ひきこもり7
ーーあの、鼻血男との出会いから七日。
今日も穏やかな一日になるはずだった。
アマリリスが部屋の中でのんびり過ごしているとーー。
「ビィーーーッ!!」
「ビヂヂヂヂヂィッ!!!」
外から、小鳥たちの騒がしい鳴き声が聞こえてきた。
この騒ぎ方………。
「デジャヴ………?」
また、エナガ族みたいな子でもいたのかしら?
そう思いながら、アマリリスは外へと足を向けた。
しかしながら、今回は前回とは違い、可愛い子が魔獣に襲われているわけではなかった。
小鳥たちが、結界の中から威嚇していたのはーーあの、鼻血男こと、ノアさんであった。
ビィビィと小鳥たちは一斉に羽を逆立て、全力で威嚇している。
それを見ているノアさんはというと。
「………」
困ったような顔で、ただ佇んでいた。
しかし、アマリリスが外へ出てきて目が合った瞬間ーー。
それまで困り果てたような顔をしていた男が、ぱっと嬉しそうに顔を輝かせた。
私はというと。
「………」
なんとも言えない気まずさを覚えていた。
何しろ、前回の別れ際は、あまり良い雰囲気とは言えなかった。
どう声をかけたものか分からず、日本人特有の、”困ったときは笑顔で乗り切る”………。ではないが、微妙な笑みを浮かべたまま立ち尽くした。
すると、アマリリスの笑みをどう思ったのか、さらに嬉しそうに顔をほころばせた。
「近くまで来たから、寄ってみたんだ」
そう言って、大事そうに手にしていた包み掲げる。
「皇都で流行っている菓子を持ってきた。一緒に食べよう」
「……お菓子ですか?」
「そう」
ノアさんは嬉しそうに頷いたが…ここは”近くまで来る”ような場所ではない。怪しすぎるんだが………。
しかし…この善意100%みたいな笑顔の誘いを断れる人がいるなら見てみたい。
後ろでは、相変わらず小鳥たちが警戒するようにノアを睨みつけている。
「ビィ……」
「ビィビィ!!」
歓迎ムードとは程遠い。
けれど、ノアはそんな小鳥たちの警戒など気にも留めず、アマリリスに向かってにこやかに笑っていた。
アマリリスは悩みに悩んだ。
結界の中によく知らない男を招き入れるのはすごく不安だ………だが。
このまま突き返すのは、可哀そうだと思うぐらいには嬉しそうな顔をしている。
考えた末、アマリリスは家の中にいるるぅ達に声をかけた。
「るぅ、お庭にテーブルを出すのを手伝ってもらえる?」
ほどなくして、外にレジャーシートを敷き、その上にちゃぶ台と座布団が用意された。
家の中には入れたくない。もし攻撃してきても、靴を脱がせておけば、少なくとも一拍くらいは遅れるはずだ。
ーーその間に結界を張る。
「ここで、お茶にしましょう」
アマリリスがそう告げながらノアを見ると、ノアの目が大きく見開かれていた。
「………幻のエナガ族ではないか」
「幻?」
「ああ………」
「とりあえず、こちらへどうぞ。靴を脱いで、座ってください」
そう言って、用意していた座布団を示す。
「この座布団の上に座ってくださいね」
ノアは少し戸惑いがらも、言われた通り靴を脱ぎ、座布団の上に腰を下ろした。
「………こういうものなのか?」
「ええ。これはこういうものです。それで、幻のエナガ族とは?この子たちの事ですよね?」
「ああ。その者たちは、幻の一族だ。………絶滅したかと思われていたが。まさか、生き残っていたとは………」
「なぜ、絶滅したと思われていたんですか?」
「………この者たちは、人間の言葉を操るほどの知能を持っている。」
そう言ってから、少しだけ眉をよせた。
「だが、いかんせん弱い。身体も小さく、たいした魔法も使えない。………そのため、何百年も前に愛玩目的で狩り尽くされたと思われていた」
「………愛玩?」
アマリリスは、思わずるぅを見る。
丸くてフワフワした身体に、小さな手。
確かに、可愛らしい。
だけど………。胸の奥に何とも言えないものが込み上げてくる。
「…つまり、この子たちは高く売れるということですよね?」
アマリリスの声から、穏やかさが消えた。
「売りますか?それとも、この情報を誰かに漏らしますか?そうしたら、冒険者たちがこの森に殺到するでしょうね」
アマリリスはノアをまっすぐに見据える。
静かな声だった。
けれど、その眼は鋭い。
………もし、この子たちに害なすようなら許さない。
「あなたは、どうするつもりですか?」
ノアはアマリリスの鋭い視線を正面から受け止めた。
しばらくの沈黙の後、静かに答える。
「……どうもしない」
「どうもしない………?」
「ああ。俺はこの者たちに、たいして興味ないからな」
ノアはるぅを一瞥すると、あっさりと言った。
「興味がない…?」
「ああ。絶滅したと思われていた種族だろうが、俺には関係ない。珍しいからって、俺が欲しいわけでもないし、売って金になるとしても、興味がない」
ノアは、それだけ言うと、何事もなかったかのようにお菓子の包みを開き始めた。
アマリリスは、その様子を見ながら少しだけ肩の力を抜いた。
完全には信用できない。
だが、少なくとも今すぐ危険があるわけではなさそうだ。
「これは、今、帝都で人気なんだ」
エナガ族のことなど、本当に忘れたかのような雰囲気で、嬉しそうにお菓子を差し出してくる。
見た目はカヌレみたいな感じだな………。
「ありがとうございます」と受け取り、一口食べてみた。
もぐもぐと咀嚼する。
「………」
決して不味いわけではない。
ただ、なんというか………パサついているというか、素朴というか。
最近、すっかり、日本のお菓子に慣れきってしまったアマリリスにとって、この世界のお菓子はどうにも物足りない。
以前なら、きっと、すごく美味しいと思って喜んでいたはずなのに。
舌がすっかり贅沢になってしまったようだ。
どうやら、その微妙な感想が顔に出てしまったらしい。
「………まずかったか?」
ノアが不安そうに尋ねてきた。
「いえ………あの、美味しかったです」
アマリリスはごにょごにょと美味しいと言うしかなかった。
せっかく、自分のために選んで持ってきてくれたのだ。
少しだけ引きつった笑みを浮かべるしかなかった。




