3.ジークハルト・ポーレット
こってり絞られたな。
黒い癖のかかった短髪をわしゃわしゃとかきながら、ジークはベッドから体を起こす。
まさか、あの迷子が侯爵家の娘さんだったなんて。先ほど父が言っていたことを思い返しながら考える。
塀から落ちた後、すぐに部屋に運ばれ医者に診てもらったジークは、幸い大きな怪我もなく、2、3日安静にしているようにと言われた。
その結果を伝えた医者が出ていくや否や、すごい剣幕の父親が入れ替わりに部屋に入って来たのだ。
父が言うことには、どうやら先ほどの迷子は、今日の父の仕事相手である隣領アーバスノット侯爵の大切な一人娘らしい。
今の侯爵に代替わりしてから、より強力な力をつけてきたアーバスノット侯爵。その侯爵の大切な大切な娘さんが、騎士団本部内で迷子になっただけでも大騒ぎだったのに、まさかあんな危険な目にあわせるなんて。
もし侯爵令嬢に何かあれば、お前の首が5つあっても足りなかったぞ!と大層叱られた。
元はと言えば、あいつが勝手に騎士団訓練場の方まで紛れ込んできたからだろ!と一応の反論を試みたが、ゲンコツを食らっただけだった。
幸い、あの騒ぎに駆けつけた侯爵が、娘を庇ってくれたのなら、むしろお礼をしなければならないほどだと言って、お咎めなしにしてくれたらしい。
侯爵の寛大なお心に感謝することだな。そう言って父は部屋を出ていった。
俺も一応、辺境伯家の息子だろーが。そう考えながらジークは枕元の水を飲む。
ジークの本名はジークハルト・ポーレット。ポーレット辺境伯家の四男だ。
兄は3人。アーサー、ユーゴ、ウィル。先ほど助けてくれた3人である。
長男のアーサーは15歳。来年学園への入学を控えている。頭がよく、経営学に長けた少年で、領民からもアーサー坊ちゃんが次の領主なら安心だと、信頼が厚い。
次男のユーゴは13歳。体格が良く、剣術の才能がある。その才能は数十年に一度だとの噂があり、将来は辺境騎士団のトップとして国防で重要な役割を果たすに違いないと言われている。
三男のウィルは人当たりがよく、商業が上手い。12歳にして、既に領地内のいくつかの市場の立て直しを成功させている。大人になればアーサーの右腕となることが大いに期待されているのだ。
そして四男のジークハルト。勉強もそこそこできるし、剣術もそこそこできる。平均以上を取ることはできる、が兄たちのように抜きん出た一つの才能がある、というわけではない。
兄弟の中で唯一パッとしないジークハルトは、小さい頃から何となく劣等感を抱きながら生きてきた。
もちろん兄たちのことは好きだが、彼らを見るたび、自分には何の才能もなく、誰からも必要とされていないのだということを痛感して息苦しかった。
周りの大人たちも、お兄さんたちがしっかりしてるから、何もしなくていいよ、好きに、自由に生きて良いよ、という言葉しかかけてくれない。
誰かに必要とされたい、誰かのために生きたいと思いながらもジークハルト自身、特に将来の夢がなく、何となく生きているだけだった。
何となく兄たちも通っていたから騎士団訓練場に通い、何となく訓練に参加する毎日。
教官にすごい騎士になる、なんて言っていたけれど、別にそんなものになりたいという気持ちもない。ただ残された道が、ユーゴの右腕を目指すことしかないだろうなと考えているだけだった。
何の才能もなく、何かになりたいわけでもない、その上侯爵令嬢を危険な目に合わせた自分を必要としてくれる人なんて、いよいよゼロになってしまうな。
いや、元からそんな人いないか。
乾いた笑みを漏らしたジークハルトの部屋が、こんこんと誰かにノックされた。
誰だろう。カーゾンだろうか。
そう考えてジークハルトは返事をする。
「どうぞ。」
「し、失礼するわ。」
扉が開くと、銀髪の少女、先ほどの迷子の侯爵令嬢がジークハルトの瞳に写った。
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