アーカイン帝国5
シエルとブレンダンは、不可侵の森から戻った皇帝に呼ばれ、執務室を訪れていた。
「これを見てくれ」
ノアイライトが二人に差し出したのは、リリから買い取ったレシピとコピー用紙だ。
「こちらは?」
シエルは問いかけながら、それを手に取った。
「文字が書かれている………。……っ!?もしかして、紙ですか!?」
「ああ。俺も、これほど美しい紙は見たことがない。しかも、羊皮紙ではなさそうだ。いったい何を材料に作られているのか、見当もつかん」
「これっ!いったい、どうされたんですか!?」
「リリから買い取った。その真っ白な紙を五百枚で、銀貨一枚で売ると言っていたぞ」
「はぁ!?………ちょっと、お待ちください!これは量産できるということですか!?それも、そんなに安価で!リリ様はいったい、どこで手に入れられたのです!?」
「分からん」
「はぁ!?」
シエルの二度目の「はぁ!?」である。
皇帝への遠慮など、欠片も感じられない………。
それほどまでに、驚くべきことなのだろう。
「なんだ。そんなにすごいのか?」
ブレンダンが不思議そうに首を傾げる。
「っ、あなた!よく見てみなさい!」
シエルは手にしていた紙をブレンダンに押し付けた。
「この、濁り一つない純白の美しさ…。凹凸のない滑らかな肌触り。どこをとっても、これまで目にしたことのない逸品です。…それに、見てください。こちらの紙など、紙全体が淡い緑色をしているうえ、手書きとは思えぬほど精巧な模様まで施されております」
アマリリスは、四葉のクローバーがあしらわれた可愛らしい便箋に、レシピを書き記していた。
「あ、ああ。すごいな…?」
「………あなたのような脳筋には、分かりようもありませんでしたね。失礼いたしました」
「本当に失礼だな!」
ブレンダンの抗議をさらりと無視し、シエルはノアイライトに向き直った。
「陛下、申し訳ありませんが、こちらを持ち帰って調べてもよろしいでしょうか?」
「そちらの白紙なら構わん」
「では、そちらの紙は………?」
「これはリリからの手紙だから駄目だ」
………もっとも、書かれているのはお菓子のレシピだけなのだが。
「………分かりました」
シエルは名残惜しそうに便箋を見つめたものの、それ以上は何も言わなかった。
「しかし、リリ様の謎は増える一方ですね」
「そうだな………」
そこでノアイライトは、話題を変えるようにブレンダンへと視線を向けた。
「それで、ブレンダン。不可侵の森の魔獣の間引きはどうだ?」
「特に問題なく進んでおります。しばらくは定期的に行おうかと考えております」
「頼んだぞ」
※※※
その日、ノアイライトは翌日リリのもとを訪れることを思い、どこかそわそわとした様子を見せながらも、執務室で黙々と書類をさばいていた。
そこへ、慌てた様子のシエルが入室の許可を求めてきた。
「入れ」
扉が開き、部屋へ入ってきたのはシエルと、全身を黒ずくめの衣装で包んだ男だった。
ーーこの帝国の影である。
「こちらをご覧ください!」
シエルはそう言うと、一枚の絵をノアイライトの前に差し出した。
そこに描かれていたのは、リリの姿だった。
ガタンッ!
ノアイライトは椅子を鳴らし、勢いよく立ち上がった。
「っ!これは………!?」
「私から説明させていただきます」
男が静かに一歩前へでた。
帝国の影、その頂点に立つ男。
通称『ハシバミ』
帝国の影には、影として登用された際、それぞれ樹木の名が与えられる慣習があった。
木は、そこにあっても目立たない。
人は、そこに木が生えていても、わざわざ気を留めたりはしない。
人目につかず、存在を悟られず、ただ己の役目を果たす。
そのように、影としての任務を全うすることを願い、彼らには樹木の名が与えられる。
彼には、ハルマニア王国の大聖女に関する調査と、その絵姿の入手を命じていた。
「まずは、調査に随分と時間がかかってしまったことをお詫びいたします」
ハシバミは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いかんせん、あちらの国では大聖女に関する情報を他国へ漏らさないよう、想像以上に厳重な情報統制が敷かれておりまして…。そのため、かの方の調査はおろか、絵姿を入手するのにも随分と手間取ってしまった次第です。こちらが、大聖女と思われるお方の絵姿でございます」
「………リリが、大聖女ということか……?」
シエルが静かに頷いた。
「その可能性が高いかと。では、改めて大聖女に関する情報を、皇帝陛下にもご説明願えますか」
シエルはそう告げると、傍らに控える影へと視線を向けた。
「その方のお名前は、アマリリス・ガーランド嬢。ハルマニア王国のガーランド公爵家の長女で、御年十五歳。つい先頃までは、王太子殿下の婚約者でもあられました」




