公爵令嬢5
さてと…。あとは、この国を出てどこに行くか、そしてその手段だ。
アマリリスは机の上に地図を広げ、その前でじっくり考えこんでいた。
クライド様のいるアーカイン帝国も良いけど…。
しばらくは、誰にも縛られず自分だけの時間を過ごしたい。
この10年、ずっと頑張ってきたのだ。
そう!私は何もせず、何も考えず、ダラダラ過ごしたいのだ!!
で、あれば………。
ぴったりの場所があるじゃない。
この国ハルマニア王国の西隣にある小国ウルジマ王国、さらに西にアーカイン帝国がある。
ウルジマ王国とアーカイン帝国の堺には、どこまでも続く広大な森が横たわっていた。
通称”不可侵の森”。
その森は、どこの国にも属していない土地だった。
凶悪な魔物が跋扈する土地で、危険だからなんだけど…。
しかし、私にはこのスキルブックがある。
残りが、34,834,433コイン。
結界魔法が初級から上級、さらに特級まである。
特級まで獲得すれば、どれほど危険な森であっても生きていけるはずだ。
『結界魔法初級 100,000コイン』
『結界魔法中級 500,000コイン』
『結界魔法上級 1,000、000コイン』
『結界魔法特級 10,000、000コイン』
ぐっ! 高い…。初級から順番に獲得しなければならないので、特級まで取得するのに、11,600,000コインが必要になる。
しかし、何よりも、命あっての物種だ。
ここでコインを惜しんで後悔するくらいなら…思い切って特級まで獲得する。
『所持:23,234,433コイン』になってしまった。
あっ!昨夜、準備した金塊も複製しておこう。
複製本から解放した資料館と金塊は現在縮小して、空間収納に収められている。
これを複製しておけば、困ったときに換金してコインを増やせるかもしれない。
資料館を解放して白紙になっていたページに金塊を複製し、コインの心配が少しだけ減ってホッとする。
最後に逃走手段だ。
できれば、教会で手続きが済んだ後は、誰にも会わずに済ませたい。
わざわざ耳障りな文句を聞く義理は無いのだ。
乗合馬車だと時間がかかるし、追手が出ると面倒だ。
飛行スキルか、透明化スキルか………。
色々悩んだが、決定したのはテイマーのスキルを獲得し、鳥の背に乗って移動することだった。
自分で飛ぶのは、墜落が怖いしね。
『テイマー初級 100,000コイン』これを試してみよう。
テイマー初級を獲得したアマリリスは、そっと窓を開け、ベランダの柵にとまっていた小鳥へと声をかけた。
「ねぇ、少しこっちへ来てくれる?」
小鳥は、彼女の呼びかけに従うように、ちょんちょんとこちらに近づいてきた。
自分の身体を縮小させ、「私をあなたの背中に乗せてくれるかしら?」と尋ねると、小鳥は背中に乗りやすいように、そっと身を低くしてくれた。
背に乗り、部屋を一周してみて欲しいと頼むと、小鳥は素直に応じる。
アマリリスを乗せ、軽やかに飛び上がり、部屋の中を一回りしてみせた。
………これで、逃走手段も整った。
それからは、王室から出された課題をこなす必要もなくなった為、漫然と過ごしていると、あっという間にスキル取得の儀当日になっていた。
前世と違い、今世は家族にすら挨拶する気になれないしね…。
一般的な貴族家は家族総出でスキル取得の儀に臨む。
それほど、スキル取得の儀とは大事なものだ。
しかし我が家は、私一人で向かう。
家族の誰一人として、付き添いに来てくれないと聞かされたときは、正直悲しかった。
けれど、すっかり吹っ切れた今となっては、むしろ都合がいいとしか思えない。
あまねの記憶と感情が戻り、前世の愛してくれていた父母を思う。
彼らが私の大事な家族だ。
比べるのもどうかと思うが、現在の父も母も上司としか思えない。
3つ年上の兄に至っては、性根の腐った知人だ。
教会に向かおうと馬車に乗り込もうとしていると、先程まで頭に思い浮かべていた、性根の腐った知人兄が、まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングで姿を現した。
「おいおい!子供がいると思ったらお前かよ!こんな良い家に生まれて王妃になれないクズが。侍女に男を取られるとか、みっともなさすぎるだろう。本当にお前は役に立たないぁ。ああ!今日がスキル取得の儀か!見た目同様大したスキルも得られないだろうなぁ。こんな妹を持った俺は可哀そうだなぁ」
言うだけ言って、歩き去る兄。
くたばれ!カスが!!
あまねの記憶のせいで少々口が悪くなってしまった感のあるアマリリスは反射的にそう思ったが、淑女の笑みで受け流す。
記憶のない以前なら、傷ついていたことだろう。
兄の容姿は、私の劣化版だと二人を知る人間は噂する。
確かに髪や目の色合いは同じで、顔立ちだって似ているはずだ。
それなのに、何かが違う。
はっきりと理由を言葉にできないが、彼はなぜか、ずいぶんと見劣りして見えるのだ。
妹は、妖精さえもかくやと思わせるほどの、絶世の美少女(美幼女)なのに…と。
妹と比べると、どうしても何かが物足りないわね…と。
本人の耳にも、そんな噂は当然届いているはずだ。
そして、自分自身でもその差に気づいているのだろう。
だからこそ、その鬱憤を晴らすかのように、私にきつく当たるのだと思う。
「はぁ………」
深いため息ひとつ漏らし、気持ちを切り替えた。
おかげで、家族でなくなる事への心残りはすっかり無いわ。
未練なく離れられることに感謝しましょう。
そして、もう一度前を向くと、静かに馬車に取り込んだ。
教会に到着すると、若い神官が入口で私の到着を待っていた。
「お待ちしておりました。アマリリスさま。本日アマリリス様のスキル取得の儀を担当致します、ギリと申します。よろしくお願いいたします」
「ギリ様、こちらこそよろしくお願いいたしますね」
「それでは、こちらへどうぞ」
神官ギリが教会内を案内してくれる。
教会の内部は、しんと静まりかえっていた。
高い天井に、色鮮やかな光を床へと落とすステンドグラス。
重厚な装飾が訪れる者を圧倒する。
「お荷物、お持ちいたしましょうか?」
ギリが私の持参した袋へと視線を向けて、申し出てくれたが、彼の好意には感謝しつつも、私はそっと首を横に振った。
「それよりも、スキル取得の儀の前に少しお話したいことがあります。個室をご用意いただくことはできますでしょうか」
ギリは不思議そうにしながらも、すぐに了承してくれた。
私は彼の後に続き、用意された個室へと向かった。
個室に入ると、すぐにお茶を用意してくれた。湯気の立つお茶を前に、一呼吸置く。
そして、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いてから、ようやく口を開いた。
「公爵家からの籍の離脱手続きをお願いしたいのです」




