ひきこもり10
「お待たせしました」
私は、用意しておいた三種類のお菓子をちゃぶ台の上に並べる。
すると、シエルは目を輝かせ、興味津々といった様子でお菓子を見つめた。
「こちらが、前回ノアさんにも食べてもらったプリンです。こちらのスプーンをお使いください」
「これが、プリンなのですね!?ノアが絶賛していて、ずっと楽しみにしていたのですよ!では、さっそくいただきますね!」
シエルは嬉しそうに微笑むと、さっそくスプーンを手に取り、プリンを口に運んだ。
その瞬間、端正な顔立ちが見る見るうちに崩れた……。
とろけるような表情は、言葉にせずとも「美味しい!」と叫んでいるかのようだった。
そのまま夢中になってプリンを頬張るシエルだったが、ふと我に返ったかのように手を止めた。
「す、すみません。私、甘い物に目がないもので………」
シエルは、少しはにかみながらそう言った。
………美形のはにかみ顔は、何物にも勝るな。
思わず、見惚れてしまうほどの破壊力だ。
なのに、なぜか隣にいる最強美形のノアは、シエルを睨みつけている。
………なぜだ?
まぁ、いいか。
それよりも、あの世界には、まだまだ美味しいお菓子がたくさんある。
例えば、チョコレート。
あんな魅惑の甘味をシエルが口にしたら、あまりの美味しさに昇天してしまうんじゃないかしら………。
残念ながら、この世界にカカオが存在するのかどうかも分からないし、チョコレートの作り方だって知らない。
けれど、現物ならたくさんある。
この人たちが信用に足る相手だと判断できたら、日本の紙だけでなく、チョコレートも披露してみようかしら………。
その後も、二人は蜂蜜入りのクッキーもドライフルーツ入りのケーキも、どちらもとても美味しそうに食べてくれた。
お菓子を口に入れて運ぶ合間に、私はそれぞれの材料について簡単に説明した。
すると、プリンの材料を聞いたシエルが、驚きに目を見開いた。
「なんと!?この素晴らしいプリンが卵と牛乳と砂糖だけでできているのですか!?この上にかかっているほろ苦い液体も………?」
「はい。そちらはカラメルといって、砂糖と水だけで作れるんですよ」
「なんと素晴らしいのでしょう………。脱帽とは、まさにこのことです」
シエルは恍惚とした表情を浮かべ、うっとりと空になったプリンの容器を見つめていた。
………どうやら、この世界ではプリンひとつでも十分に人を感動させられるらしい。
「………で、シエル。レシピはどこに売るのが一番高く、いくらぐらいになると思うか?」
そのノアからの問いに、シエルはハッと我に返り、すっと背筋を正した。
「私が買い取ります!………と言いたいところではありますが、これはきちんと商業ギルドに登録し、商業ギルドを通じて各店舗にレシピを販売するのが、最も問題のない方法でしょうね」
シエルは先ほどまでプリンに夢中になっていたとは思えない、真剣な表情で答えた。
「過去の例から考えますと、まったく世にでていないレシピですから………一つにつき、金貨三十枚ほどでしょうか?私としては百枚でも二百枚でも足りないと言いたいですが、適正価格を考えますと、そのあたりかと思います」
金貨、三十枚………!?
…日本円に換算すると、約三百万円!!
「本来であれば、私個人で買い取って、毎日でも楽しみたいところなのですが………。これほど素晴らしいものですから、リリさんのお名前で正式に登録しておくべきでしょう」
………いくらなんでも申し訳なくなってきた。
そもそも、これらは私が考案したレシピではない。
あの世界で、名も知らぬ偉人たちが生み出したものだ。
それを自分の名前で登録し、金貨三十枚もの大金を受け取るなんて、いくらなんでも気が引ける。
「あの……登録とかは、別にどうでもいいです。もう少し安くなっても構わないので、もっと簡単に売れる場所はありませんか?」
私が訪ねると、シエルは少し考え込んだあと、遠慮がちに口を開いた。
「……そうですか?それでしたら、本当に私が買い取るというのはいかがでしょう?プリンとクッキーとケーキ、金貨三十枚ずつで、合計九十枚。そちらでよろしいですか?」
「あっ、はい」
私が頷いた、その直後だった。
「待て。お前でいいのなら、俺でもいいだろう。俺が買い取る」
ノアが、すかさず口を挟んだ。
「………わかりました」
シエルは、渋々といった様子を隠そうともせず、頷いた。
「リリ。悪いが、今日は金貨九十枚の持ち合わせがない。次回、持ってくる。そのときにレシピは受け取ろう」
金貨九十枚もの大金を、ポンと出せるなんて………。
やはり、この二人は貴族なのだろう。
それも、かなり身分の高い貴族なのではないだろうか。
「分かりました。今回はありがとうございました。また、お待ちしておりますね」




