公爵令嬢1
アマリリス・ガーランドは、ハルマニア王国にあるガーランド公爵家の長女であり、王太子ジルベルトの婚約者だ。
本日は自室で、王室から出されていた課題をこなしていた。
本来なら、王宮で王妃教育を受けなければならないが、先日から王太子が重篤な病気に罹患し、移る病気かどうかも分からないということから、自宅学習となっていた。
アマリリスは、ひと休憩を入れるために筆を置き、
「死ねばいいのに……」
と呟いた。
部屋にはアマリリス以外誰もいない。
いなければならないはずの侍女カルラはジルベルトの所にいる。
ーー意味がわからない。
分かるのは、カルラとジルベルトが浮気をしていることだ。
ジルベルトは私に全く興味がない。だから、私の一番身近な人間である、専属侍女に平気で手を出せるのだろう。
………仕方がないのかもしれないが。
アマリリスは立ち上がり、姿見の前に行く。
そこには白銀の癖のない髪に、薄い水色の目の”8歳”程の少女がいた。
自分から見ても美少女だとは思う。
だが、私は明後日には15歳になる。
下手をすると幼女と言えてしまう見目に真っ平な胸。
なぜか、8歳で成長が止まり、そのままなのだ。
18歳のジルベルトと並ぶと兄妹にしか見えないだろう。
ジルベルトからすると、親から宛がわれた婚約者にこの見目。
”ほっといても、時期が来れば嫁にするしかない”
”気に入った女は側妃にすれば良い”
”いつまでも、子供のような見目でみっともない”
などと側近に話をしているのは知っている。
しぶしぶ婚姻してやる子供、ぐらいに侮っているのは言葉からも、態度からもよく分かる。
適当にあしらわれているのがヒシヒシと感じるのだ。
ジルベルトの、その侮った気持ちは周りも感じるらしく、おかげで周囲の人間は公爵令嬢であるはずの私を格下に見る。
私だって、ジルベルトと結婚したくないし、………もちろん人並みに成長したい。
カルラは自分だけが浮気相手だと思っているようで、罹患も恐れず看病しているが、今まで手を出した女性は大勢いる。
女達は優位性を誇示したいのか、わざわざパーティがあると挨拶をしに来るのだ。
「ジルベルト様は夜も素敵ですわ。アマリリス様が羨ましい」と。
嘲笑いながら・・・。
性病の可能性もあるんじゃないかしら。
このまま死んでくれたら、私に瑕疵なく婚約が無くなるのに。
そんなことを考えていると、筆頭執事が呼びにきた。
父である公爵から話があるそうだ。
父は本日は王宮に王太子の様子の確認に行っていた。
ついに死んだかな?
期待しつつ、父の執務室に行くと「カルラが我が家の養子になり、王妃となることが決まった。お前は側妃になる」と、いつも通りの冷たい顔で、淡々と言われた。
あまりの衝撃に言葉がすぐには出てこなかった。
ただ、茫然と立ち尽くし、父の顔を見つめることしかできない。
私は、確かにジルベルトが好きではない。
というか、嫌悪していると言ってもよい。
だが、5歳で婚約が決まり10年間、厳しい王妃教育に耐えてきたのだ。
それなのになぜ……。
「カルラが聖女の力に目覚めたのだ。しかも、病気を治癒させたことから、教会が大聖女の認定をするのも時間の問題だ。大聖女が王妃とあれば、国民や諸外国も大層沸くであろうな。王家との話し合いで、我が公爵家の養女にして、王妃として嫁がせることが決定した。
だが、あれは男爵家の娘で教養が足りぬし、今から学ぶには時間がかかりすぎて、王妃の仕事は勤まらんであろう。お前が側妃として支えよ」
カルラはジルベルトの看病をしている際に聖魔法スキルの上級を発現し、王太子の病気を治癒させたそうだ。
聖魔法取得者は数が少なく、初級でも1、000人に一人と言われており、中級取得者は国で数名しかいないほどの力だ。
上級を取得している者は現在不在であり、歴史上、上級取得者は総じて大聖女の称号を教会が認定していた。
中級以上のスキルを取得した者は、教会が聖女・聖人の認定をする。
怪我は初級、中級スキルで治癒できるが、病気や欠損、さらには先天的な身体的障害は上級スキルを保持していなければ治せない。
初級と中級の差は治せる怪我の大きさと速さの差だ。
中級と上級には超えられない壁があるのだ。
カルラが大聖女になる…。
父はもうこちらを見てもいなかった。
机上の書類に目をやり、仕事を始めながら、
「明日、王妃殿下から話があるそうだ。王宮へ参内するように。話は以上だ、下がりなさい」
と部屋から出された。
「………わかりました」
震える声で、そう言うしかなかった。
自室に戻ったアマリリスは、王妃教育の課題に取り組む気持ちにもなれず、寝台に横になった。
”ジルベルトとの婚約がなくなってしまえばいいのに”
そう思ったことは何度もあった。
けれど、それは心の奥底から本当に望んでいたわけでも、そして何より、その願いが現実になる日が来るなどとも、思ってもいなかった。
婚姻したら…私の身体がちゃんと成長したら…もしかしたら、ジルベルトは私をちゃんと見てくれるかもしれない。
周りも私をちゃんと尊重してくれるかもしれない。
本当はそれが願いだった。
……それが側妃となり、王妃であるカルラの仕事をする。
対外的には全ての執務はカルラの功績になるだろう。
私は、王室に良いように使われるだけだ。
お父様は分かっているのかしら…。
私がこの見目で多くの人に馬鹿にされながらも、それでも諦めずに王妃教育に食いついていくのが、どれだけ大変だったか。
「私は5か国語も話せるのに…。カルラはこの国の言葉しか話せないわ」
思わずこぼれたその言葉には、悔しさと、どうしようもない悲しみが滲んでいた。
この10年間、毎日厳しい教育を受けてきたのに。
毎日、血の滲むような努力を続けてきた。
王太子が外で、側近候補や女性達と遊んでいる時だって、私はずっと頑張ってきたのに。
王妃になれないのも、ジルベルトの妻になれないのもどうでも良い。
ただただ、この10年間の努力を、こんな簡単に足蹴にされたのが悲しい。
せめて、婚約が解消され、他の人に嫁ぐことができるのであれば、まだ救われた。
間近で、そこにいるはずだった自分を見なくて済むから…。
でも、私はカルラの影になるしかない。
どう、気持ちの整理をすればいいのかも分からず、心の中はぐちゃぐちゃになっていた。
枕に顔を埋め、アマリリスは声を押し殺すように泣いた。
肩を小さく震わせながら、誰にも聞こえないよう、ただ静かに涙を流し続けた。
※※※
翌日、王宮に参内すると、いつもとは雰囲気が違っていた。
王太子の病で、王宮には重苦しい空気が漂っていた。
病気の詳細も伝わっておらず、誰もが不安を抱えていた。
しかし、王太子の病が完治した上に、我が国に大聖女が現れたことに、沈んでいた王宮の様子はまるで陽の光を浴びたように明るくなっていた。
主人不在の王妃の私室に案内されると、女官に席で待つよう指示される。
しばらく待つと、王妃アルタイルが現れた。
「あらあら、遅くなって申し訳ないわ。ジルベルトとカルラの二人とお話するのが楽しくって時間を忘れてしまったわ。ジルベルトったらすっかり元気になって、カルラに骨抜きなのよ」
会うたびに嫌味をぶつけてくるが、今日は特に絶好調のようだ。
息子のジルベルトは私に興味がないが、息子とは違い、王妃は明確に私の事が気に入らないのだ。
彼女は貧乏伯爵家出身で、現国王の寵愛のみで王妃になったようなものだ。
しかしその後、その寵愛も薄れ、現在は王妃より12歳年下で、侯爵家出身の側妃を国王は溺愛している。
王妃の子は第一王子であり王太子のジルベルトのみだが、側妃シルビアーナはジルベルトの弟妹である、息子二人と娘を一人出産している。
ジルベルトが王太子でなければ、王妃はその地位を奪われ、側妃へと落とされていただろう。
王妃は私に、側妃を重ねて見ているのか、自分より実家の地位が高い私が、順風満帆そうに見えて気に食わないのだと思う。
なぜか、子供の(私の)わがままで婚約したとも思っているようでもある。
地位だけで息子の嫁になり、王妃になる私が憎い。
私の成長が止まる前から、王妃の態度はこのようなものだったので、それが正解だろう。
後ろ盾の弱いジルベルトのために、私が婚約者になったのに。
王妃は席に着き、女官にお茶を入れてもらいながら、楽しそうに「あなたの顔と身分が良いことは認めましょう。でも、あなたみたいな子供のような見目の者が国の顔である王妃にならなくて本当に良かったわ。」と席に着いたばかりだというのに、彼女はのっけから喧嘩腰だ。
さらに、小声で「その体じゃ、子供を産めるかも分かりませんしね」と付け足す。
”感情を抑えていつでも微笑んでいるように” 王妃教育が今日はいつもより役に立つわ。
王妃に、悔しい顔も、悲しむ顔も見せたくないもの。
「えぇ。まずは王太子殿下の御病気の完治おめでとうございます」
「ありがとう。すべてはカルラのおかげだわ。あなたは、ジルベルトの見舞いにも来なかったけれど、カルラはずっと献身的に看病してくれていたのよ。先程、わたくしの弟もカルラに治してもらってね。子供の頃からあの子が長く苦しめられていた病気がようやく癒えたの。これから、多くの人がカルラに治してもらいに来るわね」
伝染病である可能性を視野に入れ、私が見舞いに行かないように決めたのは国王陛下だったのだが…。
「ただ、まったくもって遺憾なのだけど…。あなたを嫁に貰ってくれる人はいないでしょうから、ジルベルトがあなたを側妃にすることが決まってしまったわ。婚姻する前から側妃が決まっているカルラが可哀そうで仕方がないわ」
「あなたの我儘に10年間も付き合わされたジルベルトは可哀そうだわ」
「あなたは、王室とカルラに感謝をしてきちんと側妃として勤めなさいね」
など、その後、延々と続いた王妃の嫌味も聞き流し、ようやく退室を促されたときには3時間もたっていた。
言い返したかった。
それでもアマリリスは言葉をぐっと飲みこみ、相槌を打つしかなかった。
ここで言い返したところで、得られることなど何もない。
そう分かっていたからだ。




