4.ずっと、誰かに。
「あ、、、。お前、、、。」
アイリスの姿を目にして呟いたジークハルトは言葉をとめる。
そうだ。この迷子、侯爵令嬢だったか。見えないけど。流石にお前呼びはまずいか。
ぐるぐると考えるジークハルトとは反対に、モジモジしていたアイリスはすっと胸を張って言った。
「わ、私を助けたこと、褒めて遣わすわ!」
「こら、イリー。さっきお父様と約束したことと違うだろう。」
扉の隙間からチラリとアーバスノット侯爵が姿を現した。
あ、この迷子、イリー?って言うのか。
「ジークハルト君、すまなかったね。娘が迷惑をかけて、、、君に怪我まで負わせてしまった。」
「――あ、いや、謝られるようなことなんて、何も、、、。」
侯爵が優しくジークハルトに話しかけた。父の言う通り、寛大な方のようだ。
ジークハルトは何と返せば良いか分からず、口籠る。
「それでも、君が娘を助けてくれたことには変わりないよ。ありがとう。」
ありがとうだなんて、そんなこと。結局守りきれたなんて言えない状況だったのに。
ジークハルトは何となく気まずくなって、視線を下に向けた。
そこに侯爵家の付き人がやって来て、侯爵にヒソヒソと耳打ちをする。
「あぁ、今行く。――本当にありがとう、ジークハルト君。お礼はまた後日、君の回復次第すぐに手配するから、何でも好きなものを言ってくれ。、、、ほら、イリー行くよ。」
どうやら仕事のようだ。合間を縫って見舞いに来てくれたんだな。本当に優しい方だ。
侯爵はアイリスの手を引いて部屋を出て行こうとした。
「―――ぃや。」
しかし、アイリスはベッドサイドの椅子に腰掛け、ジークハルトの布団に突っ伏したっきり、動こうとしない。
どうすれば良いか分からずオロオロしているジークハルトとは反対に、侯爵が優しくアイリスに声をかけた。
「イリー、ジークハルト君は怪我をしていて、ゆっくり休まないといけないんだ。わかるかい?」
「―――っそれでもいや!」
仕事に戻らなければいけないのに、どうしようか。と困った表情を浮かべる侯爵に、ジークハルトは声をかけた。
「あ、あの、別に俺は大丈夫、、、です。」
そのジークハルトの言葉に、侯爵は申し訳なさそうに答える。
「本当にすまない、ジークハルト君。伯爵と、、、君の父君との話が終わったらすぐに引き取りに来るから。」
そう言って侯爵はパタパタと走っていった。
部屋の中に残された子供ふたり。何を話せば良いか分からず、ジークハルトはとりあえずアイリスに声をかけてみる。
「えっと、その、イリー、、、様?」
「―――ごめんなさい。」
「は?」
突っ伏したままアイリスが言う。
予想外の言葉に目を丸くするジークハルトに気づかないまま、アイリスは続けた。
「――私が暴れたから、落ちちゃった、、、。そのせいで、ジーク、怪我しちゃった。だから、ごめんなさい。」
「あ、あぁ、いや、、、。」
何を言っているのだろう、この令嬢は。こんな俺に謝る必要なんてないのに。
そう考えて黙り込んでしまったジークハルトにアイリスは顔を上げる。
「ジーク?」
はっと我に帰った。
しまった、気を使わせてしまった。何か言わないと。
ジークハルトは何とか言葉を紡ぐ。
「別に、、、というか、俺の方こそ悪かった、、、っす。」
「どうしてジークが謝るの?」
「それは、まぁ、俺じゃなかったらもっとうまく解決できただろうし、、、。」
そうだ。アーサー兄さんなら、あんなに危険な方法とらなかっただろう。ユーゴ兄さんなら、この子が暴れても落とさなかっただろう。ウィル兄さんなら、この子の正体をすぐに突き止めて解決したのだろう。
俺だから、うまくいかなかった。俺だから、危険な目に合わせた。俺は、、、。
「俺は、役に立たない、から、、、。」
ジークハルトはそう言うと、口をキュッと結んで俯いてしまった。
今頃、この子も俺が何もできないことに気づいたんだろうな。
気まずい思いをさせてしまったかな。こんな自虐聞かされたら、居心地が悪いと感じるよな。
ああ。自分はそんなところにも気を遣えない人間なんだ。楽になりたくて、自虐を聞かせて、気まずい思いをさせて、本当に、ダメなやつ。
「あ、ごめん、忘れて、ください。あの、もういいから、、、。」
「―――そんなことない!」
「――ぇ?」
予想だにしない答えが返って来て、ジークハルトは思わず顔を上げた。
真っ直ぐな目をしたアイリスと目が合う。
「私を助けてくれた。」
本当に何を言っているのだ、この子は。助けた、なんて言えるものじゃなかったし、それに、、、。
「だから、それがそもそも、、、。俺じゃなかったら、助ける以前に危険な目に合わせずに済んだ、っていう話で、、。」
「たくさん話もしてくれた!」
ジークハルトの話を遮るように叫んだアイリスを、ジークハルトは不思議そうに見つめる。
話をしたって言ってもただの雑談で、それくらい普通のことなのに。
「気づいたら知らないところにいて、寂しかったけど、ジークがたくさん話してくれて、手もつないでくれた!」
それは、困っている女の子を助けるために、騎士として当然で、、。
「だから寂しくなかった!それに、ジークがここまで連れてきてくれたから、お父様のところに戻ってこれた!あとは、、、。」
必死に話し続けるアイリスに、ジークハルトの瞳が揺れ始める。
いや、普通のこと、しただけのはず、、。でも、この子はもしかしたら、俺を、、。
「と、とにかく、ジークのおかげ。多分、ジークじゃないとダメだったわよ。」
俺じゃないとダメ、、?俺だけ、、本当に?必要としてくれるの?こんな俺を、、。
ジークハルトの瞳がだんだんと潤む。
「だから、、、あ、ありがとぉ。」
アイリスは恥ずかしそうにジークハルトの手を握る。
その手の温もりに、ジークハルトは大きく目を見開いた。
ずっと、誰かに言って欲しかった。君だけだよ、特別だよって。生まれてから今までの7年間、誰かに必要にされたかった。
そんな長年の、叶わないと思っていたこと全て、この一瞬でこの子が叶えてくれた。
俺の欲しいもの全てくれた。俺を必要としてくれた唯一。
決めた。この子のために生きよう。この子のために死のう。ぜんぶ、俺を必要としてくれる、この子のために。
この子が幸せになれるように、笑って生きていけるように、自分の全てを使おう。
邪魔な人間は全て排除する。この子を汚す人間なんて絶対に近づけない。
この子の目には幸せな日常しか写させない。
そう決意したジークハルトは、真っ直ぐにアイリスを見つめる。
彼女の瞳に写る自分の姿は、顔も目も赤く、幸せそうな、泣いているような、そんな表情をしていた。
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