スキルブック
「ねっ!使えるようになったでしょ。本を見てみて」
あまねがスキルブックを確認すると、先程まで黒色で書かれていた『水魔法初級 100,000コイン』が赤文字となっていた。
さらに、その下の段の水魔法中級は灰色で書かれていたはずが黒色に変わっている。
「黒文字は交換できるスキル、赤文字は交換済のスキル、灰色で書かれているのはまだ交換することができないスキルだよ。初級を取得しないと中級は取得できないからね」
「信じてくれたかな? レヴァの神になってくれる?」
クライドが神様なことは信じるしかない。だけど、それによって私が別の世界の神になるか…、なれるかは別の話だ。”うまい話には裏がある”ともいう。
「…聞きたいことがたくさんあります」
「そうだよね。でもごめんね。もうあんまり時間がないんだ。僕はあまり長い時間、レヴァを離れるわけにはいかないから…。そうだね、3つまで答えるよ」
3つ…。
なぜ世代交代する必要があるのか、なぜゲームのコインでスキルを交換するのか。
分からないことばかりだ。
でも、一番肝心なのは…。
「神様って何をするんですか?」
「何もしなくて良いよ」
「え……?」
「この世界の神様が何をしているのか僕には分からないけど、レヴァではいるだけで良いんだ。ただそこにあるだけの事に意味があるから。レヴァの神は世界の柱のようなものだよ。柱が抜けたら世界が壊れる。でも、柱は何もしないでしょう?
……だから言い方は悪いけど、本当は次代の神は誰でも良かったんだ」
なるほど、その方が納得できる。
とても残念なことに、特筆すべきところのない私が、わざわざ選ばれたという方が信じられない。
「レヴァでもこのゲームでコインを増やしてスキル交換をしていくんですか?」
「残念だけど、そのゲームはこの世界用に作った物でレヴァでは使えないよ。レヴァでは金銭がコインになる。どの国でも一番少額のお金が1コインだよ。レヴァで一番大きな国、アーカイン帝国という国なら、小銅貨1枚が1コインだね」
…ゲームなら簡単だったのに。というか、神様になってもお金稼がないといけないのか。
「最後に。クライド様のようにこの世界との行き来はできますか?」
「できないよ。…と言うか、すぐにはできない。が正解かな。あまねちゃんが神を引退して、また別の子に引き継ぐ時期になったらできるようになる。僕も、それまで世界を渡ることはできなかったからね。さて、もう本当に時間がない」
「どうする?」
危ない橋は決して渡らない。
何よりも、安全を大切にしてきた人生だった。
でも、これは宝くじに当たる事よりもとても幸運だったのだろう。
もしかすると、とてつもない落とし穴もあるかもしれない。
…でも、ここで一歩踏み出してみる価値はあるはずだから。
「………やらせて下さい」
「良かった!なら、次の皆既日食、この世界ではだいたい1年後かな? にまた迎えに来るから、それまでに準備しておいてね。あっ!スキルブックは唱えれば、いつでも必要なときに手元に呼び出せるからね~。」
その瞬間、クライド様の姿がまばゆい光に包まれ、次の瞬間には跡形もなく消えていた。
手の中にある『スキルブック』が無ければ、夢を見たと勘違いしそうだ。
まさか、後1年でこの世界とお別れすることになるとは・・・。
寂しい気持ちももちろんあるが、今はとても前向きだ。
仕事を辞めて、部屋の退去、あと墓じまいも必要かな。
色々、やらなければならない事は多そうだが、明日も仕事だ。
今日は疲れたから寝よう……。
※※※
次の日、あまねは怖気づく前にと、早々に辞表を提出した。
規定上、あと3ヶ月はこの職場で働かなければならないが、これで事なかれ主義の上司や、反抗的な部下ともオサラバだと思うと、自然と口元が緩んだ。
いつもと違い、清々しい気分で帰宅し、あまねはすぐに『スキルブック』を開いた。
仕事中もどんなスキルがあるのか、気になって仕方がなかったからだ。
本の最初のページからゆっくりと読み進めていく。
「コインが少なくて済むスキルはしょぼいな…」
この、『毛を10本抜く』スキルとか必要コインは315コインだけど、何のために入ってるんだろう…。
後半の方のページになっていくと、スキルの下に説明文が入ってくるようになっている。
『水魔法初級』のように見ただけで想像できるようなものではないからかな?
まぁ、後半のページの方が不必要なスキルが多い気がするけど…。
さらに読み進めていると、ふと目を奪われる一文があった。
『複製本 500,000,000コイン』
驚くほど、コインを消費する。
今あるコインの大半が無くなってしまう。
説明文には『物を複製本に複写する。本に記載されている間は物の時間は停止し、取り出すことにより開始する。』とある。
「これって………」
…この世界の物を持って行くことができるかもしれない。
クライド様は中世ヨーロッパのような世界だと言っていた。
文明が遅れているとも。
50,000,000コインは痛いが、このスキルは今獲得しておくべきだろう。
レヴァに漫画もアニメも、醤油だってあるとは思えない。
あまねは心の中で
『複製本獲得』と唱えると、チャリンと音がした。
急いで戸棚へ向かい、醤油を取り出した。
まずは、これから試してみよう。
…えっ、どうすれば良いんだろう。
あまねは少し考え、心の赴くままに、「複製本」と唱えた。
すると、あまねの手の中には重厚な佇まいの茶色い本が現れた。
中を確認してみると白紙だ。
これに、物を貼り付けるのだろう。確かにクライド様が言っていたようにスキルの使い方はだいたい分かる気がする。
あまねは醤油にそっと手を触れ、意識を集中させる。
「複製」
すぐさまに本を開き、1ページ目へ指先を添える
「貼付」
そこを見ると3分の1程減った醤油の絵が描かれていた。
これで問題がなければ、レヴァで醤油が使える…。
あまねは期待とわずかな不安を胸に抱きながら、その結果を確かめる。
そのページに記された醤油へ、そっと指先で触れ「解放」とあまねが言うと、目の前には全く同じ2本の醤油。中途半端な減り具合まで同じだ。
1つは、あまねが持っていた醤油。
もう1つは複製した醤油。
先程のページは白紙に戻っていた。
「やった・・・。」
持って行くものを厳選しないと!
複製本の厚みを確かめるように眺めた。
「…この厚みなら、全部で300ページくらいかな」
正確なページ数は分からないが、それぐらいはありそうだった。




