転生準備
ふと、テーブルの上に置いたままのスキルブックを見ると、『複製本』の下の行に、先程まで灰色の文字で書かれていた『MAP』が黒文字になり、説明文が追加されていた。
『MAP 10,000,000コイン』
『自分を中心として、半径1キロメートルの範囲を描き出した地図。この地図から切り取ることにより、範囲内の物を複製本に貼付することができる。』
・・・。
「はっ!?」
やってみなければ断言はできないけど、もしかして、すごいチートなのでは……。
建物ごと複製できる可能性を感じたのだ。
あまねは10,000,000コインするにもかかわらず、すぐさま『MAP』を獲得し、魔法を発動させた。
すると、目の前に縦1メートル、横2メートル程のこの周辺一帯を詳細に描き出した地図が現れる。
まずは、家から一番近いコンビニからかな…。
地図の中のコンビニを指先でゆっくりと線をなぞっていく。
そして、なぞり終えた瞬間、その部分を切り取るように静かに指を動かした。
本を開き、先程醤油を取り出して白紙に戻った1ページ目に指先を添え、「貼付」というと、あまねがよく立ち寄るコンビニが正面から描かれていた。
まるで、実際にその店の前に立ち、正面から眺めているような構図である。
「すごい…!」
これを解放して、店の中がそのままなら、ショッピングセンターや図書館、必要そうな物はすべてレヴァに持って行こう。
しかし、ご機嫌に「解放!」と言おうとしたあまねは思わず動きを止めた。
このまま解放したら、コンビニの大きさと重さに耐えきれず、部屋が壊れてしまうのでは…。
………でも、レヴァに行く前にちゃんと確認しないと不安で仕方ない。
※※※
2日後、待ちに待った休日が訪れた。
あまねは人の気配がまるでない、深い山の中まで足を踏み入れていた。
ここなら、誰かに見られる心配もない。
この2日間、早く試したい気持ちを抑え、仕事とコイン集めに集中した。
そんな中、「縮小」スキルも獲得していた。
今回、コンビニを解放する際、同時に使える可能性を感じたのだ。
ーーー試してみるか。
あまねは周囲を見渡し、複製本の1ページ目に指を添え、「縮小解放」と呟いた。
そこに解放されたのは50センチほどの、まるで大きなおもちゃのようなコンビニであった。
「やった…。成功だ!」
縮小スキルでコンビニを10分の1の大きさにし解放したのだ。
あとは、あまね自身も縮小して店内を確認するだけである。
縮小スキルを使用すると、体が縮んでいき、見慣れた景色は一変した。
周囲を見渡すと、背丈ほどの草が生い茂っている。
「虫から見る景色ってこんな感じなのかな…」
呟きながら、コンビニ店内に入ろうとすると、扉が開かない。
そうか、電気が通っていないから自動ドアが使えないのか。
手動で扉を開き、中へ入るとそこは、薄暗いがいつも通りのコンビニ内の風景であった。
おにぎりを手に取り、一口かじってみた。
「うん!」
口いっぱいに広がったのは、いつもと変わらない味だった。
スキルを使用する際、感覚的には大丈夫だと思っていた。
それでも、確信があるわけではない以上、心配せずにはいれなかった。
残り1年、やるべきことはもう決まった。
複製本のページを埋めること。
そして、できるだけ多くのコインを集めることだ。
あまねはコンビニを出て、これからの目標に向かって歩き出そうとした…。
が、
「…ミニチュアコンビニが、そのまま残ってる」
草むらの中にポツンとミニチュアコンビニがある光景を前に、あまねはそのまま立ち尽くした。
複製本スキルで複製することはできる。
しかし、目の前にあるコレをそのまま取り込むことはできないことに気が付いた。
しばらく考えた末、すぐには答えが思い浮かばず、あまねは縮小スキルで限界まで小さくし、ひとまず持ち帰ることにした。
しかし、そのままだと時間が経過するので食べ物は傷んでしまう。
…今後、解放した物をどうするか、課題が残ったな。
その日からあまねは積極的に動き出した。
”自分を中心として、半径1キロメートルの範囲を描き出した地図”なので、複製したい物がある場合、自分が動くしかない。
スキルについても、1ページにつき1建物の複製しかできない事。
生物は複製が不可能な事。
など制限が諸々あったが、概ね問題なく、この世界を去る準備をしていく。
※※※
あれから約1年、明日が皆既日食だ。
この1年間、複製本に複写をこなす傍ら、思い出を作るためにさまざまな場所へ足を運び、寝る間を惜しんでゲームをプレイした。
(ちなみに、すべて日本国内だ。言葉どころか、法律も慣習も日本とは違う国に行くのがあまねは怖くて仕方がない。安定重視の性格がここにもでていた…。35年間一度もパスポートを取得したこともない。)
そしてあまねが最後に訪れたのは両親の墓だった。
二人とも、あまねが成人してすぐ交通事故で亡くなっていた。
「お父さん、お母さん、親不孝な娘でごめんね。私がこの世界でお別れを言いたいと思ったのは、お父さんとお母さんだけだったよ。平凡で、周りの人と歩調を合わせた生活をしてたけど、特に挨拶をしておきたいような大事な人はいなかった。…なんか、ちょっと寂しいね。今度行くところは、「いる」だけで良いんだって。でも、今度はもうちょっと頑張ってみるよ。私が大事に思える人も、そんな私を大事に思ってくれる人も、今度は得られるといいな。と、思うしね」
最後の別れを告げ、そして、名残惜しさを感じながらもゆっくり背を向けた。
※※※
皆既日食当日、あまねは何もない、ガランとした部屋でクライドを待っていた。
この部屋も、明日で解約となる。思い残すことは何もない。できる準備もすべて終わった……はずだ。
すると、後ろから話しかけられた。
「ひさしぶり、あまねちゃん」
そこには相変わらず、眩いばかりの美貌のクライドが浮いていた。
レヴァに帰るときは神々しく帰るのに、来るときは唐突なんだな……。
「お久しぶりです、クライド様。お待ちしておりました。」
「準備は終わったみたいだね!じゃあ、さっそくレヴァへ行こう!」
突然、辺り一面が白い光で包まれた。あまりの眩しさに目を細めるが、それでも容赦なく視界を覆う。
意識も遠のいていく中、クライドの声が聞こえる。
「次に会うのは、15年後だね!」
「えっ!ちょっ……待っ!」
完全にあまねの意識は途絶えた。




