公爵令嬢7
そんな話をしているうちに、いつの間にか服の準備が整っていた。
ーー早くて助かったわ。
「では、着替えが済みましたら、すぐに出発いたしますわ。今回は何かとご融通を利かせていただき、本当にありがとうございました」
「どうか、アマリリス様の行く先に神のご加護がありますよう、お祈りしております」
サリナンとギリは静かに微笑み、ギルド長とともに部屋を出ていった。
アマリリスも急ぎ着替えを済ませて部屋を出ると、そこには教会の下働きと思われる若い女性が待機していた。
「アマリリス様でいらっしゃいますね。裏口までご案内するよう、言いつかっております」
そう言って、彼女は恭しく頭を下げた。
気が利くわね。
わざわざ、裏口まで案内してくれるなんて、実にありがたい配慮だった。
裏口を出ると、私はしばらく何食わぬ顔でぶらりと歩いた。
そして、人通りがなくなった道の角を曲がるとすぐに自身の身体を縮小し、物陰に身を潜める。
その直後、通りの向こうから、複数の足音が慌ただしく近づいてくる。追っ手らしき者達が道へと駆け込んできた。
「いない! どこへ行った!!」
男たちは皆、一般人を装うためか、どこにでもありそうな普通の服を身に着けていた。
公爵家、王家、教会、商業ギルド、どこの関係者かしら……。
心当たりが多すぎて分からない。
念のため、身を隠してみて正解だったわ。
別に私が誰かの気配を感じ取れるわけではない。
ただ、念には念を入れて人目につかない場所へ隠れてみただけだ。
まさか、本当に追っ手が現れるなんて……。
男たちはしばらく周囲を見回していたが、やがて諦めたように顔を見合わせ、「もう少し先を探すぞ!」
と、足音を響かせながら、走り去っていった。
暗くなるまでここで待機して、暗闇に乗じて逃げ出すのがベストかしら。
アマリリスは物陰で体育座りになり、結界を張ると次第にうつらうつらとし始めた。
今日も、本当に疲れた。
まぶたが重くなっていき、そのまま意識を手放した。
※※※
「……ん?」
どこからともなく、鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。
その羽音に、はっと目を覚ますと、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。
眠気が一瞬で吹き飛び、反射的に周囲へと目を向ける。
良かった、誰もいない。
誰にも見つからなかったことに、私は胸を撫で下す。
危なかった。
冷や汗ものだわ。
追われているのに、外でうたた寝するなんて…。
空を見上げると、五匹の小鳥がこちらへ向かって舞い降りてきた。
「夜になると目が見えにくいでしょうに。私を探しに来てくれて、ありがとう」
先日、彼らには頼んでおいたのだ。
ーー一緒に不可侵の森まで行ってくれる鳥を探してほしいと。
もし、一緒に森で暮らしてくれるなら、共に行こう、と。
私を不可侵の森まで送ってもらったあと、鳥たちだけでこの国へと戻るのは危険だと思った。
それならば、いっそのこと森で一緒に暮らせばいい。
そう考えた私は、彼らも、移住しないかと声をかけていたのだ。
そうして、最初に私を乗せてくれた小鳥とともに仲間が4匹来てくれたようだ。
鳥たちと言葉を交わせるわけではない。
それでも、テイマーのスキルのおかげで、なんとなく、何を伝えようとしているかが分かる。
「不可侵の森までは遠いけれど……よろしくね」
そう声をかけると5匹の小鳥はそれぞれ小さく鳴き声を返した。
まるで、「任せて」と答えてくれているようで、思わず微笑んだ。
それからは、無理をせず、途中で何度も休憩を挟みながら旅を続けた。
そうして、およそ十日ほどかけて、ようやく不可侵の森の入り口へとたどり着いた。
上空を移動していたため、国境を超える際の手続き等も必要無かった。
面倒な検問や足止めもなくて、ずいぶん楽だったわね。
「ありがとう。ゴエン」最後にここまで私を乗せてくれていた、小鳥の名前だ。
ここまで来る途中、休憩の合間に、私は五匹の小鳥たちへ名前をつけていた。
五匹は、兄弟のようだった。
どうやら、両親は猫に襲われ、命を落としてしまったらしい。
それ以来、五匹は支え合うように、ずっと一緒に生きてきたのだろう。
兄弟の名前は、長男から順に「ジュウエン」、「イチエン」、「ゴエン」、「ヒャクエン」、末っ子の「センエン」だ。
………変な名前だなんて言わないで欲しい。
仕方がなかったのだ。
長男の側頭部に、まるで「十円ハゲ」のように、円状に周囲とは毛色の違う部分があった。
一見すると本当に十円ハゲのように見えるその特徴的な模様が、目についたのだ。
思わず「ジュウエン」と呟いたら、名付けてもらえたと思ったのか、とても喜んだのである。
もう今さら、「それは名前ではない」と、とても言い出せる状況ではなくなってしまったのだ。
すると、残りの四匹までが、「自分たちにも名前を」とでも言うように、しきりにアピールしてきた。
ジュウエンに関連性を持たせる形で、残りの四匹にも名前をつけることにしたのだ。
ちなみに、残りの四匹の名前についてはかなり適当である。
深い意味も、特別な由来もない。
ただ、呟いた言葉が「ハゲ」の方でなかっただけ、まだ良い方だと思って欲しい………。
小鳥たちとともに、森の奥へと足を踏み入れる。
周囲には念のため最高強度の結界を張っておいた。
その結界の内側を歩きながら、辺りを見回した。
さて、まずは拠点を決めなくては。
拠点にするなら、空から見ても簡単には見つからないよう、鬱蒼と茂る木々に覆われている場所が良い。さらに、人が気軽に踏み込める場所ではなく、森のかなり奥深くにあることも条件だ。
冒険者が来れないほど、奥深くが良い。なおかつ、水辺が近くにあれば最高だ。
そんな都合のいい場所が見つかればいいのだけれど…。
森の奥へと進む途中、何度か魔物と遭遇した。
しかし、こちらが何もしなくとも、最強の強度で張った結界が、近づこうとする魔物たちをことごとく弾き返してくれた。
そうして、かなりの時間森の奥深くを歩き続けた末ーー。
「ここがいいわ」
目の前に理想的な場所が広がった。
水辺が近く、空からでは容易に見つけられない、人が簡単に踏み込めるような場所でもない。
拠点を築くには、まさにうってつけの場所だ。
歩き疲れたし、早くゆっくり休めるように準備しよう。
「解放」
解放されたのは、昔ながらの日本家屋。
広々とした室内を備えた、やや大きめの家である。
外には縁側もあり、そこに腰をおろせば、森の景色をゆっくり眺めることができるだろう。
これは、かつて祖父母が暮らしていた家だった。
祖父母、両親と亡くなり、あまねが相続し受け継いでいたものである。
田舎にあり、なかなか管理に訪れることはできなかった。
それでも、こうして目の前にすると、やはり懐かしい。
さて、私はこれから存分に魂の洗濯をするのだ!ゆっくり過ごすのだ!
まずは……ずっと読みたかった漫画からだ!
ふふふ。これから思う存分、楽しませてもらおう。
あばよ!ハルマニア王国諸君!!




