公爵令嬢2
…今日の王妃の相手は、いつも以上に疲れたわ。
あまりの疲労にそのまま帰る気になれず、少しだけ王宮庭園に立ち寄り、心を落ち着かせてから帰ることにした。
王宮庭園は王宮の一角にあり、今の時期は薔薇が見頃となっているようだった。
色とりどりの薔薇が咲き誇り、甘い香りが、優雅な別世界に誘ってくれている。
先程のささくれ立った会話のことも、しばしの間だけ忘れられる気がした。
穏やかな空気に包まれているうちに、張り詰めていた心が少しずつほぐれていく。
来て良かったわ。
そう思いながらしばらく散策していると、後ろから声がした。
「あら、だめじゃない。子供が紛れ込んでいるわ」
振り向くと、ジルベルトとカルラが腕を組み、寄り添うようにしてこちらへ歩いてくるのが見えた。
淡い金髪に薄桃色の目をした、端正な顔立ちのジルベルトと、漆黒の髪をハーフアップにまとめ紺色の目を持つ儚げな雰囲気のカルラ。
ジルベルトもカルラも(性格はさておき)美しい見目をしている為、似合いの一対である。
「まぁ!申し訳ありません。アマリリス様とは…」
カルラはいかにも申し訳なさそうな声を作り、わざとらしく誤ってきた。
その音声には、心からの謝罪とは思えない、白々しい響きが滲んでいるうえに、目は嘲笑っている。
アマリリスはジルベルトの前まで進みでると、ドレスの裾をそっと摘まんだ。
優雅に身を屈め、深々とカーテシ―をしてから静かに挨拶の言葉を口にし、さらに病の完治を寿ぐ。
「顔をあげなさい」
ジルベルトは感情のこもらない表情で平坦に頷いた。
「久しぶりだね。今の庭園は見頃を迎えている。ゆっくりしていくといい」
そこには、アマリリスへの興味など微塵も感じられなかった。
”将来結婚する相手”に対しての感情はない。
そこにいる子供としてだけ扱っているのであろう。
それはいつも通りであった。
側妃になることへの言及すらない。
私が少しでも仲良くなろうと話しかけた際は、いつも面倒そうな顔を隠さなかった。
その日は、王妃教育の復習で睡眠時間が少なく、授業中にウトウトしてしまったことで、教師に厳しく叱責され、多くの宿題を出された。
それでも、少しでもと思いジルベルトに会いに行った際、「君と違って、私は忙しいし疲れているから。また今度ね」と言われた時に、彼と仲の良い婚約者になることを諦めた。
…私だって、王妃教育がある。
合間を縫って会いに行っていたのに。
私の目の下にあるクマに気づきそうもない。
一定距離をとって自分から近づかないことが一番無難だったのだ。
「ありがとうございます」
するとカルラは、「そうですよ、アマリリス様!私もこの庭園は何度もジルと散策していますが、とても美しいですものね。あっ、見どころをお教えいたしましょうか?」と話しに入って来る。
その声にも態度にも、こちらを牽制するような棘があった。
「カルラは優しいね」
ジルベルトのカルラを見る眼差しには、隠しきれない優しさと愛情が滲んでいた。
…。
今の台詞のどこに優しさがあったのかしら?
自分の方がジルベルトと仲が良いと言いたいし、以前は勉強ばかりで、庭園に来る余裕すらなかった私を揶揄っているとしか思えないのだけれど。
アマリリスは、それ以上二人の相手をする気にもなれず、カルラに丁寧に断り、挨拶のみをして王宮を立ち去った。
自室に帰り、今日のことを振り返る。
ジルベルトのあのような眼差しは初めて見た。
周囲にいる貴族に、私が、見目を馬鹿にされようが、ドレスにわざとお茶をかけられようが、見て見ぬふりをしていた彼は、カルラだったら守るのであろうか…。
婚約者だったジルベルトも専属侍女だったカルラも、私が明日誕生日で、成人することについて何も言わなかったわね…。
成人を迎える誕生日は、人生において最も大切な節目の一つだ。
スキル取得の儀を執り行うことができるようになるからだ。
貴族やお金のある平民は、成人を迎えるとすぐに教会でスキル取得の儀を行い、スキルを得る。
平民で一つか二つ、貴族でだいたい四つ前後。
王族なら五つ以上のスキルを得るのが平均的だ。
個人でスキル取得の儀を行うお金のない平民は、年に一回教会が行う大規模な催しでスキルを得る。
私の誕生日を祝ってくれそうな人は誰もいないように思えた。
ーー家族ですら。
で、あればジルベルトやカルラに祝ってもらえるはずも無かったわね…。
そう考えた途端、胸の奥に小さな寂しさが広がっていった。
私のスキル取得の儀は五日後に行うことを教会に予約している。
少しでも良いスキルを得られると良いけど…。
その願いを胸に抱いたまま、やがてゆっくりと眠りへと落ちていった。




