほ妖怪ー!!」
「話が平行線だね…」




