閑話ーその頃王太子は1ー
王太子ジルベルトは、苛立ちを隠そうともせず、自らの執務室へと足早に向かっていた。
荒々しく扉を開けると、室内で待機していた側近たちへ、開口一番に怒鳴りつける。
「まだ、アマリリスは見つからないのか!!」
鋭い怒声が室内に響き渡った。
しかし、側近たちはいまだ手掛かりすら掴めておらず、誰一人として答えられなかった。
気まずそうに顔を伏せ、ただ沈黙するしかできない。
その様子を目にしたジルベルトは、ますます苛立ちを募らせた。
ーーいったい、どこへ消えたというのだ。
王太子の脳裏に浮かんだのは、あの日の別室での話し合いだった。
※※※
王宮の大広間を出た一行は、別室へと移動した。
そこに集まったのは、国王と王妃、側妃、騎士団長、カルラ、ガーランド公爵、大神官とその護衛二人、そして王太子だった。
席に着くなり、大神官は待ちきれないと言った様子で口を開いた。
「アマリリス様とは、どのような方なのでしょうか?」
その問いに答えたのは、ガーランド公爵だった。
「アマリリスは、ガーランド公爵家の娘でした」
「ガーランド……?カルラ殿もガーランド姓でしたよね?」
「はい。わたくしは、先日、養女となりました」
カルラが静かに答えると、大神官はわずかに眉を寄せた。
「アマリリス様が公爵家の娘『でした』というのは………?」
「………教会で離籍の手続きを行い、貴族ではなくなりました」
「!?」
大神官は目を見開いた。
「なぜです!?まさか、虐待などがあったのでは………」
「そんなことはしておりません!」
公爵が即座に否定する。
「では、なぜ………?」
大神官が困惑した表情で問い返すと、それまで黙っていた王妃が、さも当然といった様子で口を挟んだ。
「王妃になれなくなったのが嫌だったのでしょう。まったくワガママな………」
「アルタイル!」
国王の鋭い声が、室内に響き渡った。
王妃は、国王の叱責に不満そうな表情を隠そうともしなかったが、それ以上口を挟むことはなかった。
国王は小さく息を吐くと、大神官へと向き直った。
「王妃が、失礼いたしました」
「いえ………。それで、王妃になれなくなったというのは、どういうことでしょうか?」
大神官の問いに、国王はわずかに言い淀んだ。
「………アマリリスはもともと、ここにいる王太子の婚約者でした。いずれは王太子妃となり、後に王妃として国を支えていくはずだったのです」
そう言って、国王は隣に座る王太子へ一瞬視線を向ける。
「しかし、カルラが聖女の力に目覚めたことで状況が変わりました。アマリリスを側妃へと降格させ、代わりにカルラを王妃に据える。それが、当時の予定でした…」
淡々と説明する国王であったが、その内容は決して穏やかなものではなかった。
「ところが、アマリリスは離籍の手続きを済ませ、そのまま姿を消してしまいました」
「姿を消した!?」
大神官が声を上げた。
驚きのあまり、身体が前へ乗り出す。
「どういうことです!?」
その声には、隠し切れない動揺が滲んでいた。
「………分かりません。アマリリスは、教会でスキル取得の儀を受けると言って屋敷を出ました。しかし、実際には儀を受けることなく、離籍の手続きだけを済ませて姿を消したのです。供託金を準備してくれた人物がいると話していたそうですが、その者のもとに身を寄せているのかどうか………まったく手掛かりがありません」
「なんということでしょう………。せっかく数百年ぶりに現れたという大聖女が………」
大神官は顔面を蒼白にして、今にも崩れ落ちそうなほど肩を落とした。
その様子に、国王は焦ったように口を開く。
「こ、これから騎士団を挙げて捜索を行うつもりです。さらに、まだアマリリスが大聖女と決まったわけではありません。カルラの身近にいる者たちについても、並行して調査を進めてまいります」
「分かりました………。我々はこれからアマリリス様が最後に訪れたとされる教会へ向かいます。何か進展がありましたら、どうかご連絡ください。………どんな些細な情報でも構いません!」
大神官は深々と頭を下げると、護衛の二人を伴い、足早に部屋を後にした。
大神官たちが部屋を去ると、国王は騎士団長と私だけを残し、ほかの者たちにも退室するよう命じた。
室内に残ったのは、父上と騎士団長、そして私の三人だ。
父上はしばらく沈黙した後、私へと視線を向けた。
「アマリリスが行きそうな場所や、供託金を準備した人物の目星はつかんのか?」
「………申し訳ございません。まったく手掛かりがございません」
答えながら、私は唇を噛んだ。
アマリリスがいなくなったところで、私が困ることなど何もないはずだった。
それなのに、大聖女かもしれないなんて………。
まったく、面倒なことになったものだ。
「そうか………」
父上は私をまっすぐ見据えて告げた。
「分かっているとは思うが、このままアマリリスが見つからなければ、お前は廃太子だ」
「はっ!?な、なぜですか!?」
思わず声が裏返った。
廃太子?私が?
「当たり前だろう」
父上は、驚愕する私を冷ややかに見返した。
「アマリリスは、側妃に降ろされたことを苦にして出ていった。貴族たちはそう考えている。王太子であるお前が婚約者をないがしろにした結果、彼女を失踪に追い込んだと見られているのだ」
「そ、それは………!」
私は思わず声を詰まらせた。
「でっ、ですが!アマリリスを側妃に降格させると決定したのは王家です!なぜ、私だけが責任を負わなければならないのですか!」
思わず声を荒げると、父上は眉一つ動かさず、冷ややかに言い放った。
「誰かが責任を取らねばならん。それに、王家の威信というものがある」
「………っ!」
「王太子であるお前が婚約者を追い詰め行方知れずにさせた。しかもそれは大聖女だった。そう見られている以上、何の責任も取らずに済むと思うな。………それにお前の代わりなら弟がいる」
「なっ………!」
思わず息を呑む。
父上の表情からは、冗談を言っている様子など微塵も感じられなかった。
………冗談ではない。
アマリリスがいなくなっただけで、どうして私が王太子の座まで失わなければならないのだ。
「お前が王太子でいられる条件はただ一つ。アマリリスが見つかり、お前の婚約者に戻ることだけだ」
父上は、念を押すように言い切った。
「………わかりました」
私は悔しさを押し殺し、ただ頷くことしかできなかった。




