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フリーダムガール  作者: 赫宗一
シャンタ編
36/111

潜入「羅生館」

その姿《すがた》を現《あらわ》した妖怪《ようかい》の王ダイダラボッチは、ゆっくりと時間をかけて周囲《しゅうい》を見渡《みわた》した後《のち》、再《ふたた》び身体を屈《かが》めて山の背景《はいけい》に溶《と》け込《こ》んだ。どうやら寝返《ねがえ》りを打《う》っただけのようだ。ネパルマで出会った砂クジラも相当《そうとう》の大きさだったけれど、妖怪《ようかい》の王様も大概《たいがい》だな。


「恐《おそ》ろしいだろう?そして、誰もが逆《さか》らわず大人《おとな》しく命令《めいれい》に従《したが》っている理由《りゆう》にも納得《なっとく》したかい?」


「うん、正直《しょうじき》びっくりした。けどまあ—————」


「このレベルの大きさなら、以前《いぜん》にも戦闘《せんとう》経験《けいけん》がありますので」


エルが冷静《れいせい》にそう言い放《はな》つと、赤鬼《あかおに》と河童《かっぱ》は顎《あご》が外《はず》れそうなほど大口《おおぐち》を開《あ》けて驚《おどろ》きを露《あら》わにした。


「リ、リノさん達って、見かけによらずハードな人生《じんせい》送《おく》ってるんですね…」


「自慢《じまん》するような話でもないけどね。でも、今回はちょっちよろしくないかも」


砂クジラと対峙《たいじ》した時は、行商人《ぎょうしょうにん》の骸《むくろ》が武器を貸《か》してくれたからこそ、辛《から》くも勝利《しょうり》を得《え》ることが出来た。けれど…今回《こんかい》は違《ちが》う。話し合いで済《す》めばそれに越《こ》したことはないけど、間違《まちが》いなく不可能《ふかのう》な相手だ。


「衝撃砲《しょうげきほう》があれば抑止力《よくしりょく》になると思うけど、今は手元《てもと》にないし…。うーん、他《ほか》に何かないかな?」


「そうですね…」


クーとエルは2人して、俯《うつむ》いては対抗策《たいこうさく》を考《かんが》えている。あたしの意見《いけん》としては真《ま》っ向《こう》勝負《しょうぶ》なんだけど、却下《きゃっか》されるだろうから黙《だま》っておく。


「戦うなんて考《かんが》えんほうがええよ。いくらリノちゃん達が強い言うても、さすがにあれは無理《むり》やって」


「そういう訳《わけ》にはいかないよ。うーむ…せめてあのキザ野郎《やろう》でもいればなあ」


「あら、そんなにオージェさんのことを頼《たよ》りにしてたんですか?」


「ばっ…!ばっか!そ、そんな訳《わけ》ないじゃん!!変なこと言わないでよ!」


「リノお姉ちゃん、顔真(ま)っ赤《か》だよ」


「あらまあ。なになに?リノちゃんの彼氏の話?」


オージェのことは断《だん》じて好きじゃない。寧《むし》ろ、あたしがこの世《よ》で一番嫌(きら)いな男だ。…けれど、その実力《じつりょく》は買《か》ってるつもりだったから、つい口に出してしまった。


「違《ちが》いますって!!うがーっ、やめやめ!この話やめー!!とにかく行ってみよう、そうしよう!!」


「相変《あいか》わらず照《て》れ隠《かく》しが下手《へた》ですね」


「あーあー聞《き》こえなーい!ほら、さっさと行くよ!」


「うふふ、青春《せいしゅん》しとってええねえ。…もう止《と》めはせえへんけど、十分《じゅうぶん》気ぃつけてよ。傘坊《かさぼう》、リノちゃん達の道案内《みちあんない》したってや」


「分かったよ。道案内《みちあんない》だけなら…」


傘坊《かさぼう》ことからかさ小僧《こぞう》は、露骨《ろこつ》な嫌悪感《けんおかん》を示《しめ》した。普段《ふだん》から無理《むり》難題《なんだい》をふっかけてくる王様に会いに行けと言われれば、その反応《はんのう》も頷《うなず》ける。


「傘坊《かさぼう》君、ごめん。入口《いりぐち》まででいいからお願い出来ないかな?」


「無理《むり》強《じ》いはしませんから、嫌《いや》になったら戻《もど》ってもらっても———」


「いや、責任《せきにん》を持って入口《いりぐち》までは一緒《いっしょ》に行くよ。いくら王様の命令《めいれい》とはいえ、クーストラちゃんをここまで連《つ》れて来たのは、他《ほか》ならぬ僕だから…」


負《お》い目を感じているのが分かる面持《おもも》ちで、からかさ小僧《こぞう》は巨大《きょだい》な1つ目を地面《じめん》に向《む》ける。そんな俯《うつむ》き加減《かげん》のからかさ小僧《こぞう》の小間《こま》に優《やさ》しく触《ふ》れて、柔《やわ》らかに微笑《ほほえ》んだ。


「そんなに落《お》ち込《こ》まないで下《くだ》さい。確《たし》かに、初《はじ》めに出会って連《つ》れ去《さ》られた時は怖《こわ》かったですけど、今は全然《ぜんぜん》そんなことありませんから。元気出して下《くだ》さい…ねっ?」


「クーストラちゃん…。ごめん、ありがとう」


「いえいえ。それじゃあ…気を取《と》り直《なお》して傘坊《かさぼう》さん。道案内《みちあんない》、お願い出来ますか?」


太陽のようなクーの眩《まぶ》しい笑顔に、からかさ小僧《こぞう》も笑顔になった。


「うん。リノさん、エルノアさん、僕について来て下《くだ》さい」


「ほーい」


「君達の無事《ぶじ》を祈《いの》っているぞ」


「うん、ありがと赤鬼《あかおに》さん。それじゃまた」


見送《みおく》ってくれる赤鬼《あかおに》、河童《かっぱ》、ろくろさんにそれぞれ手を振《ふ》って、あたし達は妖怪《ようかい》の王「ダイダラボッチ」の元《もと》へと向《む》かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


最《もっと》も強き者が、モノノケの王とならん。妖怪《ようかい》の国に古《ふる》くから伝《つた》わるしきたりで、絶対《ぜったい》の掟《おきて》。シンプルな理由《りゆう》とは裏腹《うらはら》に、弱者《じゃくしゃ》は強者《きょうしゃ》の言いなりだと宣言《せんげん》しているようなもので、そのたった一言の台詞《せりふ》に、醜《みにく》い争《あらそ》いの歴史の闇が垣間《かいま》見える。


道中《どうちゅう》からかさ小僧《こぞう》は、瞳に光が灯《とも》っていない下級《かきゅう》の妖怪《ようかい》を見つけては、多様《たよう》な切り口で現状《げんじょう》の愁《うれ》いを嘆《なげ》き語《かた》った。あたし達3人は、揃《そろ》って熱心《ねっしん》に耳を傾《かたむ》けて聞いていたけれど、中でもエルは特に高い関心《かんしん》を示《しめ》していて、深《ふか》い溜《た》め息《いき》の後《のち》に帽子《ぼうし》の鍔《つば》を下げては、思い出したくない過去《かこ》に怒《いか》りを覚《おぼ》えているように見えた。


そういえば以前《いぜん》出身国の話題《わだい》になった時も、今のように浮《う》かない様子《ようす》を覗《のぞ》かせていた。エルはお嬢様《じょうさま》だとも聞いたことがある。色々(いろいろ)と厄介《やっかい》なしがらみでも抱《かか》えているんだろうか。


「どうしましたリノ。人の顔をジロジロ見て」


「えっ、あたしそんなにエルのこと見てた?」


「それはもうねっとりと。何か言いたいことでも?」


「まあ、あるっちゃあるけど…。後でも構《かま》わないよ」


「…そうですか」


あたしの言いたいことを察《さっ》したようで、エルの表情《ひょうじょう》はより曇《くも》った。


「…その時が来たら話します。今は、目の前の用事《ようじ》を済《す》ませましょう」


「りょーかい」


ドライなエルの態度《たいど》を心配《しんぱい》したのか、クーがあたしに向《む》けて目で『何かあったの?』と、サインを飛ばしてくる。あたしにも分からない話なので、とりあえず首を横《よこ》に振《ふ》って知らないと答えておく。…と、そんなこんな話をしている内《うち》に目的地《もくてきち》に着《つ》いたらしい。からかさ小僧《こぞう》はあたし達の方《ほう》へ振《ふ》り返《かえ》って、険《けわ》しい目つきを光《ひか》らせた。


「ここが妖怪《ようかい》王の住処《すみか》、羅生館《らしょうかん》です」


先が見えないほど長い塀《へい》に囲《かこ》われたこの場所《ばしょ》は、富豪《ふごう》の豪邸《ごうてい》すら腰《こし》を抜《ぬ》かすぐらい、膨大《ぼうだい》な領地《りょうち》だった。あれだけの巨躯《きょく》をおさめるとなれば、当然《とうぜん》と言えば当然《とうぜん》だけれど。


「す、凄《すご》く大きなお屋敷《やしき》だね」


「まあ…あのサイズだし」


「ですね。しかし、こうも広《ひろ》いと移動《いどう》が面倒《めんどう》ですね。クーちゃん、お願《ねが》い出来ますか?」


「うん、分かった」


エルの呼《よ》びかけに応《おう》じて、クーはうさぎポーチから移動《いどう》道具《どうぐ》フローボードを3枚分取り出し地面《じめん》に置《お》いた。これが何なのかを知らないからかさ小僧《こぞう》は、不思議《ふしぎ》そうに目を動かしながら、指《ゆび》の代《か》わりに舌《した》で差《さ》した。


「これは一体《いったい》…?」


「傘坊《かさぼう》君は知らないんだったね。よーく見ててよー」


驚《おどろ》かせてやろうと思って、あたしはわざと大袈裟《おおげさ》にフローボードを踏《ふ》む。いつも通り、独特《どくとく》の機械音《きかいおん》を伴《ともな》ってその真の姿《すがた》を現《あらわ》すフローボードに、からかさ小僧《こぞう》は目を見開《みひら》いて甲高《かんだか》い声を上げた。


「うわーっ!凄《すご》い!これ、もしかして古代遺産《こだいいさん》ってやつですか!?」


「ふふん、そーだよ。すげーでしょ?」


「何でリノが威張《いば》ってるんですか。これはクーちゃんの所有物《しょゆうぶつ》ですよ」


「細《こま》かいことは気にしなーい!」


「ねえクーストラちゃん!これ、どんな道具《どうぐ》なの!?」


「移動用《いどうよう》の乗《の》り物です。太陽の光を機械内《きかいない》に蓄《たくわ》えることで走《はし》って—————」


簡潔《かんけつ》かつ分かりやすい説明《せつめい》を聞《き》き終《お》えたからかさ小僧《こぞう》は、二度目の甲高《かんだか》い声を上げる。


「先人《せんじん》がこんな代物《しろもの》を拵《こしら》えていたなんて話、今一つ信《しん》じられない与太話《よたばなし》だと思ってたけど、本当に実在《じつざい》するんだね…」


「ちゃんと探《さが》せば、妖怪《ようかい》の国にもあるかもよ?」


「いつかは探《さが》してみたいですね。…と、いつまでも引《ひ》き止めてごめんなさい。リノさん、エルノアさん、クーストラちゃん。気を付けて」


「あんがとね。さあ、行っくぞー!!」


あたしの掛《か》け声で、からかさ小僧《こぞう》が入口の巨大門《きょだいもん》をゆっくりと押《お》し開《あ》ける。館《やかた》の奥《おく》から漂《ただよ》ってくる邪気《じゃき》に飲《の》まれないよう気を引《ひ》き締《し》めてから、あたし達は羅生館《らしょうかん》に侵入《しんにゅう》した。

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