公爵令嬢6
ギリはあまりの驚きに、すぐには声が出ないようであった。
目を見開いたまま、しばらくこちらを見つめている。
その後、彼はようやく我に返ったのか、焦ったように口を開いた。
「えっ……あ、いや、その………本気ですか?」
手元に持っていた袋を指し示し、
「もちろんです。供託金も準備してまいりました」と答えた。
「せ、責任者を呼んできます!」ギリはそう叫ぶように言うと、つんのめるような勢いで部屋を飛び出していった。
しばらくすると、汗だくになった初老の男性とギリが戻って来た。
初老の男性はかなり急いできたのか、額に浮かんだ汗を拭いながら、荒い息を整えている。
「お、お待たせいたしました。この教会の神官長を勤めております、サリナンと申します
」
「まぁ…お急ぎいただいたのですね。お手数おかけしてしまい、申し訳ありませんでしたわ。ご存知かと思いますが、わたくし、アマリリス・ガーランドと申します。 とりあえず、どうぞお席にお掛けくださいませ。まずは落ち着いて、お話いたしませんか?」
サリナンとギリが席に着き、新たにお茶を用意してもうらうと、アマリリスはお茶を一口飲み、ようやくゆっくりと話し始める。
「先程も少し申し上げましたが、公爵家からの籍の離脱手続きをお願いしたいのです」
「ギリから聞いた話は本当だったのですね………。ですが、よろしいのですか?貴族籍を抜くということは、すなわち貴族という身分を捨て、平民になるということです………。これまで、当然のように与えられていた地位も特権も、家族との縁さえ全て手放すことになるんですよ」
「ええ。もちろん存じておりますわ」
教会は、カルラが聖女になったことは知っていても、政治とはほとんど関わりあいがない。
今回の事情も詳しくは分からないでしょう。
自分と王太子の関係。
そして、カルラと王太子がカルラが聖女になる前から関係をもっていたこと………。
「もう、教会にも連絡は入っていると思いますが、カルラ様が聖魔力を顕現され、王太子殿下の婚約者となられました。そして、わたくしは殿下の側妃にと。これから、愛を育んでいかれる二人の邪魔になるようなことはしたくないのです。カルラ様はわたくしの侍女でございました。わたくしが側妃になるとカルラ様はとても気を遣うでしょうから…。わたくしは大切なカルラ様に幸せになって欲しいのです」
ここに来るまでに必死で考えた、美談になりそうな言い訳である。
「側妃になることを……今から取りやめることは、できないのでしょうか?」
「父は、わたくしが側妃を降りることを許してはくれませんから」
父は、娘の意見を聞くような人じゃないのよ。
「ですが…。それでは、アマリリス様があまりにも………」
彼らは、どうやらこちらの話に納得はしてくれたようだった。
カルラは実に久しぶりに現れた大聖女だ。
教会としても、彼女を全面的に後押しし、その才能を存分に輝かせたいと考えているだろう。
夫の傍らに、もう一人の女性を迎えることを、心から歓迎できる女など、そう多くない。
大聖女であるカルラの感情を教会は無視しないはずだ。
神官達に王妃教育の辛さなどは、分かりようもないだろうし………。
しかし、その視線には、どこか痛ましいものを見るような色が浮かんでいる。
まるで、私がひどく哀れな選択をしているとでも思っているかのようである。
「いえ。お気になさらないでください。このようなわたくしでも必要としてくれる人がいました。その方が、こちら供託金も準備してくださいましたの」
嘘も方便である。
私の後ろには、金持ちで有力な人物が控えている。
そう思わせておけば、何かと都合がいい。
小娘がこんな大金を準備できるとも思わないでしょうし。
「…分かりました。では、まずはそちらの準備された品物が、公爵家からの金品でないかを調べなければなりません。場所を移動しましょう」
案内する彼らの後に続いて、部屋を出た。
先に部屋を出たサリナンは、廊下の途中にいた神官に声をかけていた。
「商業ギルドのギルド長をお呼びしておいてください。大事な話がありますので」
商業ギルドに何か関係があるのかしら…。
私は首をかしげながらも、黙って彼らの後を追った。
ついて行った先は、教会のさらに奥深くにある場所だった。
そこには荘厳な、180センチほどの大きさをした神像が静かに佇んでいた。
背丈は人間とそう変わりないというのに、人智を超えた威厳と神聖さで見る者を圧倒する。
しかし、その神像はクライド様とは似ても似つかない。
クライド様は1000年以上、この世界の神様だというが、それ以前の神様かしら…。
サリナンは神像の前に置かれている木箱を指し示しながら、「こちらの箱は神具となっております。こちらにご準備された品物をお納めください」
神具?この木箱が??
不安ではあるが、言われたとおり、持参してきた数個の金塊を木箱に納める。
「申し訳ございませんが、血液を一滴だけ頂戴する必要がございます。恐れ入りますが、こちらの水晶の上に一滴、垂らしていただけますでしょうか」
アマリリスは神像が持つ水晶に言われるがまま、針で指を刺し、血を垂らした。
すると、水晶は青色に淡く光輝いた。
「結構でございます。こちらの品物が公爵家の財産でないことが確認されました」
「………。どういう仕組みなのでしょうか?」
「我々も、どのような仕組みになっているかは、さっぱり分からないのです。家族に虐げられた者、愛する者と結ばれたい貴族、そんな者達を救うために、神様が人々にもたらしたと伝えられている古代神具です。神具はすべて、人間の手では再現不可能な物ばかりです。まさに神の御業ですね」
クライド様かしら。それともクライド様より以前の神様?
いずれにせよ、ありがたい。
公爵家の資産状況と照らし合わせながら、何らかの確認を行うものだと思っていた。
まさか、こんな方法で調べることになるとは予想もしていなかったが、おかげで時間をかけずにすんで助かった。
「…あとは少々俗な話になってしまいますが、私達にはこの品々の価値がわかりません。商業ギルドに確認してもらい、金額に見合う価値があるのでしたら、離籍の手続きとなります」
なるほど。
確かに神官に目利きができるとは思えない。
だから、呼び出しをかけたのか。
先程の部屋へ戻るとすでに、体格の良い男が待っていた。
商人とは思えない大きな身体と威圧感のある佇まいだ。
「初めまして。商業ギルドのギルド長を務めております、ガリアスと申します。査定を、と伺ってまいりました」
「初めまして。アマリリス・ガーランドともうします。本日はこちらの金塊が、どれほどの値になるのか教えていただけますでしょうか?」
そう言いながら金塊を見せると、ギルド長は一瞬、目を見開いた。
その品に並々ならぬ価値があることを察したのか、驚きを隠せない様子だった。
「査定のため、少々触れさせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです。よろしくお願いいたします」
ギルド長は専用の魔道具なのか、見たことのない魔道具を使い、それが本物かどうかを慎重に確かめているようだった。さらに重さなども確認し、その価値を調べている。
一通りの査定を終えたのか、ギルド長はゆっくりこちらを仰ぎ見た。
そして、どこか興奮を抑えきれない様子で口を開く。
「…少なくとも、白金貨150枚は下りません。素晴らしい純度の金です」と感嘆したように金を見つめながら、そう告げた。
150枚!!
思ったよりもずっと高かったわね。
良かった、これで、問題なく国を出ていけるわ。
「ありがとうございます。では、そのまま離籍手続きをお願いいたしますね」
しかし、ギルド長は困ったような表情を浮かべながら、こちらを見た。
「……ですが、申し訳ございません。さすがに、この金額になりますと、商業ギルドであってもすぐに現金をご用意するのは難しいのです」
その言葉に、アマリリスは思わず首をかしげた。
「供託金は物納でも可能ですわよね?で、あれば、そのままこちらの金塊を供託いたします」
すると、次はサリナンが困ったように「教会も、商業ギルドからの支払いがなければ、差額の白金貨50枚をご用意できません。」と言った。
「でしたら、差額は教会で寄進としてお納めくださいませ」
「白金貨50枚ですよ!?」とサリナンは驚くが、ここで時間をとられ、その間に家族や国へ情報が伝わるほうが、よほど面倒だ。
私は、一刻も早くこの国を離れたいのだ。
「ええ。あとは、そちらでよしなに取り計らっていただけますと助かりますわ。教会と商業ギルドの皆様にお任せいたしますね」
白金貨50枚寄進するとなると、平民服くらいは準備してもらえるかしら…。
「ただ、もしよろしければ、平民が普段着ているような服を一式お譲りいただけますと大変助かりますわ。わたくしは、このまま出国しようと思いますので。今身に着けている服やアクセサリー類は、後ほど
公爵家へ支払いをする際に一緒に返しておいていただきたいのです」
「もちろん、それぐらい構いませんが………」
「では、そのようにお願いいたしますね」
「…よろしければ、お召し物を準備している間に、スキル取得の儀を済ませてしまいませんか?」
それは非常に困る。
どんなスキルを持っているのかを、家族や国に知られるわけにはいかない。
私のスキルがどれほど便利で、その数も多く、価値があるものなのか、ほかならぬ私が一番よく知っている。
こんなものが、知られれば、その力を求められ、どこまでも追われることになるだろう。
もう、関わり合いになりたくない。
「いえ。今回のスキル取得の儀の費用を支払ったのは公爵家です。離籍するわたくしがその恩恵を最後に受けるわけにはいきません。年に一回行われる儀式で、平民と同様に受けますわ」
「そうですか………」
サリナンは、どこか感動したような表情を浮かべているが…。
打算的な考えしかない自分としては、さすがに申し訳ない気持ちになってしまう。




