公爵令嬢3
「久しぶり~、あまねちゃん!元気にしてた~?」
眠っていたはずのアマリリスは、白い何も無い空間にいた。
「えっ…?」
声をした方を見ると、少年が笑顔で浮いていた。
その光景を見た瞬間バチン!と弾けるように、記憶が彼女の中に浮かんでは消えていく。
余りの衝撃にアマリリスはその場にしゃがみこんだ。
「………クライド様?」
あまねだった時代の出来事が一気に押し寄せ、何から考えれば良いのかも分からない。
頭の中は、まさに大混乱だった。
「そうそう!15年ぶりだね!会いたかったよ~!!」
クライドが大層楽しそうな様子であることが腹立たしい。
「どういう事ですか?ここはどこですか?私は神様になるんじゃなかったんですか!?」
アマリリスは、これまで習ってきた淑女としての立ち振る舞いなどすっかり忘れ、思わずクライドへと詰め寄った。
…神様じゃなければ、首でも絞めてやりたいわ。
「…怒ってるね。今日は時間がちゃんとあるから。まずは座ってゆっくり話そう?」
クライドが右手を振ると、次の瞬間、何もなかったはずの場所にテーブルと椅子が現れた。
その上には、湯気を立ちのぼらせる2杯のお茶まで用意されている。
アマリリスがしぶしぶ椅子に座ると、クライドも正面の椅子に腰かけ話し出す。
「まず、ここは精神世界って言えばいいのかな。あまねちゃんの…えーっと、今はアマリリスちゃんかな?の精神だけ連れてきたんだよ。身体はそのまま、寝台の上で眠っているから安心して?」
で、あればとりあえず失踪事件とかにはならなさそうだと、ホッとする。
今、私がいなくなると、王妃になれなかった事を苦にして…などと言われそうだ。
「でね、どういうことかって話なんだけど、この世界レヴァの神になるには、この世界の身体が必要になる。あまねちゃんの身体のままじゃ、この世界に馴染まないんだ。だから、まずはレヴァに転生してもらったんだ。記憶やスキルついても、成人してアマリリスちゃんの魂と身体がレヴァに落ち着くまでは戻してあげることができなかったんだよ」
「あっ!スキル!! 前世取得したスキルは使えるんですよね!?」
「もちろんだよ。スキルもコインもそのまま使えるよ」
良かった!
ふと、クライドを見ていて、恐ろしいことに気が付く。
「もしかして…神様って子供の姿じゃないといけないんですか?」
クライドの顔が曇る。
えっ!本当に!?だったら、私もこのまま?
「ちゃんと大人の姿にも老人の姿にもなれるよ。…普通なら」
「普通なら?どういうことですか?」
「性別を決めたら成長できるよ」
???
「性別を決めるとは?私は女性ですが」
「違うよ。今のアマリリスちゃんの身体に性別はないよ。上も下もついてないでしょ。僕もだよ」
あまりにも衝撃的な事実に、アマリリスは思わずその場でひっくり返りそうになった。
…確かに。
胸は平原。
もちろん下にもついてない。
この世界の医学では子宮がないなど調べる余地もない。
え…私、淑女ではなかった?
「続けるけど、今のアマリリスちゃんの身体は無性の人間だよ。性別を決めるか、死ぬと神になるんだ。性別を決めると成長できるから、外見年齢は自由に決められるようになるんだけど、性別を決める前に死んで神になると、僕みたいに無性の子供の姿のままなんだ」
「強く、この性別になる!って思うだけで良いのに、僕みたいに優柔不断にどっちにしよっかな~とか思ってるうちに即死したら、こんなんなっちゃうから気を付けてね」とクライドは笑っている。
しかし、無理に明るく振る舞っているだけの、痛々しいほどの空元気にしか見えない。
この話には、深く踏み込みにくいが…気になる。
「私には、クライド様は男の子にしか見えないのですが…」
「そうだね。見た目はそっちに寄ってるかもね。僕の前前世が男性だったからだと思うよ。アマリリスちゃんも、前世女性だったから、無性なのに、どっちかというと女の子に見えるでしょ?」
「なるほど。では、私は今性別を決めたら、すぐに成長できて、神になれるんですね?」
「なれるよ」
「というか、神になったら何が変わるんですか?何もしなくて良いって、今と何が変わるんでしょうか?」
「う~ん。寿命が無くなったり、できる事が増えたり色々あるよ。でも、それは神になったら『手引書』を授かるから、それをゆっくり読んだら分かるかな」
「『手引書』ですか?」
「そう。レヴァの【はじまりの神】が作った本だよ。神になったら手に入るんだ。歴代の神様からのメッセージも載ってるよ。僕も消えるときには残すから読んでね」
「えっ…消えるってどういうことですか?」
「アマリリスちゃんが神になったら、僕はもう必要ないからね。消滅するんだ」
クライド様はまるで大したこのではないかのように、明るい調子でそう言った。
しかし、その言葉の内容は決して軽いものではない。
ーー私が神になったら、この明るい少年神は消滅してしまう。
「あっ!重たく考えないでね!僕はもう結構長く生きたんだ。ちゃんと数えてないからはっきりとは分からないけど、1000年は軽く生きてるよ。だから気にする必要はないからね」
そう言われても、そんな簡単に割り切れるものではない。
…もう少し時間を置いてから考えよう。
今すぐ結論を出すことを辞め、神になるのはいったん保留することにした。
「では、クライド様は現在はどちらにお住まいで、どのようにお過ごしでしょうか?」
「僕?僕は今、アーカイン帝国のパン屋で住み込みのバイトをしているよ」
………。
まさに目が点になるとはこのことだった。
先程、自分が女性ではないと聞いた時に匹敵する程の衝撃である。
ーー神様がパン屋でバイト。
「えっと、それはなぜ?」
「もちろん、やりたいからだよ!焼きたてのパンの素敵な香りに包まれて働けて、お得な従業員割引で美味しいパンが食べられる。こんなにも素晴らしいことが、他にあるだろうか!」
「…。そうですね。ですが……それなら、なおさら、消滅にはまだ早いのではないでしょうか」
アマリリスは戸惑いを滲ませながら、慎重に言葉を選んだ。
「う~ん、そうなんだけどね。僕にも色々あるんだよ~。僕のことよりアマリリスちゃんのことだよ!アマリリスちゃんは、本当に好きに生きていいんだからね。ずーーっと眠ってた神もいれば、神託をおろして神様!!みたいな神もいたし、一つの国に肩入れして発展させた神もいたみたいだよ」
「好きに生きていい」その言葉を聞いた瞬間、真っ先に頭に浮かんだのは、
ーーこの国を出ることだった。
「私は、どこか静かな場所で、ゆっくりと過ごしたいです。今、私を縛っているすべての義務を捨てて、この国を出たいのです。もう、この国の人間のために頑張りたくありません。」
そう口にすると、胸の奥に押し込めていた願いがやっと言葉になった気がした。
「いいと思うよ。神は自由気ままに生きるものだよ」
そう言うと、彼は朗らかな笑みを浮かべた。
クライドの言葉は、私の背中をそっと押してくれた。
そう決めてしまえば、あとは逃げ出すための方法を考えるだけだ。
迷いは不思議なほどない、後は時間との勝負だ。
「ありがとうございました。目覚めたらすぐに貴族籍を捨てる手続きをして、出奔します。落ち着いたら、また会ってくださいね」
「あはは。あんなに慎重派なあまねちゃんだったのにね~。了解。落ち着いたら、僕が働いているパン屋のパンを食べさせてあげるからね」
その言葉を最後に意識が途切れた。




